▼曾野綾子「天上の青」(新潮文庫)
 この人の小説はキリスト教原則がいささか読み手のスピードを減速させる(洒落のつもりではない)のだが、そういうものを感じさせなかった。遠藤周作でもなんでもそうだけど、いいものであれば小説に流れる「宗教色」など関係ないのだな。
 連続殺人を冒す三十代の男と、偶然朝顔を栽培するところで知り合う三十代の女の不思議な関係……、いやあこの設定や事件の背景って、今年頻繁に起きた事件を先取りしているよ。ものすごくリアリティあったもの。新聞小説をまとめたものだそうで、あちこち飛びながらもひとつに収束していくっていう、新聞小説にありがちな小説形態だね。主役たち以外の登場人物、つまり殺される人間たちの設定も時代背景を突いているし……。
 しかし……しかしだよ、ときどき時代を無視しているな……、例えば「グループサウンズ」はいくらなんでも90年代では使われないぞ。一瞬この小説はいつの時代を舞台にしているのかと思ったもの。その後「レンジでチンする」とか「ファミコン」とか出てくるからかろうじて現代とわかるけど。……毎日新聞の編集部に誰か気づく奴はいなかったのか。
 中野翠が「村上春樹や吉本ばななが売れるのは、現代の言語感覚をはずしていなからだというのも大きな要因だと思う」と言ったのがよくわかる。ときどきこういうのあるんだもん。(1997/11/17)
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