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ボワロ=ナルスジャック・作
「ウネルヴィル城館の秘密」(長編)
LE SECRET D'EUNELVILLE
初出:1973年 TV雑誌「テレ・7ジュール」連載
邦訳:新潮文庫「ウネルヴィル城館の秘密」(榊原晃三訳)・ポプラ社怪盗ルパン全集「悪魔のダイヤ」(南洋一郎文) 

◎内容◎

 ラウル=ダピニャックことアルセーヌ=ルパンは、ノルマンディ地方のセーヌ川のほとり、ウネルヴィルの城館に忍びこんだ。ここで偶然、悪漢たちに拷問を受けている老人を発見し救出、老人の口から『聖ヨハネはヤコブのあとを継ぐ。ダルタニャンは剣の先の栄光と富をかちとる』という謎の言葉を聞き出す。その言葉は城館に隠されたフランス国王ルイ・フィリップにまつわる財宝の手がかりであるらしく、悪漢たちはそれを狙っていたのだった。興味を持ったルパンはウネルヴィル城館の調査を進め、城館の相続人である美少女リュシルと知り合う。リュシルの両親をはじめ、歴代の城館の主たちはいずれも怪死を遂げており、これにも城館の秘密が関わっているらしい――



◎登場人物◎(アイウエオ順)

☆アシル
ウネルヴィル城館に住む庭師。

☆アポリーヌ
ウネルヴィル城館に住む女中。アシルの妻。

☆アルセーヌ=ルパン
怪盗紳士。

☆アルフォンス=フェランジュ
リュシルの叔父で、ジャック、ユベールの弟。

☆アルベール
ガルスラン男爵の召使い。

☆アンリ=ボルナード
ルパンの主任弁護士。

☆ヴァレリ=ヴォトレル
ベルナルダンの孫娘。

☆エヴァリスト=ヴォトレル
ベルナルダンの亡き父。ウネルヴィル伯爵の家令。

☆エルネスチーヌ
公証人フレネゾーの家の女中。

☆オノレ=ド=ブレサック
ウネルヴィル城館を買い取ろうとする老伯爵。

☆ガストン=セイロール
ノルマンディ歴史考古学協会書記。

☆ガニマール
ルパンの宿敵の老警部。

☆ガブリエル=タバルー
フランス学士院会員の歴史家。

☆ガルスラン男爵

ウネルヴィル城館の秘密を狙う怪人物。

☆グレゴワール

ガルスラン男爵の部下。

☆ジャック=フェランジュ
リュシルの父。船遊びで事故死。

☆ジャンヌ=フェランジュ
リュシルの母。船遊びで事故死。

☆バラングレー
元総理大臣。

☆ビクトワール
ルパンの乳母。

☆フォルムリ
予審判事。

☆ブリュノ
ルパンの部下。

☆フレネゾー
オンフルールの公証人。

☆ベルナルダン=ヴォトレル
ウネルヴィル城館の家令の子孫にあたる老人。城館の秘密を知っているが、痴呆気味。

☆ユベール=フェランジュ
工場主でウネルヴィル城館の持ち主。リュシルの伯父で後見人。

☆ラウル=ダピニャック
アルセーヌ=ルパンの変名。

☆リシャール=デュモン
「エコー・ド・フランス」紙の記者。

☆リュシル=フェランジュ
ウネルヴィル城館に住む17歳の美少女。両親を事故で失っている。

☆レオンス=カタラ
ウネルヴィル城館の図書整理のために雇われた秘書。

☆わたし
ルパンの伝記作者。


◎盗品一覧◎

◇ル・サンシー
歴代フランス国王によって受け継がれてきた国宝級のダイヤ。持つ者に不幸をもたらすとも言われる。


<ネタばれ雑談>

☆「新ルパンシリーズ」の開幕!
 
