終章  破壊の序曲


終章 破壊の序曲

東京、新宿。
ここに、日本の角があった。東京都庁舎、これが日本の角である。角とは、龍の角
である。日本の地に巣喰う大地の龍の角が東京都庁舎の真下にある。都庁舎が角
の延長上に位置しているのだ。龍とはそのような生物的な物がいるのではなく実際
には大地のエネルギーの流れる線である。このエネルギーの線の決まった場所に
外的なエネルギーが加わるとエネルギーの線付近では地の崩壊が起こる。外的エ
ネルギーが小さい物であれば小さな地震程度で終わる。人間が作り出すエネルギー
程度の外的エネルギーでは地震すら起こらない。エネルギーの線の決まった場所、
これを龍穴という。ひとつのエネルギーの線には六つの龍穴がある。角穴、眼穴、喉
穴、心穴、肝穴、尾穴、の六つである。この中の角穴が都庁舎と連動しているのであ
る。六つの龍穴のうち最大のパワーを引き出す事の可能な龍穴もこの角穴である。
そして、この龍のエネルギーの線は関東を頭として中部、近畿、関西、九州へとつづ
き、尾の先は沖縄へ続いている。つまり、この龍穴に人間が作り出せないような何か
の外的エネルギーが加われば関東より西の方面は崩壊する事となる。この事を考え
実行した者が大正の世にいた。

 大正十二年九月一日、この日に日本近代史上最大の地震が起きた。関東大震災
である。
この関東大震災の起こった原因が自然的な物ではなく人為的なものだと知る物はほ
とんどいない。だが、この地震は龍穴を使った人為的に起こした地震だったのだ。龍
穴を使った地震を画策した人物は鬼川善魁という男だった。善魁は魁会という宗教
結社を作っていた。この魁会で善魁は「関東再構築論」を唱えていた。「関東再構築
論」それは、この江戸時代の名残を残す東京圏を西洋的宗教都市に改造しようとす
るものであった。善魁はそのために西洋的宗教都市建築に賛同する耶祖教信者を
集め魁会を作った。善魁の目的は西洋的宗教都市の王になることであった。そのた
め耶祖教信者を利用しようとしていたのだ。善魁は独学で神秘学を学んでいた。そし
て、龍のエネルギーの線、龍穴の事を知った。そして、西洋的宗教独裁帝国の設立
を考えた。まず、龍穴を使いこの関東を破壊しそこから、再構築を始めようとしてい
た。善魁はここで、どのようなエネルギーを龍穴に送るか考えた。「祈り」これをエネ
ルギーとしようと善魁は考えた。精神のエネルギーである。これは物理的なエネル
ギーと違いどのように龍に作用するかわからない。賭であった。
魁道場、東京浅草の一角にある魁会の本拠地である。ここで、善魁を中心とし百名
余りの者が円状に立っている。そして、何やら祈っている。
浅草十二階、この当時としては高層の建造物。この建造物は展望台として浅草の
名所となっていた。この建造物の前で何やら祈っている者が一人いた。
魁道場からの祈りの念が浅草十二階の前にいる魁会の者を通じ龍穴から龍線へと
流れる。なぜ、浅草十二階か、それは善魁が龍穴の角がここの下にあると考えたか
らだ。しかし実際にはこの下に角穴はなかった。だが、偶然にもこの下には眼穴が
あった。眼穴は角穴ほどのパワーは引き出さないが外的エネルギーが巨大ならば日
本を破壊する事も可能な龍穴である。
九月一日の午前六時から「祈りは」始められた。
六時間近くが経った頃。
グラッ
大地が揺れた。
 龍が吠えた。
ごぉーーーーーーーーー
地は割れ、家々は火を吹いた。
善魁たちの願っていた関東の崩壊が始まった。
魁道場、ここも今や危険な状態である。
善魁たちは立って逃げようとした。立てない、誰も立てないのである。「祈り」によっ
て精神力を使い果たしてしまったこの者達はこの場所から動く事ができなかった。
ゴゴゴォーーーーーーーー
道場の天井は崩れ落ちた。
この震災を起こした者達はこの後、西洋的宗教帝国を築くことなくここに、ともしびを
消したのであった。
浅草十二階、この前にいた魁会の者、この者だけは逃げる事ができた。いや、善
魁が指示したのだ逃げ延び己の遺志を継げと。最期の念を祈るときに。この浅草十
二階の前に立つ者は鬼川麒壱といった。善魁の息子であった。

