インフォームドコンセントは

本当に成り立つのか?

 

 日本語では「説明と同意」と、言われています。本当の意味で説明に対して同意があり得るのか?単に丁寧に説明してもらったという自己満足に過ぎないのではないか?また、説明する方も、こんなに説明したのだからわかるだろうという、自己欺瞞に過ぎないのではないか?はなはだ疑問なところです。

 

 別に、医者でなければ頭が悪いから理解できないだろう、などという気は毛頭ありません。皆さん勘違いしていますが、医者なんて、頭がいいからなれるわけではないのです。医者になろうとする本人の意気込みと周りの期待があればなれます。だから、医者の話す事などというのは、新聞や報道番組を普通に理解できる人なら誰でもわかるはずなのです。(中には、義務教育が終了した日本人でありながら、日本語が理解できないのではないかと疑われるような人も少なくないので、そういう方には難しいかもしれません。)

 

 しかしながら、医者に必要な知識は、やはり莫大な量には違いありません。もちろん、医者自身全てを完全に覚えているわけではありませんが、一応、概要だけは理解しているというのが建前です。これを全て網羅しようとすれば1年や2年はかかります。実際、基礎医学系は2年間くらいの講義があります。さらに、臨床医学を網羅するのに2〜3年。基礎医学は、正常の人間は、どうなっているのか、と言う事で、臨床医学は病気はどういう原因でなるのか、どのように診断をするのか、検査をどうすすめるのか、治療をどうしたらいいのか、と言うことを勉強します。でも、私のような劣等生は、そのときには何がなんだかわかりません。わからないけど、とりあえず、必要なだけ詰め込んで、何とか試験を乗り切るというわけです。

 

 本当の勉強は、医学部を卒業してからです。医者になってから、2年間は研修医として(給料は数万円で)医療に従事します。先輩に怒られながら、一つ一つの症例を診て、いったいどうすれば診断でき、治療できるのかを習います。でも、まだ、この時点では私のような劣等生には、なぜ、先輩からいちいち怒られなきゃならんのだかがわかりません。

 

 やっと、研修医が終わり、実際に自分で診断をつけ治療をしなければならなくなります。こうなってくると、後がありません。この辺から、やっと、昔習ったことがどうして必要だったのか理解できるようになります。また、どうして、先輩があんなに怒っていたのかがわかるようになるのと同時に、後輩の研修医を容赦なく怒るようになります。(もちろん怒るからには、それなりにわかっているという事が前提で…。先輩だから先輩風ふかしてんじゃねーぞ!)

 

 と、言うわけで、実際に自分で何とかできるようになるのは卒業してから何年もしてからです。少なくとも主治医や開業できるレベルになるのには、10年以上は必要でして…。外科系では、もっと長期間の研修が必要です。自分の選択した科だけでも何とかなるというレベルになるには、10年程度はかかるということです。いやいや、10年ではまだまだヒヨっ子。やっと、ヨチヨチ一人で歩けるようになったくらいかもしれません。

 

 と、言うような背景をもって、インフォームドコンセントに臨む訳です。本来は。ですから、本当は、1時間や2時間の話では、核心までは行き着かない。いくら説明しても、説明し足りないというのが事実ではないでしょうか?こんな短時間で、基礎的なこともわからないのに、理解しちゃっていいの?と、言うことなんです。「そこは、プロなんだから、キチンとかいつまんで話してくれるべきでしょう。」と、思われるでしょう。でも、かいつまんだ話は、やはり、全てではない。川端康成の作品のあらすじだけ読んだって、その、質素でありながら薫りたつ上品な文章や、きらめくような情景描写などは、到底理解できますまい。それと、同じことです。

 

 たとえば、ピルの説明にしても、婦人科医用に配布されたピルについての説明書は300ページ近くあります。その説明書だって、基礎的な医学知識があることを前提に書かれているわけですから、生理はどのように起こるか、とか、ホルモンはどのように働いているのか、などを説明すれば、それぞれが一冊の本になるくらいです。本気で、ピルの説明をしようと思ったら、半年くらいみっちりと講義をしないといけません。

 

 それを、診療時間内の10分や20分の間に説明しろって言ったってねぇ。言う方だって、かなり端折ってしまわなきゃならないし、聞いてる方も本当に理解できるとは限らない。ピルの説明をしているのに、「え!排卵が止まっちゃうんですか?」とか、え、「ピルってホルモン剤なんですか?」とか、「え、毎日のまなきゃいけないんですか?」とか、本当に、大前提になっていることがわかっていない人も多い。「だって、素人なんだから仕方ないじゃない。そんなのわかんない!」確かに、そうなんです。そんな短時間の説明で、全てがわかるはずが無い。私だって、研修医の頃はそんな説明されてもわからないことだらけだったでしょう。

