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みだれ髪

與謝野晶子(明治34.7 版)
(『みだれ髪・小扇・戀衣』改造文庫 第二部・第390篇 改造社 1939.7.20
※ 原本には、著者「あとがき」を付す。
青文字の歌は、著者によって削除されたもの。他本によって補う。

 臙脂紫    
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臙脂紫

001
夜のちやうにささめき盡きし星の今を下界の人の鬢のほつれよ
002
歌に聞け〔きけ〕な誰れ野の花に紅き否むおもむきあるかな春罪もつ子
003
髪五尺ときなば水にやはらかき少女ごころは秘めて放たじ
004
血ぞもゆるかさむひと夜の夢のやど春を行く人神おとしめな
005
椿それも梅もさなりき白かりきわが罪問はぬ色桃に見る
006
その子二十櫛にながるるK髪のおごりの春のうつくしきかな
007
堂の鐘のひくきゆふべを前髪の桃のつぼみに經たまへ君
008
紫にもみうらにほふみだれ篋をかくしわづらふ宵の春の神
009
臙脂色は誰にかたらん〔む〕血のゆらぎ春のおもひのさかりの命
010
紫の濃き虹解き〔説き〕しさかづきに映る春の子眉毛かぼそき
011
紺青を絹にわが泣く春の暮やまぶきがさね友歌ねびぬ
012
まゐる酒に灯あかき宵を歌たまへ女はらから牡丹に名なき
013
海棠にえうなくときし紅すてて夕雨みやる瞳よたゆき
014
水にねし嵯峨の大堰おほゐのひと夜神絽蚊帳の裾の歌ひめたまへ
015
春の國戀の御國のあさぼらけしるきは髪か梅花のあぶら
016
今はゆかむさらばと云ひし夜の神の御裾みすそさはりてわが髪ぬれぬ
017
細きわがうなじにあまる御手のべてささへたまへな帰る夜の神
018
清水へ祇園をよぎる櫻月夜こよひ逢ふ人みなうつくしき
019
秋の神の御衣みけしより曳く白き虹ものおもふ子の額に消えぬ
020
經はにがし春のゆふべを奧の院の二十五菩薩歌うけたまへ
021
山ごもりかくてあれなのみをしへよ紅つくるころ桃の花さかむ
022
とき髪に室むつまじの百合のかをり消えをあやぶむ夜の淡紅色ときいろ
023
雲ぞ青き來し夏姫が朝の髪うつくしいかな水に流るる
024
夜の神の朝乘り〔のり〕歸る羊とらへちさき枕のしたにかくさむ
025
みぎは來る〔くる〕牛かひ男歌あれな秋のみづうみあまりさびしき
026
やは肌のあつき血汐〔血潮〕にふれも見でさびしからずや道を説く君
027
許したまへあらずばこその今のわが身うすむらさきの酒うつくしき
028
わすれがたきとのみに趣味をみとめませ説かじ紫その秋の花
029
人かへさず暮れむの春の宵ごこち小琴にもたす亂れ亂れ髪
030
たまくらに鬢のひとすぢきれし音を小琴と聞きし春の夜の夢
031
春雨にぬれて君こし草の門よおもはれ顔の海棠の夕
032
小草云ひ〔いひ〕ぬ『醉へる涙の色にさかむそれまで斯くて覺めざれな少女』
033
牧場いでて南にはしる水ながしさても緑の野にふさふ君
034
春よ老いな藤によりたる夜の舞殿ゐならぶ子らよ束の間老いな
035
雨みゆるうき葉しら蓮繪師の君に傘まゐらする三尺の船
036
御相みさういとどしたしみやすきなつかしき若葉木立の中の盧遮那佛
037
さて責むな高きにのぼり君みずやあけの涙の永劫えうごふ〔やうごふ〕のあと
038
春雨にゆふべの宮をまよひ出でし小羊君をのろはしの我れ
039
ゆあみする泉の底の小百合花二十の夏をうつくしと見ぬ
040
みだれごこちまどひごこちぞ頻なる百合ふむ神に乳おほひあへず
041
くれなゐの薔薇のかさねの唇に靈の香のなき歌のせますな
042
旅のやど水に端居の僧の君をいみじと泣きぬ夏の夜の月
043
