そして、場所は変わってある山奥の一本道に物語の舞台は移る。この数日、ジ
ョン達一行は険しい山奥の一本道を登ったり、降りたりしていた。だから、一行
のメンバーは皆、疲れ果てていた。
「おい、アランのおっさん、バンシー村はまだかよ。」
長い道のりで疲れ果てたソフィアがイライラの余り、大声を出す。
「まぁ、そう慌てんな、もう、この林を越えれば、村に着くのに、気が短けえ
な。」
そうアランが言うやいなや、今まで疲れてヘトヘトだったソフィアは急に元気に
なって、山林の中を通る山道を走り抜けていった。そして、林を抜けると、後は
真っ直ぐな下り坂とその先に山の麓の小さな村があった。
「ふぅ、今まで野宿ばかりでまともな物が食べられなかったけど、これでやっと
まともな物が食えるぜ。」
ソフィアが村を見て、希望に目を輝かせながら、そう言った。
数時間後、ジョン達一行は村の真ん中にある宿屋の食堂で食事をしていた。
「ふぅ、やっとまともな物が食えたぜ、おい、親父、フライドチキン、もう一つ
追加ぁ。」
そう言って、ソフィアが追加注文をするのだが、そういう彼女の前のテーブルに
は盛りつけされた料理を食い散らかされた皿が山積みされていた。みんな、長旅
で疲れていたのと空腹から、結構料理に口を付けていたのだが、特にソフィアの
食べた量はもの凄く、皆呆れ返って呆然としていた。その中でも、特にヒムは
「おいおい、まだ喰うのかよ、それにしても良く喰う姫様だぜ、これでも歴史あ
るエリーナの王族の一員かよ。」
と思っていたが、それを口にして姫の機嫌を損ねたらまずいので、口にするのは
やめた。そして、そんな中、アランが店の主人に言った。
「おい、親父、この村にいるシドという男を知らないか?」
すると、主人は
「はい、シドならこの村のはずれの谷川沿いの小さな小屋に住んでまさぁ。しか
し、お客さん、あんな偏屈な爺さんとは関わらない方が良いですぜ。」
「忠告、ありがとう、だがな、どうしても会わなきゃいけない用事があってな、
会わなくちゃいけないのだよ。」
「そうですか、それでは、くれぐれも注意して下さいね。」
そう言うやいなや、店の主人は別な客が店に入ってきたので、その客の方に注文
を取りに行った。
そして、しばらくした後、ジョン達一行は村はずれの谷川沿いの2階建ての小
さな小屋の前に来ていた。
「お〜い、シドさん、いますかぁ?」
ジョンがドアを叩きながら、シドを呼ぶ。すると、ドアが開いて、中からだいぶ
年を取った老人が片手で杖をつき、もう片方の手は腰に手を当てながら、出てき
た。
「なんじゃ、シドはわしじゃが、何かこのわしに何か用かい?」
「よぉ、爺さん、俺達はガイアという野郎を倒して人を助けなくちゃいけないん
だけどよ、その際にジークという男にあんたを紹介されたんだ。もし、それに関
する情報を知っているなら、教えて欲しいんだが・・・?」
アランがそう尋ねると、
「ふん、こんなじじいがそんなことを知っているかい、情報を聞きたきゃ、よそ
へ行きな。」
シドが憎まれ口を聞くと、それを見てたまりかねたソフィアが
「やい、じじい、いくら何も知らないとしてもその言い方はないんじゃないか、
ふざけんじゃねえ。」
そう言って、シドに飛びかかり、殴ろうとした。
「おい、いくら何でも年寄りに暴力はいけないんじゃないか。」
そう言ってジョン達が止めようとしたが、もう怒ったソフィアを止めることは出
来なかった。そして、ソフィアがシドに飛びかかって、顔面をパンチを炸裂させ
た。その場に居合わせた誰もがパンチは当たったと思った。だが、良く見ると、
彼がさっきまでいたところには誰もいず、ソフィアのパンチは空しく空を切って
いるだけだった。そして、彼はいつの間にかジョン達一行の背後に移動していた。
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、なかなか元気なお嬢さんじゃわい。」
「おかしい、ふざけんじゃねえ。」
ソフィアがさらに怒ってシドに跳び蹴りをしようとした。だが、その時も蹴りは
空しく誰もいない空を切っただけでソフィアは地面に着地した。そして、シドは
ソフィアの背後に何もなかったように立っていた。と、その時である。
