ある夏の日の午後の話


 ミーン、ミーン、ミン。

「あぁ、だるいぜ」

 男は公園のベンチにもたれかかり、だれていた。

 そう言えば、俺は何をやっているのだろうか?

 男は思う。最近の数年間、会社と家と、単調な往復を繰り返しながら、た
だ過ぎていく毎日・・・このままで本当にいいんだろうか?そんなこと、思
ったりもする。と、そんな時、

「ねぇ、そこのおじちゃん、鞠、取って!!!」
「ん?」

ふと見ると、4〜5歳位の小さなかわいい女の子がこちらに向かって走って
来るではないですか。立上がり、足元をよく見ると、確かに鞠が落ちていま
す。

・・・が、しかし、俺はまだ20代だ。
お兄ちゃんと呼べ、こんガキぃ。
そんなこと考えながら、

「ねぇ、お嬢ちゃん、分かったけど、僕はおじちゃんじゃなくて、まだ、
お兄ちゃんだよ。」
「じゃ、おじちゃんじゃなくて、お兄ちゃん、その鞠取って。」
「分かった、分かったよ。」

男が鞠をとって、駆け寄って来た女の子に手渡します。

「ありがとう。」

鞠を受け取り、女の子は元気よく、お礼を言いました。そして、ベンチに腰
掛け、

「だけど、お兄ちゃん、さっき、元気なかったね。何か、あったの?」
「あぁ大人になるってことは、色々な物を失って行くってことだからな。」
子供の頃、抱いていた夢と現在の冴えない現実のギャップに、男が答える
と、
「そうなの?」
女の子が心配そうな目で見て来ます。
だが、その時、男は建物の設計の仕事をしているのだが、今まで自分が手掛
けた建物とそれらの仕事をやり終えた時の達成感を考えると、
「いや、違うんだ。そうじゃない。大人になるってことは何かを失っていく
ことじゃない。というより、何かを失っても、逆にもっと素敵な物を得て行
く。そんな物なのさ。」
「クスッ、変なお兄ちゃん。じゃ、鞠、取ってくれてありがとう。あたし、
もう行くね、バイバ〜イ。」
女の子はそう言って立上がり、元の来た方角に、走り去って行きました。


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