徳永康起語録 『天意百語抄』より


 徳永先生の死後、先生の道友たちの手によって、語録(小冊子)が出版された。この小冊子も今では入手が難しくなったものの1つである。前半は、徳永先生の語録で、後半は先生の講演を起こしたものとなっている。私がこの小冊子を手にしたのは、教師になる前であったが、実にドキッとさせられる語があったのを覚えている。現在、教師になって10年目、改めて先生の語に接して、ますます徳永康起という教育者のすごさがわかってくるように思う。今回は、小冊子の前半部分(語録)を紹介しよう。


「天意百語抄」


 1   教え子みなわが師なり。

 2   教え子わが宝なり。

 3   生命の呼応、限りなきかな。

 4   お説教では人の子は育たぬ。

 5   ホッカリと祈りをこめた眼で━━。

 6   生命の呼応なくして何ぞ教育あらむ。

 7   サァこの一日、人さまのお子の幾たり心を通わせることが出来るか。

 8   アイサツひとつに命をかけるほどの行がなくては教育の底は浅い。

 9   ハガキこそいのちの実弾だ!!

 10  生徒からの便りに対してはスグサマ返事を、相手の十倍の力をふりしぼって書く、
     これ教師たるものの最大の責務。

 11  生徒は「立志」、教師は「心願」を!!!

 12  教え子からきた年賀状は、アルバムに貼るくらいに大切にせよ━━とは、
     森先生のおコトバ。

 13  複写ハガキこそ、私の命の支えである。

 14  一枚のハガキに血の滴たるような全力を傾けねばならぬ。

 15  教えようとあせるとき、反ってその教えは生きない。

 16  教えは単なる口舌によって為すべきでない。全血液のたぎりによってのみ
     「生命の呼応」は行われる。

 17  知識技能を授けることを任務とする人を教師といい子どもの心に「火」をともす
     人これを「教育者」という。 ━━山田先生が、点字で書いて下さったコトバ。

 18  ハガキは「一対一」の全緊張で取り組まねばならぬ。

 19  (1)睡眠時間の伸縮自在という事
     (2)複写ハガキのこと
        師よ!!これだけは生きてある限り守りたいと思います。

 20  わたくしのハガキ書きは早暁三時より始まる。一枚たりともなおざりなハガキにしたくない。
     宛名はかならず筆で━━。

 21  寒暁寒室に孤坐するもまた楽し。

 22  師のお諭しを受けて以来十一年にして複写ハガキ四百冊、二万枚!!
     これぞわたくしが子孫に残すただひとつの「遺品」。

 23  自分を育てるものは自分である。     (芦田恵之助先生)

 24  百人のうち九十九人の人が走っても、一人だけ走らない人間になろう。(森 信三先生)

 25  一度思い立ったら石にかじりついてもやりとげよう。 (森 信三先生)

 26  眼を閉じてトッサに親の祈り心を察知し得る者、これ天下第一等の人材なり。

 27  人間はあんまり恵まれた境遇に育つと不幸になる。

 28  他人の立場のよくわかる人間に━━なりたいものだ。

 29  「稚心を去る」第一歩として、誕生日にはご両親にお礼申し上げる人間になって頂きたい。

 30  この広い世界に「自分」は一人しかない。

 31  自分が幸福であればある程、不幸な人のあることを考えよう。

 32  めぐりあいのふしぎに手をあわせよう。 (坂村真民先生)

 33  幸福とは在るものではなく感ずるものだ。 (二瓶一次先生)

 34  大きくなるにつれて親の心の分るような人間になりたいし━━したいものだ。

 35  現在の大学生には親不孝者が少くないらしい。
     せめて母の願いと祈りを忘れぬような人間に!!

 36  弱い者はいたわろうや!!自分が強ければ強いほど弱い者の心が分らなくてはね。

 37  花は花、土は土、石は石、草は草、そして私は私。

 38  白く乾いた土にはそっと水を注いでやろう。
     日かげにある花はそっとひなたに出してあげよう。

 39  学校教育において最も欠けているのは人間洞察の知恵ではあるまいか。

 40  氷山だって温めると溶けることがあるのだ。

 41  まずはその子と「仲よし」になりたい。どんな問題児ともスグ仲よしになるコツ!!
     それはつめたい目をなくすること。

 42  指導者ぶったりした態度では、人の心を温めることなど出来るはずがない。

 43  もしも自分が、この少年と同じ境遇と環境に置かれていたとしたら━━と、
     まず考えてみることから。

 44  相手と同じ地盤にたって、同悲同憂の一歩が踏み出せたら━━そこからでしょう。

 45  生徒の大便のかかっている便所を、黙って磨きあげられる様であって、
     初めて「教育者」としての第一歩が踏み出せる。

 46  はげましあい、なぐさめあい、そしてよろこびあい。

 47  「人さまの子を大切に━━」 わたくしが教職につくとき「母」の言ってくれたこの一言。

 48  愛なき世界では人の子は育たない。だが真の愛とは?

 49  一人でよいから、「先生にめぐりあえたお陰で人生の生き甲斐を感じるようになりました」
     ━━と、いってくれる人が、たとえ一人でもいてくれたらと願う。

 50  「小国」を読まずして教育を語るなかれ!! (“小国”は津軽の同志木村将人君の学級文集)

 51  一歩の歩巾はよし短くともあくまで自分の足で歩き通そう。

 52  各人その母を愛し、そしてその父の如くに生きよ。

 53  子どもだと思って甘くみてはならぬ。どんな幼童でもチャンと勘で嗅ぎ分けているんだから━━。

 54  どうぞ━━教室の一隅でしょんぼりしている子を抱きあげて下さい。

 55  教育においてはあせりはとくに禁物。「待つ」ことの如何に大切なかが
     分りかけてはじめて真の教育は始まる。

 56  幸うすき幼な子柚にかばいつつ地蔵菩薩はけふも旅ゆく。     小山勝清

 57  優は優なりに誇るでなく、劣は劣なりに卑下しないように、それぞれの子を抱きかかえていきたい。

 58  東大入学者百人の教え子を持つよりも、
     一心になって自分の命をもやしている一人の教え子を持つ事に私は喜びを感じる。

 59  職員便所のハキもののそろえられぬ程度の人間には、
     人さまの子を教える資格は断じてない!!

