桂園一枝
香川景樹
(『香川景樹翁全集』上卷 續日本歌學全書第四編 東亰博文館 1898.6.1)
※ 〔原注〕、(*入力者注)
春歌
夏歌
春歌
001
御讓位あらんとする年の春、家の會始に松迎春新といふことをよめる
今年より あらたまるべき 聲すなり 大内山の みねのまつかぜ
ことしより あらたまるべき こゑすなり おほうちやまの みねのまつかぜ
002
春風春水一時來
氷とく いけの朝かぜ ふくなべに(*ふくなへに) 春とや浪の はなもさくらむ
こほりとく いけのはるかぜ ふくなべに はるとやなみの はなもさくらむ
003
春水澄
雫にも にごらぬ春に なりにけり むすぶにあまる 山の井の水
しづくにも にごらぬはるに なりにけり むすぶにあまる やまのゐのみづ
004
瀧音知春
千早振 かみの宮瀧 おとすみて よしのゝおくも 春やしるらむ
ちはやぶる かみのみやたき おとすみて よしののおくも はるやしるらむ
005
初春見鶴
子日すと わが打むれて こし物を 小松が原は たづぞしめたる
ねのひすと わがうちむれて こしものを こまつがはらは たづぞしめたる
006
朝ごほり とけたる澤に なくたづの 聲おほ空に かすむ春かな
あさごほり とけたるさはに なくたづの こゑおほぞらに かすむはるかな
007
妙法院の宮の御會始に、東風暖入簾といふことをよませ給ふによめる
玉すだれ ゆらぐ春風 ふきにけり 外山の雪も けふぞとくらむ
たますだれ ゆらぐはるかぜ ふきにけり とやまのゆきも けふぞとくらむ
008
雪消山色靜
けふ見れば 比良の遠山 雪きえて 霞のおくに なりにけるかな
けふみれば ひらのとほやま ゆききえて かすみのおくに なりにけるかな
009
子日
千世は皆 かはらざらめど 小松原 心のひくを ひかんとぞ思ふ
ちよはみな かはらざらめど こまつばら こころのひくを ひかんとぞおもふ
010
君を祝ふ 千世の子日の 例には ひきもらされし 松なかりけり
きみをいはふ ちよのねのひの ためしには ひきもらされし まつなかりけり
011
社頭子日
神山は 松のふた葉も ひくものを 葵のみとも おもひけるかな
かみやまは まつのふたばも ひくものを あふひのみとも おもひけるかな
012
子日若菜
ひきそへし 松の千歳あり 七種の 若菜の數は たらずともよし
ひきそへし まつのちとせあり ななくさの わかなのかずは たらずともよし
013
子日に賀しける人の家にてよめる
この宿は 千世もあかねば 松がねの 巖ながらに ひき移してむ
このやどは ちよもあかねば まつがねの いはほながらに ひきうつしてむ
014
ある年の春、ねのひにもまからでこもりをり
雪ふかき 北白河の 小まつばら たがひくそでに 春をしるらむ
ゆきふかき きたしらかはの こまつばら たがひくそでに はるをしるらむ
015
霞
朝がすみ たなびきこめつ 卷向の 檜原がおくも 春やたつらむ
あさがすみ たなびきこめつ まきむくの ひばらがおくも はるやたつらむ
016
かつらきの(*かづらきの) 山のすがたに うち靡き 立てりともなき 春霞かな
かつらきの やまのすがたに うちなびき たてりともなき はるがすみかな
017
霞遠聳
大比叡や をびえの奧の さゞなみの(*ささなみの) 比良の高ねぞ 霞み初たる
おおびえや をびえのおくの さざなみの ひらのたかねぞ かすみそめたる
018
霞添山氣色
いそのかみ ふるの遠山 ふるとしの 物とも見えず 霞たなびく
いそのかみ ふるのとほやま ふるとしの ものともみえず かすみたなびく
019
野外朝霞
鶯の こゑする野邊に たつものは われとあしたの 霞なりけり
うぐひすの こゑするのべに たつものは われとあしたの かすみなりけり
020
海上霞
あけてこそ 見んと思ひし 筥崎の 浪まにかすむ 松のむらだち
あけてこそ みんとおもひし はこざきの なみまにかすむ まつのむらだち
021
鶯
鶯の なくはつこゑの うれしさに 獨おきつる あさぼらけかな
うぐひすの なくはつこゑの うれしさに ひとりおきつる あさぼらけかな
022
わぎも子が ねくたれ髪を 朝な/\ とくもきてなく 鶯のこゑ
