「丹波山村から大菩薩嶺にアプローチ」
−源流の郷と回廊最高峰の大菩薩嶺をセットで探索−

 2012年11月5(月)、6(火);小野さん、小梶さん、石黒の3名でトライ。



多摩DECの源流探索:

・2012年11月5日(月)、石黒の車で青梅駅にて小野さん同乗、丹波山村・落合地区経由で柳沢峠へ
・柳沢峠に駐車し、六本木峠など幾つかの峠を越えて大菩薩嶺登山、下りの丸川峠の山小屋でご主人と談話をする
・川としては、柳沢川・泉水谷(武道沢、大沼沢の源流部)・丹波山川に触れた。
・夕方、丹波山村に戻り民宿「ふるさと」に宿泊し、次の日の村内探索に備える
・11月6日は小梶さんが合流し、2班で村内探索や役場・観光協会訪問を行う    
・特に、役場で照会を受けた観光協会では、初対面であったがスタッフと懇談して情報交換できた

山へのアクセス
大菩薩嶺登山
丹波山村の散策・施設訪問と感想
村の一次産業の展開を探る

<丹波山村から大菩薩嶺へのアクセス>

 多摩川源流につながる山である大菩薩嶺に、丹波山村から日帰りでアプローチした。バスが丹波山村中心までしかないので、 日帰りには柳沢川沿いに車で柳沢峠に行き、市営駐車場に止めて往復することになる。 なお、車なら、丹波山村に泊まらなくても、多摩地域から日帰り可能である。

 左廻りに回廊を分割して廻るときのことを考えて、他の方法も探ってみる。 問題は、丹波山村から落合までのバスの便である。勿論、丹波山村から落合・高橋まで歩いて泊まり、 次の日にハンノキ尾根を経て大菩薩嶺に登山し、上でもう1泊して小菅村に下山すれば、回廊を廻れるが、2泊3日必要になる。 夏場で健脚なら、落合・高橋に1泊すればここから大菩薩嶺、大菩薩峠を経て小菅村に行ける。

 一方、塩山駅側からは、それなりにバスの便があり(写真参照)、登山口、柳沢峠から落合まで来ている。 峠に着く時間が遅いが、健脚ならぎりぎり可能な感じがする。しかし、源流回廊へのアプローチとしては、馴染めない感じがする。

 小菅村からのアクセスも当然あるが、これは右回りのときで、上に泊まるか、一之瀬川・笠取山へのステップとして落合、高橋などに泊まることになる。



丹波山村を過ぎ、柳沢川沿いに紅葉を楽しみながら回廊の一部である国道411を登る。


一之瀬高原への出入口があり、水干・笠取山へのルートを確認した(村から8km)。看板にある民宿は、全てが営業してるわけではないらしい。


しばらくして落合のキャンプ場、そして高橋地区の旅館「源水館」が国道脇に見える。


この辺りには一之瀬高原へのもう1つの出入口がある。


柳沢峠の駐車場に到着(茶店、トイレが完備)


ナラ坂方向の登山口から登るが、この辺りは散策路で、源流域を楽しめる。特に、柳沢川の支流である花の木沢はこの中にある。

見や易い大きな案内図


<源流探索 − 大菩薩嶺紀行>    ...小野記
”エピローグ”
 目覚ましが鳴った。午前3時。周りは漆黒。そうだ。本日11月5日(月)は大菩薩嶺のアタック日だ。天候は曇りのようだ。早速準備開始。早い朝食をとって家を出た。午前5:08発の二番電車で青梅駅へ。午前6:29着。 駅のロータリーに石黒さんが愛車でお待ち頂いていた。今回のアタック隊は2名だ。
 6:30柳沢峠を目指して出発。天候は一部日差しが見える程度。雨を心配していたので、何とか今日一日もってくれとの願いをした。


 順調に飛ばし奥多摩を過ぎ、丹波山村に入る。山間の風景がスイスのようだ。源流回廊作りを目指す者の一人として外国からも多くの人をお呼びしたい。そのためには訪問先に自分達の原風景を髣髴させるものがあるとホッとされるであろう。そう、丹波山の山間を日本アルプスならぬ日本スイスと呼んだらどうだろう。そんなことを石黒さんと会話しているうちに柳沢峠の駐車場に到着。時に午前8時。


