ザーカイるぅすぅ?
 

 

 

 

 

 

 

 

 


なんて書いたって、よくわかんないですよねぇ。私と仕事した方々は「まぁた、そんなこと言ってやがる。」なんて思うでしょうが。ちょっと前までマスコミ業界でさかさま言葉が流行っていましたが、これが、結構便利。つまり、患者さんに分からないように言葉をひっくり返して、業務連絡を行うのです。「コーヒーのむ?」だったら、「ヒーコーむぅの?」みたいな。で、「ザイカーるぅすぅ?」は、カイザーする?って事です。カイザーは帝王切開のこと。つまり、分娩経過が悪くて、帝王切開しなきゃいけないかなぁ。って事を医者同士で相談するときの一言です。あ、もっとも、こんな変な言葉を使ってる医者は日本広しといえども、私くらいなのでご注意を。普通は、「カイザーするかぁ。」みたいな事を、隅に言ってコソコソ話していることが多いです。

 

そういったわけで、帝王切開というのは、お産を扱う病院では、避けては通れない問題です。とくに、帝王切開率(分娩数に対する帝王切開の割合 以下「帝切率」と略)というのを各病院えらく気にします。なぜなら、古い医者は、帝王切開が少なければ少ないほど優秀な病院だと思っているからです。だから、古い医者や頭の固い医者は、必ず帝切率の話をしたがります。大体、10〜20%が一般的なのですが。中には、ウチの病院の帝切率は6%だ!なんて自慢している院長もいますし、時には、帝切率が20%を超える病院もあります。でも、本当は必要があるから帝王切開をするだけで、確率を云々するためにやるわけじゃないんですけどねぇ。どうも、分かってないオヤジどもは、帝切率にこだわりたがる。馬鹿みたいな事なんですけどね。

 

 なぜかって言うと、一つは、帝王切開になると保険診療になるのでめんどくさい。普通分娩は自費診療ですから、基本的には言い値です。ところが、帝王切開では保険のルールに従って請求しなきゃならない。保険の監査で細かい事文句つけられたりねぇ。うっとうしい事はなはだしい。それに、帝王切開すると10日から2週間は入院が必要である。すると、病室の回転率が悪くなるし。さらに、手術の時には大勢の人手が必要だし、大変なんですな。で、帝王切開は、できるだけ避けたい。それに、昔は帝王切開すれば合併症もおこる事が多くて、大変だったというし。大体、お産なんて、ほとんどの人が普通にするのに、お腹切るなんておかしいじゃないですか、普通、考えると。だから、帝王切開は悪者にされる事が多いのです。

 

 昔々、シーザー大帝は生まれるときに帝王切開生まれたそうで。で、帝王切開という名前がついたといわれています。英語ではセザリアンセクション(Cesarean Section)ドイツ語ではカイザー(Kaiser Schnitt)などと呼ばれています。しかし、その頃の手術は今から見ればお粗末な物で、帝王切開は、母親を殺して子供を助ける手術でした。ですから、帝王切開を受ける母親は、ほとんどが死んでしまったのです。しかし、技術の発達とともに、母親も子供も救えるようになりました。現在では、大きな合併症などがない限り、帝王切開は安全な手術といえます。

 

 では、多くの人が普通にお産をしているのに、なぜ、帝王切開を必要としている人がいるのでしょう?それは、なかなか赤ちゃんが生まれないからです。赤ちゃんが生まれるには、狭い膣を潜り抜けてこなければならないのです。しかし、骨盤が狭かったり、子宮の出口が硬かったり、場合によっては、へその緒がぐるぐるに巻き付いていて、なかなか出産できない事があります。なかなか出産できなくても、どんどん陣痛は強くなってくるし、赤ちゃんは押し出されるし、破水はするし、結局、赤ちゃんが苦しくなって「胎児仮死」という状態になってしまうのです。うっかり、帝王切開が遅れれば、仮死だったのが、本死になってしまう事だってあるのです。そんな訳で、何らかの理由で赤ちゃんが出て来られないときには、赤ちゃんが弱ってしまう前に、帝王切開をして、外に出してあげなくてはいけないのです。

 

 しかし、この判断が難しい。長年やっている医者の中でも意見が分かれることもしばしばですし、時には、帝王切開した後に、やっぱり帝王切開は必要なかったのではないか。と、思われたり、逆に、帝王切開が遅かったのではないか。などといわれたりする事があります。正直な話、どこの産科病院でも、その手の問題は1つや2つ抱えているのです。学会などでも、よく、帝王切開の症例の発表になると、帝王切開の適応(やるかやらないか)について、喧喧諤諤の議論が交わされることもしばしば。帝王切開した後、赤ちゃんが無茶苦茶元気だと、安心するとともに、実は自然分娩でもいけたんじゃないかと、不安がよぎる事もあります。

