焼却灰の鉛濃度分布を用いた鉛の由来の推定

 京都大学 環境保全センター 学生員 ○鈴木靖文 正会員  高月紘、酒井伸一

 都市廃棄物の焼却炉から排出される灰には鉛が高濃度に含まれていることが知られている。今までは一般廃棄物処理残渣として焼却灰とともにそのまま埋め立てられていた飛灰も、廃棄物処理法の改正により特定有害廃棄物に指定されるのに伴い、埋め立てを行う前に処理を行うことが指導されるようになった。また時をほぼ同じくして溶出試験による有害廃棄物の基準も改正され、特に鉛については基準をかなり上回る溶出が確認されており、処理対策については鉛が大きなウェイトを占めている。

 そもそも飛灰や焼却灰中に含まれている鉛は焼却されるごみ中に含まれるものであり、その原因となるごみを特定することができればこれを削減するための対策も立てることができる。しかし今までは、何が焼却灰中の鉛の寄与をしているのかは明らかにされてこなかった。本研究では、焼却灰の鉛濃度の測定結果に統計的な特徴があることを用いて、由来となる製品についての推定を行った。

1鉛蓄電池の焼却炉への混入の可能性

1.1焼却炉に混入する鉛の量

 焼却前のごみに含まれる鉛の平均濃度を直接求めるのは、ごみが非常に多様であるために不可能に近い。しかし、焼却炉から排出される鉛の量については比較的容易に計測することが可能であるため、焼却前後のマスバランスを取る事により、焼却炉に混入する鉛の量を求めることが可能である。焼却炉からの排出先としては焼却灰、飛灰、排ガス中の煤塵があげられ、それぞれの排出量と鉛濃度を求めた例として、表1にK市の清掃工場での結果を示す。これより、焼却前のごみ中には湿重量で平均して288ppmの鉛が含まれることが示されている。なおK市では、空き缶回収および粗大ごみ回収以外は分別を行っておらず、家庭から通常排出されるごみはすべて焼却に回されている。

     表1 京都市北清掃工場における焼却前後の鉛のバランス 
焼却灰飛灰 排ガス投入ごみ
鉛濃度(ppm) 1,6942,012 12,713288
ごみ1tあたりの発生量(kg) 116.042.9 0.37(1000)
鉛の分配割合(%) 68.430.0 1.6100.0

                     注)データは文献(1)による

1.2鉛の由来となる製品の推定に関する既存の研究

 焼却炉に混入する鉛の由来製品を推定する方法としては、今までに主に2つの方法が試みられている。1つは、鉛を含有することが知られている製品を全てリストアップし、含有濃度や製品の生産量を調べることによって廃棄量を推定する手法であり、合衆国EPAによる研究事例がある。もう一つの手法は、焼却ごみを細かい製品種類に分別し、各細分別項目ごとに鉛濃度を測定することによって鉛の寄与をする製品を推定していこうとするもので、京都市での調査事例がある。以上の2つの手法による推定の比較を表2に示す。

 日米の流通の差があるとはいえ、製品毎の鉛の推定で2つの手法の間で整合がとれているとは言いがたい。その原因として、EPAの手法では製品毎にあらかじめ焼却されるものと焼却され得ないものとに分類して推定を行っているため、実際に廃棄されている物が把握できていないことがある。また、京都市の手法では実際に廃棄しているものを調査しているものの、調査のサンプル量が1t弱であり、まれにしか混入しない製品を把握できていない点が指摘できる。

 いずれの手法でも、最大の鉛の使用用途である鉛蓄電池の混入の可能性については言及することができない。またごみ中の鉛濃度288ppmの値を十分説明できていないのが現状である。

1.3焼却灰の鉛濃度測定結果の特徴

 焼却灰は組成が均質ではないために、金属含有量の測定においては大きな誤差を伴うのが普通である。測定時における誤差も考慮されるべきであるが、灰の性状から、もともと焼却灰に存在する濃度分布の影響が大きいものと考えられる。

