「英国 ロングステイ体験;9ヶ月」

”定年後の夫婦の行事として10年計画で実現した生活・研究ステイをご紹介します。
なお本稿は、ロングステイ倶楽部に寄稿してものの再掲です。”


  *イギリス流のホスピタリティーを楽しんだ。
  *家を借り、車を買って現地生活を満喫した。
  *地域の生涯学習コースで、英語の他に、木彫り(ラブスプーン)や陶芸を習った。
  *カーディフ(Cardiff)大学で、地域開発の研究を行った。
  *ナショナル・トラストの会員になり、30カ所ほどのPropertyを巡った。
  *2001年総選挙のブレアの政党マニフェストを入手した。(500円で購入)


「イギリスでの生活を楽しむ」
 2001年5月から2002年の2月まで、定年退職を期に長年の夫婦の夢として温めて来た「イギリスでの生活を楽しむ」をテーマとしたロング・ステイを実現できた。ロンドンに3ヶ月、調査・研究を兼ねて訪れたウェールズ地方の首都カーディフに6ヶ月と2ヶ所に分けての滞在であった。ここでは、ウェールズの土地柄とホスピタリティーに触れて楽しんだカーディフでの出来事や様子を中心に紹介させていただく。

1.ロンドン、そしてカーディフへ
 英語学校の紹介のフラットは長期滞在の条件に合わなかった。そこで、知人の紹介でロンドンの日本人エージェントを介してロンドン市内の南部、クロイドン地区のノーブリー(Norbury)にある(北園ハウス所有のフラットを渡航前に手当てし、TSBに銀行口座も開き生活費を送金しての出発であった。入管で滞在理由を根掘り葉掘り聞かれて入国し、市内のホテルに暫く滞在したあと、愈々5月末にヴィクトリア駅からBRに乗ってノーブリーのフラットに移った。大家さんは鹿児島出身の親切な方で、日本人向きの設備環境が整っている住み易い部屋であった。ここはお奨めで、単身1週間の部屋から家族で数年間滞在が出来る1軒家まで対応可能なため人気があるが、時期を調整して交渉すればなんとかなりそうである。ノーブリーでの3ヶ月の間に不動産屋と交渉し、カーディフの中心街から歩いても行ける便利で新しいフラットを契約することが出来た。6ヶ月以上の滞在と2通の紹介状が条件であった。

 ロンドンでの滞在のあと一旦海外に出て北欧3カ国とドイツを3週間かけて巡った。引越しは6ヶ月滞在で揉めながら再び入国した9月の初めであった。ロンドンの大家さんの車に荷物を満載し人間ごと乗っかってM4というモーター・ウェイを走り、イギリスで一番長いセバン川を渡って陸路ウェールズ入りした。人口約300万人のウェールズ地方はイギリスの西方に位置し、その首都カーディフはロンドンから特急電車で2時間、距離240kmのところにある人口約34万人を擁する美しい地方中心都市である。ウェールズはイングランド、スコットランド、北アイルランドと並ぶ4つの地方の1つである。この辺りは日本の企業が60社程進出しているが、空からは不便で日本からはアムステルダム経由が唯一の便らしい。
 落ち着いた先は、中央駅南側の再開発地区に建つ新しいフラットの2LDKで駐車場付きの1階の部屋であった。市役所の斜め前にあり文化・娯楽施設が豊富な旧港地区まで歩いて10分の便利な所にあった。3週間程経過したところでロンドン時代の大家さんから中古車を入手し、保険に加入して早速乗り回すことになって行動力・機動力が飛躍的に大きくなったのは幸いであった。半年で8000kmの走行は驚くほどでもないが、各地への旅行を楽しんだりナショナル・トラスト等を訪問出来たのも良い思い出である。