わぎもこが ねくたれがみを あさなあさな とくもきてなく うぐひすのこゑ
023
待鶯
ふしなれし 去年のねぐらの 呉竹は よも鶯の わすれざるらむ
ふしなれし こぞのねぐらの くれたけは よもうぐひすの わすれざるらむ
024
鶯馴
我園に きてなかぬ日は 鶯の あれどもこゑを 聞かぬ日はなし
わがそのに きてなかぬひは うぐひすの あれどもこゑを きかぬひはなし
025
雨中鶯
鶯の なきくらす日の 春雨は つれ/〃\ならぬ ものにざりける
うぐひすの なきくらすひの はるさめは つれづれならぬ ものにざりける
026
野外鶯
野はやがて かきほなれども 朝な/\ たちいでてきく 鶯の聲
のはやがて かきほなれども あさなあさな たちいでてきく うぐひすのこゑ
027
水邊鶯
河上の 淺篠原の 葉ごもりに なくうぐひすや こほりとくらむ
かはかみの あさしのはらの はごもりに なくうぐひすや こほりとくらむ
028
曉鶯
夜をこめて なく鶯は わが宿の 竹のねぐらや ふしうかりけむ
よをこめて なくうぐひすは わがやどの たけのねぐらや ふしうかりけむ
029
毎朝聞鶯
朝な/\ おなじところに きこゆれど あらたまりゆく 鶯の聲
あさなあさな おなじところに きこゆれど あらたまりゆく うぐひすのこゑ
030
夕鶯
鶯の なく山かげぞ くれわたる 霞むところや ねぐらなるらむ
うぐひすの なくやまかげぞ くれわたる かすむところや ねぐらなるらむ
031
關路聞鶯
ふたゝびは 越えじとおもふ 陸奧の いはでのせきに 鶯のなく
ふたたびは こえじとおもふ みちのくの いはでのせきに うぐひすのなく
032
山家鶯
柴の戸の 春のさびしさ 鶯の こゑよりほかの やまびこもなし
しばのとの はるのさびしさ うぐひすの こゑよりほかの やまびこもなし
033
花間鶯
をしみても なくとはすれと(*なくとはすれど) 鶯の こゑのひまより ちる櫻かな
をしみても なくとはすれど うぐひすの こゑのひまより ちるさくらかな
034
名所鶯
根芹つみ たれかきくらん しらとりの(*「飛羽山」を導く枕詞。「とば」に係る。) とばたの原の(*外畑の原の) 鶯のこゑ
ねぜりつみ たれかきくらん しらとりの とばたのはらの うぐひすのこゑ
035
若菜
春日野に 若菜をつめば 我ながら 昔のひとの こゝちこそすれ
かすがのに わかなをつめば われながら むかしのひとの ここちこそすれ
036
踏分けて 人のつむらん けふをこそ 若菜も雪の 下に待ちけれ
ふみわけて ひとのつむらん けふをこそ わかなもゆきの したにまちけれ
037
とし/〃\に 若菜といひて 摘みしかど 積ればこれも 老の數也
としどしに わかなといひて つみしかど つもればこれも おいのかずなり
038
佛光寺御門主の御會始に、若菜知時といふことをよませたまふに
けしきをも 下に知りぬる 春日野の 若菜は春の つまにやあるらむ
けしきをも したにしりぬる かすがのの わかなははるの つまにやあるらむ
039
水邊若菜
河ぎしに もゆる若菜は 柳の 影のみどりと ひとつなりけり
かはぎしに もゆるわかなは あをやぎの かげのみどりと ひとつなりけり
040
田若菜
をとめらが 袖こそにほへ 紅の にふの山田に(*丹生の山田に) 根芹つむとて
をとめらが そでこそにほへ くれなゐの にふのやまだに ねぜりつむとて
041
小山田の 根芹つむこそ 賤の女が うきにおりたつ 初なりけれ
をやまだの ねぜりつむこそ しづのめが うきにおりたつ はじめなりけれ
042
春雪
はる霞 たなびきそめし 高砂の まつのうは葉に あわ雪ぞふる
はるがすみ たなびきそめし たかさごの まつのうはばに あわゆきぞふる
043
山ざとの 梅のほつえに ふる雪の たまらぬ春に なりにける哉
やまざとの うめのほつえに ふるゆきの たまらぬはるに なりにけるかな
044
殘雪
かげろふの もゆる春日に 殘りけり きえぬばかりの 峯の白雪
かげろふの もゆるはるびに のこりけり きえぬばかりの みねのしらゆき
045
足曳の 山すがのねに むすぼほれ とけがてにする 去年の雪哉