 いよいよアタック隊の行動開始。緩やかな上りのお迎え。順調に歩を進めていると「クマに注意」の看板が。しまった、カウベルを忘れた。互いに声を出し早足に切り替え。


 石黒さんが登山道の脇に動物の掘り返した跡を発見。イノシシではとのお見立て。これも怖いので声を出し合いここも早足で通過。落ち葉の絨毯の楢林からは平坦な一本道。


 ここを通り過ぎると登山道は狭くなり、六本木峠着:08:45。


 谷に川の流れ発見。武道沢への源流に違いない。暫くするといきなり大型の鳥がバタバタと飛び立つ。雉だと私。石黒さんは冷静にヤマドリでしょう。私もその通りと納得。今度は近くの岩に一瞬動く黒っぽい動物発見。石黒さんによるお見立ては猿かクロテンではとのこと。


 ところどころに岩が。足の上げ下げで足に負荷がかかる。


 天庭峠着、09:25。ここから下りそして上り。寺尾峠着:09:40。ダラダラの上りが続き丸川峠着、10:00。まるかわ荘は閉まっている。ここからの登りに備えて小休止。風が出てきた。登頂目指して出発。急峻ではないが上りがズーと続く。やっと下山中の一組の登山者と出会い。その後も花畑と遭遇しないせいか、ゴロゴロある大きな岩ばかりが気になり、上り下りに太腿と脹脛に負荷がかかる。霧が出始め温度が下がり始めている。ただ幸いなことに頂上までは天気は持ちそうだ。


 石黒さんは余裕の様子。一方、こちらは苦戦しながら大菩薩嶺に到着。登頂だ。時に11:35。所要時間はほぼ予定通りの3時間35分だった。頂上の標識はあるものの何の説明もない。その筈だ。裏から見ていたのだ。表に回るとあった!大菩薩嶺2057メートル。写真撮影。2名ずつの先着組が2組。風も少し吹いてきたことから気温が急降下。風と寒さを避けるため窪地に腰を下ろし、昼食。フ〜。お疲れ様。その後、10名ほどの女性の人数が多い若手から中高齢者グループが到着。札幌からのグループだった。昼食が終わったころ、雲の隙間から日差しがのぞいた。その瞬間、体が温まった。秋が一番実感する太陽の偉大さを改めて知った。周りの登山者達も口々に太陽の偉大さを言っていた。


 元気を回復し、12:20下山開始。上りの岩と登山道を中心として狭まっていた視点から一転、岩との付き合いは変わらないものの周りの風景を愛でるゆとりがある。ただ、下りでの岩越えの負荷は弥増す。13:20丸川峠着。まるかわ荘のご主人が薪割り最中。ここから富士山が見えるが今日はダメ。源流は武道沢と大沼沢へ流れ込む二本あること、武道沢は昔、そのあたりで武道の鍛錬を行っていたからとのこと、笠取山からの源流拠点となっている一の瀬地区では超高齢化現象が起きており、人口減に繋がり地区として成り立たなくなる虞があるのでは等々、話が弾む。以降、寺尾峠着、14:25.天庭峠着、14:45、六本木峠着、15:45。


 その間、上りの時には気が付かなかったものを続々発見。幹と枝が複雑に絡み合った互いに支えあっているような数本の木、目も鼻もあるような顔の表情をしたコブをもち、向かい合い、まるで若い男女がチューをしているような二本の木。鮮やかすぎる色をした大きな(毒?)茸。


 自然岩なのか人手の加わった岩なのか、一面をまるで機械でスライスされたような岩、正三角形・正方形・五角形・円形の岩・岩・岩、大型テーブルもどき岩、超大型の円形劇場跡のような岩があるわあるわ!岩舞台だ。石黒さんは自然派、私は加工派。最初の内は自然派優勢、しかし大型の岩の出現とともに最後は不明ゆえ地元の人に要調査との結論となった。


 その岩群の真っただ中に、腰ミノを脇にした人の形をした緑の植物、まるでハワイでフラダンスをしようとしている原住民の踊り舞台だ。この地を勝手にハワイと命名。


 そうこうしているうちに、急に鋭い鳴き声、石黒さんは猿か鹿の警戒する鳴き声のようだ、私は鳥の鳴き声ではと見解が分かれた。暫くすると再び鋭い鳴き声。今度は明らかに動物の鳴き声だと思った瞬間、上の方で黒と白のものが走っているのを目撃。石黒さんが白い尾と黒い尾の2頭の鹿だ。鳴き声は白州でお馴染みだとのこと、納得。木工作りにも精を出される石黒さんは原木に多大の関心をお持ち。ミズナラ、カツラ、カエデ、ヤマザクラ等々、木工用の原木の宝庫とのこと。何とか利用できないかと言われる。


