5.家庭・学校における環境調整

 はじめに
 日常生活のなかで,家庭や学校の設備面や日常の動作の工夫をすることで活動しやすくなったり,介助が楽になったりすることがいろいろあります.これまでに在宅の患者さんと関わってきたなかで,有効と思われる方法を紹介します.家屋や学校の状況,運動機能,家族の状況等一人一人異なるためこの方法がよいと一概には言えませんが,それぞれの状況にあわせ参考にして下さい.
 なお,市町村により異なりますが,紹介するものの一部には日常生活用具として交付されたり,家屋改造の補助が受けられる場合もありますので,福祉課に御相談下さい.


(1)施設・設備面での工夫

 

    a.玄関
     歩行が可能な場合,玄関に安定した椅子を置き座って靴の履きかえを行えば安全にできます.椅子は立ち上がりやすいように少し高め(40cm〜50cm)がよいでしょう. 車椅子で出入りする場合はスロープを設置します.スペースの関係で玄関に設置できない場合,庭から直接部屋に入れるようにスロープをつけたり,段差解消機(図1)を使用する方法もあります.


b.廊下・居室
 車椅子を使用する場合,廊下の幅は85cm以上,車椅子が回転するには150cm×150cmのスペースが必要とされています.床材はタイヤが沈み込まないよう,フローリングやフェルト状カーペットがよいでしょう.
 室内は転倒の危険を減らすため,また移動をスムーズに行うためできるだけ段差を少なくしましょう.
 敷居など小さな段差は“くさび型”に切った木片で比較的簡単に解消できます(図2).
5cm以上の段差はスロープをつけると車椅子等での移動が楽になります.
 車椅子あるいは洋式生活ではベットを使用すると移動や介助が楽になります.車椅子とベッ トを同じ高さにすると自分で移動しやすくなります.一方,ベット上で姿勢を変えたりする介助を行うときはベットが高めの方が介助者の負担が少なくなります.高さの調節ができるベットや背中の部分を起こせるリクライニング式のベットもあり,自分で起き上がるのが困難なときや座位が不安定なときに有効です.
 室内での移動やベット・車椅子・便器などへの乗り移りが自力で出来ない場合は介助が必要になります.これらの動作は介助者にとって大きな負担となりますし,介助者の腰痛等の原因となることもあります.リフター(図3)は布製のシートで体を持ち上げ移動させる機器で,介助の負担を軽くすることができます.体重の重い方の場合特に有効と思われます.但しリフ
ターを使用するためには段差をなくすこと,またある程度の空間が必要となります.

c.浴室
洗面・脱衣所
 服を脱いだり着たりするとき,立ったままでは不安定なので座った方が安全です.脱衣所に椅子や腰かけられる台を置くとよいでしょう.
 洗面台の下に空間をつくっておくと,車椅子や椅子に腰掛けたとき足がぶつからずに体を洗面台に近づけられ,使いやすくなります.

入浴台・シャワーチェアー
 洗い場に浴槽と同じ高さの台を置くと,台に腰掛けて体を洗った後そのまま横にずれて浴槽に入ることができ,動作が楽になります.浴槽に取りつけるタイプや吸盤付の入浴台が市販されていますが,すのこ等を利用して作成することもできます(図4).入浴台の設置が困難な場合はシャワーチェアーが便利です.高さの調整が可能なもの,キャスター付で座ったまま移動できるもの(図5)等色々な種類のものがあります.
手すり
 浴室内を歩いて移動したり,自分で浴槽に出入りしたりする場合,手すりをつけると安定します.壁に取りつけるタイプの他,浴槽の縁にネジで簡単に取りつけられるタイプの手すりも市販されています(図6).

入浴用リフター
 浴槽内では浮力の影響で比較的体は動かしやすくなりますが,それでもなお浴槽の出入りが困難な場合には入浴用リフターが市販されています.入浴用リフターには,浴槽内に設置し,油圧や水圧で上下するものや(図7),天井にレールを取りつけレールに沿って水平・上下に移動するものなどがあります.

d.トイレ
洋式トイレ
 一般的に,立ち上がりやすさや介助の点からみて洋式トイレが便利です.最近では,温水洗浄装置付便座(ウォシュレット)が普及してきていますが,後始末の点からみてもとても便利です.自分で立ち上がったり便器への移動ができる場合,便器の前や横に手すりをつけると立ち上がりや移動がしやすくなります.手すりには,壁に取りつけるものや便器の回りに設置するものがあります.便座が低くて立ったり座ったりが困難な場合,補高便座(図8)を付けると立ち上がりやすくなります.