 

 でも、じゃぁ、本当に疑問が無いところまで追求するとなれば、半年間の講義になります。まず、ホルモンの基礎から…。と、すれば、インフォームドコンセントとは何か?結局、副作用や合併症が起こるとどうなるのか?それを避ける為に、どうするのか?という事を説明して、同意してもらうということなんです。

 

 極端にいえば、この薬のんだら、こういうことで死ぬこともあります。この手術したらこういうことで死ぬこともあります。ってことを説明して、同意してもらう。あらかじめ、危険性を理解してもらっておくということに過ぎない。でも、もし、死ななきゃ、これだけのメリットがありますよ。ってことです。

 

 よく、医療裁判で争われることに「説明義務違反」というのがあります。たとえば、癌の治療で死んでしまったので、医者を訴えると、そんな事で医者が敗訴する事があります。治療の副作用や、医師の診断については何ともいえない。でも、死ぬかもしれないと説明していなかったからいけない。と、言うことです。遺族も、死ぬかもしれないなんて聞いていなかったと訴えます。私は天邪鬼ですから、こういう判決を見るにつけ、医学というのはまだまだ未熟なものなのだな。と思います。つまり、治療をしたことによって、死んでしまう可能性は否定できない。医者が診断のミスをしたのも証明できない。でも、説明していなかったのがいけない。という判決は、裁判官が判断し切れなかったので逃げの一手をうったのだな。ということなのです。もし、治療をすれば100パーセント治るということなら、もし、キチンと教育を受けた医師が診断すれば、診断ミスはあり得ないという基準が確立していれば、決して、「説明義務違反」などという名目で罪にすることは無かったのです。

 

 しかし、人の体というのは千差万別です。1000人の人がのんでも問題なかった薬を、1001人目の人がのんだら副作用で死んでしまったということもあるのです。これを一体どう説明すればいいのでしょうか?一体、どう理解すればいいのでしょうか?0・1%の確率で死ぬこともあります。と、説明して、あなたは薬をのむ方を選択するのでしょうか、それとも、のまないことを選択するのでしょうか?

 

 インフォームドコンセントとは、そんなものです。私に言わせれば、説明を聞いたという自己満足と、説明をしたという自己欺瞞です。どんなに説明しても、説明し尽くしたとは言いがたいのです。ですから、結局は、結果が悪ければ医者は悪魔で、結果がよければ医者は神様になりうるのです。その間を取り持ってくれるのは、医者に対する信頼関係なのです。もっと言えば、医者に対して患者さんや家族が持つ感情に過ぎません。

 

 では、医者が信頼できるかどうかを、どう見分けるか?それは、医者に通って、ご自分で話して見るしかないのです。しかも、表面で人を見ないことが大切です。うまいこと言う医者は、たいてい、やることはインチキです。きちんとできないから口先でごまかすというのは、医者であっても同じです。医療というのは、単に、その人の好みの商品を売る仕事ではありません。その人の体が望んでいる治療をしなければいけない。糖尿病の人が、おいしいケーキを食べたいと思うけれど、それをしたら、血糖値が上がって病状が悪化する。それを、「まぁ、ケーキくらい。」といってしまえば、次から次へと欲望は膨らんでどんどん病状は悪化していきます。最初の段階で、厳しいようだけれど、絶対に駄目!!と、しかってくれることが本当に信頼できる医者がすることです。それを、「やさしい医者がいい」などといって、「まぁ、ケーキくらい」といってくれる医者を自ら探していては、その時点でDEADなのです。

 

 インフォームドコンセントは、信頼できる医者を探してからの問題。信頼できる医者が、必要最低限の情報をインフォームしてくれることでコンセントできるのです。最初から海のものとも山のものともわからない医者にいきなりかかって、インフォームドコンセントだなんて、そりゃぁ、電話ボックスに貼ってある消費者金融のポスターを見て、いきなりお金を借りに行くのと同じくらい、危ないことだと思ってください。もちろん医者は、消費者金融ほど悪辣な奴は少ないですけど、失うのはお金でなく命だということをお忘れなく。

 

ふぅん。インフォームドコンセントだなんて騒いでいるマスコミなんて、お気楽なもんよねぇ。HOME