 1973年。フランスで「ウネルヴィル城館の秘密(Le secret d'Eunerville)」と題する推理小説が刊行された。作者の名前はなんと「アルセーヌ=ルパン」とある。その冒頭には、こんな出版経緯が書かれている。

 アルセーヌ・ルパンの数多くの冒険や思い出は、世に知られないままで終るところだった。さいわい、そうした冒険や思い出を詳述する原稿が、最近、この有名な強盗紳士がかつて身をよせた隠遁所で発見され、親族の一人によって完全にまとめられた。
 今日、モーリス・ルブランの遺族たちの承諾を得て、われわれが公刊するのは、これら新しい冒険の第一話『ウネルヴィル城館の秘密』である。(榊原晃三訳)


 なんとまぁ、アルセーヌ=ルパンその人が書き記した回想録が「原典」であると書かれていたのだ!
 ルパンシリーズの生みの親・モーリス=ルブランの死からすでに30年が過ぎていた。アルセーヌ=ルパンが実在するとすれば1874年の生まれなのでこの時点でもはや生誕百年に近く、まぁ普通に考えれば彼もとっくに故人であろう。ルパンは1920年代を最後に活躍が知られず、どこかに隠遁していたと考えられ、そこで自身の回想録を書いていたとしても不思議ではない。実際、『謎の家』で「ルパンの未発表回想録」なるものがあることが示唆されていたし。その回想録の原稿をまとめたのが「親族」であるというのも気になるところだが…『ルパン最後の恋』の結末からすると「親族」に思い当たるところもあるが、この小説の刊行時点では『最後の恋』の存在は知られていなかったはずだ。

 ともあれ、本作は「アルセーヌ=ルパン著」という異例の形で世に出された。突然のアルセーヌ=ルパンの「復活」は驚きをもって読者に迎えられ(実際1970年代にもなるとフランスでもルパンは少々忘れられた存在だったみたいで、1971年から放映されたTVドラマシリーズで改めて認知されたらしい)、しかも実際の作者の名が伏せられ「覆面作家」による作品という話題性もあって、『ウネルヴィル城館の秘密』はヒットし、その年の「批評の“ミステリー”賞」を受賞している。
 このルパンシリーズの「新作」は、ロングセラーとなっていたポプラ社・南洋一郎文の「怪盗ルパン全集」にも『悪魔のダイヤ』のタイトルで素早く翻訳リライトされ(実は「翻案」に近いが)、初版発行時点では作者不明ということもあって「まえがき」で南洋一郎自身が「作者はルパンとなっていますがほんとうでしょうか」と書いたりしている(後の版では「あとがき」でルブラン遺族からのコメントを載せ作者の正体を明記している)

 日本で本作の全訳を出したのは新潮文庫で、訳者は児童書を中心にルパンシリーズも数多く手がけた榊原晃三(1930-1996)だった。榊原は『ウネルヴィル城館の秘密』が発売された直後にパリの書店で原書を買っており、「ルパン作」とあることに最初は「ふざけた本だ」と思いながら読み出したが、読み進むうちにその雰囲気やサスペンスの盛り上げ方から「これはボワロ=ナルスジャックの仕業では」となんとなく思ったという(名探偵読本「怪盗ルパン」所収のエッセイ「神話になった英雄」

 この推理は大当たりで、翌1974年に刊行された「新ルパンシリーズ」第二弾、『バルカンの火薬庫』で作者がボワロ=ナルスジャックであることが明かされた。
 ここで改めて説明しておく。ボワロ=ナルスジャックはピエール=ボワロ(1906-1989)トマ=ナルスジャック(1908-1998)の二人が組んだチーム推理作家で(ミステリ業界では米のエラリー=クイーンの例がある)、1930年代からそれぞれにミステリ小説やミステリ評論で活躍しており、1952年に初の共同執筆ミステリ『悪魔のような女』を発表、これが大当たりとなって以後続々と「ボワロー=ナルスジャック」名義のミステリ小説、ミステリ評論集を発表することになる。映像向きなのか、映画化・ドラマ化された作品も多く、有名どころでアルフレッド=ヒッチコック監督の代表作『めまい』(原作は『死者の中から』)がある。調べてみると日本のサスペンスドラマでも彼らの小説を元ネタにしたものが多くあるようだ。

