▼トルーマン・カポーティ「冷血」(新潮文庫)
 現在、ノンフィクションというジャンル、加えて猟奇的な殺人事件を扱ったものってのは百花繚乱で、発表当時としてはこういうスタイルは珍しかったと思えるが、今じゃあんまり……。
 この本のページをめくる前は、犯人と警察の頭脳戦をなんとなく想像していたが、ひょんなことからあっさりと犯人が割れてしまうという。
 この半分小説の要になっている部分は、やはり、主要登場人物、特に犯人に「感情移入」していることによって成り立っている。しかし、日本でも近年に多くの猟奇的殺人に出くわして、やっていることと言えば「罪を犯した個人の心の奥底」を一生懸命分析して自己完結するだけだから。そのくせに明確な解答が得られてはいないし。不可解な殺人事件というのは社会全体の精神病理に照らし合わせないと、単に「個人の罪は個人の因習」という論から逃れられないのでは。(1998/09/06)
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