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高光集

長連恆 校註『三十六人集・六女集』
(〈校註國歌大系〉12 國民圖書株式會社 昭和4.5.13)

〔 〕底本註 / (* )入力者註
○ 仮名遣い・句読点を適宜改めた。
○ 以下のタグを参照のために加えている。ルビは IE5 で表示できる。
<ruby>語句<rt>よみ</rt></ruby>
<year value="西暦">年号</year>
<name ref="通行表記">人名</name>
<work title="通行表記">作品名</work>


十月九日、冷泉院の釣殿にて、神無月といふことをかみに置きて歌よませ給ふに
01 神無月風に紅葉の散る時はそこはかとなく物ぞ悲しき〔新古今・冬〕
一條のおとゞ〔類從本、一條おとゞ〕(*藤原伊尹)の許なる人に
02 秋風に亂れて物は思へども萩の下葉の色はかはらず〔新古今・戀一〕
母宮醍醐天皇の皇女雅子内親王。高光爲光の母。〕うせ給ひて、年かへりて、雨のふる日、姫君(*愛宮か。)に聞えし
03 ひねもすにふる春雨や古を戀ふる袂の雫なるらむ〔玉葉・雜四〕
御返し
04 詠むるを空も知ればや日暮しに小休みもせずは降りそはるらむ〔出所不明〕
世の中はかなくのみ覺ゆる頃、雪の降るに
05 世の中にふるぞはかなき泡雪の且は消えぬるものと知る\/〔拾遺・哀傷、三句「白雪の」〕
06 たつ雉の上の空なる心にも遁れがたきは此の世なりけり〔出所不明〕
打とけてもあらぬ人を、わりなき所に引きとゞめて、「かくやは。」と爪はじきをしかくれば、「あなかま。人きくらむ。」とわぶれば、
07 さもあらばあれ人の聞くらむこともいきての限りなるもの思ふ身は〔出所不明〕
歌合に
08 萬代の松に懸れる秋の月久しき影を見よとなるべし〔新千載・慶賀〕
ひごのめのとの出羽にくだるに、「餞たぶ。」とて人々歌よむに
09 旅を行く草の枕の露けくばおくるゝ人の涙とを知れ〔續後撰・羇旅〕
天暦三年三月つごもりの日、文人召して、「花も鳥も春のおくりす。」といふ心に詩を作らせ給ふに、やがて「やまと歌一つそへて參らせよ。」と仰せられしに
10 櫻花のどけき春の雨にこそ深き匂ひもあらはれにけれ〔出所不明〕
紅梅合に
11 鶯のすをくひそむる梅の花色も匂ひもをしくもあるかな〔同〕
小宮かくれ給へるころ
12 世の中はかくこそ見ゆれつく\〃/と思へば假の宿りなりけり〔續古今・哀傷〕
おほん葬送の後
13 頼みこし常磐の山も大空の霞に霞むよにこそ有りけれ〔續後拾遺・哀傷〕
おなじ頃、おほん服にて、七月七日のことにやありけむ〔版本「ありひら」〕
14 七夕の渡るせも有らじ天の川藤の衣の滿てる夜なれば〔出所不明〕
といひしかば
15 鵲の橋ながれなば藤衣きしより身をや誰もすつべき〔同〕
姫君にきこえし
16 常よりも秋の恨みある今年なり野べの草葉も露に萎れて〔同〕
七月七日、宮の君〔類從本・版本「宮君」〕に火奉るとて
17 秋風の始めて結ぶ白露はいひおく程もゆゝしかりけり
〔出所不明。類從本・版本、三句「白露と」〕

御返事
18 草の葉にかゝる心を白露と云ひおく程も久しかりけり〔同。類從本、初句「年のはに」〕
白川に涼みにわたりて
19 白河の松の色こき影みればいづれが色も變らざりけり〔同〕
姫君の御かたに、「こじと思へど來られぬ。こむと思へど來られず。」と聞えたるを、きこしめして仰せられたる
20 頼むには繁さ増れと思へどもこられざらむはになき事なり〔同〕
おほんかへし
21 年をへて繁さ増ればみやま木のよゝを經つゝもこられてしがな〔同〕
帥の大納言〔版本「うちの大納言」〕の女、左衞門の督〔類從本「左衞門殿」〕に、いかなりし折にか
22 いふ事の辭び難さに白露のおき居てのみも明かしつるかな
〔出所不明。類從本・版本、二句「なびきがたちに」。版本傍書、下句「ねこそ泣きあかしつれ」〕