 正体を明かした『バルカンの火薬庫』の前書きで、ボワロ=ナルスジャックはこの「新ルパンシリーズ」を書いた動機を明かしている。彼らはジョン=ディクスン=カーモリー=ハードウィックがホームズのパスティシュを書いた例を挙げて、創作されたキャラクターが一つの「神話」となった場合、そのパスティシュを書いてそのキャラクターを蘇らせるのは意義あることだと説き、ルパンシリーズを夢中になって読んだ自らの少年時代の思い出のために「借金を返済」したかった、そしてパスティシュを書くという作業を通してルパンの生みの親であるルブランを称えたかったのだと記している。「新ルパン」執筆以前にトマ=ナルスジャックは「アルセーヌ=ルパン論」を著していて(邦訳は創元推理文庫版『二つの微笑をもつ女』に収録)、そこでも「もはやルパンは神話であり、ルブランの創作物ではない」といった趣旨の文言があって、すでにその時点で自らルパンシリーズを書こうという野心があったように読める。

 執筆が始まった時期が、ジョルジュ=デクリエール主演のTVドラマシリーズの放映直後なので、いくらか「便乗」のところがあったのかもしれないが、ホームズに限らず作者の死により終了した人気シリーズを他の作家が引き継いで書くというのはよくあること(僕の趣味の範囲ではアシモフの「ファウンデーション」シリーズの例がある)。少年時代にリアルタイムでルパンシリーズ新作を読んだボワロ=ナルスジャックにとってはかねて念願の企画であり、ちょっとルパンが盛り上がったことでタイミングよし、ということだったのだろう。
 ただし何と言ってもオリジナルのシリーズは20世紀初頭から1930年代にかけて執筆されたもので、1970年代にそれを書こうとすればほとんど時代小説も同然。すでに他作家の贋作集をものにしていたナルスジャックだけに「ルブランの文体の再現はさほど難しくなかった」と明かしているが、大変だったのは「ルパンの時代」の再現であり、アルセーヌ=ルパンという超人的でありながら人間くさいキャラクターの再現だったと思われる。『ウネルヴィル城館の秘密』を読むと、ボワロ=ナルスジャックが原作はもちろん、当時の時代を知る資料群を相当に読みこんでリサーチし、可能な限り「ルブランのルパン」にアプローチしようと努力したことは良く分かる。

 もちろんルブランの遺族の許可はとっており、モーリス=ルブランの息子のクロード=ルブランには多大な応援を受けたという。できあがった作品に対してクロードは「奇跡が起こった。ルパンが復活した」と絶賛している。また各種書評をおおむね好評であったらしく、「ドラクロワを模写するマチス、ベラスケスを模写するピカソ」とか、「最上のルブランとは言わないが最上のルパンと躊躇なく言える」といった最大級のほめ言葉が踊ったという。僕自身は正直なところそれは褒めすぎと思うのだが、古き良き、懐かしのルパンが「新作」で帰って来た!という感動が大きかったんじゃなかろうか。


☆「ルパン」のエッセンスを詰め込んで
 
 『ウネルヴィル城館の秘密』は確かにルブラン作のルパン長編によく似せている。このサイトの「雑談」をお読みいただければお分かりのように一口に「ルパンシリーズ」といっても様々なスタイルがあるのだが、この『ウネルヴィル城館の秘密』について言えば、ルブランが第一次大戦後にベル・エポック時代を懐かしんで書いた作品群(『八点鐘』『緑の眼の令嬢』『謎の家』『バール・イ・ヴァ荘』など)に近い雰囲気を出していると思う。つまりは大傑作の大冒険といった話でもなく、小粒ながらそれなりに面白くまとまっている、といった内容だ。あの時期のルパンシリーズの中にこんなのがひょっこり紛れこんでいても、そう違和感はないかな、という出来ではある。

 その時期の作品に似ているな、と思わせるのは、ひとつにはルパンが泥棒など犯罪行為をほとんどせず、もっぱら殺人事件の謎とき、古くから伝わる秘密の宝探し、そして美女との恋愛(笑)で話を引っ張っていることにある。確かに最初は城館に盗みに入るところから始まっているのだが、あくまでそれをきっかけに別の事件が始まるという構成だし(この辺は『水晶の栓』に似てる)、宿敵であるガニマール警部も登場して逮捕・投獄されるも見事に脱獄するという初期短編集を思わせる展開もあるのだが、拍子抜けするほどあっさりと書き飛ばしていてあくまで話の横道扱い。ストーリーのメインは薄幸の美少女を救って事件の謎を解きお宝をみつけるという話であって、『緑の目の令嬢』が一番似てるかな、と思う。

