小大君集
長連 恆校註『三十六人集 全・六女集 全』(校註國歌大系12 國民圖書株式會社 1929.5.13)
※ 11-12世紀初頭に成った『三十六人集』のうち。
※ 入力者による注記を加えた。歌番号を施した。*は小大君以外の作と思われる歌。
※ Mozilla, FireFox, Netscape Navigator 8 等で正しく表示される。
文中の語句にマウスが重なると、左余白に語注を表示する。
クリックすると、別ウィンドウ(Ctrl+Sで別名保存可)に転記する。
(*注記番号は10**で始めた。0で始めると8,9のところで表示がおかしくなる。理由は不明。)
001
忘れぬかぎりと思へど、はか\〃/しうも覚えず。「人ごとを」といふことのやうなり。正月一日のことなるべし。
讀人知らず
いかにねて 起くる朝に 云ふ事ぞ 昨日をこぞと 今日を今年と
002
女御達のおほん局に候ひける時の
御佛名の又の夜まゐりたるに、人々集まりいでて「とくまゐれ。」とせむれば、「何ごとならむ。」と思ふに、
けづり花を庭にさしたりけるに、雪のかゝりたるをよめ、となりけり。心もえず
年つまば 誰かは雪を 拂ひ敢へむ 菊の上とも 暫しこそみめ
003
昨日つかひし木賊のおちて露のかゝりたりけるを、あしたに人の取り上げたりければ
信濃野の 木賊の上に 置く露の 磨ける玉と 見えにけるかな
004
雨のふりけるよの宵に、月の入るを見て詠める
大空に 散りにし花や 匂ふらむ 雲の春とも 見ゆる宵かな
005
竹のある所にて風の吹くに、いみじうさゝめきければ
風吹けば 波やはさわぐ 河竹の 流るゝ水に 聲の通へる
006
神無月 佛の限り あらはるゝ 庭のまもなく 花ぞ降りける
007
いつのまに 法に移ろふ 菊なれや 過ぎし物とも 見えぬ今日かな
008
覺束な なにしきつらむ 紅葉見に 霧の隱せる 山の麓に
009
君しあれば 竝木の花も 頼まれず 痛くな吹きそ 木枯の風
いと許多あれど、かかればとゞめつ。
010
源宰相・
右兵衞督、俄に
をみに召されて、そのあをずりを朝のまにせめられて、
山藍をかきぬるに、冰のつきたれば
限りなく とくとはすれど 足引の 山井の水は 猶ぞ凍れる
011
といふ。かの御上の「かくなむ。」とあれば
足曳の 山井に凍る 水と云へば とくとも袖の 程ぞ知らるゝ
012
人の許にきける人の、三年ばかり更に見えざりけるを、「見む。」とて、「あすは明けはててくるまはゐてこ。」といひたりければ、「あやしう久しき事。」と思へど、人をやりて「そひてこ。」といはせたりけるを、つととらへて内にもえ入らでみして、いとねたかりければ〔男、
藤大納言とか。〕
岩橋の よるの契りも 絶えぬべし あくる侘しき 葛城の神
013*
返し
をとこ
秋立てば 見じとや思ふ 葛城の 神の夜にて やみぬべきかな
014
此の同じ人、なほし姿にて來て、「今宵は内の殿居なり。これ置きたれ。」とて、蒔繪の鞘に沈の束さしたる刀を置きていぬるが、三日ばかり音もせざりけるに、刀とりてみけるに錆びたりければ、女
とぎ置きし 鞘の刀も 錆びにけり さして久しく 程やへぬらむ
015*
とてやりたりければ
かね弱み 返る刀に 身をなして 束のまもなく 戀ひや渡らむ
016
をとこ、「心ちそこなひて、四五日ばかり内へも參らでありけること。」といひてありける書に
かくてもや 消えむと思ふ 白露の おきて居て結ぶ 水莖をみよ
017
をんな
「これを見て、三日なむなきし。」といひけるこそそらごとなれ。
018
藥玉を、女のがりやるとて、男に代りて
019*
返し
女
苦しきに 何求むらむ 菖蒲草 安積の沼に 生ふとこそきけ
020
此の頃の よはの寐覺は 思ひ遣る いかなる鴛か 霜拂ふらむ
021*
返し
冬の夜の 霜打ち拂ひ なくことは 番はぬ鴛の 業にぞ有りける
022
これなかの朝臣病に煩ひて、
三河のしぼちをよびに