「お願いします。お爺さん、僕の友達がさらわれて、今にも殺されそうなんです。
今の立ち振る舞いからあなたはただ者ではないはず、是非助けて下さい。」
ジョンが必死に頼む。
「さて、どうしようかなぁ。」
「これではどうかな。」
アランがジークから受け取った紋章を懐から取り出して、シドに見せる。
「そ、その紋章は!わ、分かった、その願いを聞こう。」
そして、ジョンがそれまでの一部始終をシドに話すと、
「なるほど、それでガイアとやらと戦うために星幽魔法を身につける必要がある
わけじゃな、よし、おい、お前、小屋の中にはいると、すぐ右にドアがあって、
中に部屋があるんじゃが、その中に茶色の大きな袋があるから持って来てくれん
か。」
彼はヒムを指さしてそう頼んだ。そして、ヒムが小屋の中から大きな茶色の袋を
持って来た。しかし、その中身は異常に重かった。だから、ヒムが
「この袋、重いんですけど、何に使うんですか?」
そう聞くと、シドは淡々と
「まぁ、そう慌てなさんな。まずは、わしについて来んか。」
そう答え、ジョン達一行を、小屋から少し離れた所に大きな滝があるのだが、そ
の上にあるちょっとした広場のような場所に連れて行った。当然、袋もヒムによ
ってそこへ運ばれた。そして、そこでシドはヒムに袋の中身を出すように命じた。
ヒムが袋を持ち上げ、上下逆さにして中の物を地面に放り出す。すると、中から
は無数の黒い鉄球が出てきた。だから、ジョン達はこの鉄球を何に使うのか、不
思議でたまらないでいた。しかし、その間、シドはジョン達の知らぬ間にも杖で
地面に大きな円を描いていた。そして、ジョンの所に来て1本の鉢巻を渡し、命
じた。
「さぁ、早くあの円の中に入り、鉢巻で目隠しをするんじゃ。」
そのため、ジョンも早速、円の中に入り、鉢巻で目隠しをするのだが、シドがな
にやら怪しげな呪文を唱える。と、その時、今まで地面に転がっていたたくさん
の鉄球が空中に舞い、ジョンに対してもの凄い速さで襲いかかったのである。当
然、そんなことは気が付かないジョンは不意に訪れたたくさんの鉄球の衝突によ
る激痛で地によろめいた。しかし、そんなことはお構いなしにジョンに当たって
地面に落ちた鉄球も再度、空中に浮かび上がり、ジョンを襲う。
「おい、じじい、何をしやがるんだ。」
たまりかねたソフィアが抗議する。そのため、シドは叫んだ。
「飛び交う鉄球よ、止まれ!!」
ジョンを襲っていたたくさんの鉄球も動きをピタリと止め、地面に落ちた。しか
し、その後、シドはこう言った
「おっと、今のジョンの精神力じゃ、星幽魔法を使っても歩くことすら出来んぞ。
じゃがな、鉄球による恐怖を克服し、冷静にそれらを防ぐことが出来れば、精神
力は飛躍的にアップするし、相手のどんな攻撃も簡単にかわすことが出来るんじ
ゃ。」
その言葉に、ジョンは叫んだ。
「分かったぜ、爺さん。どうせ、こんな事が乗り切れないようじゃ、メアリーを
助けることも出来ないぜ。早く特訓を続けてくれ!」
「よし、良い心がけじゃ、特訓を始めるぞ。」
そうして、シドが先ほどと同じ呪文を唱える。そして、再度、鉄球がジョンに襲
いかかる。
「鉄球の存在を感じろ、心の目で見るんじゃ」
そうシドがアドバイスするのだが、目が見えないのでは、鉄球をかわすことも出
来ない。そして、ジョンは鉄球による痛みで何度も地面によろめき、体中があざ
だらけになっていった。そして、とうとう背後から後頭部に鉄球が当たったショ
ックでジョンは前のめりに倒れてしまった。その上空をなお鉄球が飛びかってい
る。でも、ジョンは
「まだだ、こんな事じゃメアリーを助けることなんか出来ないぜ、何としてもこ
の試練を乗り越えなくては。」
そう言って、ふらふらになりながらも何とか両手を突き、立ち上がろうとした。
しかし、無情にも立ち上がろうとするジョンをたくさんの鉄球が襲う。ジョンが
それによって、また倒れてしまう。そして、起きあがったり、倒れたり、そんな
ことの繰り返しで辺りはいつしか暗くなっていた。
「おい、もう遅いからそろそろ今日の特訓はやめんか?」
そうシドが言って鉄球の動きを止めると、ジョンはもう鉄球が襲ってこないとい
う安心感からすっと倒れてしまった。
「おい、ジョン、しっかりしろ、起きるんだ。」
