お医者さんなんて、ホントお馬鹿なんだよねぇー。あんな人達ウソつきだから、信じちゃいけないですよぉ。と、言うのが、今までの記事の趣旨ですが、まぁ、実際そういう医者も多いのですけれど、本当はそうでない先生も沢山いらっしゃるのです。私の先輩・後輩や友人は、それこそ、損得考えずに、真面目にやっている先生ばかりで、時には、「そういう医者ばかりじゃない。」とお叱りを受ける事もあったり、また、「自分もそういう医者を知っているが、腹立たしい限りである。もっと糾弾せよ!」と励まされたりしたので、少し、医者の立場で書いてみようかな。などと思ったわけです。まぁ、医者の弁解と言えばそうかもしれませんけどね。たまにゃァ、医者らしいたわごと聞いてくださいな。

1.謝らない医者。

 先日、新聞の投書に医者が謝らないという事が書いてありました。その方、羊水穿刺をされたのですが、何回も失敗されて、針を刺されたのに、医者は謝罪しなかったというのです。確かに、失敗したのなら、謝るべきでしょう。当然の事です。でも、その記事の事とは別にして、謝れない事もあるヨなぁ。なんて考えてしまったのです。

 例えば、注射をする時…。「あ〜あ、こんな太い腕して医者泣かせだなぁ。血管、全然見えないんじゃないのぉ?ハイハイ、腕まくりしてください。ありゃりゃ、それじゃあ袖口が伸びちゃうよ。服、脱いじゃったほうが良いんじゃない?ア、そ、これでいいですだって、ま、いっか。本人がそう言うならしょうがない。はい、ちょっとゴム巻きますからねぇ。っとぉ、これはビックリ駆血帯がまわんないぞぉこりゃぁ。そんな人、今まで見た事ないよぉ。ちょっと、脂肪つき過ぎなんじゃない?まぁ、人の事言えた義理じゃないけどさァ。ああ、やっとまわった。でも、かなりきつそうだな。大丈夫かな。大丈夫ですかぁ?大丈夫だってさ。あれ、何でそんなにムッとしてるわけ?別に駆血帯がきついのは僕のせいじゃないでしょ。やだなぁ。何でも医者が悪い事になるんだから。アメリカなら、採血の際に腕をきつく縛られて、精神的肉体的苦痛を与えられたから慰謝料よこせ、なんて言う人がいるかもしれないな。くわばらくわばら。とりあえず、注射しなきゃねぇ。ああ〜、やっぱ、血管出てこないわ。参ったなこりゃ。触ったって、脂肪の奥でわかんないしねぇ。こう言う人に限って、血管細いんだよねぇ。あっとぉ動かないでよぉ。まだ、刺してないでしょ!あー、今、血管らしいのが触れたのになぁ。どうして、動いちゃうのぉ?協力してくれなきゃできないじゃない。だいたい、薬のめないから、注射にしてくれって言ったのあなたでしょう。参っちゃうなぁ。子供じゃないんだから、ちょっと動かないでよ。あらら、けっこう力もあるのね。イヤイヤ、とにかく必要な事はちゃんとしなきゃ。ハイ、刺しますよぉ。あ、また動いた。大丈夫かなぁ。げ、漏れてるかもしれないなぁ。もれてるかなぁ、やっぱ、もれてるわ。あ〜あ、もう一回刺さなきゃ。頼むから動かないでくれないかなぁ。大人なんだからさぁ。必要だと思ったら少し我慢してくれよぉ。頼むからにらまないでよぉ。これじゃァ、どんなにうまい人がやったってうまくいかないよぉ。勘弁してくれぇ。誰か医者呼んでくれ〜!って、ここじゃ医者は俺一人しかいないしなぁ。やっぱ、婦長呼んで来てもらうかなぁ。婦長が一番注射うまいもんなぁ。でも、もう一回やってみよう。奇跡が起こることもあるしね。お、おおおっ。うまく行ったぁ。あ、あああっ、何でうまく行ったのに動いちゃうの。どうして?なんで?そんなおっかない顔するなら、最初っから、注射しますなんて言わないでよぉ。もう、やめやめ、お〜い、婦長呼んでくれ〜!」