春の夜の闇の中くるあまき風しばしかの子が髪に吹かざれ
044
水に飢ゑて森を〔に〕さまよふ小羊のそのまなざしに似たらずや君
045
誰ぞ夕ひがし生駒の山の上のまよひの雲にこの子うらなへ
046
悔いますなおさへし袖に折れし劍つひの理想おもひの花に刺あらじ
047
額ごしにあけの月みる加茂川の淺水色のみだれ藻染よ
048
袖くくりかへりますかの薄闇の欄干おばしま夏の加茂川の神
049
なほ許せ御國遠くば夜の紅盃べにざら船に送りまゐらせむ
050
狂ひの子われに焔の翅かろき百三十里あわただしの旅
051
今ここにかへりみすればわがなさけ闇をおそれぬめしひに似たり
052
うつくしき命を惜しと神のいひぬ願ひのそれは果してし今
053
わかき小指をゆび胡粉をとくにまどひあり夕ぐれ寒き木蓮の花
054
ゆるされし朝よそほひのしばらくを君に歌へな山の鶯
055
ふしませとその間さがりし春の宵衣桁にかけし御袖かづきぬ
056
みだれ髪を京の島田にかへし朝ふしてゐませの君ゆりおこす
057
しのび足に君を追ひゆく薄月夜右のたもとの文がらおもき
058
紫に小草が上へ影おちぬ野の春かぜに髪けづる朝
059
繪日傘をかなたの岸の草に投げわたる小川よ春の水ぬるき
060
しら壁へ歌ひとつ染めむねがひにて笠はあらざりき二百里の旅
061
嵯峨の君を歌にせなの朝のすさびすねし鏡のわが夏姿
062
ふさひ知らぬ新婦にひびとかざすしら萩に今宵の神のそと片笑みし
063
ひと枝の野の梅をらば足りぬべしこれかりそめのかりそめの別れ
064
鶯は君が夢よともどきながら緑のとばりそとかかげ見る
065
紫の虹の滴り花に落ち〔おち〕て成りしかひなの夢うたがふな
066
ほととぎす嵯峨へは一里京へ三里水の清瀧夜の明けやすき
067
紫の理想の雲はちぎれ\/仰ぐわが空それはた消えぬ
068
乳ぶさおさへ神秘のとばりそとけりぬここなる花の紅ぞ濃き
069
神のせなにひろきながめをねがはずや今かたかたの袖こむらさき
070
とや心朝の小琴の四つの緒のひとつを永久に神きりすてし
071
ひく袖に片笑もらす春ぞわかき朝のうしほの戀のたはぶれ
072
くれの春隣すむ畫師うつくしき今朝山吹に聲わかかりし
073
郷人にとなり邸のしら藤の花はとのみに問ひもかねたる
074
人にそひて樒ささぐるこもり妻母なる君を御墓に泣きぬ
075
なにとなく君に待たるるここちして出でし花野の夕月夜かな
076
おばしまにおもひはてなき身をもたせ小萩をわたる秋の風見る
077
ゆあみして泉を出でしやははだ〔わがはだ〕に觸るる〔ふるる〕はつらき人の世のきぬ
078
売りし琴にむつびの曲をのせしひびき逢魔あふまがどきのK百合折れぬ
079
うすものの二尺のたもとすべりおちて螢ながるる夜風の青き
080
戀ならぬねざめたたずむ野のひろさ名なし小川のうつくしき夏
081
このおもひ何とならむのまどひもちしその昨日すらさびしかりし我れ
082
おり立ち〔たち〕てうつつなき身の牡丹見ぬそぞろや夜を蝶のねにこし
083
その涙のごふゑにし〔えにし〕は持たざりきさびしき〔さびしの〕水に見し二十日月
084
水十里ゆふべの船をあだにやりて柳による子ぬかうつくしき (をとめ)
085
旅の身の大河ひとつまどはむやしづかに日記にきの里の名けしぬ (旅びと)
086
小傘とりて朝の水くむ〔くみ〕我とこそ穗麥あをあを小雨ふる里
087
おとに立ちて小川をのぞく乳母が小窓小雨のなかに山吹のちる
088
戀か血か牡丹に盡きし春のおもひとのゐの宵のひとり歌なき
089
長き歌を牡丹にあれの宵の殿おとど妻となる身の我れぬけ出でし
090
三月みつきおかぬ琴に音たてぬふれしそぞろの宵の亂れ髪
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