「源流回廊最高峰;雲取山を踏破」
−日原川から雲取に迫り、後山川を下る−

 2012年8月4(土)、5日(日)
参加者;杉村、小野、石黒が登山+支援;小梶の4名

多摩DECの源流探索概要:

・奥多摩駅からのタクシー営業が無く乗用車で登山口を目指し、シニア登山のケアーをする
・川乗谷入口、日原鍾乳洞入口を経て八丁橋まで車で行き、バスの終点からの1時間と体力を節約出来た
・八丁橋から日原林道、吊り橋、富田新道を経て雲取山山頂を極め、雲取山荘に宿泊
・翌日、山頂から富士山を拝んだあと三条ダルミを経て、下り道を三条の湯に向かう。    
・三条の湯で氷を食べ、後山川に沿って後山林道をゆっくり下り、「お祭」に出る
源流紀行の記録>
源流の水に親しむの記
源流の出会い

<源流紀行の記録>

<メンバー;小野記>


 2012(平成24)年8月4日(土)、午前6時、京王線北野駅前にて小梶さんの車に収容頂く。同氏は輝かしい登山歴をお持ちだが本日はアタック隊3人のサポート役に手を挙げて頂いたのだ。今回の企画・実行部隊4人の中で古稀・最長老。 引き続き、当会・多摩DEC会の会長で「多摩川源流回廊」計画を立ち上げ20周年行事の要役にして古稀寸前の石黒さんを日の出町のご自宅で、最後にアタック隊のリーダー役でアラコキにして最も若手の北林さんを青梅駅前でお会いする。 因みに小生は古稀ホヤホヤ。


 天候が心配だったが、薄曇りで皆さん、気力充実の様子。 小梶さんの車で東日原バス停を越え八丁橋まで送って頂いた。 登山開始だ。ダラダラ坂をゆっくり歩く。振り返ると小梶さんが手を振ってくれている。ゆっくり蛇行する林道を振り返り、振り返り、その都度小梶さんが手を振ってくれている。とうとう小梶さんが視界から外れる時が来た。感謝、また、感謝。いよいよアタック隊の行動開始。


<足跡;速報版>


 川乗橋を経由し、日原鍾乳洞入口を左折、ここから林道


 8時5分、八丁橋から歩き始める


 せせらぎを下に聞きながら日原林道を登る


 大ダワ林道は閉鎖で、ここから唐松沢方面に下る


 吊り橋発見


 一番の急所でである急な坂をジグザグとじっくり登り、ゆったりしたブナ林の中で昼食


 七つ石方面からの道に合流


 2017mの雲取山頂に到着、しかし霧で視界不良


 山頂で山荘の予約をし、少し下って今夜の宿を確保


 再度山頂にトライ、今朝は富士山を始め視界良好


 三条ダワを経由して下山


 三条の湯に到着し、かき氷を頂く。ビールは後で!


 林道の終点地点で昼食を摂り、後山林道をゆっくり下り、後山川の渓流を楽しむ


 後山林道のゲートをくぐり、しばらく歩いて国道411号沿いのお祭山荘に無事到着した

<源流の水に親しむの記;石黒記>
<日原川>

 川乗谷が日原川に注ぐ川乗橋を意識して車を止めて、5年前の川乗山行きを思い出す。 更に、日原川沿いを行くと倉沢のヒノキがある倉沢谷との合流点を通り、日原鍾乳洞方面の小川谷との合流点を左に折れると清流を活用した日原渓流釣り場が直ぐである。ここは素通りして八丁橋を目指す。 今回は、古希組参加を考慮してここからリュックを背負うことにし、修理工事中の日原林道をゆっくり登る。出来たら林道終点まで車で行きたいところである。


 初めは聞こえていたせせらぎの音が徐々に遠のいて行く。 その頃には、時々山側からの小さな源流の滴りやちょっとした滝が現れてくるので、これを楽しむ。


 大ダワ林道方面と別れて、細いつづれ道を下ると、かすかに水音がしてくる。 間もなく沢に出ると、そこには長沢谷に掛かる吊り橋(唐沢橋)があり、一人づつ渡る。唐沢谷との合流点であり、滝壺へのしぶきに元気を貰う。


 大雲取谷と合流して流れてくる長沢谷側には小さな淀みが多くあり、碧の水を楽しむ。 ここからしばらく急坂を上ると、富田新道分岐点に至る。分岐後はどちらの道も沢から離れていく。唐沢谷方面から唐沢の最上流で源流と親しむ予定もあったが、富田新道の方が最終目的に近いのと、“道悪くキケン”の落書きを考慮して、富田新道側を選択し、昼食を挟んで尾根筋まで一気に登る。


<雲取山荘の”げんきみず”>

 山荘は、2017mの雲取山山頂から三峰側に少し下った所にあり、埼玉県の人を多く見かける。ここには、飲むと10才若返るという「雲取げんきみず」があり、一息ついてから受付をする。この水は、何か所かの小さな源流を集めてきているらしい。次の山登りは、シニアと言っておられないか。トイレは水洗になっており、確かに“山荘”と呼ぶに相応しい。環境維持に配慮しならら大切な水を確保している。


