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2月19日(金)
 コンビニで週刊誌を買ったとする。肩にかける鞄を持っているのだから、わざわざポリ袋に入れてもらうこともあるまい、と思って、
「袋に入れなくても結構です」
と言う。レジの兄ちゃんは「恐れ入ります」と言ってるくせに、手の方はすっとポリ袋を引っ張り出して週刊誌を中に入れる。(いらない、って言ってるのに……)
 ファーストフードに入ったとする。レジの姉ちゃんに照り焼きバーガーとブレンドコーヒーを注文する。
「照り焼きバーガーセットをおひとつ」
「違います。照り焼きバーガーとブレンドコーヒーです」
「(さえぎって)セットの方がお安くなっておりますが」
「結構です」(セットじゃないと売らないのかお前は)

 偉そうに言ってるが、私が彼らのような立場に立って、似たような経験をした覚えはある。確かにこのような融通のきかない態度に出てしまったことがある。
 応対や販売において、ある程度のシステム化、マニュアル化が進んでしまうと、規則遵守と簡便な行動が先に立ってしまって、相手を不快にさせてしまうところまでいってしまう。悪いと思うので気をつけたいと思います。(←小学生の作文のような締め方)

2月18日(木)
 珍しく時事ネタ。
 和歌山青酸カレーにくらべて、おそらくほとんどの人々の記憶に残っていないであろう「新潟毒物混入事件」の容疑者がつかまりましたな。(私も忘れていたよ)短絡的な犯行という意味では、和歌山のあの御仁と変わりないのですが、いかんせん、写真を見てもインパクトの薄い容貌の方でしたな。「年取ってから遊び始めたから、はまってやめられなくなった」などとすごいことまで言われている。たしかに真面目一辺倒という感じのお顔。  パチンコに入れ揚げただのいやいやソープがあっただの、事実がどうかわからないようなことを言われまくっていますが、「会社の金に手をつけた」という点ではまちがいないようで。
「ロシアのホステスに入れ揚げていた」の下りには笑ってしまった。普通ならこれを読んだって別におかしくもなんともないのだが、新潟市とハバロフスク市は姉妹都市を結んでいたことをふと思い出してしまったもので。(こういう人も「じゃぱゆきさん」なのか?)中学校時代にかの土地の使節団がやってきていました。
 小学3、4年ぐらいの社会科では、郷土のことを中心に勉強していたけど(今もそうなの?)が、「幕末に鎖国が解かれ、日米修好通商条約では五港のうちのひとつに新潟港が選ばれた」などと書いてあった。今にして思えば「だから何?」っていう程度のもんじゃないのかい。「新潟にとって注目すべきところ」として書こうとした執筆者の意図が見えてくる。
 もっとも、広島・長崎に続いて、原爆投下の目標が新潟にも定められていたというから、歴史的意義はあったのか。
……なんだか新潟毒物混入事件からずいぶん話が飛んでしまった。

2月17日(水)
 いきなり木場に行く。
 帰りがけ東西線から有楽町線方面に乗り換えるために、飯田橋駅の地下通路へ。懐かしい。3年ぐらい前、会社が飯田橋にあったので、土日を含めて飯田橋駅を利用していた。(同時に、思い出したくない忙しさだったことも)階段の位置や、通路の天井の高さなど、身体全体に記憶として残っている。

2月16日(火)
 パソコン関連のマニュアルのネーミングとして、これは決定的じゃないか、という話になって、「誰にも聞けないUNIX」なんてのはかなりツボをついているのではないか、という話になる。そうだなあ、確かに技術者として、やっぱりだんだん聞きにくくなることは多いから、技術者のプライドに賭けるために、すがるものが必要だというのは非常によくわかる。

2月15日(月)
 のどが痛くなってくる。風邪をうつされたらしい……って締め切った部屋の中で半日ほど、片っぽの人が蒼色吐息でいる中で無傷でいられるとは思えないけど……。

2月11日(祝)
 鉛の空。今日はずっと家にいるつもりでいようと思った。カレーを暖めて食べおわった後ぐらいに、雨音が部屋の中に伝わってくる。布団をかぶってそのまま寝てしまった。夕方、仕事で使うマニュアルを買っておかなくてはいけなかったことを思い出して、起き上がり、外へ出ようとドアを開けた。すでにさっきの雨は雪に変わっていた。
 雪の欠片が弾け飛んでいる路面に、足をとられながら駅へ。池袋に到着したぐらいで雪は融けていた。

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