マックス・ウェ−バ−の伝記の扉を飾る詩人リルケの言葉にならって言えば、丸山こそ、戦後という「ひとつの時代がその終焉に当たってもう一度自分の価値を総括しようとしてみるときいつもあらわれてくるような」人間である。いま丸山について語ることに意味があるとすれば、それは他ならぬ戦後(日本)の終焉にわれわれが立ち合っているからであり、このひとつの時代の黄昏のなかでその意味を振り返ってみなければならない時にさしかかっているからであろう。 (現代思想 『丸山真男と「体系化の神話」の終焉』 225ページ 1994 ) 「これは一つの時代がその終焉に当たってもう一度自分の価値を総括してみるときにいつもあらわれて来る人物だった。」マックス・ウェ−バ−の伝記(マリアンネ・ウェ−バ−『マックス・ウェ−バ−』)の扉を飾る詩人リルケの言葉である。この美しい賛辞にならって言えば、丸山真男と大塚久雄こそ、戦後という一つの時代の終わりにその価値を総括しようとするときいつも立ちあらわれてくる知的巨人であることは間違いない。 (神奈川大学評論 『丸山真男と大塚久雄』 41ページ 1997) その前に、丸山先生について語るシンポジウムにどうしてこんなにたくさんの人がくるのかということなんですが、これはおそらく戦後というものに、いい意味でも悪い意味でも皆さんがこだわっているからだと思うんですね。私自身もそうですが。「ひとつの時代が終わろうとしているときにその価値が何であるかを確かめようとする時、いつも立ち現れてくる人間」、これはウェ−バ−の伝記を飾るリルケの詩のなかにある言葉です。戦後五○年の意味を考える時に、丸山先生が亡くなられた。偶然にしてはあまりによくできたドラマです。 (丸山真男と市民社会 『いま丸山真男を語る意味』65-66 ページ 1997) |
先ほど石田先生から「他者感覚」の喪失ということ、それをどう再生させるかというお話がありました。しかし戦後五○年の、もう一方の、しかも非常にマジョリティの側の現実には、ある意味において他者を抑圧、扼殺した歴史意識というものが静かに、しかし着実にひろがっているという面もあるわけです。 (『丸山真男と市民社会』67 ページ) |
日本の独立が、同時に、後発的な帝国主義国家の誕生であったというこの両義性をどう解くのか。これこそが、とりもなおさず、日本の近代史最大のアポリアです。植民地帝国としての欧米列強のなかでいかにして独立を保つかに腐心するとともに、日本は、独立国家として治外法権や関税自主権を得るために明治期のすべてを使いました。と同時に、すでに日清戦争期から、日本はミニ植民地帝国としての道をも歩んでゆくわけです。こうした二重性、両義性をもった近代国家の歩みは、ドイツを例外とすれば、すくなくとも欧米にはなかった歴史ではないかと思います。そこでの国家理性をめぐる問題をどう考えるかというのが、丸山先生とお話する機会があればいちばんお聞きしたかった点であり、私にとって最大の疑問点です。 (丸山真男と市民社会 『いま丸山真男を語る意味』 72 ページ) |
近代科学文明に基づいた西洋的普遍理念の伝播者として先頭に立った日本は、韓半島を占領し、「植民統治」を行ったと言って、それはひとつの植民主義(colonialism)の範疇に入っている。だが、近代的な植民主義とは一般的に、すでに隆盛となった帝国主義国家が、自国民を開拓民として移植したり、文化水準のへだたりの大きいところ、あるいは、文化内容のちがいのはなはだしいところを、帝国の版図の拡大した地域として支配することをいう。西欧列強がすでに強力な帝国主義国家と化し、自国民を世界のあちこちに移住、開拓させたり、アフリカ大陸のように文化水準の格差が顕著なところ、または英国とインドの関係のように文化内容が明確にちがうところを支配したのが植民主義の典型的な例である。文化的な面から見る時、こうした例では葛藤がそれほど深刻ではなく、その後遺症もいやしうるものであった。文化水準の格差が大きいところでは、植民帝国の文化が一方的に植民地を圧倒しえただろうし、文化内容のちがいが顕著なところではいくら植民帝国の文化だといっても、実際に現地の伝統を弱め破壊するだけの力を持ち得なかったためだろう。現地の文化が植民統治を通じて向上したところ、あるいは制限された範囲内でのみ植民帝国の文化が影響をおよぼしたところでは、植民統治が終わってからも、相互の憎悪よりは信頼と友好の関係が受け継がれた例が多い。代表的なものがイギリス連邦の樹立である。 日本の場合はちがった。まず、日本みずからが西洋列強の圧力に屈して門戸を開放し、国際的条件の変化に勢いづけられて植民地に転落する危機をのりこえることができた。決して強力な帝国主義に転化してから海外侵略に進んだのではなかった。 (岩波書店 『敗戦50年と解放50年』 106 ページ ) |