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―ぼくが、わたしが、みんなが読んだ―

南洋一郎
「怪盗ルパン全集」
の部屋
―第3室―

19「ルパンの大失敗」

<内容>
「怪盗紳士ルパン」および「ルパンの告白」をもとにした短編集です。「ぼくの少年時代」(女王の首飾り)。「結婚指輪(リング)」(結婚指輪)「消えた黒真珠」(黒真珠)「ルパンの大失敗」(アンベール夫人の金庫)「奇怪な乗客」(ふしぎな旅行者)の5編が「第○の事件」という形で併催されています。

<原作との比較>

総じてルパンの「義賊性」がさらに強化される改変が目立ち、どの話でもルパンは盗んだものを持ち主に返してしまうなど、悪事が全て善行に差し替えられています。「結婚指輪」の原作のあの余韻のあるオチも、わざわざ「別人」の話にしてしまったのは「やりすぎ」というものでは。「大失敗」の話ではルパンの部下にちゃんと「ジャック」という名前がついてますが、これも南洋一郎の創作です。

<表紙絵>
タイトルの「大失敗」の話ではカッコよくない、と考えたようで、「奇怪な乗客」をイメージした表紙です。
20「妖魔と女探偵」

<内容>
準ルパンシリーズである「女探偵ドロテ(綱渡りの踊り子ドロテ)」が原作です。ルパンが登場しない作品ということで現行シリーズでは残念ながら除外され読むことが出来ません。偕成社版ルパン全集には別巻として全訳が収録されています。


<原作との比較>
これもほぼ原作に忠実な展開で、ルパンは明確には登場しません。しかし青年ラウールがどうみてもルパンにしか思えないとにおわせる改変がほんのちょっとではありますが加えられています。なんといっても「スーパーマン」って表現が出てきますから(笑)。

<表紙絵>
旅芸人一座の馬車、ピエロの少年、美少女ドロテ、そして不気味な悪役にどんよりとした背景。内容的にはもっと明るい話なんですけど、タイトルともども「ちょっと怖い」雰囲気で読者をひきつけようという狙いがうかがえます。

21「ルパンの名探偵

<内容>
「バーネット探偵社」が原作。「おそろしい復讐」(水は流れる)「国王のラブレター」(ジョージ王のラブレター)「空とぶ気球の秘密」(偶然が奇跡をもたらす)「金の入歯の男」(金歯の男)「トランプの勝負」(バカラの勝負)「巡査の警棒」(ベシュ、ジム・バーネットを逮捕す)「ベシュー刑事の盗難事件」(十二枚のアフリカ株券)を収録。このうち「空とぶ気球の秘密」と「金の入歯の男」は以前「七つの秘密」に収録されていたものです(バルネをバーネットに改めています)。

<原作との比較>
もともとはバーネットが毎回「ピンはね」で稼いでいくユーモア小説なのですが、やはり南版ではバーネットのワルぶりがかなりトーンダウンし、稼いだ金も慈善事業に寄付してしまってます。これにともないバーネットとベシュの関係もずいぶん仲良くなっており、当然というべきか、ベシュの別れた妻をバーネットが「ピンはね」してしまう一編「白い手袋…白いゲートル…」は完全に抹殺されました(笑)。

<表紙絵>
 「空とぶ気球の秘密」をモチーフにしたものですが、「七つの秘密」でも同じ場面が使われてました。

22「悪魔の赤い輪」

<内容>
非ルパンもののルブラン作品、しかもオリジナルではなくハリウッド映画のノヴェライズというかなり特殊な小説である「赤い輪」が原作。ルパンが出てこないため、現行シリーズでは除外されました。偕成社版「アルセーヌ・ルパン全集」で別巻として全訳が刊行されています。


<原作との比較>
正直なところよくこれを「ルパン全集」に入れたもんだ、という気もします。ルパンが出てこないことについては「まえがき」で断りが入っていまして、「ルパンの『変身』が大活躍」という表現になってます。「変身」というより「分身」というべきでしょうか。とにかくこれについては全くの別人だと分かります。ストーリー自体はほぼ原作に忠実です。

<表紙絵>
手に赤い輪が浮かび上がると人格が変わって盗みをはたらく…という、ちょっとホラーっぽい話でして、表紙絵もそれを全面に押し出してます。手前にいる人はあくまで「ルパンっぽい人」です(笑)。

23「ルパンと怪人」

<内容>
「バール・イ・ヴァ荘」が原作。

<原作との比較>
大筋では原作どおりの展開ですが、ヒロイン二人のどっちをとるか迷ったあげくどっちにもフラれるというルパンの恋愛話は一切カット(笑)。また犯人の「怪人」性がいっそう強調されています。