 金属の中でも鉛の濃度は特に大きな誤差が伴っており、最大値と最小値とで100倍を越える差がでてくることもある。図は、K市の清掃工場での焼却灰の鉛濃度について示したグラフであるが、22回の測定のうち、大部分は1000ppm前後であるのに対し、5000ppmを越える値を2回観測している。

 他の金属として、焼却混合灰についてCdMnSbの各金属濃度を測定を行った例を図 に示すが、いずれも鉛でみられたように突出した高濃度を示すようなサンプルは見出されない。突出した濃度を検出する例は鉛以外では銅など限られた金属しか現れない現象である。

 突出した高濃度を検出することは、すなわち焼却灰中で十分混合されていないことを示している。焼却炉の中での物理的な混合は混入しているすべての物質について等しく行われているはずであるが、各種の金属ごとに存在形態や、沸点の高さ、含有量などが異なっているために、金属により濃度分布に差がでてくることが説明できる。高濃度に検出することがある銅の場合には、金属としても安定しており沸点も高いことから、突出しているサンプルの説明が可能である。一方、鉛は焼却炉内で金属鉛、酸化鉛、塩化鉛といった形態で存在していることが予想されるが、金属鉛および塩化物は比較的沸点が低く、酸化鉛も非常に細かい粒子として存在していることが知られており、他の金属に比べても炉内で混合されやすい。それでもなお十分混合されていないことから、非常に大量に鉛を含有する製品が混入しているために十分混合しきれていないことが考えられる。大量の鉛を含有する製品としては鉛蓄電池が考えられ、これはkgのオーダーで鉛を含有するもので、焼却炉内の混合の程度でも十分濃度分布を作ることが予想される。

2焼却炉に鉛蓄電池が混入している可能性についての考察

 以上の議論を含めて、鉛蓄電池が焼却炉に混入している可能性の根拠となると思われる事象や、可能性を示唆する研究を4つにまとめてみた。

2.1焼却灰中で極端に高濃度を検出することがある

 先程示したように、考慮しうる測定の誤差を越えるほど高濃度の部分を検出することは、灰が十分混合されていないことを意味する。この原因としては、金属の特徴として構造が強固であるために混合されない場合、大量に混入するために焼却炉程度の混合では十分拡散されないことが考えられる。鉛の場合には、焼却炉内で存在すると思われる形態はいずれも沸点が低かったり、細かい粒子として混合しやすい状態にあるため、大量に焼却炉に投入されることがある為に濃度分布ができるものと考えられる。

2.2鉛蓄電池により灰中の濃度を説明できる

 既存の研究ではいずれも鉛蓄電池は焼却炉に混入しないとしており、焼却炉に混入していると計算される量の鉛を説明できていない。いずれも、鉛蓄電池が焼却ないものと仮定しているのみで、可能性を否定する根拠を持つものではない。混入すると仮定すると、無理なくその混入量を説明することが可能となる。

2.3家庭から廃棄される鉛蓄電池が無視できない

 多くの鉛蓄電池は、自動車・二輪車などのバッテリーとして使われている。これらは廃棄時に処分施設で取り除かれるか定期的に交換されるものであり、普通は家庭内で手にするようなものではない。しかし、カーショップ・小売店等でバッテリーは個別に販売されており、交換された後のバッテリーの処分に困る例もみられる。現実に、道端に不法投棄されているバッテリーをよく見かける。これらのバッテリーが家庭からの唯一の廃棄ルートである家庭ごみとして廃棄されている可能性を否定することは難しい。

 また、最近は自動車等のバッテリー以外にも、充電式のクリーナーやひげそり器のように鉛蓄電池を使っている製品が多く家庭内にはいってきている。これらは明確な回収ルートが提示されておらず、家庭ごみとして廃棄されていることが予想される。