和式トイレ
 しゃがんだ姿勢やその姿勢からの立ち上がりは難しい動作です.和式便器にかぶせて腰掛け式にする据え置き式便座を利用すると洋式トイレと同様に使用できます.
 平らな床面の和式トイレの場合,四つ這いやずり這いが可能な時期,あるいは腰掛け座位が不安定な場合,和式トイレに便座を取りつけ掘り込み式トイレ(図9)として有効な場合もあります.

椅子型ポータブルトイレ
 座っているのが不安定な場合,背もたれや肘台のついた椅子型ポータブル便器(図10)を使う方法もあります.トイレとシャワーチェアーとの兼用タイプのものも市販されています.

 

 
  1. 昇降口
     歩ける時期,下駄箱のところに安定した椅子(40cm〜50cm)を置くと,座って靴の履きかえができ,安全です. 車椅子を使う場合,昇降口やその他の場所の段差にスロープを設置します.スロープの勾配はできるだけ緩やか(勾配1/12以下)にします.

  2. 階段
     自分で階段の昇り降りができる場合,階段に手すりを付けます.手すりは左右両側に付けるようにします.また,手すりは円柱型のものが握りやすく使いやすいでしょう.
    車椅子を使用する場合,介助の面から階段昇降は大きな負担となります.もちろんエレベーターがあれば問題はありませんが,実際にエレベーターの使える学校は極わずかです.
    このようなとき階段昇降機(図11)を使うと車椅子ごと階段の昇り降りができ,介助の負担を大幅に軽減することができます.少しずつですが,階段昇降機を導入する学校が増えてきています.

  3. トイレ
     歩ける場合,男子用トイレでの排尿が可能です.トイレに手すりがあれば安定するでしょう.
     女の子,自分で立っていられないとき,排便の際には洋式トイレが必要になります.車椅子の使用,介助を考慮しトイレ空間は150cm〜150cmが望ましいと言われていますが,現実的には困難と思われます.その場合,ドアを撤去しカーテンを取りつける等の方法があります.
    (土佐 千秋)




(2)家庭・学校の生活場面での工夫

  1. 衣服と着替え
     衣服については緩めのもの,伸縮性のある軽いものが着やすく活動しやすいでしょう.ズボンはスウェット素材のものやウェストがゴムのものがはきやすく動きやすいです.前があいていないズボンの場合はファスナ−やマジックテ−プをとりつけると排泄がしやすくなります.また,年齢とともにおしゃれに関心をもち自分で流行の洋服を取り入れるようになります.学校に行く時,外出の際は自分で洋服を選びおしゃれを楽しむこともさせましょう.
     歩行時期はほとんど一人で着替えられますが,ズボンをはく時,立ち上がりにくい場合は近くに台等を置くことでスム−ズに着替えられます.歩行困難になっても着方を工夫すれば座ったままでも一人で着替えられます.手が上がりにくい場合はテ−ブルを前に置き腕をのせるとかぶりシャツやボタンをかけることができます.ズボンは座ったままお尻を移動させながらはくことができます.着替えに15以上かかる場合には部分的に援助してあげて下さい.

  2. 排泄
      排尿の時,ズボンを下ろしたり,ファスナ−を下げる際,バランスをくずすことがあります.手摺り等つかまる場所があると安心して行なえます.立って排尿が困難になった場合は床や車椅子に座りながら尿器を利用して行なえます.この時,ズボンにファスナ−やマジックテ−プがついていると便利です.また,車椅子上での排尿の場合,お尻を前に移動しますが,肥満傾向のお子さんは困難な場合があります.この時,車椅子をデスク型にするか,車椅子のシ−ト上にスライドボ−ドをとりつけると一人で楽にお尻を移動することができたり,介助もしやすくなります.
    排便については,お尻を拭く時にバランスをくずしやすいので足の下に安定した台を置いたり手摺りをとりつけましょう.一人で座ることが困難な場合は体を支える台を前に置いたり背もたれを利用すると座ることができます.座ることにより自然に腹圧がかかり排便しやすくなりますのでお子さんの状態にあわせて姿勢のとりかたを工夫しましょう.
    外出の時は尿器を携帯したり,近くに捨てる場所がない場合は蓋がしっかり閉まる広口のポリ容器等が便利です.

