合わせ酢の話
酢の物に使われる合わせ酢の種類は非常に多く、バリエーションに富んでいて、無限と言ってもよい程あるが、
昔から使われてきた合わせ酢はそれなりにすばらしい配合で材料の持ち味を充分に生かす力があると言える。
洋食のドレッシングも合わせ酢の一つだが、和食の一般に使われているものを次に並べてみよう。
ここに示した合わせ酢は基本的な割合であり、実際に使う場合は材料によって多少手を加えて味の調整を
することが望ましいことは言うまでもないが、ここから自分のオリジナルを考案する事も大切な学習となる。
二杯酢 | 貝類や小魚等の下味を付ける |
酢 大さじ1 出汁 大さじ2 醤油 小さじ2 |
三杯酢 | ほとんどの酢の物に使われる |
酢 大さじ1 出汁 大さじ1 醤油 小さじ半 砂糖 大さじ半 塩 小さじ1/4 |
黄身酢 | 主に野菜類に多く使われる |
卵黄 1 酢 大さじ1/4 砂糖 大さじ2 塩 小さじ1/2 |
吉野酢 | 平貝、鮑、白瓜、蝦、蟹など |
三杯酢に片栗粉をくわえとろりと透明になるまで火を通す |
みぞれ酢 | 牡蛎、鶏の笹身、魚など |
三杯酢に大根卸を同量加える |
芥子酢 | 蒸し鶏、鰹のなまり、野菜類 |
三杯酢に溶き芥子を加える |
雲丹酢 | 烏賊、貝類、練り物など |
あくを抜いた雲丹、卵黄、煮きり味醂、出汁、三杯酢 |
ちり酢 | 鍋用、虎魚、鴨ロースなど |
果実酢、醤油など |
土佐酢 | 魚・貝類の他大和芋など |
酢、出汁、醤油、塩、鰹節など |
けし酢 | 塩〆の魚、鮑の塩蒸しなど |
三杯酢、昆布、鰹節、けしの実 |
甘酢 | 魚や野菜の掛け酢つけ込み酢 |
酢、砂糖、塩など |
此等の他にも胡麻酢、ポン酢、生姜酢、山葵酢、柚香酢、鮨酢、肝酢、実果酢、時雨酢、朧酢、
ドレッシング類、マヨネーズ類、マリネの合わせ酢等々、その他沢山の種類が有ります。
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〔調理技術〕煮物…@ 煮物って?
●料理はどんなに面白く細工したものでも美味しくなければその価値はありません。その中でも取
り分け煮物は地味で、とかく脇役的な立場にありながらこれほど作り手の技術や性格が端的に現れ
る仕事も他に類を見ないでしょう。
比較の例に刺身や焼き物を取れば、味は材料の「鮮度」でおおむね決まりますが、煮物は鮮度はも
ちろん、出汁の種類や濃度・味の付け方や炊き方・火加減や時間とタイミング・取り合わせ方や盛
り付け等々熟練と経験と気配りとセンスが要求されます。それだけにプロの世界でも「煮方」とい
うポジションを受け持つと言うことは、調理場の総合管理者である「板長」に最も信頼されている
立場であるという自覚を持つことが絶対に必要とされているのです。
●他国の料理に比べて日本料理の特徴は「美味しい物を食べる」でした。ですから材料その物の持
ち味を生かして調理することは刺身や焼き物と変わりは無いのですが、持ち味をもっと深く理解し
て「その特徴をより良くし生かして行く」ための調理法が煮物なのです。(ちなみに、料理オリン
ピックでの評価は手を加えない物には評価が下がるそうで、評議員の資質が伺えます。)
例えば、材料その物が程良く美味しければそれを生かして調理することは言うまでもありませんが、
塩鰤(しおぶり)や苦瓜のように味の濃厚な物は程良く味を整え、味が薄い又は淡い大根や豆腐の
ようなものには味を補って食べやすくするのです。
●「煮物」の考え方は関東と関西とでは相違があります。関西で煮物というと主に椀盛を意味し、吸
い物用の種より大きめに切った材料を沢山と薄味の汁を多めに用いて仕立てるのですが、(詳しく
は後述の上方料理で説明)関東では炊き合わせや煮合わせという意味で使われています。また材料
を同じ鍋で味付けするいわゆるごった煮とは分けて考えています。つまり主に@芝煮、A沢煮、B