 他にも「あれ、似たような場面があったような…」と思わせるところは多い。例えばルパンの伝記作者である「わたし」が一人称でルパンとのやりとりを語って物語を補足するところとか、ルパンが実在人物も含めて次々と変装してしまうところ、ルパンが罠にはまって閉じ込められてしまう場面とかコーヒーに睡眠薬を入れられてしまうといった大ピンチ場面、あるものを手に入れて大成功と調子に乗っていたら翌朝あっさりそれが消えてる場面、ルパンがハッタリで敵をだまして話を聞き出して去り際に「今のはウソ」と明かしてしまうところなどなど、そりゃルブランのものそっくりに書こうと意識してやってるんだから当然なんだけど、模倣というより引用と言いたくなるような場面が目につく。
 敵キャラの一人、ガルスラン男爵のキャラも『813』で似たようなのがいたし(そういえば死に方も似てるか)、そもそも謎の設定じたいが『813』に良く似ている。あちらはナポレオンが宿泊した古城だったが、こちらは二月革命(1848)で失脚した国王ルイ=フィリップが亡命前に立ち寄った古城だ。

 ルパンシリーズの名物キャラの登場も多い。宿敵ガニマールが相変わらず元気にルパンを追いまわしているし、道化役の予審判事フォルムリもさりげなく登場している。乳母ビクトワールもいつもの調子でルパンとやりとりしているし、元総理大臣のバラングレーまで姿を見せる。また細かいところでルパンがコレクションしている筆跡のなかに「ドーブレック議員」の名前があったり、ルパンがリュシルに語る「ルパン譚」の中に「アンベール夫人」の名前が出てきたり、ルパンが「エコー・ド・フランス」紙の記者になりすましたりと、ルパンシリーズのファンならニヤリとしちゃう小ネタもところどころに見られる。舞台がルパンのホームグラウンドともいえるセーヌ北岸のノルマンディ地方であるところも「お約束」の踏襲だ。

 だがルパン研究者としてちと困ってしまうのは、ボワロ=ナルスジャックのルパンシリーズ年代考証が知ってか知らずか少々アバウトなところだ。本作はラストで第一次世界大戦勃発が描かれているように、1914年6月の事件と明記されている。物語の中で『奇岩城』や『813』にも言及していてそれより後の話であることは明らかなのだが、ドーブレックの名前があるところをみると『水晶の栓』より前の話の気配もあるし、そもそも『続813』のラスト以後、『虎の牙』で語られたような北アフリカで活動していた話は一切無視されている。
 いちおうガニマールのセリフから「ルパン死亡説」が流布していたことがうかがえるのだが、ガニマールもバラングレーもそして世間も、ルパンの華々しい再登場にそれほど驚いていないのだ。そもそも『奇岩城』以降はまったく登場せず、すでに定年退職していた可能性が高いガニマールが普通に登場していて、1912年にもルパンとやりあっていたとの話まで書かれているところなど、思いっきり矛盾している。

 こういうことは、それこそ『緑の目の令嬢』や『謎の家』が『奇岩城』と『813』にはさまる時期の話なのに設定上矛盾が生じていたように、ルブランもやっていたことだからボワロ=ナルスジャックもそれにならったのかも、という推理もできる。またモロッコだのモーリタニアだのアルジェリアだの件は植民地主義への批判意識が広がった1970年代ではさすがに触れにくく、意図して無視した可能性もなくはない。
 ボワロ=ナルスジャックの「新ルパンシリーズ」は長編5作があり、それぞれにオリジナルのルパンシリーズと密接・間接にかかわる設定をつけられていて、「ルブランによって語られなかったルパン冒険譚」として「ルパン史」の中に割りこませられる作りにはなっている。だが、実際に割りこましてみるとやっぱり様々な矛盾が生じてしまい、しっくりこないのが困りものだ。