にしのご〔類從本「ご」がない。〕文たてまたし(*差し上げ)たりける返りごとのなかに、かく書きて加へたりける
23 年をへて思ふ心のしるしにぞ空も便りの風は吹きける〔新古今・戀一。版本、結句「風も吹きける」〕
又、これも同じ人
24 片時も忘れやはするつらかりし心も更に類なければ〔新勅撰・戀四、四句「心の更に」〕
七月七日、九條殿の御まへにて、君だち參りたまへるに、「けふの心よめ。」と仰せられしに
25 打ち寄する波にまかせて七夕をたちな隱しそあまの川霧
〔出所不明。後撰・秋中に、上句「秋風にいとゞ更け行く月影」とあつて、下句全く同じい藤原清正の歌がある。〕

これは一條殿
謙徳公(*藤原伊尹)
26 七夕のまちかげにする今宵すら何立ち騷ぐ天の河波〔同〕
ほり河殿
忠義公(*藤原兼通)
27 あすよりはゆゝしかるべき七夕の羨ましきは今宵なりけり〔同〕
すけまさの朝臣(*藤原佐理)を語らひわたりて、殿居(*ママ)したる夜、もろともにいひて、さはる事やありけむ、見え給はざりければ、又の日
28 程へたる覺束なさも有るものを一夜ばかりに増るわびしさ〔出所不明〕
女七宮みこにならせ給ふよ、人々歌よみ給ふに
29 あやまたぬ種にしあれど姫小松心殊にも祈るけふかな〔同〕
天暦九年、宇佐の使にきよとほくだるに、「せんせむ。」と〔版本「餞に」〕上のぬしたち(*伊尹・兼通・兼家ら)歌よみ給ふついでに
30 露のごとはかなき身をばおきながら君が千年を祈りやるかな〔續千載・羇旅〕
おとゞうせ給ひての年(*天徳4年〈960〉)、新嘗會の頃、うちにも參らで内侍のもとに
31 霜枯の蓬の門にさし籠りけふの日影をみぬぞわびしき
新勅撰・雜三、結句「見ぬが悲しさ」、版本・二句「蓬のさと」〕

ある人のむすめに物語するほどに、女の親、「淺ましし」とて、諸共にゐあかして、歸りてつとめて
32 戀ひやせむ忘れやしなむぬともなく寐ずとも無くて明かしつるかな〔新勅撰・戀一、結句一本「夜を」、版本・同上。〕
女の親のかへし
33 ぬともなくねずとも無くて明かす夜を戀ひもな戀ひそさらば忘るな〔出所不明〕
世の中はかなくのみ覺えて、「法師になりなむ。」と覺ゆる頃
34 頼む夜か月のねずみの騷ぐまの草葉に宿る露の命を〔同〕
村上の御門かくれさせ給ひての頃(*康保4年〈967〉)、月をみて
35 かくばかりへ難くみゆる世の中に羨ましくもすめる月かな〔拾遺・雜上〕
多武峯に住む頃(*962以降)、人のとぶらひたる返り事に
36 いかでかは尋ねきつらむ蓬生の人も通はぬ我が宿の道〔拾遺・雜賀、讀人不知〕
花盛りに〔版本「に」が無い。〕、故郷の花を思ひやりていひやりし
37 みても亦復もみまくの欲しかりし花の盛りは過ぎやしぬらむ〔新古今・雜上、結句「しつらむ」〕
ある女の掻練のきぬを十月ばかりにくどくにつくるに
38 もみぢ葉の落つるほどしも唐衣錦かくるぞ哀れなりける〔出所不明〕
たゞきよの衞門督五節たてまたし(*差し上げ)給ふに、たきものかうばしう合はすとて、「そらだきものすこし。」と多武峯に乞ひ給へるに、橘のなりたる枝に實をとりうでて(*取り出でて)、それに入れてたてまたすとて
39 末の世になりもて行けば橘の昔の香には似る可くもあらず
續後拾遺・雜中、三句「橘も」、結句「似るべくもなし」〕

かへし
40 香をとめて戀ひしもしるく橘のもとの匂ひは變らざりけり〔出所不明〕
多武峯に住む頃、あさみつの大納言(*藤原朝光)、「びはの北の方わづらひ給ふ祈りせよ。」とのたまふに
41 昔より聞きならしこしいかが崎淺からじとを思ひなさなむ〔同〕
返事
大納言
42 早くより聞き馴らしけるいかが崎末の人さへ頼もしきかな〔出所不明〕
比叡の山にすみ侍る頃、人のたきものを乞ひて侍りければ、はべりけるまゝに、梅の花の僅かにちり殘りけるにつけて遣はすとて
43 春立ちて散り果てにけり梅の花唯香ばかりぞ枝に殘れる
拾遺・雜春、初二句「春過ぎて散りはてにける」〕

2新古今1
44 白露のあしたゆふべに奧山の苔の衣は風もとまらず
〔雜中、結句「さはらず」。此の歌も次のも類從本に無い。〕
45 百敷の内のみ常に戀しくて雲の八重立つ山はすみうし〔同下〕

(*了)


【本文の仮名遣いの例】 ほうし(法師)、なを(猶)、ぜむじ(禅師)、まいる(参る)、まいらす
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