あしひきの やますがのねに むすぼほれ とけがてにする こぞのゆきかな
046
餘寒
梅が枝に 春となきつる 鶯の ゆくへもしらず ゆきはふりつゝ
うめがえに はるとなきつる うぐひすの ゆくへもしらず ゆきはふりつつ
047
梅
かた岡の 梅の盛に なりしより あしたの原は にほひなりけり
かたをかの うめのさかりに なりしより あしたのはらは にほひなりけり
048
たが宿の 梅の立枝に ふれつらん 今朝ふく風ぞ 香に匂ひける
たがやどの うめのたちえに ふれつらん けさふくかぜぞ かににほひける
049
梅度年香
年のうちに さきつる梅の 初花も けさより匂ふ 心地こそすれ
としのうちに さきつるうめの はつはなも けさよりにほふ ここちこそすれ
050
毎年愛梅
岡のべに 家居せしより 梅の花 をりてかざさぬ 春なかりけり
をかのべに いへゐせしより うめのはな をりてかざさぬ はるなかりけり
051
月前梅
闇よりも あやなき物は 梅の花 見る/\月に まがふなりけり
やみよりも あやなきものは うめのはな みるみるつきに まがふなりけり
052
清月上梅花
いかなれば 匂へる梅の 花の上に いでたる月の 霞まざるらむ
いかなれば にほへるうめの はなのうへに いでたるつきの かすまざるらむ
053
暗夜梅
目に見えぬ 梅の匂は 春の夜の 闇こそいとゞ さやけかりけれ
めにみえぬ うめのにほひは はるのよの やみこそいとど さやけかりけれ
054
梅が香の にほはざりせば ぬば玉の 闇の春をば 誰かしらまし
うめがかの にほはざりせば ぬばたまの やみのはるをば たれかしらまし
055
山家梅花
嵐のみ ふくとわびつる 山里は 梅のにほひに なりにけるかな
あらしのみ ふくとわびつる やまざとは うめのにほひに なりにけるかな
056
雪と見て 人や來ざらむ 山里の 垣根のうめは いまさかりなり
ゆきとみて ひとやこざらむ やまざとの かきねのうめは いまさかりなり
057
梅香留袖
心のみ ゆきて折りつる 梅の花 あやしくそでの にほひける哉
こころのみ ゆきてをりつる うめのはな あやしくそでの にほひけるかな
058
柳
うちはへし 柳の糸は すがのねの 永き春日に あはせてぞよる
うちはへし やなぎのいとは すがのねの ながきはるびに あはせてぞよる
059
柳露
柳の いとふきみだす 春風の たえまを露は むすぶなりけり
あをやぎの いとふきみだす はるかぜの たえまをつゆは むすぶなりけり
060
うちなびく 柳の糸の ながければ 結びあまりて 露やおつらむ
うちなびく やなぎのいとの ながければ むすびあまりて つゆやおつらむ
061
夕柳
今日もまた 靡き/\て 永き日の 夕べにかゝる やぎのいと
けふもまた なびきなびきて ながきひの ゆふべにかかる あをやぎのいと
062
故郷柳
かへりきて とけども解けず 成にけり 結び置きつる 柳の糸
かへりきて とけどもとけず なりにけり むすびおきつる あをやぎのいと
063
水郷柳
三島江の たまえの里の(*玉江の里の) 河柳 いろこそまされ のぼりくだりに
みしまえの たまえのさとの かはやなぎ いろこそまされ のぼりくだりに
064
遠村柳
山もとに たてる煙も 柳の なびくかたにと なびくはるかな
やまもとに たてるけぶりも あをやぎの なびくかたにと なびくはるかな
065
春草短
道のべに 駒のふみしく からなづな(*唐薺=美しい薺) 下にや春を もえ渡るらむ
みちのべに こまのふみしく からなづな したにやはるを もえわたるらむ
066
早蕨
春日野の 若むらさきの 初蕨 たがゆかりより もえいでにけむ
かすがのの わかむらさきの はつわらび たがゆかりより もえいでにけむ
067
早蕨未遍
み吉野の みすゞがしたは(*み篶=真菰〔まこも〕・篠竹〔すすだけ〕) 風さえて まだもえいでず 春のさ蕨
みよしのの みすずがしたは かぜさえて まだもえいでず はるのさわらび
068
春月
春の夜を 朧月夜と いふことは 霞のたてる 名にこそありけれ
はるのよを おぼろづくよと いふことは かすみのたてる なにこそありけれ