<タクラ夫人との出会い>
 9月4日、引越しの翌日には大家さんのタクラ夫人が様子を見に来てくれた。彼女は元カーディフ大学の薬学の先生でポルトガル系、ご主人はエジプト人とのことである。夫人は学者らしくあっさりとしているが親切なひと。昨日行った備品のチェック結果を話してアイロンなど補充分にお礼をいい、冷凍庫など不動産屋との食い違いは善処を依頼した。どうも前の住人が壊したらしい。電話の接続は自分で申し込む方が早いとのことで、条件設定など手伝って貰ってBTに携帯から電話して接続完了,メールも使えるようになった。時間があるので車で近所のカーディフ・ベイ地区を案内するとの申し出がありお言葉に甘えた。所々で車を止めて丁寧な解説をしてもらい雰囲気も楽しめて有り難かった。机がもう一つ欲しいと言うと適当な物が見つかるまで店を幾つか廻ってくれた。店員にもたずねてくれ、3軒目で無事購入できた。日本人は部屋を綺麗に使ってくれるので大歓迎とのこと。昔の職場関連の友人に日本人がいて評判が良いようである。
 帰国前には自宅のハイティーに招いていただいた。山の手の瀟洒な住宅街にあるお宅は立派な家で、エジプトやトルコの絨毯が贅沢に使ってある。ビジネスマンの息子さんも同席され、プライベートな話のほか、社会政策や産業政策の議論も出来てよい思い出となっている。帰国時には、"次はいつ来るのか、来るなら部屋を直ぐ用意する"などと気持ちよく送り出してくれた。滞在が6ヶ月に少し満たなかったが、家賃の残りは返却してくれたのも好印象である。

2."クロイソ・イ・キムリ"...ウェールズへようこそ!
 さて、ウェールズの印象であるが、売り物の自然は山あり谷あり、海岸線は柔和なところから険しいところまで変化に富んでいて美しい。国中が牧場だらけであり、田舎道では羊に出くわすことがしばしばあり結構のんびりしている。どこへ行ってもその地方独特のパブがあり飲むだけでなく地域性のある食事が可能で、ホテルは小さくても小奇麗でフレンドリーなのが嬉しい。北ウェールズのスドーノニア地区には高い山があり中部のブレコン・ビコンズの山岳地帯そして西のペンブルークシャー海岸地区が国立公園になっている。近場ではガウワー半島の海岸が雄大で面白い。また、ウェールズは人情も厚く、紀元前に中央ヨーロッパから入植してきたケルト人(ブリトン)の文化が脈々と受け継がれている。ケルトとキリスト教が融合したケルティック・クロスが各地に残されていて、現代的なデザインのモティーフにもなっている。言葉については、ウェルシュと称するウェールズ語が第二国語として小中学校で教えられている。道路標識や公文書は両方が併記され、テレビの第四チャンエルではここの法律に基づいて半分がウェルシュ放送である。古くからある文化を大切にするイギリスならではの施策といえよう。

 一方、カーディフとその周辺は、産業革命後鉄と世界一の石炭の産出が続き港は石炭の輸出で賑わった所である。しかし、20世紀に入って旧式な産業となってしまい地域全体がかなり衰退していた。近年になって再開発を進めており活気が出ている。カーディフの中心街は中央駅から北側に広がっているが、官公庁ゾーン、ショッピング・文化施設そして昔のお城、教会、ホテルなどが隣り合わせで集まっていて、歩いて全部廻れる利便性が際立っている。結構多く訪れている観光客を目当てに19世紀に建てられた瀟洒な家が何軒もB&Bに改装されて並んでいて、観光に利用しながら地区全体の保存を図っている。保存といえば、古い旧工場地帯の用済み建物を壊して新しいフラットを建設する時にも、古い建物を1軒だけでも残してコミュニティ・センタにするなど、歴史・文化の保存に努めているのを見かけて感動したものである。
 駅前にはウェールズ各地のパンフレットなどを置いた観光情報センターやガイドツアーの事務所も整っている。パンフレットは、名所旧跡はもとより宿泊施設やグルメ、クラフト、文化・芸術・芸能・祭り等のインベント情報、アウトドアーと各種揃っていて見るだけでもわくわくしてくる。カーディフ市内では、カーディフ城、美術館・博物館、ニューシアター、スランダーフ大聖堂、カーディフ・ベイ地区等々変化に富んだスポットが多彩である。カーディフの郊外、車で15分から30分の所にも見るべきものがあり、近場ではウェールズ生活博物館、その先には宿泊施設が整ったワイナリー(スランエルク ヴィンヤード)があり日本人も結構来るらしい。また、広大な庭園、マナハウスそしてお城、更に変わった所では炭鉱の地下坑道に入れるビッグピットなど興味はつきない。