<後山川>

 帰りは、急坂を三条ダルミへと辿り富士山を観賞した後は、徐々に三条の湯へと下りる。右手はるか下には獅子岩谷・青岩谷が流れるが、標高差が大きく水音は聞こえてこない。山裾に近付き右に巻ながら下ると、三条沢に至る。結構水量があり、ここで顔を洗う。


 少し下ると三条の湯が現れる。今回、お湯は遠慮してかき氷で元気をつけ、30分程渓流を楽しみながら沢の左側を行くと、青岩谷との合流点に至り直ぐに後山林道の終点になる。この直前には山側に水場があり、今回で一番冷たい源流水に出会うことが出来た。


 ここから林道は、後山川沿いにゆっくり山を下っていくのが、単調な中に右手には変化する渓谷美を楽しみ、山側では時々わき水や小さな滝で涼を得る。


 塩沢谷との合流点を経てしばらくすると、


 清流を利用し山葵田に出会う。その後、林道始点のゲートをくぐり更に2.3km歩いて「お祭」に辿りついた

<源流の出会い;小野記>


<スピード登山者>
 歩き始めて暫くして30代と思われるスピード登山者の男性二人組に抜かされる。雲取山を目指すとのこと、経験豊かな感じではなかったことから頑張ってと声掛けした。

<巨樹看板>
 日原林道歩いている途中、巨樹看板(日原林道巨樹コース)を発見。「鍛冶小屋くぼのトチノキ」や「熊宿の森」の看板もありましたね。多摩の森の豊かさ再確認です。


<吊り橋> 高度を稼いだところで急降下。もったいないが、これも登山。暫くして吊り橋。唐松橋だ。真ん中の一部が破損。安全のため、というより、小生、揺れに弱いため、両出でロープの手摺を握りながら渡り終える。短い高さのない吊り橋だったので余裕。


<動物の足跡>
 富田新道の急な上り坂で石黒さんがカモシカらしき足跡を数多く発見。熊も出没するらしい。緊張しながら一歩一歩、歩を進める。

<野鳥I>
 雲取山登頂までの登りは鳥の鳴き声すら聞こえなかった。


<花畑>
  雲取山山頂に続く稜線にマルバダケブキが群生し、その鮮やかな黄色を誇っていた。事前の学習を怠っていることから花の名前不詳。雲取山荘での夕食時に同席した年配の山ガールから教えてもらう。

<足の痙攣I>
 実はマルバダケブキを愛でる時間は殆どなかった。その前から脹脛と太腿が張りパンパンになっていた。こんな経験はなかったので歩く速度を落としていたのだが、それは突然おきた。痙攣だ。最初に左。痛くて立っておれない。しゃがみ込むが痛くて思わず立ち上がる。その都度激痛が走る。我慢を重ねていたら今度は右足に激痛だ。立っておれずしゃがみこみ、また激痛に立ち上がる。もうだめかと思ったが幸いなことに5分程度で歩行ができるようになった。残る2名のアタック隊に迷惑をおかけした。反省。 今回の登山行ではリーダーがしんがりを、残る2名がトップとして高度100メートルを稼ぐか1時間かけてからかで交代することとした。どうやら小生は久しぶりの山行きでテンションが上がり、トップになった時にマイペースを大きく上回るオーバーペースで登り続けたツケが回ってきたようだ。反省するところ大。


<登山者I>
 初日の登りでは小雲取山頂上直前で何組かの登山者と遭遇するまで姿を見ず。雲取山頂上では10組くらいのパーティと挨拶をした。山ガール時代を反映してか女性登山者、それも20歳代から40歳代のガールが数多かった。

<雲取山山頂I>
 初日の山頂は霧に包まれ2017メートルの標高表示を写真にとるのが精一杯。それでも10人ほどの人が登頂を祈念していた。東京都で最高峰ということしかしらなかったが、埼玉県の標高表示もあってビックリ。勉強不足を恥じた。


<雲取山荘>
 石黒さんの山頂からの連絡で当日宿泊。収容人員200名とのことだが我々の入った24畳の大部屋に26名が宿泊を含めほぼ満室の感じであった。荷物を置いて夕食だ。山ガール達と話が弾む。みんな笑顔で楽しそう。アルコール飲料を友に大いなる食欲。小生は日本酒で乾杯。ワンカップ大関だと思ったら秩父錦。ここは埼玉県であったことを再認識。


音楽祭(次項)を楽しんで部屋に戻ったら布団を敷くスペースが限られており布団を敷くのに一苦労。やっと見つけた場所は出入り口の前。寝返りする隙間もなし。それでも数時間の熟睡時間が2度確保でき疲れが吹き飛んでいた。途中で目覚めた午前1時すぎ、表に出たら何人もの人がいて驚くも、満天の星を楽しんでいる様子に、小生もその中の一人となった。30分後2日目の好天を確認して再度の眠りにつきに戻った。