 

昔、私の勤めていた病院で、麻酔科の先生に「緊急帝王切開だと騒ぐ割には、生まれてくる赤ちゃんは皆元気じゃないか!」と言って文句を言われた事があります。医者の中でも、専門でないと、そういった具合に思ってしまうくらい、帝王切開する条件というのは微妙な所にあるのです。もちろん、帝王切開したのに赤ちゃんがぐったりして出てきたら、これは、産科医の判断が遅すぎた可能性が大きいのですが。

 

 帝王切開をすれば、赤ちゃんが元気に出てくるというのなら、皆帝王切開にしてしまえばいいじゃないか。と、考えるかもしれません。一昔前のアメリカではそういった傾向がありました。アメリカでは産科に対する起訴が多く、それを避けるため、少しでも何かの疑いがあれば帝王切開を行っていたのです。しかし、いっくら安全とはいえ、帝王切開は手術です。どうしても、帝王切開をするには合併症を考えておかなければいけません。時には、予想外の大出血をおこすことがありますし、場合によっては術後の傷の回復がうまく行かない事もあります。また、麻酔による事故も少なくありませんし、場合によっては血栓症などでお母さんが命を失う事があります(帝王切開1000件に1件くらい起こるといわれている。特に、75kg以上の肥満妊婦でおきやすい)。ですから、できれば、自然分娩をしたほうがよりよいのです。

 

 では、何を基準に帝王切開を選択するのでしょうか?明日、ゴルフの約束があるからでしょうか?それとも、夜中に分娩に起こされるのが嫌だからでしょうか?それとも、患者さんが陣痛に降参して、切ってくれと頼むからでしょうか?いいえ、違います。様々な合併症の危険をおしてやる理由は、「このままお産をすると、お母さんもしくは赤ちゃんが死ぬ危険性があるから」です。その、一つの理由の為に、様々な合併症のリスクに目をつぶっても帝王切開をやる理由があるのです。

 

 分娩は、正常に経過しているようにみえても、突然変化する事があります。そのとき、産科医は決断を下さなければなりません。「このまま自然分娩をして赤ちゃんが死なないかどうか」あらゆるデータを集めて検討します。そして、赤ちゃんが危険にさらされる可能性が高ければ、帝王切開を選択する事になるのです。

 

 ちなみに、帝切率6%だなどと威張っている病院では、2年間のうちに、帝王切開の判断が遅れたために5人の赤ちゃんが亡くなりました。もちろん、ほかに書いたような理由で、それは公にはなりません。でも、おそらく、普通の、帝切率が10〜15%くらいの病院なら、その5人は助かっていたに違いないのです。その病院では、勤務医が帝王切開を決めた患者さんを、院長が自然分娩でできると判断して、結局帝王切開になってしまったということも数多くありました。決して、帝王切開率が低い事が正しいことではないという好例です。

 

 医者が帝王切開を決めるというのは、かくのごとき苦渋の選択なのです。それというのも、他にも書きましたとおり、現代医療というもの自体が不完全な物で、治療に対して、必ず合併症や副作用が付きまとうからです。医者は、常に、合併症と治療の効果を天秤にかけながら治療の選択を行っているのです。多くの方が考えるような、一発で副作用もなく治るような薬や、一発で合併症の可能性もなく治るような手術があるのなら、こっちが教えて欲しいくらいです。だから、だからこそ、患者さん自身が治療に積極的に参加して、自分の病気に対して行われる治療を十分に納得していただきたいのです。合併症や副作用の理解なくして治療は成立しないのです。また、そう言う理解なくして治療をすれば、後悔する事になるかもしれません。だから、医者なんて、その辺のおっちゃんと変わりないんだ!疑問があったら、納得できるまでどんどん質問してしまいましょう。と、主張し続ける訳です。

 

 今回は、帝王切開を例に取り上げましたが、あらゆる治療というのは多かれ少なかれ、必ず合併症を伴う物です。治療を受ける患者さん自身がその合併症を正しく理解して、最終的に自分の意志で治療を受けることを選択しなくてはいけません。そうしなければ、合併症が起ったときに適切な判断もできませんし、後悔するような結果になりかねません。現代の医療が100%完全でないという事実がある限り、治療には常にリスクが伴うと言う事を忘れてはいけません。

 

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