小煮物、C煮物、D甘煮(うまに)の5種類が基本とされ、@芝煮は出汁に酒、薄口醤油、塩など
甘味を控えてあっさりとした味で煮含め、汁と一緒に食べます。A沢煮は芝煮と非常に類似してい
ますが、「沢」とは「沢山」を意味するので、材料の種類を多く使っている所に特徴が見られ、や
はり多めの煮汁で淡泊な味付けで仕立てます。B小煮物とは主に八方だしでゆっくりと味を含ませ
た煮物で、やはり煮汁と共に食べる料理で高野豆腐とか里芋とか大根などを煮るときに用います。
C煮物とは小煮物よりも少し濃厚な味を付ける煮物で、さらに付け加えればその他の煮た物はこれ
ら5種類の基本が発展したものと考えるのです。その技術としての種類は何千とも言われ、多くの
職人の歴史と共に工夫や改良を重ねた技がうかがえる調理法です。D甘煮(旨煮)は煮物よりもさ
らに濃厚な味を付け汁気が無くなるまで煮上げた煮物です。
●この様に一般に言われている、関西は汁気が多く淡泊な味付けで、関東は汁気が少なく濃厚な味付
けと言われていることは全くの誤解で深く理解して行けばそれは一概には言いきれないのです。し
かし基本はどの道も同じで色の物は色好く、白い物は白く、柔らかい物は形良く、固い物は良く含
ませて、アクや味の強い物は和らげて、出汁を中心に味の和を考える事が根本にあるのは言うまで
もありません。
●昔からの基本的な方法として「八方」という考え方があります。これは八方地、八方汁、八方出汁
などですが、日本料理研究会の先輩である小坂禎男氏が著書の中で大変興味深いことを言っている
ので要点を原文のまま抜粋して書き加えておきます。
●「煮物用の出汁といえばと八方だし。何にでも八方使える調法なだしというんで八方だしというん
だが、薄味をつけただしだ。(中略)もともと、八方だしというのは、手軽に使える便利なものと
して現場で自然に生まれたもの。煮物と言えば、だいたい、だしを使って、調味料で味をする。そ
の調味料といえば、砂糖と醤油、そのほか、酒、味醂、塩くらいだ。たったこれだけの加減でいろ
んな味を作る。だから、煮物をする時は、鍋にだしを入れ、調味料を加減してゆくという同じ様な
作業が繰り返される。だから、忙しい現場では、だしに下味を付けておけば、味が加減しやすく作
業がずっと楽に手早くできるので、味をつけただしを用意するようになった。(中略)私が良く使
った八方だしを紹介しよう。初めに一番出汁を作り次に八方出汁を作る。
●〔一番だし〕一斗の水に、鰹節が三百匁から百五十匁くらい。鰹はたくさん使えばおいしい。だい
たい店の格で決まっている。(一斗は約18l、三百匁は1Kg強)一斗の水に昆布を入れたら火にかける。
沸いてきたら、昆布を引き上げ、用意した鰹を、一度に入れ、かきまぜて、すぐに火を止める。そし
て、ゆっくりそろっとかきまぜながら二〜三分したら、こす。これが一番だし。一番出汁は香りが第
一で、くさみが出ないように、さっととる。軽いさわやかなだし。主に吸い物に使うから吸い物だし
ともいう。(中略)
●〔八方だし〕先の漉した鰹に、五〜六升の水を加え、引き上げた昆布を入れ、新たに鰹を足して(
三十〜四十匁)中火で二十分もたく(昆布は沸いてきたら引き上げる)。今度は充分旨みを引き出
す。上がる少し前に、酒と塩を加える。酒は二〜三合、塩は大さじ二杯くらい(砂糖は隠し味程度
に入れる)。これを漉す。これが八方だし。つまり二番出汁に追い鰹して、酒と塩を入れたものだ。
云々・・・・」
氏の話はまだまだ延々と続いたのでしたが・・・科学調味料や冷蔵庫が無い時代に使い易いように工夫されて
こられた先輩の貴重な知恵で私達の財産だと思うので書き加えました。
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〔調理技術〕煮物…A 上方料理って?