 この間にも時が刻々と刻まれ辺りが薄暗くなる始めた時、上方からの水の流れ発見。早速、石黒さんが調査。上りの時には気が付かなかったか、流れていなかったか、いずれにしても丸川山荘のご主人が言っていた沢の1つ(大沼沢)に流れ込む源流であるに間違いないとのご託宣。ヨカッた。意気揚々と最終ゴールに向けて歩を進める。16:35柳沢峠着。ゴールイン。


 所要時間4時間15分。予定時間を1時間強超過。色々な出会いの都度、現場確認、写真撮影等に要した時間に加え今回は公表できない要素が一つ。下山時の登山者との出会いは2組。 今回の登山での総歩数は31,483歩だった。 丹波山村の民宿「ふるさと」に到着、17:20。早速、お湯につかり、疲れを癒し、夕食。すべて地元産。牡丹鍋、ヤマメの焼き物、野菜の天ぷら、茶碗蒸し、サシミコンニャク、ワサビ、ソバ、栗ごはん、完食。その間、熱燗の日本酒。最後は焼酎オンザロック。イヤー、美味しかった。 翌朝に備え午後10時に床に。オヤスミナサーイ。
 翌朝、朝食07:30、これまた美味しかった。 宿の女将、若女将にお聴きしたら、岩はどうやら自然ものらしいとのこと。 有難うございました。また、お会いしましょう。

 後日の調査で、大菩薩嶺一帯の岩は、は1000万年前に深い海の底の花崗岩が隆起して現れたものらしいという資料を見つけた。(尾白の湯;北杜市)



「源流の里探索 − 丹波山村」    ...石黒記
 天候の関係で、大菩薩嶺への登山を先に行い、その後丹波山村を訪ねた。山小屋、民宿、観光協会等で、何人かの人との出会いがあり、各種の情報を得て考えさせられるものが有った。
 また、源流の流域振興に関して、”バイオリージョナル”の概念を導入して系統的に考えていく事が出来るのではとの発想も得た。

<A.国道411沿い回廊ルートのトレース>
・8月に雲取山を踏破した際に立寄った丹波山村の地域は「お祭り」であった。今回、鴨沢から お祭り経由で村の中心までをウォーキングで探索した。紅葉と丹波川のせせらぎを楽しんだ 晩秋のひと時であり、村内の回廊ルートの確認でもあった。(小梶さん)
・日帰りで大菩薩嶺に登るため柳沢峠を起点としたが、車での往復の途中に村の中心から一之瀬地区へ の2つの出入口、落合地区に立ち寄り国道411沿いのルートを確認した。(小野さん、石黒)

<B.丹波山村内の散策>
 住宅街の道が狭いので、車の通行には注意を要する。しかし各所にある村内施設には駐車場が 整備されている。全体が余り拡がっていないので、徒歩と車を自由に組み合わせた散策や施設の 見学が楽しめた。


 民宿に泊まり、宿の人や同宿の人に色々伺った。特に系統立てはして聞いてはいないが、人 口、仕事・産業、観光、まちづくりなど、少しずつ進展している様子が分かった。部屋は並みの旅館とそん色ない作りで、食事は地産地消的なもので好感が持てた。宿には多摩川源流 の絵地図が掛けてあり、しばし話が弾んだ。また、観光協会を訪ね、自然を活かした観光やむらおこしなどの現状を聞くことが出来た。


 農村公園やおなじみの道の駅・温泉(のめこい湯)など、地域振興の足跡が散見される。


 村営の釣り場など、自然と一体となった観光施設によるアトラクションが散見された。地域 資源の有効活用が少しずつ進展している感じを受けた。


しかし、まだ他にも活用可能で、例えば源流域の特徴である滝の存在の活用が望まれる。


 折角、雄滝雌滝のカスケード滝とそれに付随して眺望を楽しめる広い展望台があるが、上手く活用出来ていない。パンフレットに 記述されていないのがその証拠で、有効活用の方法が模索出来そうである。滝を背景に、各種儀式を行なえば、結婚式などは、他のリゾート結婚式とも差別化が出来そうである。テレ ビの朝ドラで、宮古島の浜辺で結婚式を挙げるシーンを見かけたが、その意を強くした。