ソフィアのその声でジョンは目を覚まし、知らないうちにベッドに寝かされてい
た自分に気が付いた。
「ここはどこだ?」
そうジョンが尋ねたが、
「ここはシドの小屋だよ。しかし、おい、しっかりしろよ。ヒムが気を失ったあ
んたをここまでおぶってきたけど、メアリーを助けるんじゃなかったのか?こん
な所で寝ていてどうするんだよ。」
「ああ、そうだな。」
心配そうに見つめるソフィアにジョンはそう答えた。
その後、しばらくして一行は夕食をとった。
「さぁ、わし自慢のクリームシチューじゃ、遠慮しないで食べてくれ。」
しかし、シドのそういう誘いも空しく、ジョンは全身に伝わる痛みで体を動かす
ことも出来ないでいた。だから、それを察知してか、シドは言った。
「無理しても、食べるんじゃ、今はメアリーのためにも体力を付ける時なんじゃ
ないか。?」
その言葉にジョンは思った。
「そうだ、今はメアリーのためにも体力を付ける時なんじゃないかと。」
そして、ありったけの力でシチューを口の中に流し込みもうとした。しかし、口
の中も痛みでしみてきつい。でも、何度もシチューを吐き出しながら、何とか夕
食のシチューとパンを食べきることが出来たのである。そして、ジョンはジョン
は寝室に戻るため、ふらふらになりながら、食堂を後にした。
しばらくした後、ソフィアはジョンの寝室の前にいた。何度か入ろうか、どう
しようか悩んだのだが、中に入りジョンの前でこう言った。
「おい、ジョン大丈夫か?」
しかし、ジョンは痛みと疲れでベッドの上で寝ていた。そして、何か寝言を言って
いた。「何だろう?」と思い、ソフィアが注意して聞くと、
「おい、メアリー、心配するなよ、必ず助けに行くからな、むにゃむにゃ。」
その言葉にソフィアは、何故かとてもやるせない気持ちになった。そして、部屋
から出て、ドアを背にもたれかかって
「何だよ、メアリーばかり、こんなに思ってくれる奴がいて・・・俺にはいない
や。でも、人が誰かのことを思って何かをするって何て素晴らしいことなんだろ
う。」
そういうソフィアの目から少し涙がこぼれ落ちた。そこへちょうどヒムが通りか
かり、
「姫様、どうかしたのですか?」
と聞くのだが、
「うるさいな、あんたには関係ないだろ。」
ソフィアはそう言って、泣いているのを見られた恥ずかしさのためか、2階の廊
下から階段を駆け下り、ついには外に出て行ってしまった。そして、草むらに寝
ころび、上空の星空を見ながら、
「あ〜あ、この星のような世界の無数の男の中から早く俺の事も思ってくれる人
が出てこないかな。」
そんなことを考えながら眺めていた。すると、隣から詩を詠む声が聞こえてきた。
いつも あなたのことを思うと 心がせつない
でも 彼は別の女(ひと)のことばかり 考えて
あんな奴のことは どうでもいいはずなのに
目からは涙がこぼれ落ちて
せつないね せつないね
「おい、ヘボ詩人、訳の分からない歌はやめろよ。」
そういうソフィアの横には草むらに座りながら、竪琴を奏で、歌を歌うアランの
姿があった。
「おい、もしかして、ジョンのことが好きなのか?でも、ジョンにはメアリーと
いう強力なライバルがいるぞ。」
「うるさいよ。あんな奴のことなんかどうも思ってないんだからね。あんな奴の
ことなんか・・・」
「そうか。」
そこには、叶わぬ恋と知りながら、一人の少年を好きになってしまった少女の姿
があった。そんな彼女に対し、心配するアランだが、それに対し、少女はけなげ
にも必死に憎まれ口を聞いて自分は大丈夫とアピールするのであった。
夜がふけて、翌朝、ジョンは今日も鉄球を避ける特訓を続けていた。そして、
彼の体は確実に鉄球の衝突によって痛めつけられていき、その痛々しい姿でジョ
ンのみならず、旅の一行の誰もがいたたまれない気持ちで一杯だった。そうこう
して、そのような特訓を続けるうちに数日が過ぎ、その日もジョンは特訓を続け
ていた。ジョンは何度にも渡る鉄球の衝突による苦痛でほとんど意識不明になっ
ていた。その中で倒れないようにこらえながら、必死に鉄球から逃れるすべを考
えていた。
「どうすれば、鉄球から避けられるんだろう?目が見えないのに避けられるはず、
ないじゃないか・・・まてよ、最初の日にシドの爺さんが言っていたじゃないか?