東京、新宿。
時刻は夜十時過ぎである。
二人の男が歩いている。酔っているようだ。
「白井君、なんで都庁の前にきてしまったんだ。」
白髪混じりの六十過ぎの男が、白井と呼ばれる四十位の男に言う。
「いえ、医長が夜の都庁でも見に行こうって言ったので・・・」 白井は言った。
「そうだったっけな、ははは。」
医長、永田 潤蔵は笑った。この二人、帝真医科大学校付属精神病院の医長と美
香の担当医であった白井武雄である。この日の昼に病院で美香の脱走があった事を
二人は知らない。二人は帝真医科大学付属病院本部での会議のために新宿を今日
の朝から訪れていたのであった。そして、久々の新宿の夜を満喫していたのであっ
た。
「医長、もうホテルに帰りましょう。」
白井が言う。
「そうだな、私も酔ってしまったからな。」
永田がそう言うと二人は都庁から離れていこうとした。
その時、都庁の方へ歩いてくる男女と白井達はすれ違った。白井はドッキとした。そ
の女の方が似ているのだ。葉月美香に似ているのだ。白井は目をこすりもう一度見
た。しかし、その時には二人とも姿が無かった。
幻?
白井はそう思いながらホテルへと向かった。

都庁舎の屋上にふたつの人影がある。
男と女の人影だ。
こんな遅くにどうやって屋上までやってきたのか?それは、わからない。
「お母さん、あなたにはこれから罪を精算してもらいます。」
男は女に言った。
「えっ!どうして、私はあの病院で償った。」
女は言う。
「あんなものは、償いではない。これからが本当の償いなのです。あなたも、父と同じ
に神である僕の母にはふさわしくない。でも、僕を生んでくれた。それにだけは敬意を
評しあなたには新世界を開くための鍵、破壊のエネルギーを呼ぶ人柱となってもらい
ましょう。」
 男、拓は言った。
「やめて、そんなこと。あなたは、やっぱり悪魔なのね。」
美香は叫ぶ。
拓は無言で美香の目を見つめる。美香の動きが止まった。
「あなたは、動くこともしゃべることもできない。だが、聞くこと、理解することはでき
る。」
拓は空を見る。
満月。
「いま、空に満月がある。あなたは、そのエネルギーを呼ぶためのアンテナに今なっ
ている。月のエネルギーはあなたの身体を介しそのエネルギーを増幅しその増幅さ
れたエネルギーはこの都庁舎の真下にある角穴というパワースポットに吸収される。
そのエネルギーは日本各地に広がっている地のエネルギーの線を通り各地に放出さ
れる。そして、日本は崩壊する。」
拓は、また空を見る。
「あと、十分くらいであなたの頭上に満月がくる。その時から崩壊は始まる。あと、な
ぜあなたが月のエネルギーを増幅できるか、それはあなたが覇月の民の子孫だから
だ。覇月の民、もともと中国大陸から渡ってきた月のエネルギーでいろいろな奇跡を
起こす事が出来るとされた幻の一族だ。僕もあなたからその血を引いているから月
のエネルギーを呼ぶ事が出来る。」
その後、拓は黙っていた。
月が美香の頭上に来た。
「さあ、これから日本が崩壊する。そして僕は新時代の神になる。」
拓の笑い声が天につきぬけた。
ゴゴゴゴゴォォォォ・・・・・・・・・・・・
拓は地の底から伝わる心地よい揺れを感じていた。

                     <第一部 完>


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