 土産物であるが、道の駅で結構お菓子類が売られているが、製造元が村の中のものは極めて 少なく、青梅市の業者のものが多かった。材料も地産に工夫をしてのお菓子作りなども可能性も見つけて行けると良い。
 村には、廃業した機械工場の建物が保存されている。これを、新しい産業起しに活用出来ると感じた。


 平日の朝故か、子供達を見かけなかった。学校に行っているせいもあるが、小学生13名、中 学生6,7名とか。高校は無いので、外に出ていく。親は、その生活費も含めた学資を稼ぐ必要があり、更に将来学校が存在するかどうかも心配で、少子化に拍車を掛けている感じがし た。これは中山間地の共通問題ではないかと推測する。義務教育の在り方、場所と方法まで含めた形体までの規制緩和の必要性が見られる。山村留学など、夏場以外は空いている交流促進 センターを活用することも可能な感じを受けた。

C.村の一次産業の展開を探る...有る資源を活かす!
@村の農林業
 猪や鹿の肉が活用されている。鹿肉の加工工場が村にあり、加工肉が販売されている。食堂 等では調理が行われ、丼やソバに使われている。また、鹿肉カレーや鹿肉ソーセージが人 気であり、店で売られ、B級グルメ大会にも出品されている。軽食堂には鹿ソバや鹿丼もあり、 少しずつ活用の展開が図られている様子が見られる。 しかし、美味しいがまだ素朴な品であり、”メシ”の域を出ない。 都会的なセンスを取り入れた文化性のあるA級グルメに近づける取り組み、 プロの味もあると選択の余地が出てくる。
 民宿では、ボタン鍋が出されたが、クセもなく美味しく頂いた。マスやヤマメの養殖も始ま っており、燻製も含めて特産品となっている。源流域の清流を活かし、更なる取り組みがあ ると面白くなる感じがした。舞茸やなめこ等のきのこ、山葵、コンニャク栽培などにグルー プで取り組む状況もあるとのこと。宿でもこれらを食べさせて貰った。また、地場特有の野 菜や伝統野菜も存在するとのことで、これらを組み合わせた付加価値の高いA級グルメ化の 可能性もあるのではと期待したいものである。既に、農業系の六次化が少しずつ進展し始め ている印象を受けた。村の内外の産官民学の連携を一層深く広く推進する中で、規模は問わ ないでも、食える仕事作り、雇用増大を徐々に進める基盤が出来ている感じがした。

A樹・木工、農・食・器へのアプローチを願う
 柳沢峠から大菩薩嶺に至る道すがら多くの種類の落葉広葉樹を見かけた。紅葉の季節で、錦 織り成す景観の美しさを楽しめたが、木工を趣味にする身には、涎が出そうな樹でもある。 水源林が多い地域であるが、村の入会地も在る筈、適齢の広葉樹を除伐し製材して木工の材 料にする光景が目に浮かんだ。当然、林育を兼ねた植林もイベント化出来るので、継続性が ある再生可能資源が確保可能となる。
 前述したように、村には、廃業した機械工場の建物が保存されている。これを。木工や食品の加工場や研修・ 体験場に変えて活用出来ると思う。道具類への投資をどのように行うか。まずは村内で木 工を趣味にしている人が集まって使う。ご婦人方が、料理をベースに新しい特産品となる食 品加工の試作を行う。更に、地域情報が発信出来る何か研究施設みたいなものを片隅でも良 いので創立していく。など、妄想が止まらない。要は、村人が活用する中で、外の人を呼び 込んでいくことが重要であると思う。
 クラインガルテンの施設があるが、企業が借り受けているとのこと。都心から少し遠いので 市民が借りるには少し課題があるように受け止めた。
 他に、交流促進センターがあるが、夏場しか使っていない様子。年間を通して活用出来るソフト つまりプログラムを、上記のモノ作りの展開と連動したアイディアで組み立てることが出来 れば、もっと楽しみのある施設になるのではないかと思った。子供たちが利用する以外に、 大人の生涯学習の場としての活用も視野に入れることが可能ではないか。六次産業化の三次 産業部分は、教育、訓練、観光、療養(セラピー)、儀式、趣味など多面的な展開が可能である。
 既に、立ちあがっている若者達がいて、自己投資も始まっているので、村おこしの芽は出てき ている。一方、土地柄もあるのか、ご婦人方の動向はまだ見えなかった。日々の生業(なりわい)から少 しでも時間を割いて、新しい価値を生み出すことに挑戦しない限り、村の明日は無いのではと心配になる。 チャレンジが減っているのは、日本全体の縮図でもある。まずは、今ある地域の資源、これは外の目を活用 する必要性の認識のもとで連携してこれらを使いこなし、ないもの強請りをしないで試行を繰り返す中 から、成功の可能性が出てくる筈である。訪問者の一人として、楽しみにしたいところである。 宿で出会った客は、紅葉を楽しみに家族で遠方から毎年村を訪れているとのこと、ファンづ くりが出来ていると感じた。

