▼井田真木子『ルポ十四歳 消える少女たち』(講談社文庫)
十代の売春を真正面から受け止めようとしても、受け手がそれほどリアリティを持たない理由のひとつとして、この国では、十代の女子が消費において重要な役割を果たし、きらびやかな芸能界の前面に立てるという共同幻想を持ち、「アイドル文化」として受け手が世代に関係なく消費しようとしている部分が根底にあるのではないかと考える。これは僕が勝手に思っていることで、本書が僕の憶測を受け入れてくれたわけではないけれど。
▼サンフランシスコでNPO(非営利公益法人)として、スラムで体を売っている女子を救う仕事をしているロジャー・ヘルナンデスという人物に、著者は95年出会う。著者はアメリカの若者の実態を探るために、何度かロジャーと一緒にスラム街を直に歩いている。
そして同じく95年、渋谷。ブライベートクラブ、通称プラクラと呼ばれる非合法の未成年女子中高生斡旋業の本拠で冴矢(仮名)と出会う。
著者の薦めで冴矢もサンフランシスコでスラムの中を歩く。自分と同年代の少女ネリと出会う。ほとんど言葉が通じ合わなくても、絶望の淵からはい上がろうとしている姿勢は同じであることを痛感する。その後再び出会うことはなくとも。
「無垢なものこそ、もっとも性的だという認識は汎世界的なものではありませんか」
というのが著者の意見だ。そして無垢な存在(少女であること、未成年であることに限らず)が現代のシステムに溺れた社会や、同じ人間という存在によってねじ曲げられ、99パーセントが絶望の世界にいることがわかる。現実の報告書だ。ここには書けないが、著者自身の魂の告白も含まれている。
「それでも生きて欲しい」というメッセージが本書から溢れ出ているが、残念ながらこのメッセージを叫んだ本人は2001年3月14日にこの世を去っている。つまりは現時点で、「死者からのメッセージ」である。(2002/04/09)
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