 こんな事、しゃれじゃなくてあるんです。ほっそりとしていて血管が細いとか、逆に、体格が良くて血管が見えないとか、血管がもろくて、注射するとすぐにもれるとか。いや、注射ばかりでなくて、内視鏡や、麻酔や手術に至るまで、体型や個人の特徴によって、リスクが高い事は良くあるのです。そういう方が、痛いと言っちゃァ動く、こっちの腕ははだめだ、横になると苦しいなどと、注文をつけ始めるとそれは大変な事になるわけです。そうなってくると、もう、お手上げです。でも何とかしないといけない。頼むから、少しの間だけガマンしててくれよぉ〜。と、思う事あります。しかも、うまく出来ないのは下手なせいだなどと思われるのも悔しいし、大体、あそこの医者はへたくそだなんて言われたら大変。そんなわけで、失敗しても、うそぶいてしまう事もあるんだよなぁ。と、言うのが本音なんです。もちろん、そんな事はめったにないのですが、そういう新聞記事なんかを見るたびに、自分のすねの傷がちょっとうずいてしまう私なのでした。あれッ?あんまり、良いお医者さんの話しじゃないですねぇ。

2.必ずお産を自分で取り上げる開業医。

 私が、かつて、市立病院に勤めていた頃の事です。夕方、終業時刻が近づいて、皆が医局でくつろいでいるときでした。どかどかっと、胡麻塩頭のおじさんが医局に飛び込んできたのです。私は見た事のない人でしたので、何事かと驚きましたが、まわりの先生方は、その人が久しぶりにやってきたので、ビックリしていたようでした。そのおじさんは開口一番、「俺、辞めようかと思うんだよ。」と、皆に言いました。な、なんだこのおっさん。いきなり入ってくるなり、辞めるとは何事!それに、部長にまで、えらく馴れ馴れしいし…。実は、そのおじさんは、昔、ここの医局から独立して、近くで開業された先生でした。

 その先生によると…自分の病院で乳幼児突然死症候群が発症した。開業してから、今まで、もちろん事故もなかったし、ましてや、赤ちゃんが亡くなるなんて初めての事だ。自分は、自分の病院でお産してくれる患者さんのために尽くしてきた。自分は、必ずお産は自分で取り上げて、患者さんを分娩台から移すときは、必ず自分が抱えあげた。自分でお産を取るために、開業してから、一日も病院を空けることなくやってきたのだ。こんなに、真面目にやってきたのに、こう言う事故が起きてしまって、自分が情けないやら、悔しいやら。今後も、どんなに一生懸命やっていてもこう言う事が起きると言うのなら、怖くて産科は続けられない。したがって、産科はもう辞めようと思う。と、言うようなお話しを、切々とされて、カックリと肩を落とされて帰ったのです。

 なんてぇことでしょう。世の中には、医師の過失によって母体や胎児の死亡が起きているような病院が沢山あるというのに、この先生のなんと真面目な事。結局、開業医なんて、人が死んでも意に介さないくらい、面の皮が厚くないと出来ないんだぜ。と、医局の先輩は力説していました。私も、ここ数年、開業医づとめをしているのですが、なるほどと納得させられる事が幾度もあります。反省がないから、同じ事故が何回も起こる。それを、適当に金で解決してしまうので、問題になることもありませんし、もちろん悪い評判なんて、患者さんに知れるわけがありません。医師会の先生方や、近所の大学病院の先生方は、うすうす気がついてはいるのですが、決定的な証拠がなければ、動く事は出来ないですしね。結局はうやむやにされて、他の患者さんの前からは、隠されているのです。それを知らないから、お部屋がきれいで良い病院とか、料理が美味しいとか、掃除がいき届いていてサービスがよい。などという観点で、平気で病院を選んでしまうわけです。しかし、勤めている先生方は一様に、「家族や知り合いをこの病院に紹介する気にはなれん。」と、おっしゃっているのですが。