B観光企画・運営の地域化
 大菩薩嶺へアプローチする交通機関がないので、柳沢峠の往復にやむを得ず自家用車を使った。 昔は、丹波山村・柳沢峠をバスが通っていたとのこと。観光立国を標榜する一方で、利用者の便が悪くなって いる現状に矛盾を感じた。”ニューツーリズム”の規制緩和に対応して村の中で観光会社を作り、 アトオラクション・プログラムの企画・開発を行い、 ツアーのオプションを村までバスで来たお客等に提供出来る地域内観光の核を確保する事が必要ではないかと感じた。 タクシーもない現状では身動きが取れない。自然環境の保全には、 自家用車は望ましい手段とは思われないので残念なことである。これからの観光は、個人或 いは少人数のグル^プが中心になるので、ホスピタリティの提供は必須の事柄となり、そこ からリピーターの確保、つまりファンづくりが実現出来ると言われているのが理解出来た。

C流域連携とバイオリージョナル
 上流域の丹波山村が、下流域の都市と連携するプログラムの計画があるやに聞いた。まずは、特定の地 域との連携が大切である。しかし、上流域同士の連携も同じように重要と考える。これを 模索したのが、「多摩川源流回廊」である。今回の探索では、更なる面展開にも目が行った。
 何か、基本原理が欲しいところである。そこで出てくるのが、「バイオリージョナル」とい う考え方である。生命地域主義や生態地域主義と呼ばれるが、川を中心に「生命流域主義」とし、 多摩川の流域を命の営みの地域として、文化・産業・生活等の塊があると見ることができる。
 <バイオリージョナルの特徴>
    *地域の自然生態系の機能の回復と維持
    *地域内でゼロエミッションの循環型システムの構築
    *持続可能な地域生態系資源を活用し高付加価値化した地域と調和した産業や技術の創出
    *地域情報の発信を通じて他地域や世界とのコミュニケーションを図ることによる
     ネットワーク社会の構築(赤池学;『社会教育』)
   これは、地域の持続可能性と発展を調和しようとする考え方と理解することが出来る。

D住民の参画と人づくり
 外部から人を呼んで勉強を進めているとのこと。平成17年時点では、お隣の小菅村より も行政の職員の人数が多かった。現状は、まだ把握できていないが、人数よりも、どの様 な役割が重点になっていて、どの様な成果が出ているかが重要である。何れにしても、一部の人だけでなく、 村の各層が協働しつつあり、外部ともネットワークを作っていくことが行われている事は確 かである。しかし、人づくりには、「」が必要である。村おこしが”知の統合”であると 考えられ、統合にはアプリケーションが必要と言われている。つまり、社会実験的な試み が必要と言える。金をあまり使わないで、地域資源を使い、人づくりやプログラム開発な どソフトを中心にして新しい価値を創造していく。そのための「挑戦の場」を構築してい く行政の姿勢が見られるのか。
 そして、住民自らが行動出来るのか。 学校の生徒も含め地域住民が参画し、自分達が楽しみながら、一人ひとりが小さな”遊び仕事”を組み立てていく。 更に、生涯学習の観点で、ツーリズム(観光)を捉え直しながら村の資源を活かせるよう 村起しを全員参加で試みていくと、訪問客も一緒に楽しめるようになる。「1家・1品1芸」か。 『地域力』なる著書も出ていて、版を重ねている。「村おこしは産業起し」という観点からみることで、 ”人づくり”を考えて行くことが重要であると感じた。
 空き家が目立つが、外からの人が留まる場所として活用するなどの知恵が出てくると、各 種の交流が生まれ、自ずから人づくりのチャンスが生まれ易くなると思われる。

若者が頑張っている丹波山倶楽部を紹介します。

                   2012年11月15日 石黒記(地域研究家、大多摩観光連盟会員)