 60  二十才で亡くした二男紘也、満一才で亡くした三男道夫━━のことを思っては、
     スマヌスマヌと思う。親心の浅さの故だからです。

 61  教師でありながら、人の心につめたい五寸釘を打ちこむようなコトバは━━。

 62  苦しんでいる者の心が少しは判り出し、学歴はなくても誠実に生きている人の偉さがわかりかけ、
     そして自分に与えられた天地に安らぎをおぼえ始めたのも
     「山又山」の昭和三十八年があったからこそです。

 63  昭和三十八年四月二十五日、静岡で二男を亡くしたとき
     「森先生ならばこんな時どうなさるであろうか」と突嗟に思ったわたしでした。

 64  いかに苦しくとも避けてはならぬ。しっかと受けとめねばならぬ。
     ━━それによって初めて真の「人間」になれるのです。

 65  お互いに、静かに、かつ激しく生きましょうや。

 66  因島のサムライは「一日一信」の荒行者である。だからわたしも負けてはならぬ。
     ハガキ人生をとことんやり抜こうと思う。

 67  熊襲アルコールは、まずコップに湯を入れ、そしてから焼酎を注ぐのです。

 68  早暁の起床━━真に辱けなきかな

 69  「睡眠は伸縮自在に」━━この免許皆伝だけは受けている。

 70  鉄筆を剣に代えて、刻みに刻む。   ━━日曜の朝の奉謝行。━━

 71  天下に幾多の真人おわします。げに辱けなきかな。

 72  二度とないこの人生をきびしさの中にも安らぎの感じられる処まで━━

 73  師に照らされて生きるわがこの「生」!!

 74  人さまの前に立つことのきびしくて。

 75  すべて借りものだらけの私。肩書なしの一介の野武士、

 76  師のみ名を汚さぬように━━との一念だけは、辛うじて今日まで保って来たつもりですが━━。

 77  だんだんといのちのローソクが短かくなりました。げに身に泌む思いです。

 78  あるがままのわれをば知れり冬霜のきびしきことのわれにふさへり。  (中河与一)

 79  彼は如何なる艱難に遭遇すといえども末だかってその微笑を忘れず。(二瓶一次)

 80  病むことこれもまた天意なるかや。

 81  人間この世に生まれてきた以上、お互いに一生の後始末を怠ってはなるまい。

 82  わたくしとしては「北帰行の歌」と「カラマツの詩」をテープに吹き込み、
     通夜の晩ご列席下さった方々に、お経がわりにきいて頂きたいと考えています。

 83  人さまの病気や苦しみについて、真に心の底から考えたこと、はたして我れに有りや無しや。

 84  子の恩というものを、由美よ、わしはお前によって初めて教えられたのです。

 85  一介の野武士にも、もろもろの天意がほのぼのと射しこんでくる━━そのありがたさ。辱けなさよ。
       天意無偏照、天意無偏愛なる哉。

 86  よろこびとかんしゃの中にわが命を何にもやしいかに刻むべきか。これわが生涯の公案なり。

 87  道縁の士は地下水の如く相結び、お互いに地下水的存在の尊さに合掌しましょう。

 88  わたくしにとって「師」は只おひとり。

 89  男子一剣を提げて起つその奥底にあるもの如何?

 90  家内をたたえる「やはり言っておこう」はテープに吹きこみました。
     こっそりわが教員妻に掌を合わせる。

 91  自分でバケツに手をつっこんでみない限り、冬の日の真の味は判らぬ。

 92  山を越えたら今度は谷!!これが人生なんですね。

 93  私のタッタひとつの誇りは━━私よりはるかに高く、かつ深く生きている教え子の名を、
     即座にスラスラと何人でも息もつかずに言えることです。
     そしてこれ以外には何一つ取柄のない人間です。
     ありがたき哉。無一物にしてしかも無尽蔵。

 94  私の誕生日は忘れても、家内の誕生日を覚えていて祝電を打ってくれる教え子あり。
     ━━感極まりなし。

 95  彼らはつねにわが心中に生き、われはこの世におけるかかるおの誇りたかき男子らを拝む。

 96  毛虫よ!!若葉がほしいだろうが、くるみの若葉だけは許せぬ。
     このくるみは亡くなった父が信州から持ち帰った種子から実生で育てたものだから━━。

 97  母よ!!茗荷の芽の出る頃、わたしは、きまってあなたのことを思うのです。
     祈ることだけを知ってその他を知らなかった
     母よ!!あなたの最後の写真一葉は、いつも肌身はなさず持っているわたしです。

 98  けさ神さまが、二時半に起してくださったので予定の仕事が出来そうである。
     これ神が私を愛してくださるが故に与え給う恵みである。

 99  生きている限り、悲しむ人をなぐさめ、歪んでいる人を温めて、そっとそっと生きたいのです。

 100 ハガキ一枚を書くことは、一頁の読書にまさるとも断じて劣るまい。

 101 あまたの師おわしてわが「生」にきびしさを教えたまう。
     あまたの教え子ありてわが「生」の浅きをさとしたまう、
     嗚呼!!天意なる哉。天恵なる哉!!
  


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