薩摩守忠度といふ人ありき。ある宮ばらの女房に物申さんとて、つぼねのうへざまにてためらひけるが、ことのほかに夜ふけにければ、扇をはら\/とつかひならしてきゝしらせければ、此局の心しりの女房、野もせにすだくむしのねやとながめけるをきゝて、あふぎをつかひやみにけり。人しづまりて出あひたりけるに、この女房、あふぎをばなどやつかひ給はざりつるぞといひければ、いさかしがましとかやきこえつればといひたりける、やさしかりけり。
或殿上人、さるべき所へ參りたりけるに、をりしも雪降りて月おぼろなりけるに、中門のいたにさぶらひて、寢殿なる女房にあひしらひけるが、此おぼろ月はいかゞし候べきといひたりければ、女房、返事はなくて、とりあへず、うちよりたゝみをおしいだしたりける心ばやさ、いみじかりけり。
ある殿上人、ふるき宮ばらへ夜ふくる程に參りて、北のたいのめむだう〔馬道〕にたゝずみけるに、局におるゝ人の氣色あまたしければ、ひきかくれてのぞきけるに、御局のやり水に螢のおほくすだきけるを見て、さきにたちたる女房の、螢火みだれとびてとうちながめたるに、つぎなる人、夕殿に螢とんでとくちずさむ。しりにたちたる人、かくれぬものは夏むしのはなやかにひとりごちたり。とり\〃/にやさしくおもしろくて、此男何となくふしなからんもほいなくて、ねずなきをしいでたりける。さきなる女房、ものおそろしや。螢にも聲のありけるよ。とて、つや\/さはぎたるけしきなく、うちしづまりたりける。あまりに色ふかくかなしくおぼえけるに、今ひとり、なく虫よりもとこそととりなしたりけり。是もおもひ入りたるほどおくゆかしくて、すべてとりどりにやさしかりける。
近き御代に五節の比、ゆかりにふれてたれとかやの御局へ或女のやんごとなき、忍びて參りたりける事ありけるをちときこしめして、いかで御覽ぜんと思しけるまゝに、俄におしいらせ玉ひけり。とりあへずともし火を人のけちたりければ、御ふところよりくしをいくらも取いでて火びつの火にうちいれ給ひたりければ、おくまで見えてよく\/御らんじけり。御心のふぜい興ありて、いとやさしかりけり。此比のこととかや、ある田舎人いうなる女をかたらひて都に住みわたりけるが、とみの事有りて田舍へくだりなんとしける。その夜となりて、此女れいならずうちしめりてうしろむきてねたりけるを、男いたう恨みてけり。いつまでかかくもいとはれまゐらせむ。たゞ今ばかりむき給ひてあれかしといひけるに、この女、
といひたりければ、男めでまどひて、田舍くだりとまりにけるとかや。いとやさしくこそ。
大納言なりける人日比心をつくされける女房のもとにおはして物語などせられけるが、世に思ふやうならであけゆく空も猶心もとなかりければ、あからさまのやうにて立ち出でて、隨身に心を合せて、今しばしありて、まことや今宵は内裏の番にて候ものを、もしおぼしめしわすれてやとおとなへと教へてうちへ入りぬ。その侭にしばしありて、こちなげ〔無骨〕に隨身いさめ申しければ、さることあり。今夜はげに心おくれしにけりとて、とりあへずいそぎ出でんとせられけるけしきを見て、この女房心得て、やがていとうらめしげなるに、をりふし雨のはらはらとふりたりければ、