思想のウイルス亜種(笑い話)その2

── すり替えられた『民主主義』という言葉 ──

 学校には、職員会議というのがある。(校長の意向に反して)職員会議で多数決で決定することは、果たして民主主義か?多くの教員は、「おお、民主的だ。これぞ民主主義だ」と思っておられるお方も多いかもしれない。だが、しかし、学校の一歩外に出ると、この論理はたちまち通用しないのである。つまり、「教員の意向を学校運営に反映させる」ことと、「保護者や地域住民の意向を学校運営に反映させる」ことの、どちらが民主主義なのであろうか?と私は問いたいのである。もちろん、後者である。なぜならば、教員は地域住民や保護者に選ばれてそこにいるのではないのだから。──私たちは、選挙で県知事を選ぶ。県知事は議会の承諾を得て教育委員を選ぶ。教育委員会は、校長を指揮監督する。校長は教職員を指揮監督する──このような手続きで、民意を間接的ではあるが、学校運営に反映させる……これが、法で定められた現在の“民主主義”の手続 きである。職員会議での多数決は、一見民主的であるように見えるが、「自分たちだけの民主主義(密室民主主義)」である。
 民主主義という言葉がこのように巧みにすり替えられているのである。


密室民主主義のウイルス(二流のウイルスといえよう)

ウイルスの構造

内    容

カバー〔C部〕

ウイルスの宿主

市民によって選ばれた議員が多数決によって議決するのが民主主義である。

アンカー〔A部〕

ウイルスの本体

(たまたまこの学校に配属された)教員が、多数決によって職員会議で議決するのが民主主義である。

ターゲット〔T部〕

狙われた思考のバグ

学校運営には自分たち教員の意志が反映されなくてはならない。

管理職(支配者)は敵である。

セレクション〔S部〕

利己心による選択

地域住民や保護者の意志を間接的に背負った校長の判断か、それとも、自分たち教育のプロ?の直接の多数決か。

メソッド〔M部〕

ウイルスの発症・強化

校長が教職員の意向を無視して学校運営をしている例を挙げる。

エフェクト〔E部〕

ウイルスの症状・効果

否定されるもの

法律。県民や地域住民の意向。校長中心の学校運営。

感染時の症状

組合などで教員の意思統一をすれば、少数野党で、教育界を牛耳ることができる。

管理職を敵視し、職員会議で吊し上げをする。

 今、ビロビロ県に文部省の是正が入り、校務運営規定の中に「職員会議は最高議決機関」となっている学校(これは違法)は、その改定を指導されている。先日、校務運営規定の見直しが行われた。私は、上記の論で論陣を張ったのである。他の教員も初めて耳にする意見だったらしく、まともな反論は返ってこなかった。その会議の席上で、「自分たちの意見が反映されないような職員会議はやる気がしない」という意見が出た。たしかにそうかもしれないが、それは教員の甘えである。一般社会では、一社員の意見が会社運営に反映されるはずがない。まじめにやっていてもリストラされるのである。「自分たちの意見を通すためなら法を破ってもいい。それがかなわなければ、やる気がしない・・・」この甘えた教員の体質が今問われているのである。