「夢飛行(第3話)出会い」


「ばーろー、これが飲まずにいられるか、親父っ!酒だ、酒持って来い。」
「お客さん、何があったか知りませんが、苦労してるんですねぇ。でも、体に
毒ですよ、無理しちゃいけませんぜ。」

 今日も会社で忙しい仕事に疲れ、歩いて帰宅途中のエリスの耳にこのような
酔っぱらいと、その相手をしているおでん屋の親父の声が聞こえて来る。だか
ら、瞬時にエリスも、
「うっ、やばい。あんな危ない人に相手にされたら、厄介だ。早くこの場を立
ち去らなきゃ。」
そう思ったが、もう遅かった。
「オイ、おねーちゃん、聞いてくれよ。」
背後から、酔っぱらいのおっさんがいきなり、抱きついて来た。
「キャー、嫌、痴漢よ!!」
そう言うや否や、男の片足を踏み、怯んだ隙に男の股ぐらに膝蹴りを入れ、そ
の場を離れるエリス。男はすぐさま、
「ギャー!!」
悲鳴を上げた。そして、蹴りが入った場所が場所だけに、あまりの痛さに左手
で自分の急所を押さえながら、ずっとうずくまっている。
「お客さん、迷惑ですから、余り騒ぎを大きくしないで下さいよ。」
「あ、あの、大丈夫ですか?」
騒ぎに気付いたおでん屋の親父が駆け寄り、ことの重大さに気付いたエリスも
声を掛ける。そして・・・

「俺の名はケイン。おねーちゃん、さっきは酔ってたとはいえ、抱きついたり
して、悪かったな。」
「いえ、もういいですよ。誰しも辛いことの一つや二つくらいありますから。
実は、私も仕事でも全くいいことがないし、この前、付き合っていた彼に振ら
れちゃって・・・」
返事をするエリスの眼から、急に涙がこぼれ落ちる。
「なぁに、こんな可愛いねーちゃんを振る男など、どうせ、ろくな奴じゃない
さ。これっきり、忘れちまえよ。」
「そ、そうね、キャハハ。」
自身もその後、事情が分かり、ケインとおでん屋の屋台で一緒に酒を飲み、酔
っているエリスが空元気を出し、笑って答える。
「それに、俺なんかな、もっと酷いぜ。一応、一流会社に就職したはいいが、
勤めていた会社を営業成績が悪く、上司に、『何だ、この成績は。この厳しい
時代にお前のような能無しは会社にいらねーんだよ。お前なんか、クビだ
っ!』と言われ、即座にクビになった挙げ句に、付き合っていた女に『私の相
手はあくまでエリートなの。だから、ただの甲斐性なしとは付き合えないの
よ。』だってさ。」
「なぁに、それ、酷すぎるんじゃない。」
エリスが答える。
「それに、この屋台の親父も俺達と同じく、苦労しているらしいぜ。経営して
いた会社が倒産してしまった上、家も差し押さえを喰らって、裁判所の強制執
行で追い出された挙げ句、妻や子供にも愛想を尽かされ、逃げられてしまった
らしいぜ。それで転職して現在、このおでんの屋台を細々とやっているんだっ
てさ。」
「うっ、皆さん、苦労しているということですよ。さぁ、今日は私のおごりで
す。みんなでどんどん飲みましょうぜ。」
親父が、この時代の屋台は、バイオテクノロジーの進化から、工場でどんな種
類の酒も簡単に作り分け出来ることから、日本酒、ビール、焼酎だけでなく、
ワイン、ウォッカ、ウイスキーなど、様々な酒類が置いているが、屋台に置い
てあるありとあらゆる酒を持ち出して来て言った。そして、3人は屋台でそれ
らの酒を愉快に飲み明かした。

 そして、更に、舞台は変わり、屋台のあった通りから、近くの公園のベンチ
の上で、
「くそぉ、どいつもこいつも俺達を馬鹿にしやがって。」
泥酔して、エリスの膝枕の上で休んでいるケインが叫ぶ。
「よしよし、いい子いい子。いい子だから、もうそれ以上騒がないでねぇ。で
も、こんな時代だけど、いっそのこと・・・銀行強盗でもして、お金持ちにな
って、あたし達を馬鹿にした奴らを・・・見返してやるっていうのは・・・ど
うかしら?」
「いいねぇ。」
怪しく禁断の提案をするエリスにケインも答えた。何かがはじけ、2人はとう
とう越えてはならない一線を越えてしまったのである。

                           (第4話に続く)


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