069
ながめても 思はぬ誰か 春の夜の 霞をつきに ゆるしそめけむ
ながめても おもはぬたれか はるのよの かすみをつきに ゆるしそめけむ
070
春月朧
おぼつかな おぼろ/\と 吾妹子が 垣根も見えぬ 春の夜の月
おぼつかな おぼろおぼろと わぎもこが かきねもみえぬ はるのよのつき
071
春曉月
鶯の あかつきおきの 初聲に いまはとしらむ はるの夜のつき
うぐひすの あかつきおきの はつこゑに いまはとしらむ はるのよのつき
072
春夕月
あまりにも 春の日影の 長ければ 暮るゝもまたで 月は出にけり
あまりにも はるのひかげの ながければ くるるもまたで つきはいでにけり
073
山家春月
世中の 春にはもれし 山里の つきのひかりも かすむころかな
よのなかの はるにはもれし やまざとの つきのひかりも かすむころかな
074
柴の戸に なきくらしたる 鶯の はなのねぐらも 月やさすらむ
しばのとに なきくらしたる うぐひすの はなのねぐらも つきやさすらむ
075
題しらず
旅にして 誰にかたらむ とほつあふみ いなさ細江の(*引佐細江の) はるの曙
たびにして たれにかたらむ とほつあふみ いなさほそえの はるのあけぼの
076
伊勢の海の 千尋たくなは 永き日も 暮れてぞかへる 蜑の釣舟
いせのうみの ちひろたくなは ながきひも くれてぞかへる あまのつりぶね
077
歸雁
はる/〃\と 霞める空を うちむれて 昨日もけふも 歸る雁がね
はるばると かすめるそらを うちむれて きのふもけふも かへるかりがね
078
花をこそ まちわたりつれ 雁がねの 歸る空にも なりにける哉
はなをこそ まちわたりつれ かりがねの かへるそらにも なりにけるかな
079
草枕 たびをつねなる 雁すらも かへる空には ねをぞなきける
くさまくら たびをつねなる かりすらも かへるそらには ねをぞなきける
080
深夜歸雁
春の夜の 朧月夜に ねざめして たへずやかりの 思ひたつらむ
はるのよの おぼろづくよに ねざめして たへずやかりの おもひたつらむ
081
歸雁少
花により たま/\殘る 雁がねも 今はとこそは 思ひたつらめ
はなにより たまたまのこる かりがねも いまはとこそは おもひたつらめ
082
旅にありける年の春、雁のこゑを聞きてよめる
なきかはし 歸るをきけば 雁がねの 數に列なる 心地こそすれ
なきかはし かへるをきけば かりがねの かずにつらなる ここちこそすれ
083
鈴菜さきたる野に畑うつ賤のうちさして、あがる雲雀をあふぎ見たる處のかた(*像)
おもしろく 囀づる春の 夕雲雀 みをばこゝろに 任せはてつゝ
おもしろく さへづるはるの ゆふひばり みをばこころに まかせはてつつ
084
題しらず
雲雀あがる 野邊にきゞすも 聲たてつ 子故になかぬ 物なかりけり
ひばりあがる のべにきぎすも こゑたてつ こゆゑになかぬ ものなかりけり
085
世中へ よぶ人おほし 呼子鳥 なくなるやまは のどけきものを
よのなかへ よぶひとおほし よぶこどり なくなるやまは のどけきものを
086
前の右のおほいまうち君、ひんがし山の花御覽じけるついで我岡崎にたち入らせ給ひし又の日のつどひに、山家春といふことをよめる
山ざとは 春ぞうれしき 百敷の おほみや人も おとづれにけり
やまざとは はるぞうれしき ももしきの おほみやびとも おとづれにけり
087
櫻
ことしもや 又中空に あくがれむ さけりと見ゆる やま櫻かな
ことしもや またなかぞらに あくがれむ さけりとみゆる やまざくらかな
088
大空の よそにおもひし 白雲に このごろまがふ 山ざくらかな
おほぞらの よそにおもひし しらくもに このごろまがふ やまざくらかな
089
みよしのゝ 根が嶺の 白くもは まがひもあへぬ 櫻なりけり
みよしのの あをねがみねの しらくもは まがひもあへぬ さくらなりけり
090
林中櫻
つね見れば くぬぎまじりの 柞原 はるはさくらの 林なりけり
つねみれば くぬぎまじりの ははそはら はるはさくらの はやしなりけり
091
田家櫻
賤の男が かへす垣根の 小山田に まけるがごとく 散る櫻かな