 その先生は、今は産科をやめて、小さな診療所にしているようです。そんな、真面目にやっている先生方というのは、往々にして、小さな診療所や、ぱっとしない公立病院なんかにいらっしゃる事が多いようです…。

3.大学病院にいる頃

 大学病院の勤務をしている先生方と言うのは、ビックリするほど給料が低いのです。ある講師の先生が、久しぶりに高校の同窓会に行って、年収の話しになったら、皆に同情されたとか、病院に出入りの業者さんに、税理士を紹介してもらって、税金の申告の書類を作ってもらおうと思ったので、収入の概要を説明したら、余りの少なさに笑われたとか、そんな話しは実に沢山あるのです。

 ある大学の教授は、「金がないやつは大学に残る資格はない。」と、医局員に言い渡したとか…。時には無給医なんて言うのもいて、医局の定員にあぶれてしまうと、ただ働きをさせられる事もあります。もちろん、他の病院を手伝いに行って少しばかりの収入を得るわけですが、一週間に一回か二回程度手伝いに言った所で、給料は知れたものです。しかも、保険や年金は自腹。その他に、学会費や学会出張費も自腹。うっかりすると、手伝いに行った病院の無け無しの給料から、上がりをかすめ取る医局まであるそうです。

 私が大学病院にいる頃、うちのカミサンが計算をして、普通のサラリーマンならいくら位の収入に相当するかを出してましたが、年金や保険、住宅手当、家族手当、交通費や出張費、その他の学会などの必要経費など考えると、いいとこ400〜500万円くらいの年収に相当する程度だろうと言う事でした。それでも、一応、医長なんて肩書きをもらってましたけど…。

 まぁ、そんな具合で、少なくとも大学病院にいる先生は、いっくら患者さんを診てもひとつも収入には結びつかないのです。自分の受持ち患者さんの状態が悪くなったからと言って、夜遅くまで残っていても残業手当は一銭も出ません。(もちろん、看護婦さんには出る。)何故、夜中までがんばっているかと言えば、それは患者さんに対する責任感でしかないのです。もちろん、他の先生に頼んだって、ほとんどの場合はうまくやってくれるはずです。でも、自分が受け持った以上、回復のめどがつくまでは、自分の責任なのです。そうやって、時には何日も病院に泊り込んで、得られるのは責任を果たしたと言う満足感のみです。周りの先生方も、「良くがんばった」と言ってくれるけれども、ただ、それだけです。(時には、そのあとに、じゃ、外来ヨロシクね。なんて、頼まれたりしてしまうこともある。)

 そういう、大学で一生懸命働いている先生方を見ると、医は仁術であるなぁ。とつくづく思うのです。なんでも、お金で解決できてしまう今の世の中、こう言うことはなかなかお金には換算できませんよねぇ。でも、その時の治療費はどこへ行ってしまうんでしょう。もちろん、偉い先生方のお給料や、病院の改修費なんかに回されてしまうわけです。

 テレビの救急二十四時間とかで、一生懸命働いている先生が出ていますけれど、あながちやらせでもないのです。私の友達も、脳外科で、毎日病院に入り浸っていますが、患者さんが助かる反面、彼の家族はとても助からん。と言っているようです。うっかりすれば、離婚騒動になるのではないかと私は懸念しているのですが。ま、そうなったときには、結婚祝は帰してもらう予定です。(ア、そういう話しじゃないか。今は。)

 巧妙にうそをついて、必要もない治療を施して金を搾り取る医者もいれば、お金なんか関係なく、とにかく患者さんを治療する事に必死に取り組んでいる医者もいると言う事です。現在は、医師過剰の時代と言われています。(にしては、ずいぶん無理矢理働かされているような気がするが…。)どの医者を選ぶかは、患者さん自身の選択なのです。(ただし、救急の場合を除く)