越部禪尼消息
藤原俊成女
群書類從 卷第143 消息部6
(第9輯 1928.12.30 續群書類從完成會)
〔 〕底本註、〔 イ〕異本、(* )入力者註
○ 勅撰集名を太字にした。
○ 仮名遣い・句読点を適宜改め、段落に分けて章題を任意に付した。
○ 以下のタグを参照のために加えている。ルビは IE5 で表示できる。
<ruby>語句<rt>よみ</rt></ruby>
<year value="西暦">年号</year>
<name ref="通行表記">人名</name>
<work title="通行表記">作品名</work>
まづいそがれ候ける。御こゝろざしあらはれ候て、集(*続後撰集)たまはりて候事、かへす\〃/うれしう、よろこび見候て、いたづらごととおぼえ候つる、ながきためしのいのちも、三たびまで(*代々の撰集を)み候ぬる。歌にとりては、あえもの(*肖物)の方にめでたく候けると覺候。
さて、此御撰集のことがらは、たゞありのまゝに、おそれをはゞからで、詞をまぜかざる事候はず候。申候はゞ、目のおよび候にとりては第一とこそおぼえ候へ。
そのゆゑは、三代集はことたかく(*名声嘖々の意か。)世もあがり、むかしもとほくへだたり候て、詞のおよぶことにさぶらふまじければ、さしおき候ぬ。そののち後拾遺は、よき歌あまりこぼれて候ける世なれば、撰たてられたるやうげすしく(*「下衆し」=撰者の恣意で相対的に品位を下げる意か。後に「上臈し」の用例あり。)候。金葉・詞花、きやうきやうなるやうに候。千載、おちしづまり、まことに勅撰がらはめでたく候。序なども候得ど、何とやらむ大やうに覺候。歌もいたうとゝのひたるらむともおぼえ候はず候。
新古今、又春の花・秋の紅葉をひとつにこきまぜて、鳳池の秋月・梁苑の雪の夜とかやうたひし心地して、(*後鳥羽院の)御手づからなる詞づかひまでめづらしく、けだかう、おもしろく、京極殿(*藤原良経)のかむな序など、心詞及がたくさぶらふほどよりは、みだれたる所も候やうに候。
新勅撰は、かくれごと候はず候(*「定評がある」の意か)。中納言入道殿(*藤原定家)ならぬ人のして候はゞ、とりてみたくだにさぶらはざりしものにて候。さばかりめでたく候御所たちの一人もいらせおはしまさず、そのこととなき院ばかり御製とて候事、めもくれたる(*目もくらむような、情けない)こゝ地こそし候しか。歌よく候らめど、御つま點(*秀れた和歌につける爪印)あはれたるはいださむとおぼしめしけるとて、入道殿のえり出させ給歌七十首とかや聞え候。「かたはらいたや。」とうちおぼえ候き。
(*藤原為家は)皇太后宮大夫俊成卿の孫にて、定家の子にて、えり出され給たる(*続後撰集の)歌のめでたき次第、書まじへられてさぶらふ樣、その世もしらぬふる人の時々うちまじりてさぶらふまくばりおき所(*分けて配置した所)、おどろかるゝけもなくめだし(*「愛だし」か)。あまる所なく、たらぬ方なく、左へもかたぶかず、右へもたはまず。姿うつくしき女房のつま袖かさなり、から衣のすがた、裳のすそまで、鬢・ひたひがみのかゝり、すそのそぎめ(*削いだ形に見えるところ)うつくしう、裳のこしひかれたるまで「あな、うつくしや。」と覺えたるを、南殿のさくら盛にたてなめてみるこゝちし候て。歌も上臈しくも、けだかくも、なつかしう、たをやかに、かけたるかたなく覺え候。本より「詞の花の色・匂こそ父(*藤原定家)にはすこし劣ておはしませど、歌の魂は勝りておはします。」と申候つること顯(*あらはれ)て、撰じ出させ給て候勅撰、いのちいきてみえぬる、返々うれしく候。天暦四年とかや(*村上天皇が後撰集のために和歌所を設置したのは天暦5年〈951〉)、後撰の後にて、序の候はぬもよく候。いかなれば、序にこそかたはらいたきことどもいでき候へば、それに又、「後鳥羽院の御孫、土御門院の御子にてわたらせおはします院(*後嵯峨院)の御覽じさだめられ候。」と承候へば、ちやわんのものにるりをかけて候やうに、きよく、うつくしう、かたじけなく、あふぎて信もおこり(*ぬべく)おぼえて候。
歌のことどもも申たく候事おほく候にこそ、見參もしたく候へ。
よのつねはまたれし人も此春や軒ばの梅のかこたれもせん
色々にさき候へど、にくい氣して「うときも人は」など、おりても申候ぬ。
かやうにそゞろごといくらも\/申たく候。そらもおそろしく〔天地四方の耳もおそろしく(扶桑)〕、つつましく覺候へども、おもひ候こと、かたはしかきちらして候。よみとかれぬものにことよせて、とく\/煙にまぜさせおはします(*「おはしませ」か)。いのち候て、かゝる御ことをみきゝまゐらせ候ぬる、かつ\〃/阿彌陀佛の御むかへのちかづき候とたのもしく候。
雲の色のうすむらさきにひかりさす西のむかへの追風や吹
秋風にみだれし露にぬれわかできえなましかばと思ふさへこそ
あさましく候。いまは思ひおかるゝうらみ(*固執する思い)も候はず。我君の御代を見まゐらせ候ぬれば。
空清くあふぎし月日そのまゝにくもらざりけるかげの〔ぞイ〕うれしき
又々びんごとに申まゐらせ(*ママ)べく候。のこりおほく候。
奥書
此文者、續後撰之時、越部禪尼〔俊成卿女〕消息。先年書置之處、爲2權家1被2借失1之間、誂2或仁1令2書寫1訖。
觀應二年九月九日 頓阿
右以扶桑拾葉集校合畢。
(*了)
【本文の仮名遣いの例】 をそれ(恐れ)、をよぶ(及ぶ)、ゆへ(故)、とをし(遠し)、さしをく(差し置く)、をこる(起こる)
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