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<源流の出会い;小野記>
 <スピード登山者>
歩き始めて暫くして30代と思われるスピード登山者の男性二人組に抜かされる。雲取山を目指すとのこと、経験豊かな感じではなかったことから頑張ってと声掛けした。
<巨樹看板>
日原林道歩いている途中、巨樹看板(日原林道巨樹コース)を発見。「鍛冶小屋くぼのトチノキ」や「熊宿の森」の看板もありましたね。多摩の森の豊かさ再確認です。
 <吊り橋>
高度を稼いだところで急降下。もったいないが、これも登山。暫くして吊り橋。唐松橋だ。真ん中の一部が破損。安全のため、というより、小生、揺れに弱いため、両出でロープの手摺を握りながら渡り終える。短い高さのない吊り橋だったので余裕。
 <動物の足跡>
富田新道の急な上り坂で石黒さんがカモシカらしき足跡を数多く発見。熊も出没するらしい。緊張しながら一歩一歩、歩を進める。
<野鳥I>
雲取山登頂までの登りは鳥の鳴き声すら聞こえなかった。
 <花畑>
雲取山山頂に続く稜線にマルバダケブキが群生し、その鮮やかな黄色を誇っていた。事前の学習を怠っていることから花の名前不詳。雲取山荘での夕食時に同席した年配の山ガールから教えてもらう。
<足の痙攣I>
実はマルバダケブキを愛でる時間は殆どなかった。その前から脹脛と太腿が張りパンパンになっていた。こんな経験はなかったので歩く速度を落としていたのだが、それは突然おきた。痙攣だ。最初に左。痛くて立っておれない。しゃがみ込むが痛くて思わず立ち上がる。その都度激痛が走る。我慢を重ねていたら今度は右足に激痛だ。立っておれずしゃがみこみ、また激痛に立ち上がる。もうだめかと思ったが幸いなことに5分程度で歩行ができるようになった。残る2名のアタック隊に迷惑をおかけした。反省。
今回の登山行ではリーダーがしんがりを、残る2名がトップとして高度100メートルを稼ぐか1時間かけてからかで交代することとした。どうやら小生は久しぶりの山行きでテンションが上がり、トップになった時にマイペースを大きく上回るオーバーペースで登り続けたツケが回ってきたようだ。反省するところ大。
 <登山者I>
初日の登りでは小雲取山頂上直前で何組かの登山者と遭遇するまで姿を見ず。雲取山頂上では10組くらいのパーティと挨拶をした。山ガール時代を反映してか女性登山者、それも20歳代から40歳代のガールが数多かった。
<雲取山山頂I>
初日の山頂は霧に包まれ2017メートルの標高表示を写真にとるのが精一杯。それでも10人ほどの人が登頂を祈念していた。東京都で最高峰ということしかしらなかったが、埼玉県の標高表示もあってビックリ。勉強不足を恥じた。
 <雲取山荘>
石黒さんの山頂からの連絡で当日宿泊。収容人員200名とのことだが我々の入った24畳の大部屋に26名が宿泊を含めほぼ満室の感じであった。荷物を置いて夕食だ。山ガール達と話が弾む。みんな笑顔で楽しそう。アルコール飲料を友に大いなる食欲。小生は日本酒で乾杯。ワンカップ大関だと思ったら秩父錦。ここは埼玉県であったことを再認識。
 音楽祭(次項)を楽しんで部屋に戻ったら布団を敷くスペースが限られており布団を敷くのに一苦労。やっと見つけた場所は出入り口の前。寝返りする隙間もなし。それでも数時間の熟睡時間が2度確保でき疲れが吹き飛んでいた。途中で目覚めた午前1時すぎ、表に出たら何人もの人がいて驚くも、満天の星を楽しんでいる様子に、小生もその中の一人となった。30分後2日目の好天を確認して再度の眠りにつきに戻った。
 <音楽祭>
毎年8月の第一土曜日は音楽祭とのことで70〜80名ほどの宿泊客が前庭で演奏を待っていた。午後7時、グルーポ・マニャーナの皆さんとパラグアイ・ハープ奏者の高橋咲子さんにて開始。アンデス音楽だ。日本人の心に沁みこむ。
