▼「ダディ」(郷ひろみ/幻冬舎)
おそらく書評ページを持たれる方々が、まず購入しようだの、書評のお題に挙げることはないだろうと思われるこの本、大真面目に取り組んでみたりする。
「売り物にするべく文章」からかなり逸脱した内容であることは疑いもなく、うっかりすると毒舌なぎ倒しにまとめてしまいそうになる。(もっとも、その方が楽なのだが)でもそれも、文章のプロが書いたわけではないんだし――と、目をつぶる。(ほんとはその辺に関しては、数限りない文例を挙げることができるんだが)
「第一章 信賞必罰」はかなり改行が多く、この部分には改行しなくてもいいんじゃないの、と首をかしげる個所が多数見られる。編集者はあえて、原文の通りにして、手を入れることはなかったんじゃないだろうか。
文章を書き慣れていない人が、何を書いたらいいのか迷っている時、あるいは書くことがなくて、とりあえず原稿用紙の桝目を埋める作業に徹したい時は、ことさらに改行が多くなる。筆者本人の筆が乗らず、苦行しているさま、あるいは書きたくないのだけど書かざるをえない状況に追い込んでいるさまがよくわかる。
筆者の書きたい部分は「第十章 愛される理由 別れる理由」で妻のことを、「第十一章 娘たちへ」であり、あとはあってもなくても構わないが、本という体裁上、どうしても書かなければならなかった、本人にとっても不本意なことが、書くという行為によって贖罪されることを願っていた部分があるようだ。
「成功するということはある意味社会に喧嘩を売るのと同じ」などと、筆者のような人物が言うからこそうなずける意見も多く、教育論や恋愛に対する一家言(この部分、「ダディ」というより「オヤジ」と言いたくなるくらい説教色が強いんだけど、よくよく考えれば現在40代だしね)そして芸能界という因果な商売の真っ只中に身を置いていることの孤独が、ありありと記されている。実はこの段階での文章は、極端に改行が少なくなっている。(1999/11/06)
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