▼村山由佳「青のフェルマータ」(集英社文庫)
幼い頃に、両親の不和と、その原因が自分の「声」にあると思いこんで、それ以後に声が出なくなってしまった里緒。彼女はオーストラリアのイルカ研究所でセラピーを続けている……。
イルカについて題材にすることが、どうしても「癒し」のキーワードをくっつけられた「商品」として見られてしまう昨今、作者としても百も承知であり、「癒し」として扱おうとする姿勢を、色眼鏡でドキュメンタリーを作ろうとするTVスタッフを登場させることによって、「イルカ=癒し」という安易な見方そのものを皮肉っている。作者はあとがきで、「この小説はどうしても書きたかった」と個人的な理由を書き綴っている。
ただ、高校生ぐらいのナイーブな感性を小説化するのに長けている作者が、もっと大人の人物を題材にすると、そのナイーブさが、「単に自分のことを省みられない、甘い、弱い人物」のそれ以上でも以下でもない扱いになってしまうのが気にかかる。
そのひとつに、冒頭で里緒をレイプ未遂し、その後で里緒とほぼ同等の傷を負っていた事実が発覚し、里緒にとっても危なっかしく魅力的であるゲイリーの存在。(余談ですが、「ゲイリー」って名前はゲイリー・オールドマンを想起させますなあ) 彼をせっかく出すのなら、彼は結局「暴君」のままの扱いで終わってしまうのは(里緒の一人称でこの小説が進んでいくのであればなおさら)惜しい気がした。彼が救われない(里緒にとって彼の存在が暴君であるまま)であれば、あのレイプ未遂は、この小説を巡って、何の意味もなくなってしまうぞ。(2000/02/11)
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