2.4National Recovery Technology(USA)による金属除去施設での研究

 National Recovery Technologyでは、金属探知器を用いて焼却炉に混入する金属を事前に取り除く装置を設置し、焼却灰中に含まれる重金属の濃度がどの程度改善されるかについての研究が行われた。

 この結果、金属除去の装置をつける前に比べて灰中の鉛濃度が70%削減されたことが示された。これは金属の形で存在する鉛が7割をしめていることを意味し、プラスチックや塗料として使用される鉛は、焼却炉に混入する主な原因ではないことがわかる。

 いずれも、鉛蓄電池が焼却炉に混入しないものであると仮定すると非常に説明に困難を伴うものであり、鉛蓄電池によりスマートに説明ができる。

3焼却炉内の拡散を用いた鉛蓄電池混入量の推定

 以上に示されたように、既存の考え方では説明できない鉛特有の特徴がある。これらは、「鉛蓄電池等の大量に鉛を含む製品が焼却炉に混入するため」であるとして説明ができる。ここでは、鉛蓄電池が焼却炉に混入したものとして、焼却灰にできると考えられる分布を推定し、実際の測定における鉛濃度の検出割合から、どの程度の鉛蓄電池が混入しているのかを推定してみる。

3.1使用するデータ

 先程掲げたK市北清掃工場の焼却灰の濃度のグラフにおいて、ちょうど1200ppm程度を境に傾きが変わっているのがみられる。これは、鉛の濃度分布がすべて鉛蓄電池によるものではなく、比較的低濃度の部分はそのほかの原因物質によるものであることが予想される。このため、以下に示すモデルでフィッティングを行うにあたって、低濃度の部分は除き1200ppm以上の部分についてのみのデータを扱った。

3.2 モデル化による推定

 実際の焼却炉に鉛蓄電池が混入したものとしてその濃度分布を求めるためのモデルを作成する。ストーカ炉内の灰の撹拌は非常に複雑であることが予想されるが、ここではできる限り簡素化して考え、単純な一定拡散が行われるものとして計算を行った。すなわち焼却灰における3次元座標を設定し、対象とする物質が座標内で炉内一定の拡散作用をうけて、一定時間の拡散をうけた後の分布が、最終的な焼却灰における濃度分布であると仮定した。

 撹拌される製品としては、自動車用バッテリー(鉛含有量8500g)、二輪車用バッテリー(1300g)、家電用シール電池(500g)を選び、それぞれについて計算を行った。その他の鉛を含有する製品は 10g 以下しか鉛を含んでおらず、焼却灰のサンプリングをした時に十分な濃度寄与がないことが考えられるために除いている。

 一定の拡散をうけた場合には、その分布は Gauss分布となることが知られている。放出する鉛の重量を M(kg)、放出する中心からの距離を r (cm)とすると、濃度 C(ppm) は、

という式で表される。なおαという値は、焼却炉内の混合の程度を示すパラメータで、放出点からの自乗平均距離(cm)である。この値は、炉の温度や構造などにより変化するものであり、金属ごとに混合の程度が違うため異なる値をもつものである。この値を実際に求めるためには、実際の焼却灰において一定メッシュごとに濃度を測定する必要があり、現在のところ明らかにはされていない。

ここで、中心点での濃度を C0 (ppm)とすると、濃度 C を示す点の放出点からの距離は、

と表現することができる。この距離 r(C) を用いて、D=(4/3)π{r(C)}3 とおくと、この値 D は、濃度 C 以上を示す部分の体積と言うことができる。この拡散を体積 D0のフィールド内で行ったものとすると、D/D0 は、ランダムサンプリングを行った場合に濃度 C を検出する確率に等しくなる。すなわち、実測のデータにおいて濃度 C 以上を検出した回数すなわち検出確率と比較することが可能になる。