<表紙絵>
ルパンと少女が困難に立ち向かう、という構図。問題の「怪人」は下のほうに小さく描かれています。

24「ルパン最後の冒険」

<内容>
「カリオストロの復讐」が原作。

<原作との比較>
「カリオストロ伯爵夫人」(南版では「魔女とルパン」)と密接につながる話なんですが、「魔女とルパン」で恋愛要素を全てカットしてしまったため、この「最後の冒険」の冒頭であのあとルパンとクラリスが結婚し子どもが生まれたこと、クラリスが死んで子どもが誘拐されたことを駆け足で説明してから本編に入っています。この話の「ルパンガール」にあたるフォスチーヌはやっぱり話がかなり変えられました。

<表紙絵>
どこか寂しげ、しんみりした顔のルパンがこの話の内容を象徴していますが、手前に描かれるのはどうみても凶悪犯罪。もととなった場面はあるのですけど、印象がずいぶん異なります。

25「ルパンの大作戦」

<内容>
「オルヌカン城の謎(砲弾の破片)」が原作。

<原作との比較>
原作はもともと非ルパンものとして書かれた小説で、単行本化に際して明らかに商売上の理由からほんの1シーンだけルパンが登場する追加がされたものです。南版ではそれを大幅に改変、後半はルパンが大活躍するストーリーになっています(同様の改変を行ったものに久米みのる「怪盗ルパン地底の皇帝」があります)。ラストシーンは退位したドイツ皇帝とルパンが再会して語り合うという全くオリジナルながら余韻のある名シーンとなりました。物語の途中で南洋一郎自身が第一次大戦の戦場跡を訪れ平和の尊さを訴える体験記が挿入されるのも特徴です。また前書きでこの話が「ルパンが善良な性格だけをあらわす話」であり「ルパンが一つも悪いことをしない」ことを強調して子ども読者たちに強くオススメしており、南洋一郎が少年少女に対する「啓蒙」の意識を強く持っていたことをうかがわせます。この時点では一応の最終巻であったこともメッセージ性が強くなった一因かもしれません。

<表紙絵>
珍しく軍服姿のルパン。黒衣の女暗殺魔、爆破される城、と必要要素はきっちり入ってますね。

26「悪魔のダイヤ」

<内容>
ボワロ=ナルスジャックが1970年代に「アルセーヌ・ルパン」名義で発表した新ルパンシリーズ「ウネルヴィル城館の秘密」を、素早く翻訳・リライトしたものです。この時点では作者不明であったため表紙にも原作者の名はなく「南洋一郎」のみ。前書きで「作者ルパンとなってますがほんとうでしょうか」という説明があり、再版バージョンから「あとがき」に「ルブランの遺族に問い合わせたところボアロー・ナルスジャックが作者と分かった」との補足がされてます。現行の「シリーズ怪盗ルパン」ではこれらボワロ・ナルスジャック版5冊は全て除外され読めなくなってしまいました。なお、原作の全訳版は新潮文庫から榊原晃三訳で出ていましたが、現在絶版です。

<原作との比較>
展開自体はほぼ全訳に近いと言っていいです。ただし、最後の最後になって、なんと真犯人が変更されちゃってます。どうしてそうなったのかは分かりませんが、南版ルパンが過去に「虎の牙」「ルパンと怪人」で出してきた「骨なしグニャグニャ怪人」が犯人となっちゃってますので、これはもう南さんの趣味だったとしか(笑)。題名も含めて「子供向けにはちょっと怖いほうがいい」という判断があったかもしれません。ルパンとリュシルの恋愛関係はやっぱりカットです。

<表紙絵>
例によって「美少女とルパン」の構図ですが、ヒロイン・リュシルの顔が楳図かずお風味で怖いです(笑)。

27「ルパンと時限爆弾」

<内容>
ボワロ・ナルスジャック作ルパンシリーズ第2弾「火薬庫」が原作。「時限爆弾」というタイトルは第一次大戦へのカウントダウンを意味しています。これも現行シリーズからは除外されてしまいました。全訳では新潮文庫「バルカンの火薬庫」がありましたが長いこと絶版です。

<原作との比較>
これも大筋の展開はいじってません。ただ第一次大戦が物語の背景にあるため、「ルパンの大作戦」とのツジツマをあわせる必要から、終盤でルパンが軍医としてボランティア活動をしていることになってます。また原作では終盤にドンデン返しがあるのですが、南洋一郎としては倫理的に問題があると感じたようで、きれいな話にまとめてしまってます。ルパンが飛行機で飛ぶオリジナル展開も付け加わってます。

<表紙絵>
第一次世界大戦だ!ということで飛行機、戦車、爆発と戦争モードな絵。物語中飛行機だけは出てくるんですが、実際の戦場は全く登場せず、かなりウソツキな表紙絵です(笑)。またもや「少女を守るおじさまルパン」という構図ですね。