しづのをが かへすかきねの をやまだに まけるがごとく ちるさくらかな
092
山花未開
うちはへて 霞みわたれる 昨日けふ さかぬもをしき 山櫻かな
うちはへて かすみわたれる きのふけふ さかぬもをしき やまざくらかな
093
尋山花
尋ねばや み山櫻は とし/〃\の 我をまちても さかむとすらむ
たづねばや みやまざくらは としどしの われをまちても さかむとすらむ
094
尋花處不定
大かたの 花のさかりを 心あてに そこともいはず 出しけふ哉
おほかたの はなのさかりを こころあてに そこともいはず いでしけふかな
095
霞隔花
さやかにも 見るべきものを 春霞 たなびく時に 花のさくらむ(*原因推量。次の歌も同じ。)
さやかにも みるべきものを はるがすみ たなびくときに はなのさくらむ
096
花似雲
風ふけば みだるゝまでを 山櫻 なにぞは雲に まがひそめけむ
かぜふけば みだるるまでを やまざくら なにぞはくもに まがひそめけむ
097
曙山花
ほの/〃\と 棚びきあくる 雲の上に あらはれそむる 山櫻かな
ほのぼのと たなびきあくる くものうへに あらはれそむる やまざくらかな
098
遠村花
うちわたす 遠山もとの 垣根まで おりゐるくもは 櫻なりけり
うちわたす とほやまもとの かきねまで おりゐるくもは さくらなりけり
099
故郷花
共に見し 人も今はなし ふる里の 花のさかりに 誰をさそはむ
ともにみし ひともいまはなし ふるさとの はなのさかりに たれをさそはむ
100
故園花自發
いにしへは 大宮人に またれても さきけむものか 志賀の花園
いにしへは おほみやびとに またれても さきけむものか しがのはなぞの
101
關花
逢坂の せきの杉むら しげけれど 木間よりちる 山ざくらかな
あふさかの せきのすぎむら しげけれど このまよりちる やまざくらかな
102
社頭花
ちらずとも 幣ならましを 神垣の みむろの花に 山かぜぞふく
ちらずとも ぬさならましを かみがきの みむろのはなに やまかぜぞふく
103
河上花
大井川 かへらぬ水に かげ見えて ことしもさける 山ざくら哉
おほゐがは かへらぬみづに かげみえて ことしもさける やまざくらかな
104
花交松
のどかなる 嵐の山を 見わたせば 花こそ松の さかりなりけれ
のどかなる あらしのやまを みわたせば はなこそまつの さかりなりけれ
105
花有開落
とふ人も なき山かげの 櫻花 ひとりさきてや ひとり散るらむ
とふひとも なきやまかげの さくらばな ひとりさきてや ひとりちるらむ
106
落花
みな人の 心にあかぬ さくら花 ちるよりこそは 恨みそめつれ
みなひとの こころにあかぬ さくらばな ちるよりこそは うらみそめつれ
107
夕落花
梢ふく 風もゆふべは のどかにて かぞふるばかり 散る櫻かな
こずえふく かぜもゆふべは のどかにて かぞふるばかり ちるさくらかな
108
落花浮水
終にかく さそふは水の 心とも しらでや花の うつりそめけむ
つひにかく さそふはみづの こころとも しらでやはなの うつりそめけむ
109
池上落花
池水の そこにうつろふ 影の上に ちりてかさなる 山ざくら哉
いけみづの そこにうつろふ かげのうへに ちりてかさなる やまざくらかな
110
花落客稀
花ちれば ふたゝびとはぬ 世の人を 心ありとも 思ひけるかな
はなちれば ふたたびとはぬ よのひとを こころありとも おもひけるかな
111
暮春落花
限あれば とまらぬ春の 大空に ゆくへは見えて ちるさくら哉
かぎりあれば とまらぬはるの おほぞらに ゆくへはみえて ちるさくらかな
112
萎花蝶飛去
この里は 花ちりたりと 飛ぶ蝶の 急ぐかたにも 風やふくらむ
このさとは はなちりたりと とぶてふの いそぐかたにも かぜやふくらむ
113
殘花少
ひとさかり ありての後の 世中に 殘るは花も すくなかりけり
ひとさかり ありてののちの よのなかに のこるははなも すくなかりけり
114
人の賀に、花有喜色といふことを
誰もみな うれしき色は 見ゆれども ゑみほころべる 花櫻かな