 以上のモデル化において、未知パラメータとなっているのが、D0 とα である。この2つの値を求めるために最小自乗近似を行った。ここで1200ppm以上の部分についてのみ最小自乗近似を行ったが、これは低濃度の部分はそのほかの由来製品によっても説明が可能な場合も有り、鉛蓄電池のみで直接に説明ができる部分は高濃度における検出確率であると推測したことによる。D0 α の値を求めた結果を表3に示す。

 焼却灰への寄与濃度は、上記のモデルによって導かれた量の鉛蓄電池を混入させた場合の、焼却灰への平均の寄与を求めたものである。これは鉛蓄電池の重さに関係なく、1,150ppm 程度の値を示しており、焼却灰中の鉛濃度が 1,694ppm であることと比較すると、およそ 2/3 程度が鉛蓄電池によるものだと言うことができる。また、ここで問題となることが予想されるのが、測定回数の少なさによる誤差である。そこで、濃度分布形を仮定しない方法で95%信頼区間をとり評価を試みた。その結果、95%下限の値として焼却灰中の鉛濃度のうち、約1/3 は鉛蓄電池によるものであることが示された。以上の比較のグラフを図3に示す。

 以上の検討より、由来となる蓄電池の種類を特定することは不可能であるが、焼却灰中の鉛の由来製品として、最も確からしい値として2/3程度、最低でも1/3以上は鉛蓄電池のよるものであることが明らかにされた。


4結論

 2/3程度が鉛蓄電池によるものであることを示したが、感覚的にそれほど蓄電池が家庭ごみから排出されるとはなかなか想像しにくい。ごみ収集に携わっていた人に聞いても、そのようなことは有り得ないとの回答を得るだけである。それでは、蓄電池が焼却ごみとして廃棄されることが、どれほどのことなのかをおおよそ示してみた。

 8.5kgの自動二輪車用のバッテリーが廃棄されたものとする。この場合、焼却ごみ30tから50tに1個程度であり、世帯あたり3人として1年におよそ1tのごみを出すとすると、2050年に1つを排出する頻度となる。

 また、自動車を保有している人は34年毎にバッテリーを交換することになる。世帯に1台自動車があるものとすると、約10回の交換をする間に9回は販売店等で交換を行うが、そのうち1回はバッテリーのみを購入してきて廃棄をする程度である。自動車を保有している人が一生の間に2回程度間違って都市ごみとして廃棄してしまうと、焼却灰の鉛濃度を説明できることになる。この場合には鉛蓄電池の回収率は9割となるが、資料等で示されているリサイクル率もまた9割程度である。

 値としては、決して有り得ないと言い切れるほどの数値ではない。






参考文献

1)有害廃棄物対策研究平成4年度報告書, 廃棄物研究財団, 1993

2)Charles E. Roos:"Reducing Incinerator Ash Toxicity due to Cadmium and Lead in Batteries"

3)鈴木靖文 :「鉛含有製品のライフサイクルフローに関する研究−鉛蓄電池の焼却炉への混入を中心にして−」 ,衛生工学科卒業研究,1994



表2 鉛由来製品の推定における手法の差
項目ごみ中濃度(g-Pb/t)
EPA(1986) 京都市(1993)
バッテリー(1865 ) -----
ガラス・陶器( 81.07) 55.5
ハンダ( 62.08) 5.2
プラスチック (+) 36.454.46
金属製品( 13.26) 2.54
顔料 (+)11.52 3.12
チューブ( 6.51) 76.5
ゴム (+)0.70 0.05
草木類---- 0.792
厨芥---- 0.76
焼却分のみ合計50.6 143

注) 表中(+)印のつけられたものが

   EPAで焼却可能と分類されている。


表3 蓄電池の散乱モデルの計算結果
重量(g) 平均混合半径(cm) D0(L)灰寄与濃度(ppm)
自動車用バッテリー8,500 535,141 1,154
二輪車用バッテリー1,300 28785 1,156
家電用シール電池500 21303 1,152