28「ルパン二つの顔」

<内容>
ボワロ・ナルスジャック作の第3弾「アルセーヌ・ルパン第二の顔」が原作。これも現行シリーズからは除外されたもので、新潮文庫から出ていた全訳版も絶版です。

<原作との比較>
「奇巌城」の後日談という設定で、ルパンがフランス国家に寄贈した美術品が「爪」なる犯罪組織に奪われ、ルパンがこの組織と戦うというストーリーです。これも急いで翻訳・リライトをやったせいか、ストーリーにそう大きな改変はなく、南版としては珍しいことにルパンとヒロインのキスシーンがあったりします(笑)。ただ、ルパンとガニマールが妙に仲がいいこと、終盤の展開をよりルパンの活躍が目立つようにしていること、ルパンがまたもや慈善事業に寄付しちゃうことといった変更点はあります。。

<表紙絵>
ドラキュラみたいなルパンです(笑)。そういえば美少女の姿はなく、不気味な悪役や怪しい人影など、全体的に恐怖度高し。

29「ルパンと殺人魔」

<内容>
表題作はボワロ・ナルスジャックの第4弾「アルセーヌ・ルパンの裁き」が原作。全訳したものとしてはサンリオから出版された「ルパン、100億フランの炎」があったのですが、絶版希少の存在。ページが足りないのを穴埋めする必要があったようで、短編「ルパンと女賊」も併載されています。いずれも現行シリーズからは除外されています。

<原作との比較>
児童向け訳本を多く手がけている久米穣(みのる)氏の協力を得たとのことわりがあり、かなり大胆に圧縮しています。冒頭ではマンダイユが売国行為をしていたことをルパンが知って彼から財産を盗んで貧しい人に分け与えるために忍び込むという改変があり、途中でルパンが逮捕されてまた脱獄する面白い展開もあっさり一行で片付けられ、細かい話は飛ばして大筋のみ追いかけてる感じです。「ルパンと女賊」は、ルパンが迷子の女の子を拾って育てるが、実はその子の母親は女盗賊だった…という人情話。「ルブラン原作」と明記しているのですが、そんな原作は存在せず、南洋一郎の創作物と考えられています。「女王の首かざり」がちょこっと絡んでいるのでルブラン原作と強弁できないこともないですが…。

<表紙絵>
なぜか大量に舞う蝶…?と思ったら、これは燃やされた紙幣が飛ぶイメージのようです。これもかなりホラーっぽい表紙です。

30「ルパン危機一髪」

<内容>
ボワロ・ナルスジャック作の第5弾「アルセーヌ・ルパンの誓い」が原作です。この小説を訳したのは南版全集のみで、全訳はいまだ存在せず、今のところこれでしか読めないルパン物語になってます。残念ながらこれも現行シリーズからは除外されており、読む機会がますます減った一作です。本作の刊行直後に南洋一郎が亡くなり、全30巻の完結作であると同時に南の遺作ともなりました。

<原作との比較>
日本での全訳は出ていないのでながらく内容の比較ができなかったのですが、ようやく原文をチェックする機会を得ました。ざっと見た限り多少の本文の省略や読者にわかりやすくするための解説セリフはありますが、セリフ回しや各章の終わり方など、かなり原文に忠実で、南洋一郎にしては意外なほど(?)原作に忠実、「ほぼ全訳」といっていい内容でした。だからかえって「本当に南洋一郎?」とも感じてしまうのですが…もしかすると他の人の手がかなり入っているのではないかな?と思うんですが、どうでしょう。

<表紙絵>
「最後の一作」ということだからでしょうか、タイトルとは裏腹にシリーズでは珍しく落ち着いた美しい風景が描かれています。


<おわりに>
 南洋一郎版「怪盗ルパン全集」コーナー、いかがでしたでしょうか。この表紙絵大集合だけでもおなかいっぱい、って感じですかね。同社の「シリーズ怪盗ルパン」刊行後、書店はもちろん図書館でも急速に交代が進んでおり、こうして全巻そろえて並べて見るのは困難になりつつありまして、その意味でも貴重なコーナーを作らせていただいたと自画自賛しております(笑)。
 「シリーズ怪盗ルパン」は相変わらずルパン訳本のスタンダードを維持しておりますので、南版ルパンの命脈はまだまだ続くでしょう。しかし、日本の子ども達の圧倒的多数に影響を与えたのは間違いなくこの旧全集版。なんせ足掛け40年も刊行されていたんですから。勝手に作っちゃった話やボワロ=ナルスジャック原作版など、確かに出版社が除外したくなる気持ちも分からないではないのですが、そうしたアバウトで雑多なところも魅力の要素だったのではないかな、と僕は思う次第です。
 原典重視派としましては南版しか読んでない人はぜひ全訳を読んでね、とクドく言っちゃうわけですが、日本に「ルパン」を、とくに子供向け冒険物語として普及させた功績は抜群。日本の児童文学史の1ページか2ページは割かなければならないほどの影響力は確かにあったと思います。保篠龍緒と共に、南洋一郎の名も日本におけるルパン愛好史上の重要人物として称え、僕自身子ども時代にお世話になった感謝もこめつつ、このコーナーをしめくくらせていただきます。



シリーズ全巻の裏表紙にあった絵。
凄いワクワク感があったものですが、
こんなお城が出てくる話はなかったような…



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