思想のワクチンについて

 どうやって、思想のウイルスを駆逐し、予防するか?どうやって『思想のワクチン』を開発するか?これが、これからの課題となってくる。しかし、いまだ『思想のワクチン』という確たるものが開発されていない。そこで、その開発のヒントとなる事柄をここで挙げてみたいと思う。

(1)思想のウイルスを知ること

 まず、これが何よりもの予防法である。思想のウイルスが、普遍的真理・社会正義とどのように似通っていて、どこが違うのか──ということを熟知することが肝要である。そして、思想のウイルスに感染したときの症状を認識しておくのも大切である。自分の周囲にそういう症状の人がいれば、非常に分かりやすいといえよう。

(2)正面から論理的に否定する

 これまで思想のウイルスを正面から否定すると、様々な悪口を言われた。「おまえは管理職(権力)にすりよるのか」、「おまえは弱者の側に立っていない」、「おまえは上昇志向だ。そんなに出世したいのか」「おまえは差別者だ」、「おまえは戦争を肯定するのか」などなど、「悪人」にならざるを得なかった。だがこれからは違う。

 たとえば会議の席上において、「自由・人権・平等・平和・弱者保護」の印籠を出されて、「この紋所が目に入らぬか!」とやられたとき、「その印籠は偽物だ!」と論理的に説明するのである。その議論に勝たなくてもいいのである。思想のウイルスが、本物の「自由・人権・平等・平和・弱者保護」とどう違うかを発表すればいい。多くの人がそれを聞いているのだから……。印籠が偽物であることが分かればいいのである。

(3)思想のウイルスは“外からの視点”に弱い

 徳川幕府という仕組みは、国内的には、きわめて巧妙に出来ていた。だが黒船来航という外圧には全く対応が出来なかった。思想のウイルスも同じである。学校の中とか、同じ集団の中ではきわめて巧妙に機能するが、「学校外から」とか、「世界に対して」という“外からの視点”にきわめて弱い。

 たとえば、日の丸・君が代の論争の時、彼らは「日の丸・君が代は差別である」と迫った。だが、私は、「私の教え子は、外国において、国旗・国歌の問題で逮捕された。日の丸・君が代を教えないことは、逆に、差別につながる」と反論した。密室民主主義の所でも論じたが、思想のウイルスが、教員の甘い考え方や無知に立脚していたり、「対立の発想」(団結のウイルス参照)に立脚していたりするからであろう。

(4)ウイルスどうしの矛盾をつく(毒をもって毒を制す)

 弱者のウイルスの所で論じたが、思想のウイルスは互いに関連・強化し合っている。だが、思想のウイルス同士が矛盾している所もある。したがって、少し危険ではあるが、思想のウイルスを思想のウイルスで無力化することも可能かもしれない。たとえば、「結果平等は権力による強制のなせる業である」、「団結の結果、私権力が生まれる」(日の丸を揚げるのが権力ならば、下げさせるのも権力である)、「怒りは、人権教育になじまない」、「自由の結果、不平等が拡大する」など。

(5)感動が一番

 思想のウイルスが深く感染してくると、その人は、なぜか感動しなくなる。だったら、心を揺さぶるような、感動をもたらす「教材」を開発するのが一番いい。“真理は感動によって伝わる”という言葉があるが、まさしくその通りである。特に生徒に対してはそうであろう。「思想のウイルス入り教材」「思想のウイルス入りロングホームルーム」は感動よりも“怒り・不平不満”をかき立てる。それではいけない。断じていけない。心を揺さぶるような、感動を伴うような「教材開発」が急務であろう。そこで、私は、『湧椿』(ワクチン)というプリントを開発中である。