第八章 罪人の断末魔


 第8章 罪人の断末魔

麗一の方へ向かってふたつの人影がやってきた。
 弘摩と美香である。
 弘摩の姿に気づいた麗一は,息子の足にすがりつき恐怖に震えながら言った。
「ひ、弘摩たすけてくれ。麻生の首が・・・」
「僕が殺ったんだよ,お父さん。」
弘摩は爬虫類のような眼で麗一を見下し言った。単調で冷淡な声色で言った。
「ひぃ、な、何を言ってるんだぁ。」
麗一は泣きそうな声で言った。
「僕の力で麻生さんを殺したんだよ。別に麻生さんには恨みも何もないが、あなた
に絶大なる恐怖を与えるために死んでもらったんだ。」 弘摩は冷淡である。
「恐怖、お前は一体なにを言っているんだ。人が死んだんだぞぉ。」
「お父さん。あなたは自分自身の罪今ここで精算しなくてはいけない。死という方法
によって。いいえ、死ではなく、消滅するということで。」
弘摩の爬虫類の眼の奥に暗い闇が輝いていた。
「私になんの罪があると言うんだ,一体なんなんだぁお前は。」
麗一は弘摩の足元から立ち上がり父の威厳を見せつけるように言った。
「あなたは、罪深き哀人。」
そのとき、弘摩の陰に隠れていた女、美香が言った。
「だれだ、お前は。」
麗一は今初めて弘摩と一緒に女が居ることに気づいて言った。
「僕のお母さんですよ。」
弘摩が言う。
「お母さん。お前の母親は尋子だぞ、何を言っている。」
麗一が怒った口調で言う。すでに、麗一の頭の中からは麻生の死は消えている。
「尋子というのは弘摩の母親ですよ。」
弘摩、いやこの人物は弘摩であって弘摩にあらず、人格は拓、この弘摩の姿をし
ている拓は目線が同等の高さになった麗一に向かって言った。目線は同じである
が明らかに弘摩の方が見下している。そう見えるのだ。
「何を言っている。それじゃお前は誰だ。」
麗一は額から冷たい汗が垂れているのを感じながら言った。
「はじめまして、お父さん。僕は拓といいます。以後お見知り置きをと言いたいとこ
ろですがこれであなたと会うのは最初で最後です。」
拓はニヤリとしながら言った。
麗一は体中から冷たい汗が吹き出ている事に気づいた。
「弘摩、何を言い出すんだ。それにその女は誰だ。」
麗一は、また泣きそうな声で言う。
「葉月美香という名前に聞き覚えはないですかお父さん。」
拓の眼は冷たい爬虫類の眼に戻り言った。
「そんな名前など知らない。いったいどうしたんだ弘摩。」
麗一は冷たい汗をまだ流していた。それに加え体が震え始めていた。
「罪深き人だ。ならば、井口しおり、荒沢円、壬部京花、これらの名前に聞き覚えは
ないですかねえ。」
拓は合いも変わらず冷静、冷淡に言った。
「う、な・・・」
麗一は蒼白な顔で声をつまらせた。
「想いだしたようですね。葉月美香、井口しおり、荒沢円、壬部京花、これらの人た
ちはあなたが捨てた女の名前です。他にも何人かいるだろうがこの四人はあなた
が妊娠させて捨てた女達です。そして、あなたはこれらの女達に金を渡しけりをつ
けようとした。自分の地位とプライドのために、父親の七光で手にいれたくだらない
地位と虚栄のプライドのためにあなたの父親が築いた財産でけりをつけようとした。
その罪を今、精算するのですよ。僕が精算させてあげるのですよ。」
拓は冷淡だ。
「その女は葉月美香か思いだした。弘摩、お前はその女に騙されて私を殺そうとし
ているのだぞ。目を覚ましてくれ弘摩。」
麗一は悲鳴にも近い声で言った。
「さっきから言っているでしょう。僕は拓です。葉月美香とあなたの間に生まれた子
どもです。」
拓は言う。
「弘摩、頭がどうかしてしまったのか、目を覚ませ。」
麗一は怒鳴る。
「僕が一体どのような経緯で弘摩と入れ替わったか説明したいところですが死にゆ
く者に教えても仕方がありません。そして、知りたい事を知らずに死ぬ、それもあな
たに対する神からの罰です。私という神から与える罰です。そして、ひとつ言ってお
きます。あなたの人格、つまり魂と一般にはいうものですが、それは一切消滅しま
す。あなたの人格は残留思念としてこの次元に残る事はありません。どこかの亜
空間に行くのかは神である僕にもわかりませんが。」
拓は冷淡に語った。
「お前、狂ってしまったのか。」
麗一は車の方へ逃げようとした。その時、麻生の無惨な屍を思いだした。だが、麗
一は血塗られた運転席から麻生の死体を外に放り投げヌルヌルとした運転席のシ
ートに座りエンジンをかけアクセルを踏んだ。
血塗られたリムジンは拓の方への向かい走りだした。だが拓は逃げようとしない。
美香も拓の横から動かない。
拓は右手を広げ麗一の乗ったリムジンの方へかかげた。そして握る。
 グワシャブン、グジャワング
走っていた車は止まり音をたてつぶれ始めた。
フロントガラスの中に恐怖にひきつる麗一の顔が映っていた。 メギリ、グギリ
車のつぶれる音に混じり骨の砕ける音が聞こえた。
「がぁぁぁぁ・・・・・・」
麗一の断末魔の叫びがつぶれゆく車体の中から聞こえた。
 声が消えたとき、高速走行で大型のトラックと正面衝突したような無惨なリムジン
がそこにはあった。

「お母さん、罪人の精算は終わったね。」
拓が美香に微笑む。
「ありがとう、」
美香も拓に微笑んだ。


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