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今物語

群書類從 卷第482 雜部37
(第27輯 1931.4.1 續群書類從完成會)

〔〕底本註、(*)入力者註
※ 仮名遣い・句読点・送り仮名を適宜改めた。会話・心内表現には「」を付けた。
  段落区切りは、三木紀人 訳注『今物語』(〈講談社学術文庫〉1348 1998.10.10)を参考にしたが、段落名は任意につけた。
※ 以下のタグを参照のために加えている。名前は固有名詞を中心とし、註釈部分についても施した。
  タグを外すには untag.exe 等を使い、その後 sed 等で註釈を外すことができる。
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  1 ゆかしき女房

今物語

前左京權大夫信實朝臣


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1 ゆかしき女房

大納言なりける人、内へまゐりて、女房あまたものがたりしける所にやすらひければ、此人のあふぎを手ごとにとりてみけるに、弁のすがたしたりける人をかきたりけるを見て、此女房ども、「なくねをそへそのべの松むし」とくちぐちにひとりごちあへるを、此人聞きて「をかし。」とおもひたるに、「奧のかたよりたゞ今人の來たるなめり。」とおぼゆるに、「是はいかに。『なくねなそへそ。』とおぼゆるは。」としたりがほにいふをとのするを、この今きたる人、しばしためらひて、いと人にくゝいふなる(*いうなる?)けしきにて、「源氏のしたがさねのしりはみじかゝるべきかは。」とばかりしのびやかにこたふるを、このをとこあはれにこゝろにくゝおぼえて、「ぬしゆかしきものかな。誰ならん。」とうちつけにうきたちけり。とふべくもおぼえざりければ、後にえさらぬ人に尋ねければ、「近衞院御母。ひが事、かうのとのの御つぼね。」とさゝやきければ、いでやことはりなるべし。そののちはたぐひなきものおもひになりにけり。

榊〕(*源氏物語・賢木)大方の秋の別もかなしきになくねなそへそのべの松虫


薩摩守忠度といふ人ありき。ある宮ばらの女房に物申さんとて、つぼねのうへざまにてためらひけるが、ことのほかに夜ふけにければ、扇をはら\/とつかひならしてきゝしらせければ、此局の心しりの女房、野もせにすだくむしのねやとながめけるをきゝて、あふぎをつかひやみにけり。人しづまりて出あひたりけるに、この女房、あふぎをばなどやつかひ給はざりつるぞといひければ、いさかしがましとかやきこえつればといひたりける、やさしかりけり。

かしがまし野もせにすだく虫のねよ我だに物はいはで社(*こそ)思へ

或殿上人、さるべき所へ參りたりけるに、をりしも雪降りて月おぼろなりけるに、中門のいたにさぶらひて、寢殿なる女房にあひしらひけるが、此おぼろ月はいかゞし候べきといひたりければ、女房、返事はなくて、とりあへず、うちよりたゝみをおしいだしたりける心ばやさ、いみじかりけり。

〔新古〕照りもせず曇りもはてぬ春のよの朧月夜にしくものぞなき

ある殿上人、ふるき宮ばらへ夜ふくる程に參りて、北のたいのめむだう〔馬道〕にたゝずみけるに、局におるゝ人の氣色あまたしければ、ひきかくれてのぞきけるに、御局のやり水に螢のおほくすだきけるを見て、さきにたちたる女房の、螢火みだれとびてとうちながめたるに、つぎなる人、夕殿に螢とんでとくちずさむ。しりにたちたる人、かくれぬものは夏むしのはなやかにひとりごちたり。とり\〃/にやさしくおもしろくて、此男何となくふしなからんもほいなくて、ねずなきをしいでたりける。さきなる女房、ものおそろしや。螢にも聲のありけるよ。とて、つや\/さはぎたるけしきなく、うちしづまりたりける。あまりに色ふかくかなしくおぼえけるに、今ひとり、なく虫よりもとこそととりなしたりけり。是もおもひ入りたるほどおくゆかしくて、すべてとりどりにやさしかりける。

      後拾おもひにもゆる〔首卷〕
音もせでみさをにもゆる螢こそ鳴虫よりも哀れなりけれ
螢火亂飛秋已近。辰星早沒夜初長。夕殿螢飛思悄然。
〔後撰〕つゝめども隱れぬ物は夏虫の身より餘れる思ひ成けり

近き御代に五節の比、ゆかりにふれてたれとかやの御局へ或女のやんごとなき、忍びて參りたりける事ありけるをちときこしめして、いかで御覽ぜんと思しけるまゝに、俄におしいらせ玉ひけり。とりあへずともし火を人のけちたりければ、御ふところよりくしをいくらも取いでて火びつの火にうちいれ給ひたりければ、おくまで見えてよく\/御らんじけり。御心のふぜい興ありて、いとやさしかりけり。此比のこととかや、ある田舎人いうなる女をかたらひて都に住みわたりけるが、とみの事有りて田舍へくだりなんとしける。その夜となりて、此女れいならずうちしめりてうしろむきてねたりけるを、男いたう恨みてけり。いつまでかかくもいとはれまゐらせむ。たゞ今ばかりむき給ひてあれかしといひけるに、この女、

今更に背くにはあらず君無くて有りぬべきかと習ふ計りぞ

といひたりければ、男めでまどひて、田舍くだりとまりにけるとかや。いとやさしくこそ。

大納言なりける人日比心をつくされける女房のもとにおはして物語などせられけるが、世に思ふやうならであけゆく空も猶心もとなかりければ、あからさまのやうにて立ち出でて、隨身に心を合せて、今しばしありて、まことや今宵は内裏の番にて候ものを、もしおぼしめしわすれてやとおとなへと教へてうちへ入りぬ。その侭にしばしありて、こちなげ〔無骨〕に隨身いさめ申しければ、さることあり。今夜はげに心おくれしにけりとて、とりあへずいそぎ出でんとせられけるけしきを見て、この女房心得て、やがていとうらめしげなるに、をりふし雨のはらはらとふりたりければ、


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