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傘松道詠集

伝・道元 (鷲尾順敬・大久保道舟 校註)
(鷲尾順敬 編『國文 東方佛教叢書・歌頌部』 東方書院 1925.12.20、再版 1927.3.10
※ 歌に通し番号を施した。句ごとに分け、濁点を施した。〔原注〕(*入力者注)
 対校)は、大久保道舟 譯註「傘松道詠」(『道元禪師語録』
 岩波文庫 1940.2.3)と語句の相違している個所を注記したもの。


傘松道詠集解題
傘松道詠集は、永平寺開山道元禪師の詠歌を輯録したるものなりと云ふ。傘松は越前大佛寺の山號にして大佛寺後に永平寺となるなり。
越前寳慶寺八世喜舜が、應永二十七年道元禪師の詠歌若干首を輯録したること建撕記訂補(*『建撕記けんぜいき』は、応仁2年〈1468〉頃、永平寺14世建撕の著した道元伝。宝暦4年〈1754〉面山瑞方が校訂増補〈『訂補建撕記』〉。)に見ゆ。然れども今本書はその後の輯録にかゝり、後人の假托にかゝるものを■(手偏+纔の旁:さん::大漢和12991)入(*竄入)するかとも思はる。(*依拠本未詳)
道元禪師の和歌は新後拾遺集雜部に「山の端の」一首(*No.55の歌を参照。)を收め、藤葉集(*1344-1345頃、小倉実教が編纂した私家集)戀部に「にほの海や矢橋のおきの渡舟おしても人におふみならばや」の一首を載す。然るに藤葉集戀部に載するものは本書に輯録せず。
本書には、元祿年中伊勢崇福寺彌橋の校讎本あり。面山傘松道詠字考一卷、傘松道詠聞解一卷、覺嚴(*備前国円通寺)傘松道詠略解一卷(*2巻とも。1902年、名古屋の其中堂により刊行。)等あり。
(*原著校訂者による解題)


 01
寛元三年(*1245年)九月二十五日初雪の一尺ばかり降ける時
ながつきの 紅葉の上に ゆきふりぬ 見る人たれか ことの葉のなき
 02
寳治元年(*1247年)相州鎌倉にいまして最明寺道崇禪門〔最明寺道崇禪門は北條時頼の道號〕の請によりて詠み給うける歌 「詠み給うける歌」を「題詠」とする。)十首
  教外別傳
あら磯の なみもえよせぬ 高岩に かきもつくべき のりならばこそ
 03
不立文字〔不立文字・教外別傳は禪宗の宗義を簡明に示した語。傳法正宗記に見ゆ。〕
いひすてし そのことの葉の 外なれば ふでにもあとを とゞめざりけり
 04
正法眼藏〔正法眼藏・涅槃妙心は大梵天王問佛決疑經の文。〕
波もひき かぜもつながぬ すてをぶね 月こそ夜半の さかりなりけれ
 05
涅槃妙心
いつもたゞ 我ふるさとの 花なれば いろもかはらず 過しはるかな
 06
本來面目
はるは花 なつほとゝぎす あきはつき 冬ゆきさえて 冷しかりけり(*涼しかりけり)
 07
即心即佛〔即心云々は寳誌の大乘讃に見ゆ。〕
かもめとも をし(*鴛鴦)ともいまだ みえわかず 「おし鳥やかもめともまた見へ(*ママ)わかぬ」) 立るなみまに うき沈むかな
 08
應無所住而生其心〔應無云々は金剛般若波羅密經の文。〕
水鳥の ゆくもかへるも あとたえて されどもみちは わすれざりけり
 09
父母所生身即證大覺位
たづね入る みやまのおくの さとぞもと 我住みなれし みやこなりける
 10
盡十方界眞實人體
世中に まことのひとや なかるらむ かぎりも見えぬ 大空のいろ
 11
靈雲見桃花〔靈雲云々は靈雲志勤和尚が桃花を見て悟りたる因縁。〕
はるかぜに ほころびにけり もゝの花 枝葉にのこる うたがひもなし
 12
鏡清雨滴聲〔鏡清云々は鏡清和尚と或僧との問答にして碧巖集に見ゆ。〕 「二首」と注する。)
きくまゝに またこゝろなき 身にしあれば おのれなりけり 軒のたまみず(*たまみづ〈玉水〉)
 13
 
聲づから(*自分で自分の声が) 耳にきこゆる ときしれば 我がともならん かたらひぞなき
 14
牛過窓■(木偏+靈:れい::大漢和15985)〔牛過云々は無門關第三十八則の公案。〕 窓櫺)
世中は まどよりいづる うしの尾の 引ぬにとまる こゝろばかりぞ
 15
夢中説夢
本來も 本末もとすゑも) みないつはりの つくも髪(*老女の白髪。「いつはり(嘘)をつく」と「九十九髪」とを掛ける。) おもひみだるゝ ゆめをこそとけ
 16
十二時中不虚過 「虚」を「空」とする。また「三首」と注する。)
過來つる 四十あまりは おほぞらの うさぎからす〔うさぎ・からすは月日のこと〕(*金烏・月兎) 道にぞありける
 17
 
たれとても 日影のこま(*未詳。白駒過隙と日影とを重ねたものか。) 嫌はぬを(*差別せずに照らす意か。) のりのみちうる 人ぞすくなき
 18
 
人しらず 人しれず) めでしこゝろは 世中の たゞやまがつの あきのゆうぐれ ゆふぐれ)(*三夕歌の西行歌を踏まえるか。)
 19
坐禪
守るとも おもはずながら 小やまだの いたづらならぬ かゞしなりけり
 20
 