☆ボワロ=ナルスジャック流の「ルパン」

 「新ルパンシリーズ」は確かにルブランそっくりを目指したパスティシュ(模作)なのだが、著者がフランスを代表するミステリ作家ということもあり、「ミステリ度」に関して言えばルブランのそれよりも強いかもしれない。
 ウネルヴィル城館の謎解きは『遅かりしホームズ』や『813』にみられた暗号解きの宝さがしで、一見いかにもルブラン風味なんだけど、ボワロ=ナルスジャックの手にかかるとそう簡単には解かれず、次から次へと推理がひっくり返される作りになっている。『聖ヤコブはヨハネのあとを継ぐ』の暗号解きは次々と解釈が出ては消えていくのだが、そのそれぞれがなかなかに考えられており、また巧みに「外れ」にされてゆく。終わってみるといささか「ひねり過ぎ」の感もあるけど。

 そして物語のもう一つの謎、連続殺人の真犯人は誰なのかという問題も、次から次へと推理がひっくり返され、ルパン自身もずいぶん翻弄されている。ルブランも「どんでん返し」構成の作品をいくつか書いてるけど、ボワロ=ナルスジャックのこのシリーズはより意地悪な「どんでん返し」が目立つ。
 ネタばれ雑談コーナーながら、本作についてはなかなか読めない人も多そうなのでなるべく真犯人を書かずにおくが、本命の方はともかく(これも結構驚きだけど)、共犯(?)の方を予想できる人はいないのではないかなぁ。もう少し伏線を張るとか、出番を増やすとかヒントを与えておく必要があるんじゃなかろうか、と。急に明かされて、そりゃ驚きはしたけれど、唐突の感はまぬがれなかった。この点、反省したのか知らないが次作『バルカンの火薬庫』ではもう少し巧みにどんでん返しをかましてくれている。

 ところで先述のように、この『ウネルヴィル城館の秘密』は南洋一郎版「怪盗ルパン全集」でも『悪魔のダイヤ』のタイトルで刊行されている。児童向けのロングセラー全集だったから、子供時代にこれで読んだ人も多いだろう(僕もそうだった)。現在刊行されている南版全集「シリーズ怪盗ルパン」ではボワロ=ナルスジャック作品は全部外されてしまっているので読むのが困難になってしまっているが…。
 当サイトの「南洋一郎『怪盗ルパン全集』の部屋」を見てもお分かりのように、南洋一郎版「ルパン」は全訳ではなく児童向けにかなり省略とアレンジをほどこしており、中にはストーリー自体を改変してしまっているケースもある。実は『悪魔のダイヤ』もその一例で、物語の90%くらいまではほぼ原作どおりの筋書きで話が進んでいるのだが(ただし子供には難解と判断したか暗号はかなり単純なものに変えられている)、ラストで肝心の真犯人が変更されるという重大な改変がほどこされている。それまで物語のなかで一切登場せず、最後の最後になって唐突に乱入して来る「骨無し男」が事件を全て裏から操っていた真犯人だった、という結末なのだ。僕も子供心に唐突だなぁと思ったのだが、だいぶたってから全訳を読んで納得したものだ。

 おそらく原作の「真犯人」は、南洋一郎にとっては「子供向けにはどうか」と思うものだったのだろう。原作では死ぬその人物がラストで元気に出てくるところもその表れだ。そこで南洋一郎は別の犯人を用意しちゃったのだが、「怪盗ルパン全集」の『虎の牙』および『ルパンと怪人』(「バール・イ・ヴァ荘」が原作)に登場した奇怪な「骨無し男」をそれにしまった。ルパンにも「ずっと前におれがあいてにしてたたかった骨無し男とそっくり」と言わせ、現在では使用が差し控えられそうな身体的異常を指す言葉も使われており、この辺は南洋一郎本人の趣味というか、大昔の児童向け冒険小説の悪役造形として、今だとかえってこちらの方が「子供向けにはどうか」というものになってしまっている。
 南洋一郎版「怪盗ルパン全集」はもともとストーリー改変がところどころ見受けられるものだったのだが、『悪魔のダイヤ』以降のボワロ=ナルスジャック作品になると改変の度合いが一気に強くなる。真犯人の変更はもちろん、まるっきり別の話みたいになってるものまであるのだ。これはボワロ=ナルスジャックがすでに「勝手に書いてる」(もちろんルブラン遺族の許可はとったが)んだから、こっちも勝手にやっちゃってよかろう、という気分だったんじゃないかと。実際『悪魔のダイヤ』以降は原作者を明記せず、「南洋一郎」だけの表記になっているし…現在ボワロ=ナルスジャック版ルパンを原作とする5冊が刊行されないままになっているのも、その辺に一因があるのかもしれない。