  3. 洗面・歯磨き・整髪
     洗面(顔を拭く)・歯磨きは機能が低下しても,工夫することでほぼ一人で行なえる動作です.自分で清潔を保つことは基本的習慣ですので毎日続けましょう.
     洗面・歯磨きの時,立つことが不安定な場合は椅子を利用して下さい.洗面台で行うことが困難な場合はテ−ブルの上に歯磨きの道具や蒸しタオル等を置くことで一人で行なえます.手を動かしにくくなった場合は電動歯ブラシを利用して下さい. 年齢とともに整髪・髭剃等身だしなみへの配慮が必要になってきます.洗面・歯磨き同様テ−ブルに道具を用意することで一人で行なうことができます.
     また,これらの身だしなみへの配慮はよりよく見せたいという自分への関心につながり機能が低下しても周りの流行を取り入れながら自分を向上させていく気持ちを育てます.普段から学校へ行く時,外出前に鏡を見ながら,身なりや容姿を自分で確認したり,整えることを習慣づけましょう.

  4. 入浴
     浴槽の出入りが困難な頃より部分的に頭・体が洗いにくくなってきます.手が挙がりににくくなっても部分的に洗ったり,シャワ−で体を洗い流すことを促してあげましょう.
     普段,入浴の介助は母親が行なうことが多いようですが,年齢・発達の面からも父親,兄弟等の介助が必要になってくるでしょう.

  5. 食事
     移動が困難な時期より食物に手を届かせたり,口へ運ぶことに努力を必要としてきます.テ−ブルの高さを調整(補高台を置く)したり,体を支える部分をくりぬいたテ−ブルを利用することで安定した姿勢を保ちながら疲労の少ない食べ方ができます.また,手が食器に届きにくい場合は仕切り付きの皿や皿を指先で回すことができる台を手元近くに置くと一人で食べることが可能です.箸が持ちにくい場合は軽い材質(プラスチックや竹等)のスプ−ンや柄の長いスプ−ンが使いやすいでしょう.

 学校は家庭とは違う社会生活を学習していく場であり,将来地域で生活していくための社会性を身につける場です.機能の低下にともない自分で工夫することを経験させ,環境調整や介助協力について学校とよく話し合い,検討しましょう.

  1. 移動
     教室内や短距離においては歩けるが,長距離や不安定な場所での移動(屋外)は疲労・安全性を考慮し車椅子を利用しましょう.また,普段車椅子を利用していても長距離が困難な場合は電動車椅子を利用しましょう.

  2. 教室内
     歩行時期においてはトイレや教室移動の面から入り口に近い席が良いでしょう.また,車椅子時期では車椅子の方向が変えられるスペ−スがとれ,両脇に他児がいてちょっとした介助が頼みやすい位置や先生が対応しやすい前列の入り口付近が良いでしょう.

  3. 椅子・机
     椅子の高さは40〜50cm位が立ち上がりやすいでしょう.車椅子で授業を受ける場合は車椅子の幅と高さに合わせた机か車椅子をデスクタイプに改良するとよいでしょう.その時は理学療法士や作業療法士に相談して下さい.また,机は筆記用具や教科書が広げやすく,移動しやすい広さと道具の落下防止の為に外縁に枠をつける方法があります.

  4. トイレ
     車椅子では尿器,採尿器を利用するようになりますが,尿器をとりやすい位置の壁にかけたり台の上に置いておくと自分で処理しやすいです.介助に入る場合,母親が多いようですが年齢とともに場所や人等の配慮について学校とよく話しあって下さい.

  5. 手洗い場
     蛇口に手が届くところまで車椅子が入るスペ−スが必要です.また,回旋式の蛇口が回せない場合は市販されているレバ−式の蛇口を取り付けましょう.

  6. 登下校
     歩行時期は安全性を考慮し保護帽の着用を習慣化させましょう.また,ランドセル自体が重く,全教科書を背負うことはかなり歩行の負担がかかりますのでお子さんから疲労の訴え等がありましたら,教科書の量を調節するか,軽い素材のリュツク等に変えることを検討しましょう.学校用,家庭用に教科書をそろえるお子さんも中にはいます.

  7. 教科
     特に体育の授業では機能の低下にともなって見学が多くなってきます.走る・飛ぶ等の運動やスピ−ドを必要とする種目は困難であってもマット運動,水泳(医師に相談)等は参加可能ですし,走る種目も車椅子で参加する方法があります.また,ゲ−ム的な種目では部分的に参加したり(ボ−ルを投げたり,蹴ったり,打つ),役割(点数をつける,審判等)をもたせて参加することもできます.その他,音楽や習字等,手を使う課題が多くなりますが道具の工夫や手・腕を支える台等を利用しながら,色々体験させましょう.

(藤村 則子)

   

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