鉄球の存在を感じろ、心の目で見るんだって・・・そういえば、鉄球の存在と言
えば、鉄球も飛んでいるのだから、それによって空気の流れが乱れたり、飛ぶ音
も出るはず、感じろ、感じるんだ。心をすぎとまして、大自然の中の他のあらゆ
る営みから鉄球による空気の乱れや鉄球の飛ぶ音を感じるんだ。」
ジョンはたくさんの鉄球の衝突の中で必死に考えたアイディアから、鉄球の存在
や動きを感じようとした。しかし、そんなことは出来るはずもなく、無情にも何
度も鉄球を体に受けてしまう。しかし、そのうちにジョンもいつしか周りで何が
起こっているか、感じることが出来るようになっていた。
「鳥の鳴く声、川の流れ、そしてこのすさまじい音と微妙な空気の乱れはもし
や。」
そう思って無意識に体を移動するとジョンは紙一重で鉄球をよけていた。そして、
ジョンもそのうち、だんだん慣れてきて、確実に鉄球の存在を感じ、よけられる
ようになっていた。すると、シドもそれを理解してか、鉄球の動きを止め、地面
に落とした。ジョンも鉢巻の目隠しを取った。そして、
「ジョンよ、良くやったな。」
シドが激励の言葉を言うと、
「はい、シドさん、いえ、師匠、これで確実に敵の攻撃をかわすと共に精神力も
大幅にアップすることが出来ました。」
そうジョンが応じるのだが、彼は何か一つのことをやり遂げたという満足感で一
杯で、そして、とてもすがすがしい目をしていた。と、その時、背後から
「俺の名はダイザック、我らの目的を邪魔する者よ、死ね。」
そう言って1人の身長2メートルは越す大男が大斧を両手で持ち、もの凄い勢い
でジョンめがけて襲いかかってきた。地面に大斧によって地割れが走る。しかし、
ジョンは特訓の成果もあってか、ダイザックの攻撃を紙一重でかわし、いつの間
にか彼の背後に回っていた。そして、大斧は空しく空を斬っただけだった。
「おのれ、小僧、ちょこまかと・・・しかし、今度こそはそうはいかねえぞ。」
そう言ってダイザックは何度もジョンめがけて大斧を振り下ろすのだが、大斧は
空を斬るだけでなかなか当たらない。そんな風に何度か攻撃した後、ダイザック
はジョンを、もう下がると滝の底へ吸い込まれてしまうであろう崖っぷちへ追い
込んだ。そして
「おい、もう逃げられねえぞ、死ねぇ!!」
と言って大斧を振りかざすが、またもや大斧は空を斬るだけでジョンには当たら
ず、いつの間にか、ジョンはダイザックの背後に回っていた。そして、
「鬼さん、こちら、おいらならここにいるもんね。」
そうダイザックを馬鹿にする言葉を放ち、彼の背中めがけて跳び蹴りをした。す
ると、ダイザックはジョンの蹴りによって大斧を振りかざして勢いが付いていた
せいもあってか、勢いを崩し、前に数歩進んだ。そして、その際、崖の上から足
を踏み外し、滝の下めがけて、「うわぁ。」と悲鳴を出しながら、落ちていった。
そして、数分後、ダイザックを倒したジョンは一行のいる広場に戻りった。する
と、ソフィアが
「あんな大男を倒すなんて大した者じゃない。こんなに強かったら、もう敵無し
だね。」
と、叫んだ。しかし、
「いや、奴の気はまだ感じる。奴は確実にまだ生きている。それにガイアをはじ
め、これからより強い敵が出てくるはず!気を抜いてばかりはいられないな。」
そう忠告するアランの一言が妙に現実味があって、ジョン達一行はこれから、よ
り、気を引き締めることとなった。
第9章 おわり