☆最後に歴史背景ばなし

 ボワロ=ナルスジャックは本作において元祖ルブランにならい、フランスの歴史を物語にからめている。ルブランはルパンシリーズの中でカエサルからカール大帝、ジャンヌ=ダルク、ブルボン朝、ナポレオン、ナポレオン三世とフランス史総まくり状態で使っていたが、『ウネルヴィル城館の秘密』ではルブランがなぜか触れかった歴史的事件が背景に使われている。1848年に起こった「二月革命」だ。

 フランス革命によってブルボン朝が倒れて共和制となったが、ナポレオンが台頭して皇帝に即位し帝政をしいた。ナポレオンが失脚するとブルボン朝王政が復活したが、1830年に「七月革命」が起こってブルボン朝はまたも王位を失い、代わりに自由主義者であったオルレアン家のルイ=フィリップ(1773-1850)が新国王に即位した。これが「七月王政」だが、ルイ=フィリップはやはり保守的な姿勢を強めていったため、1848年に「二月革命」が起こってフランスは再び共和制となる。王位を追われたルイ=フィリップはイギリスへの亡命を余儀なくされたのだが、その途中でウネルヴィル城館に立ち寄っていた、というのが本作のフィクションだ。

 ルイ=フィリップはフランス史上最後の「国王」となった。その後ナポレオン三世の第二帝政を経て、ルパンの時代の「第三共和政」へと移っていくのだが、ブルボン朝、あるいはオルレアン朝を復活させようとする「王党派」も一定程度存在した。ブルボン復活派は「レジティミスト」、オルレアン家復活を目指す王党派は「オルレアニスト」、このほか帝政復活派は「ボナパルティスト」と呼ばれ、フランスにおける保守派・右翼系の政治勢力となる。
 榊原訳文ではルパンの部下ブリュノがルパンから「もと王党派の院外青年団員だったな」と言われるくだりがあるが(唐突に出てくる話なんだが)、この部分、原文では「l'ancien camerot du Roy」となっている。辞書で調べてみると「camerot」とは「新聞の売り子」のことで、「camerot du Roy」は王党派新聞の売り子のこと、転じて極右的な王党派を指す言葉であるという。その辞書では二つの大戦の間の時期にいたものとされていたが、この物語のように第一次大戦前にも一定数そういう人たちがいたということなのだろう。ついでながら、2004年のフランス映画「ルパン」では「オルレアニスト」と思われる人々が奇岩城の財宝を狙っている設定だった。

 本作のお宝である、ダイヤモンドの「ル・サンシー(LeSancy)」。これ、実はちゃんと実在する有名なものである(Wikipediaフランス語版の項目)。55カラットの巨大なダイヤで、カットのスタイルからインド産ではないかとみられている。
 ルパンが作中で言ってるように15世紀にブルゴーニュ公のシャルル豪胆公(Charles le Téméraire、1433-1477)が所有していたとされるのが歴史上の初見で、その後ポルトガルやイギリスを転々としたのち宰相マザランが買い取ってブルボン王家に落ち着くが、フランス革命の混乱の中でどこかへ消え失せてしまった。その後1828年にロシア貴族が入手して再び出現、その後また転々として1867年のパリ万博で展示されたが、またしばらく消息が途絶え、1906年にイギリス富豪が買い取って再登場、1979年以後はルーブル美術館で展示されている。なるほど、なかなかに数奇な歴史をもつダイヤモンドなのである。
 『ウネルヴィル城館の秘密』は1914年の設定なので、「ル・サンシー」の行方はすでにわかっていた時期のはずだが、ボワロ=ナルスジャックは史実と異なることは百も承知で、シャルル10世(ブルボン朝最後の国王)が買い取って「国宝」とし、ルイ=フィリップが所持していたという創作を加えている。ルパンが入手するもあっさりとフランスに寄贈してしまうのももちろん創作で、現実の「ル・サンシー」とは似て非なる別物、と考えればいいのだろう。


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