<音楽祭>
 毎年8月の第一土曜日は音楽祭とのことで70〜80名ほどの宿泊客が前庭で演奏を待っていた。午後7時、グルーポ・マニャーナの皆さんとパラグアイ・ハープ奏者の高橋咲子さんにて開始。アンデス音楽だ。日本人の心に沁みこむ。


 1時間も聞いただろうか、小休止の時に宿泊客から演奏者へ質問が投げかけられる。小生もスペイン語の歌の意味を聞いたら自然を中心とした日常の事柄が歌われているとのこと。そうか、だから日本人の心に染み込むのか。 グルーポ・マニャーナの演奏を聴いたあと、焼肉&焼そばの食べ放題と地酒・ジュースの飲み放題が始まった。アタック隊3名とも最後までキッチリとお付き合い。


<雲取山山頂II>
 翌朝、朝食後再度の山頂アタック。前日、山頂から雲取山荘までの急な下り坂を今度は登ることからシンドイのではと思っていたら、マイペースで登れたこともあり思いのほか楽に山頂到達。前日とうって変わった快晴。富士山、北岳、甲斐駒他とパノラマを満喫した。若手山ガール達が満足そうにカメラに収まっていた。皇太子殿下が来られた折に作られたという避難小屋で北林さん持参のガスバナーでお湯を沸かしてもらい紅茶をご馳走になる。ホッとした。

<登山者II>
 帰りの下りコースでは家族連れ二組(幼児を前抱きにした父親、母親、子供の一組と半袖のためアザミに触れて痛がっていた母親、父親、子供の一組)、単独二組を含め10組超の登山者とすれ違い声をかけた。

<野鳥II>
 下りコースでは声はすれども姿は見えず。たまに見えても、時間を稼ぐため歩きに徹し小休止・大休止の時に見る。疲れのためか、双眼鏡で観察する気力が薄れ、結局成果ゼロで終わってしまった。深山での野鳥観察は野鳥の声観察。いつも思っていることだがその都度忘れてしまっていることがある。次回からは録音機を持参することにしよう。


<マウンテンバイカー>
 下りコースでお祭りに向けて下っていたら20〜30歳代と思われる男性マウンテンバイカーとすれ違う。出来れば山頂までとのことであった。経験豊かな感じだったので目標達成したのではと思う。

<巨樹>
 石黒さんと北林さんが大きなカツラ、カシ、トチノキ等を見つけ見入っていた。樹齢は何年くらいなのだろう?


<足の痙攣IIと蛇>
 大いに反省したつもりが、翌日の山頂からの下り、ダラダラの下り林道でもピッチが上がってしまった。睡眠時間は少なかったが熟睡できたのか疲れが残っていなかったことが幸いしたのだろう。またまた、反省。お祭りまでの最後の行程をトップで歩いていたとき、道路に10センチ程度の小さな蛇を発見。鎌首を持ち上げているものの動きがなく生きているのか死んでいるのか不明。立ち止まり良く見たら頭が三角形。毒蛇だったら大変と長い棒でつついても動かなかったが、もし生きていたら大変。暫くして石黒さんが小さな滝を調べた後に水を飲むべく手を差し出した時に蛇発見。アッという間に草の中に姿を消した。毒蛇ではではなかったようで長さ20センチ程度。さらに先で崖を横切る蛇発見。長さ40センチほど。さらにその先、道路を横切る蛇発見、60〜80センチ。蛇オンパレード。蛇は好きではないが、改めて多摩の自然を感じた次第。



<お祭り>
 奥多摩駅までのバス待ちもあり佐助さんのおられる「雲取りお祭山荘」の食堂にて風のところで第一次打ち上げ。佐助さんに三条の湯での話をしてから話が弾んだ。喉に酒が染み込む。もうちょっとと思っていたら、バスが来るとのこと、佐助さんにお礼を言い、大慌てでバス停に向かった。

<バス行き>
 疲れと打ち上げ時のアルコールもあり、前半の奥多摩湖までは目が開いていたものの道中の後半は記憶なし。

<立川行き>
 第二次打ち上げに備え、立川まで行くこととなった。道中の記憶薄弱。

<立川の居酒屋での第二次打ち上げ>
 好天に恵まれ無事の生還を祝い打ち上げ。万歩計による一泊二日の雲取山紀行に要した歩数は初日、20,005歩、二日目29,996歩であった。(後日、設定してあった歩幅60センチで距離を計算したら夫々12キロと18キロであった。少々少ない感じがするが・・・) 。小梶さんに感謝し、「多摩川源流回廊」計画の実現に向け力を傾けることを約し、日ノ出町、立川市、多摩市に向けてそれぞれ帰途についた。ご一緒頂いたメンバーの方々、有難うございました。