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南留別志

荻生徂徠
(宇惠〔宇佐美水〕 校訂『南留別志』 
村田小兵衛、須原屋茂兵衛〔江戸〕 1762.1.〔宝暦12〕
※ 入力者所蔵本は題簽欠。「和歌世詁」を合刻する。
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刻南留別志序

人之讀書患苟過也。讀而弗記、記而弗思、思而弗得、五車雖多、亦奚以為天神氏・地神氏、悠遠不可知焉。自人皇以來、亦數千年、世變風移、人去物亡、古之所有、今不必有、今之所無、古不必無、雖載籍所記、過差紛紜、疑滯不通者、不可得而考矣。觚之不觚、誰昔然矣。徂徠先生、著南留別志。南留別志者、邦語懸斷辭也。書中句末多此語、因命焉。斯書懸斷疑事、無近遠、無細大、不為次序、隨其意所發而録之。實漫筆也。説有有據者、亦有無據者。其有據者、博覽不苟、彼此相照、比類取徴也。無據者、淹貫古今、通達事情、思而得之、厭服人意也。世所迷惑、一悟瞭然矣。其意雋永有味、其辭雅健可觀、覧者開巻絶倒、歎賞不能自已焉。雖是小作、足以解世俗之膠固、而弘學者之意思矣。書舊六卷、其一卷門人持去、為火所焼、為可惜矣。初屬未定、祕而弗輕傳人。書賈竊寫而闤闠。覩其所傳、錯脱紕繆、不可勝數也。而既隨于坊間、無如之何已。故 今取先生手澤稿本、輒不自揣刪定正而上木焉。唯恐未精耳。先生又有和歌世詁一巻、採和歌數十首評之、亦雖一短書、長情有趣、使人起意矣。以其倶國字、故附于此焉。草稿二本、間有異同。今從其善者也。
寶暦辛巳年(*宝暦十一年〔1761〕)夏五月、雲藩(*出雲松江藩)文學宇 謹撰
(*「宇惠之印」陰刻、「子迪」陽刻の捺印。)

人の書を讀むやかりそめに過ぐるをうれふるなり。讀みても記せず、記しても思はず、思ひても得ずんば、(*蔵書が)五車の多きといへども、亦たなんぞ天神氏・地神氏の悠遠として知るべからざるを以為おもはん。人皇にんわうより以來、亦た數千年、世變り風移り、人去つて物亡じ、古のたもつ所、今必ずしも有たず、今の無き所、古必ずしも無からず、載籍の記す所ありと雖も、過差・紛紜ふんうん疑滯ぎょうたいして通ぜざる者は、得て考ふべからず。の觚ならぬ(*名実の伴わない喩え)誰昔すゐせき(*誰は発語の辞。昔。)より然り。徂徠先生、南留別志を著す。南留別志は、邦語に懸斷けんだん(*臆測)する辭なり。書中、句末に此の語多し、因て命ずるなり。の書疑はしき事を懸斷すること、近・遠と無く、細・大と無く、次序を為さず、其の意の發する所に隨つて之を録す、實に漫筆なり。説によりどころ有る者有り、亦た據ろ無き者有り。其の據ろ有る者は、博覽不苟ふこう(*苟くもせず。いい加減にしないこと)彼此ひし相照し、類を比べ徴を取るなり。據ろ無き者も、古今を淹貫えんくわん(*広く及び)、事情に通達し、思ひて之を得、人意を厭服せしむるなり(*十分に納得させるものだ)。世の迷惑する(*迷う)所、一悟瞭然たり。其の意雋永せんえい(*深い味わい、意味深長。)味有り、其の辭雅健にして觀るべく、覧る者をして巻を開きて絶倒せしめ、歎賞自ら已む能はざらしむ。是れ小なる作と雖も、以て解世俗の膠固を解きて、學者の意思を弘むるに足れり。書と六卷あれども、其の一卷は門人持ち去り、火の焼く所と為りたるは、惜しむべしと為す。初め未だ定まらざるに屬して(*未定稿であった頃は)、祕して輕々しく人に傳へず。書賈ひそかに寫して闤闠くわんくわい(*巷)あまねからしむ。其の傳ふる所をるに、錯脱・紕繆ひびゅうげて數ふべからざるなり。しかも既に坊間に隨へば、之を如何いかんともする無きのみ。故に、(*水宇佐美惠助)今先生手澤の稿本を取り、すなはち自らはからずして(*己れの力をよくも考えず)刪定・正して上木す。唯だ恐らくは未だ精ならざるのみ。先生又た『和歌世詁せこ』一巻有り、和歌數十首を採て之を評す、亦た一の短き書なりと雖も、情に長じ趣有り、人をして意を起さしむ(*考えさせる)。其の倶に國字(*仮名文章)なるを以ての故に此を附せるなり。草稿二本あれども、ま異同有り。今其の善なる者に從ふ。


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徂徠先生南留別志 卷之一

門人 南總 宇惠 


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