『マッカーサー回想録(DOUGLAS MacARTHUR Reminiscences)』(上・下)

ダグラス・マッカーサー著 津島一夫 訳 朝日新聞社発行 昭和39年 (定価上下各480円)


 本の帯(古本には珍しい)には、『朝日新聞に半年にわたって連載。一億の話題をさらった「マッカーサー回想記」 。その後、死の朝まで、元帥自ら訂正、加除の筆をふるった「おい立ちの記」から「決別」までのその一生。また特別提供の秘蔵未発表写真を多数掲載。』とある。

 古本屋のおやじが、わざわざ東京の古本屋で見つけてきて、買って店頭に飾っていたのを、私がめざとく見つけ、2冊4500円で買った。古本屋のおやじは、売りたくないと言った。でも、もってゆけと、売ってくれた。
 わたしは、昭和天皇がマッカーサーに拝謁後、突如マッカーサーが天皇を尊敬するようになったのはなぜか知りたかった。いったい、昭和天皇とマッカーサーの間に何があったのだろうか? 該当個所を引用してみよう。


4 天皇との会見    (下巻pp141-143)


 私が東京に着いて間もないころ、私の幕僚たちは、権力を示すため、天皇を総司令都に招き寄せてはどうかと、私に強くすすめた。私はそういった申出をしりぞけた。「そんなことをすれば、日本の国民感情をふみにじり、天皇を国民の目に殉教者に仕立てあげることになる。いや、私は待とう。そのうちには、天皇が自発的に私に会いに来るだろう。いまの場合は、西洋のせっかちよりは、東洋のしんぼう強さの方が、われわれの目的にいちばんかなっている」というのが私の説明だった。
 実際に、天皇は間もなく会見を求めてこられた、モーニングにシマのズボン、トップ・ハットという姿で、裕仁天皇は御用車のダイムラーに宮内大臣と向い合せに乗って、大使館に到着した。私は占領当初から、天皇の扱いを粗末にしてはならないと命令し、君主にふさわしい、あらゆる礼遇をさきげることを求めていた。私は丁重に出迎え、日露戦争終結の際、私は一度天皇の父君に拝謁したことがあるという思い出話をしてさしあげた。天皇は落着きがなく、それまでの幾月かの緊張を、はっきりおもてに現わしていた。天皇の通訳官以外は、全部退席させたあと、私たちは長い迎賓室の端にある暖炉の前にすわった。
 私が米国製のタバコを差出すと、天早は礼をいって受取られた。そのタバコに火をつけてさしあげた時、私は天皇の手がふるえているのに気がついた。私はできるだけ天皇のご気分を楽にすることにつとめたが、天皇の感じている屈辱の苦しみが、いかに深いものであるかが、私にはよくわかっていた。
 私は天皇が、戦争犯罪者として起訴されないよう、自分の立場を訴えはじめるのではないか、という不安を感した。連合国の一都、ことにソ連と英国からは、天皇を戦争犯罪者に含めろという声がかなり強くあがっていた。現に、これらの国が提出した最初の戦犯リストには、天皇が筆頭に記されていたのだ。私は、そのような不公正な行動が、いかに悲劇的な結果を招くことになるかが、よくわかっていたので、そういった動きには強力に抵抗した。
 ワシントンが英国の見解に傾きそうになった時には、私は、もしそんなことをすれば、少なくとも百万の将兵が必要になると警告した。天皇が戦争犯罪者として起訴され、おそらく絞首刑に処せられることにでもなれば、日本中に軍政をしかねばならなくなり、ゲリラ戦がはじまることは、まず間違いないと私はみていた。けっきょく天皇の名は、リストからはずされたのだが、こういったいきさつを、天皇は少しも知っていなかったのである。
 しかし、この私の不安は根拠のないものだった。天皇の口から出たのは、次のような言葉だった。「私は、国民が戦争遂行にあたって政治、軍事両面で行なったすべての決定と行動に対する全責任を負う者として、私自身をあなたの代表する諸国の裁決にゆだねるためおたずねした」
 私は大きい感動にゆすぶられた。死をともなうほどの責任、それも私の知り尽している諸事実に照らして、明らかに天皇に帰すべきではない責任を引受けようとする、この勇気に満ちた態度は、私の骨のズイまでもゆり動かした。私はその瞬間、私の前にいる天皇が、個人の資格においても日本の最上の紳士であることを感じとったのである。
 天皇が去ったあと、私はその風貌を妻に話そうとしかけたが、妻はくつくつと笑ってそれをとめ「ええ、私も拝見しましたのよ。アーサー(注4)と私は赤いカーテンのかげからのぞいていましたの」といった。まことに珍しいことの起る世界ではある。しかし、どう見ても、ほほえましい世界であることは間違いない。天皇との初対面以後、私はしばしば天皇の訪問を受け、世界のほとんどの問題について話合った。私はいつも・占領政策の背後にあるいろいろな理由を注意深く説明したが、天皇は私が話合ったほとんど、どの日本人よりも民主的な考え方をしっかり身につけていた。天皇は日本の精神的復活に大きい役割を演じ、占領の成功は天皇の誠実な協力と影響力に負うところがきわめて大きかった。
(注4) マッカーサー夫妻の令息
     
       


敗戦国の君主は、ほとんどすべて、命乞いをするか、海外に逃亡する。日本の天皇は、命乞いをしなかた唯一?の君主といえよう。


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