3.カーディフを楽しむ
 さて出歩く話はこの程度にして、生活面で気になるのが日本食である。カーディフにはよく広告に載っている日本料理店が1軒だけあり、地元の人も多く入っている。土曜日などは予約なしで行くと入れないことが多い。日本食材の店は後で知ったのであるが、やはり1軒あり韓国食材と一緒に売っている。納豆まであるから種類は想像できよう。
 最近はスーパーでもオリエント食品の中に日本食と共通のもの、例えば豆腐、白菜、椎茸とかが置いてあり困らないが、大根は穴場を見つけたという具合であった。イギリスの食料品は総じて日本より安く、肉を始めパン、ミルク、チーズ、野菜・果物など6割程度であるが、魚介類は日本と同じくらい日本食材は倍程度で、全体では日本と同程度であった。
 一度フラットを契約すると外国人という制約はうすい。電話の接続やテレビのレンタル、光熱費や住民税の支払いなど全て手続きをし請求書が来て自分で処理するという生活の基本的な部分から体験できたのは、ビデオが動かない等のトラブルも含めて面白かった。勿論、図書館で本やビデオを借りることも可能になるし、また住民アンケートなどもあった。

 今回の長期滞在で特筆すべきは、地域の生涯学習のコースに参加したことである。ロンドンでも近くのコミュニティの英語学校に通ったが、カーディフでは英語の他に夫婦で各々の趣味の分野に広げてみた。ウェールズの伝統工芸である木彫りのラブスプーンを高名な先生について初歩から教えてもらい、陶芸に関しては2ヶ所の教室に通ってロクロと型成形の技術を習うことができた。これらの地域情報は、図書館に行くと完備していてその年のプログラムが貰える。地域の生涯学習に参加することで、料金の安さもさることながら地域の同好の人たちとの交流を通して、日常生活に比べてより深い付き合いが出来て大変有り難たかった。また、ウェールズも含めイギリスでは思ったより手作りのクラフトが盛んで、各地で作家が同席する展示会が開催されクリスマスには街に作家が出店を出している。作り手の顔を見みて話をしながら買えるので、趣味と絡めて楽しむことができた。
<陶芸家モーリーさんとの出会い>  9月9日、快晴の日曜日を近所のギャラリー"クラフト・イン・ザ・ベイ"ですごす。ここは、ウェールズ在住のクラフト作家が、自分達で組合をつくって運営している。陶器でブルーの色使いが気に入ったモーリーさんのマグや、ロンドンにいたとき訪れた展示会で知り合った女性木工ロクロ家ローラ作の木の大鉢、そして金工家ニーア作の額縁を求めた。丁度当番で詰めていたニーアさんとは記念写真を撮った。後日モーリーさんとまずメールでコンタクトをとり、返事を待ってアポイントをとって10月2日郊外の自宅にお邪魔した。陶芸を習う件をお願いしたが自宅の工房は教えるだけの余裕がないとのことで、別のアートセンターを紹介してもらった。  彼女は作家組合(ギルド)の幹部をしており、ウェールズのクラフト関係の作家に関しての課題、特にマーケティングと情報技術の使い方を強調されていた。また、リニューアル中で5月にオープン予定の「新クラフト・イン・ザ・ベイ」の計画と、専門家を入れての運営・管理の改善策などの構想も聞かせてもらった。残念ながらオープンには立ち会えなかったが、いつの日か再会できることを願っている。

 3+6の9ヶ月間は、思い起こすと一瞬の出来事であり、充実した都会生活の楽しい思い出でもある。ウェールズ人の人情とご当地の土地柄は、ホスピタリティー溢れるものであったといえる。お世話になった大家さん達や色々習った先生方、知り合った皆さんへの感謝の念で一杯である。今回は生活と調査・研究に時間を割いたので、アウトドアー関係は余り経験出来なかった。乗馬、ナローボート、テニスなどやり残した事があって残念な気もするが、またの機会にとっておくことにしたい。