 1時間も聞いただろうか、小休止の時に宿泊客から演奏者へ質問が投げかけられる。小生もスペイン語の歌の意味を聞いたら自然を中心とした日常の事柄が歌われているとのこと。そうか、だから日本人の心に染み込むのか。
グルーポ・マニャーナの演奏を聴いたあと、焼肉&焼そばの食べ放題と地酒・ジュースの飲み放題が始まった。アタック隊3名とも最後までキッチリとお付き合い。
 <雲取山山頂II>
翌朝、朝食後再度の山頂アタック。前日、山頂から雲取山荘までの急な下り坂を今度は登ることからシンドイのではと思っていたら、マイペースで登れたこともあり思いのほか楽に山頂到達。前日とうって変わった快晴。富士山、北岳、甲斐駒他とパノラマを満喫した。若手山ガール達が満足そうにカメラに収まっていた。皇太子殿下が来られた折に作られたという避難小屋で北林さん持参のガスバナーでお湯を沸かしてもらい紅茶をご馳走になる。ホッとした。
<登山者II> 帰りの下りコースでは家族連れ二組(幼児を前抱きにした父親、母親、子供の一組と半袖のためアザミに触れて痛がっていた母親、父親、子供の一組)、単独二組を含め10組超の登山者とすれ違い声をかけた。
<野鳥II>
下りコースでは声はすれども姿は見えず。たまに見えても、時間を稼ぐため歩きに徹し小休止・大休止の時に見る。疲れのためか、双眼鏡で観察する気力が薄れ、結局成果ゼロで終わってしまった。深山での野鳥観察は野鳥の声観察。いつも思っていることだがその都度忘れてしまっていることがある。次回からは録音機を持参することにしよう。
 <マウンテンバイカー>
下りコースでお祭りに向けて下っていたら20〜30歳代と思われる男性マウンテンバイカーとすれ違う。出来れば山頂までとのことであった。経験豊かな感じだったので目標達成したのではと思う。
<巨樹>
石黒さんと北林さんが大きなカツラ、カシ、トチノキ等を見つけ見入っていた。樹齢は何年くらいなのだろう?
 <足の痙攣IIと蛇>
大いに反省したつもりが、翌日の山頂からの下り、ダラダラの下り林道でもピッチが上がってしまった。睡眠時間は少なかったが熟睡できたのか疲れが残っていなかったことが幸いしたのだろう。またまた、反省。お祭りまでの最後の行程をトップで歩いていたとき、道路に10センチ程度の小さな蛇を発見。鎌首を持ち上げているものの動きがなく生きているのか死んでいるのか不明。立ち止まり良く見たら頭が三角形。毒蛇だったら大変と長い棒でつついても動かなかったが、もし生きていたら大変。暫くして石黒さんが小さな滝を調べた後に水を飲むべく手を差し出した時に蛇発見。アッという間に草の中に姿を消した。毒蛇ではではなかったようで長さ20センチ程度。さらに先で崖を横切る蛇発見。長さ40センチほど。さらにその先、道路を横切る蛇発見、60〜80センチ。蛇オンパレード。蛇は好きではないが、改めて多摩の自然を感じた次第。

<お祭り>
奥多摩駅までのバス待ちもあり佐助さんのおられる「雲取りお祭山荘」の食堂にて風のところで第一次打ち上げ。佐助さんに三条の湯での話をしてから話が弾んだ。喉に酒が染み込む。もうちょっとと思っていたら、バスが来るとのこと、佐助さんにお礼を言い、大慌てでバス停に向かった。
<バス行き>
疲れと打ち上げ時のアルコールもあり、前半の奥多摩湖までは目が開いていたものの道中の後半は記憶なし。
<立川行き>
第二次打ち上げに備え、立川まで行くこととなった。道中の記憶薄弱。
<立川の居酒屋での第二次打ち上げ>
好天に恵まれ無事の生還を祝い打ち上げ。万歩計による一泊二日の雲取山紀行に要した歩数は初日、20,005歩、二日目29,996歩であった。(後日、設定してあった歩幅60センチで距離を計算したら夫々12キロと18キロであった。少々少ない感じがするが・・・) 。小梶さんに感謝し、「多摩川源流回廊」計画の実現に向け力を傾けることを約し、日ノ出町、立川市、多摩市に向けてそれぞれ帰途についた。ご一緒頂いたメンバーの方々、有難うございました。
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