旅先にて


 一面に畑が広がる田園風景の中、列車は走っていた。列車は何の変哲もな
い地方を走るごく普通の特急列車だ。列車の中には、これから旅行に出かけ
る家族やカップルに地方出張で移動中のビジネスマンなど、様々な人が乗っ
ていた。
 そんな中、年齢は20代くらいのある男はいた。向かい合う席には少し年
上の30代くらいの男が座っている。20代くらいの男は車内の席に座りな
がら、ただ、外の景色を眺めていた。窓の外は、一面に広がる田畑のほかは、
家もまばらに点在するだけの何の変哲も無いごく普通の田舎の田園風景だっ
た。

 随分、遠くへ来たもんだな・・・

 20代くらいの男はそう思った。というのも、男は、今まで都会育ちで、
東京に長く住んでいたのだ。だから、そんな彼には、窓の外の一面に広がる
田園風景はある意味、とても新鮮に見えたことだろう。

 彼の名は鈴木一郎。
 これから、地方のある1都市に転勤で向かう最中だ。だが、会社の命令と
はいえ、今まで住み慣れた街から、まだ、ほとんど知り合いもいないような
未知の場所へ行くのはやはり、気が重い。と同時に、鈴木は思った。

 これから、行った先で果たして、自分は上手くやっていけるのだろうか?

 彼の脳裏にそんな思いがよぎる。だが、そんなとき、ふと近くから、自分
を呼ぶ声がした。
「兄ちゃん、これから、どこ行くんだい?」
いきなり真向かいの席の30代くらいの男に声を掛けられ、鈴木も確かに初
めは戸惑った。しかし、
「えぇ、今度、ある所に転勤で行くんですけど、それでこれから、そこへ行
く最中なんです。」
「ほぉ、そうか?だが、これから、まだ、知らない場所に行くんだろうけど、
早く新しい場所での生活に慣れるといいな。」
「はい、そうなんです。」
そんな風に、徐々に2人の心は打ち解けていった。そして、2人の何気ない
会話が続いた。しかし、そんな中の出来事だった。
「失礼します。車内販売です。お弁当にサンドイッチ、ジュースにお茶は如
何ですかぁ?」
車内販売の若い女性の声がする。そして、声の持ち主の彼女は、徐々に車内
の通路を今、何気ない会話を楽しんでいる2人の男達の方に、売り物の弁当
類やジュース類などが入れてある手押し車を押しながら、歩いて来ていた。
そんな中だった。向かいの席の30代くらいの男は言った。
「オイ、ジュースでも飲まんか?」
「えぇ、そうですね。」
鈴木は答える。そして、それに応えるように、向かいの席の男も、車内販売
員の女性が丁度、自分達の目の前に来たとき、彼女に話しかけた。
「すみません。お姉ちゃん、ジュース2本、ちょうだい。」
「ありがとうございます、300円になります。」
そうこうして、男はジュースを2本、買った。そして、男は車内販売員の彼
女から、買ったジュースのうち、1本を、
「ほらよ、俺のおごりだ。」
鈴木に手渡す。
「あ、でも、わざわざありがとうございます。ご馳走になります。」
鈴木は答えた。だが、2人の男の間では、その後もただ、何気ない会話が続
いた。そんな、何気ない時間がただ過ぎて行く・・・
 しかし、今、そんな目の前のさっき、出会ったばかりの男と、ただ、何気
ない会話を楽しんでいる鈴木の視界の中に、ふと、外の田園風景が目に入っ
て来た。そのとき、彼は思った。

 しかし、これから、自分が行く所は果たして、どんな所なのかなぁ?
 果たして、自分はそこでの新しい生活に慣れて、上手くやっていくことが
出来るんだろうか?そして、果たして、そこでどんな出会いが自分を待って
いるというのだろうか?
 そう・・・たった今の目の前の男とのこんな何気ない出会いのように・・
・・・

 彼はそう思った。
 だが、そうこうするうちにも、彼らを乗せた列車は、田舎の田園風景の中
を、ただ、轟音をあげながら、目的地に向かい、走っているのだった・・・


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