たれもみな うれしきいろは みゆれども ゑみほころべる はなざくらかな
115
志賀山越
逢坂の ゆきかひまれに なりぬらむ 志賀山櫻 はなさきにけり
あふさかの ゆきかひまれに なりぬらむ しがやまざくら はなさきにけり
116
江山春興多
おほゐ河 入江の松に ふる雪は あらしの山の さくらなりけり
おほゐがは いりえのまつに ふるゆきは あらしのやまの さくらなりけり
117
嵐山の花見にまかりけるときよめる
龜山は あらしの櫻 いくそたび さきてちる世の 春を見つらむ
かめやまは あらしのさくら いくそたび さきてちるよの はるをみつらむ
118
大井川 早Pをくだす 筏士も のどかに見ゆる はなのかげかな
おほゐがは はやせをくだす いかだしも のどかにみゆる はなのかげかな
119
麓に宿りて
おほゐ川 ちる花までは 見せぬこそ 朧月夜の なさけなりけれ
おほゐがは ちるはなまでは みせぬこそ おぼろづくよの なさけなりけれ
120
また雨のふりける日に
あらし山 おつるも花の 雫にて 雨さへをしき こゝちこそすれ
あらしやま おつるもはなの しづくにて あめさへをしき ここちこそすれ
121
清水寺の夜の花見にまかりてよめる
いにしへの 花のかげさへ 見ゆる哉 車やどりの 春の夜のつき
いにしへの はなのかげさへ みゆるかな くるまやどりの はるのよのつき
122
てる月の かげにて見れば 山櫻 枝うごくなり いまかちるらむ
てるつきの かげにてみれば やまざくら えだうごくなり いまかちるらむ
123
遲日
傳へきく 遠山人の 洞の内も かくこそあるらし 今日の日永さ
つたへきく とほやまびとの ほらのうちも かくこそあるらし けふのひながさ
124
大空の おなじところに 霞みつゝ ゆくとも見えぬ 春の日の影
おほぞらの おなじところに かすみつつ ゆくともみえぬ はるのひのかげ
125
題しらず
空にのみ あくがれはてゝ かげろふの ありともなしに 暮す春哉
そらにのみ あくがれはてて かげろふの ありともなしに くらすはるかな
126
燕來
かたらはん 友にもあらぬ 燕すら 遠くきたるは 嬉しかりけり
かたらはん ともにもあらぬ つばめすら とほくきたるは うれしかりけり
127
苗代
小山田の 苗代水は そこすみて ひくしめ繩の かげもみえつゝ
をやまだの なはしろみづは そこすみて ひくしめなはの かげもみえつつ
128
雨後苗代
春雨の 日ごろふりつる 小山田の 苗代みづは けふもにごれり
はるさめの ひごろふりつる をやまだの なはしろみづは けふもにごれり
129
款冬(*原文「疑の扁に欠」)
山城の 井手の玉水 くみにきて かげまで見つる 山ぶきのはな
やましろの いでのたまみづ くみにきて かげまでみつる やまぶきのはな
130
岩がねに 浪をよきても さきにけり 吉野の瀧の やまぶきの花
いはがねに なみをよきても さきにけり よしののたきの やまぶきのはな
131
河款冬
筏おろす 清瀧川の たぎつPに ちりてながるゝ 山ぶきのはな
いかだおろす きよたきがはの たぎつせに ちりてながるる やまぶきのはな
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雨夜思藤花
夜もすがら 松の雫の ひまもなし うつりやすらむ 藤なみの花
よもすがら まつのしづくの ひまもなし うつりやすらむ ふぢなみのはな
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暮春
花はちりて 春もかへるの 力なき 聲のみのこる 夕まぐれかな
はなはちりて はるもかへるの ちからなき こゑのみのこる ゆふまぐれかな
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賀茂川のほとりにすみけるころ、河暮春といふこゝろをよめる
年々に ながるゝ春を 河なみの かへる/\と おもひけるかな
としどしに ながるるはるを かはなみの かへるかへると おもひけるかな
夏歌
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