宮權大進むぬまさをやりていはせけるに、更に聞き入れざりけるを、強ひていひければ、「すこし宜しきを頼みにて、曉に。」といひてねぬるに、夜なかばかりに起き出で、手洗ひ、かねうちて佛に物申す音しければ、「さや、\/。」と思ふに、音もせずなりにけり。弟子をおこして、「いづちかおはしぬるぞ。」とてもとむれど、なくなりにけり。
淺ましうて書きおき逃げにけり。
長き夜の 道に惑へる 我おきて 行き隱れぬる 夜半の月かな
023*
024*
二條の右の大臣、八月ばかりに參りたまうて、「歌一つ詠ませて、たまはらむ。」と
上にせめ聞えたまへば、せむ方なくて「草の葉の上に」とありし御返りはこれなり。
露深き 草葉の上も いひ難み 何につけてか 秋を問ふらむ
025*
秋の夜の 草葉の上の 露の身を それに付けても 語り置かなむ
「かくいひこめられぬ。」とていで給ひぬ。
026
宣耀殿の御局より、御禊の日、鬘に葵をかけて上に進らせ給へるおろしを給はせたるに
瑞垣の あたりに馴れぬ きねよりも 神にいち著し 今は翳さじ
返し、忘れにけり。
027
又、五月五日、さうぶの根を鶯につくりて梅の枝にすゑ給へる
028*
返し
029
宮に
すりの藏人とてさぶらひし人の、臺盤所にひとりありけるを、「それとらへよ。」と
ゆきよりに仰せられければ、とらへて、更にゆるさでふしぬるを、夜一夜いとほしと思ひふして、おきていく程にいひける
長かれよ 朝ねの髪の 千代結ぶ 契りと見れば 悲しかりけり
030*
返し
ゆきより
長かれと 云はずば長く あらじとや あやなく君が めには見ゆらむ
031
032*
殿上に炭もて來る男を、「遲く參りたり。」とて、その時に候ひし藏人、今は上に參りしより、
その人の「とらへて、かみに繩をゆひつけて許さざりしかば、ものより覘かせ給うて、『こはたが
からせ給ふか。』『
ともこり侍るべく。』とて許さざりしかば、女房方より
といはせたりしかば、許してけり。我には思ひましたり。」と仰せられしこそ。
033*
人の許に籠りたりける男の見侍りけるを知らで、ほかげに
小侍從といふ人の、さし出でて人に物いひける
男
034
今告げむ 蜑のみるめの 恥かしく 袖に止らぬ 玉も散りけむ
035*
036*
枝繁み 下にもえつる 萩の花 秋知りそむる 人や戀しき
037*
返し
色待たで 末にし消ゆる 雪ならば 遂に錦は 見でややままし
038*
えあはぬ人にいはむとて、男のいふ
今日は我が 消え果てなまし なか\/に 後を頼まむ 命知らぬに
039*
殿上人、桂より舟にて渡るに、星の影の見えければ
水底に うつれる星の 影見れば
040*
041*
ねたき我が 小倉の里に 宿りして 紅葉の色を よそに聞くかな
042
初雪のあしたに、昔を思ひいでて
珍らしと 云ふべけれども 初雪の 昔ふりにし 今日ぞ悲しき
043*
さねかた
ふりぬとも 消えせぬものに あらませば 袖は濡れじな 今日の初雪
044*
露よりも はかなかりける 心かな けさ我何し 起きてきつらむ
045*
限りあれば 今日脱ぎ捨てつ 藤衣 涙の果てぞ 知られざりける
046*
又みちのぶの君、さねかたの君に、三月中のほど
散り殘る 花はありやと 打ちむれて み山隱れに 尋ねてしがな
047*
かへし
まだ散らぬ 花もや有ると 尋ね見む あなかま暫し 風に知らすな
048*
武隈の 松を見つゝや 慰めむ 君が千年の 影にならひて
049*
起きも敢へず はかなき空の 露をいかで 貫きとめむ 玉のをもがな
050*
また
草の葉に あらぬ世なれど ともすれば 露は我が身の 上かとぞみる
051
返し
おのがまだ 消えぬに消ゆる 頃なれば 露こそ人を 露と見るらめ
052*
今はさは 止るべきよの 玉ならず 白き蓮の 露を見るらむ
053*
むらよ
常よりも 常なき頃の 露のみを いかに云ひてか 日をば暮さむ
054
かく云ひし人のなくなりにしが
見る程も 無くて消えぬる 露よりも 誰か此の世に 遂に止らむ
055
056
057
058
059
060