●関東料理に対して比較によく用いられるのは、関西料理(上方とも言う)であろう。一般に関西料
理と言えば、京料理と大阪料理と言うことになる。相違点はあまりないが成り立ちの背景を考える
と、大阪料理は環境から見てもわかるように新鮮な海産物が豊富にしかも容易に手にはいるため京
料理からすると新鮮な海産物を土台とした料理が多く、この点では江戸前料理と共通している事が
多いと言えましょう。しかし京料理となると条件がかなり変わってくる。まずはその環境からして
も周囲が山で囲まれているので、山菜料理は得意とするところであり更に乾物を利用した料理や漬
け物が多く、野菜や豆腐や麩に至っては京都ならではの持ち味の料理が特徴である。従って煮物に
は工夫を凝らし、出汁を第一と考え出汁には必要に神経を使っている。
●江戸前から見た言い方をすれば、京料理の煮物と言えば「炊き合わせ料理」である。素材の持ち味
を充分に引き出すように下ごしらえをし、素材の邪魔にならない様に味や香りを付け、素材同士が
引き立て合うような組み合わせを考え、最後に濃厚な出汁でまとめる。調理法を要点でまとめてみ
れば次の4種類になる。@味付けをして煮る方法、A揚げてから煮る方法、B焼いてから煮る方法、
C蒸しながら煮て行く方法などである。
@の方法は炊き合わせの典型的な方法でほとんどがこの方法である。
Aの方法は中国料理や普茶料理(精進料理⇔卓袱料理)の技法の影響を受けていて、表面を固めて
煮くずれを 防ぎ、水分を飛ばして味を凝縮し旨みを増す効果がある。
Bの方法は白焼き(素焼き)にしてから煮て行く方法で、表面を固めて煮くずれを防ぎ更に香ばし
さを加えて、魚などの生臭みを消し水分を飛ばして旨みを凝縮する。鮎の煮浸しや鮒の甘露煮など
はこの方法を取らなければ出来ない料理です。
Cの方法は素材の形を変形したりくずしたりしないために取る方法ですが、煮詰まらない様に長時
間煮含める様な時にもこの方法が用いられます。
●煮物の基本は出汁に有ることは上方料理に限らず日本料理の原点であることは言うまでもありませ
んが、特に京料理は控えめな塩味と濃厚な出汁に特徴があります。京料理の出汁は主に2種類あり
「濃い出汁」と「精進出汁」です。ここに昔の出汁の取り方を再現してみましょう。(現在でも同
じ方法を用いている所が多い)「濃い出汁」1升(1800cc)の水を鍋に入れ火に掛ける。水温が20℃
になった時27匁(100g)の昆布を入れ中火にする。沸騰し始めたら昆布を取りだし減った水量を加え
て再度沸騰させ削り立ての鰹節を加え、湯の中で削り節が2〜3回まわった頃を見計らって火を止
め味をみてアクをすくい取る。鰹節が沈んだら手早くすいのうでこす。出来上がりは40匁(150g)と
する。・・・・・云々
●「精進出汁」特に水量の指定は無い。水又は微温湯にたっぷりとした材料をはり、ゆっくり時間を
かけて抽出する。時には煮ることもある。主に用いられる材料は、昆布、椎茸、大豆、小豆、六浄
豆腐(後記参照)などである。また野菜を弱火で長時間煮て摂ることもある。・・・・・云々
とあるが濃い出汁では鰹節や昆布の品質や種類でかなりの差があり、やはり良質の素材は深みのあ
る味に仕上がります。また精進だしでは濃厚な出汁を必要とする場合は「茶袋」と称して鰹節を隠
し味で用いることもあるようです。
●炊き合わせの場合下処理をした食材を、濃い出汁・味醂・酒・塩・醤油・砂糖などで味付けした
調味汁を作り、その汁で煮ることで味を付けるのが普通です。ですから炊き合わせの味はこの煮汁
の調合によって決定されるので最も美味しい味が要求される厳格な瞬間なのです。煮上がるまでに
飛ぶ水分や材料から抽出される味を計算した上で味を選ばなければなりません。 この点他の煮物の
ように追々味を調整してゆくようなわけにはゆかないのです。一度付けた味を修正することは不可
能だからです。まさに「過ぎたるは及ばざるが如し」です。江戸前で言う八方出汁と同意に用いま
すが、八方出汁の様な統一された割合ではなく、材料と出汁のバランスで調味料が決定されるのです。
(続く)
参考
六浄豆腐(ロクジョウドウフ)・・・・山形県の特産品六条豆腐の事で豆腐の水気を切り、四方に塩
を塗ったり、醤油と酒で煮て陰干しした物です。またはすりつぶした豆腐に醤油を混ぜ、形を整え
て陰干しした物で、削って汁の実などに使用します。名の由来は、京都六条の行者によって当地に
伝えられたと言われています。修験僧(しゅげんそう)が眼・耳・鼻・舌・身・意の六つの感覚と
される「六根」が仏(菩薩)の守護の許に福徳によって清らかになるという意味の言葉「ロッコン
ショウジョウ(六根清浄)」と唱える語に掛けてこの様な書き方をします。また別名では精進節(
しょうじんぶし)などともいいます。
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