いたゞきに 鵲の巣や つくるらん 眉にかゝれる さゝがに(*蜘蛛)のいと
 21
 
にごりなき こゝろの水に すむ月は 波もくだけて ひかりとぞなる
 22
 
このこゝろ 天津空にも はなそなふ 三世のほとけに たてまつらばや
 23
禮拜
冬草も 見えぬゆきのゝ しらさぎは おのがすがたに 身をかくしけり
 24
佛教
あなたふと あらたふと) 七のほとけの 古言を まなぶに六の みちを越えけり
 25
 
うれしくも 釋迦のみのりに あふひぐさ(*「御法に逢ふ」と「葵草」とを掛ける。) かけても(*「葵草を懸く」と「決して」の意を掛けるか。)外の 道をふまめや
 26
詠法華經 「五首」と注する。)
夜もすがら 終日になす のりのみち みなこの經の こゑとこゝろと
 27
 
たにのひゞき 嶺に鳴くましら(*猿猴) たえ\〃/に たゞこの經を とくとこそきけ
 28
 
此經の こゝろを得れば よの中の うりかふ聲も のりをとくなり 「法をとくかは」とし、注で「法をとくかな」とする異本を挙げる。)
 29
 
みねの色 たにのひゞきも みなながら 釋迦牟尼 こゑとすがたと
 30
 
四つのうま(*『増一阿含経』に説く四種の馬。悟りの遅速を喩えるという。) 三つのくるま(*三車、羊鹿牛車。悟りに導く諸種の方便という。) のらぬひと まことの道を いかでしらまし
 31
草庵雜詠
とゞまらぬ 日影のこま(*前出。) 行すゑに のりの道うる ひとぞすくなき
 32
 
さなへとる なつのはじめの いのりには 廣瀬龍田(*稲と風を司る神々) まつりをぞする
 33
 
草のいほに 立ちても居ても いのること 我よりさきに ひとをわたさむ
 34
 
おろかなる こゝろひとつの 行末を 六のみち(*六道の迷い)とや 人のふむらん
 35
 
草のいほに ねてもさめても まをす(*申す)こと 南無釋迦牟尼佛 あはれみたまへ あはれび玉へ)
 36
 
やまふかみ(*山が奥深いので) みねにも尾にも 聲たてゝ けふもくれぬと 日ぐらし(*蜩)のなく 日ぐらしぞなく)
 37
 
我庵は こしのしらやま(*越中の白山) 冬ごもり (*氷)もゆきも くもかゝりけり
 38
 
みやこには 紅葉しぬらん おくやまは 夕べも今朝も あられふりけり(*霰から紅葉を連想したか。)
 39
 
なつふゆの さかひもわかぬ 越のやま 降るしらゆきも なる雷も
 40
 
あづさ弓(*「はる」を導く枕詞) はるのあらしに さきぬらん 峯にも尾にも はなにほひけり(*花が美しく咲いていることだ。)
 41
 
あしびきの 山鳥の尾の ながきよの やみぢ(*無明長夜)へだてゝ くらしけるかな
 42
 
頼みこし むかしあるじや ゆうだすき ゆふだすき)(*木綿襷) あはれをかけよ 麻のそで(*粗末な修道着か。)にも
 43
 
梓弓 はるくれはつる けふの日(*陰暦三月晦日) ひきとゞめつゝ をしみもやらむ
 44
 
いたづらに 過す月日は おほけれど みちをもとむる 時ぞすくなき
 45
 
草の庵 なつのはじめの ころもがへ すゝきすだれの かゝるばかりぞ
 46
 
こゝろとて 人に見すべき いろぞなき たゞ露霜の むすぶ(*生じる)のみにて むすぶのみして)
 47
 
いかなるか ほとけといひて 人とゝは 人とはゞ) かひ屋(*飼屋=蚕室)がもとに つらゝいにけり(*ゐにけり)
 48
 
こゝろなき くさきも秋は しぼむなり 目に見たるひと 愁ひざらめや
 49
 
をやみなく ゆきはふりけり たにの戸に はる來にけりと 鶯のなく 鶯ぞなく)
 50
 
六の道 をちこちまよふ ともがらは わがちゝぞかし 我母ぞかし
 51
 
賤の男の かきねにはるの たちしより ふるの(*古野)に生ふる 若菜をぞつむ
 52
 
おほぞらに 心の月を ながむるも やみにまよひて 色にめでけり(*真如の月と言い条、その美しさを賞美するのもまた惑いか。)
 53
 
はるかぜに 我ことの葉の ちりけるを はなの歌とや 人のみるらん
 54
 
愚なる われはほとけに ならずとも 衆生をわたす 僧の身ならん
 55
 
やまのはの ほのめくよひの 月影に ひかりもうすく とぶほたるかな〔山のは云々の一首は新後拾遺集に見ゆ。〕
 56
 
はな紅葉 ふゆの白ゆき 見しことも おもへば悔し いろにめでけり
 57
越前路 越前の國)より都におもむきし時木芽山 木部山きのめやま(*現・福井県敦賀市の木ノ芽〈木目〉峠)といふ所にて
草の葉に(*原文「の」字一字分脱落。草葉は山奥の意を含むか。) 草の葉に) 首途(*門出)せる身の 木の目やま くもに路ある 空に路ある) こゝちこそすれ
 58
無常
朝日待つ 草葉のつゆの ほどなきに いそぎなたちそ(*余りにも早く吹き始めないでほしい。) 野邊のあきかぜ
 59
 
世中は 何にたとへん みづとりの はし(*嘴)ふる露に やどるつきかげ(*沙弥満誓の歌を踏まえる。)
 60
建長五年(*1253年)中秋
また見んと おもひし時の あきだにも 今宵のつきに ねられやはする
 拾遺二首、補遺二首を挙げるが、ここでは省略した。)

鷲尾順敬大久保道舟 校註
傘松道詠集 (終)


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