景ヶ島渓谷 


1.はじめに

 愛鷹山の名称について
 駿河国志には
  足高と人はいへども不二ヶ根の
       裾野につづくあし引の山      日蓮聖人

とあり、足利時代から徳川時代にかけて、愛鷹山は足高山とかき、しかも連峰の南にある1187.5mの一峰を呼んだようである。この峰は愛鷹山と呼んでいるので、全体を呼ぶとき、私は愛鷹火山とした。

 
愛鷹火山 2015年3月23日 
裾野市運動公園付近から写した。
向かって右から(北から南へ)黒岳、越前岳そして位牌岳、呼子岳など。
黒岳は愛鷹火山の唯一の側火山(寄生火山)といわれている。


 景ヶ島渓谷は、愛鷹火山の東麓を流れる佐野川が愛鷹火山の岩石を侵食してできた渓谷である。
 景ヶ島の依京寺入り口の説明には、「景ヶ島は集塊岩や溶岩流が侵食されたもので、奇景をもって知られている。清流は、神楽岩(かぐらいわ)、牛潜岩(うしくぐりいわ)などの間を曲折し急瀬や深淵になって、景ヶ島の奇勝を作っている。」とある。
また、依京寺から約200m下流には溶岩の柱状節理(※1)によってできた見事な屏風のような岩(屏風岩)がある。
 佐野川は、「五竜の滝」の下流で黄瀬川と合流する。合流点付近の黄瀬川には約1万年前に富士山が流出した玄武岩の三島溶岩が分布している。 

2.愛鷹火山の地質

 愛鷹火山の最高峰は越前岳で海抜1507mある。愛鷹火山西麓は侵食が激しく、噴火口は大岳(1262m)、呼子岳(1310m)、鋸岳(1296m)、位牌岳(1457m)などに囲まれた場所と思われるが、侵食によって、火口は切り開かれ、須津川の谷頭になっている。
 しかし、愛鷹火山東麓の侵食はあまり進まず、愛鷹火山の表面を覆う愛鷹ローム層が広く残り、その平坦な幼年期地形は下和田、須山や千福が丘、呼子町のような住宅地や畑、スポーツ広場などになっている。
 愛鷹火山の地質については、これまで沢村(1955年)、小川・篠ケ瀬(1974年)などの調査報告がある。(画像1)
 愛鷹火山の噴火活動は約30万年前の玄武岩の溶岩の流出から始まり、約10万年前の安山岩の溶岩の流出があってから、火山活動を止めて静かにしている。
 調査している地域は、愛鷹火山東麓の佐野川が流れる葛山城跡から千福の周辺である(地図の①から④)。沢村(1995年)の地質図によると、佐野川の左岸は富士火山噴出物となっている。
 調査地域の地質は、愛鷹火山の岩石で、下位から、溶岩流の玄武岩、局部的なローム層、屏風岩の安山岩質玄武岩及び凝灰角礫岩(※2)、愛鷹ローム層が分布している。
 愛鷹火山の西麓を調査した小川・篠ケ瀬(1974)によると、「愛鷹火山の活動は、新・旧の2期に分かれている。そのうち旧期の火山活動は、新期の火山活動に比較して、その規模がきわめて大きく、現在の愛鷹火山の山体は、ほとんど旧期活動の噴出物によって構成されている。」とある。 景ヶ島渓谷に分布する玄武岩の溶岩流及び安山岩質玄武岩・凝灰角礫岩は、この旧期活動に伴う噴出物に違いない。
 この調査は、凝灰角礫岩と愛鷹ローム層(特に箱根新期軽石流HK pfl)を鍵層(key bed)として行った。
 

 
画像1.愛鷹火山の地質図 (沢村・小川 1974年)
 
 
画像2.観察地点①②③④の位置および地質断面図X-Yの位置
 
画像3. 景が島付近(画像2.のX-Y)の模式的な地質断面図

観察地点① 佐野川左岸の愛鷹ローム層

 
愛鷹ローム層については、加藤(1967年)を中心とする愛鷹ローム研究グループによる東名高速道路工事現場の調査報告がある。愛鷹ローム層は黄褐色の土で、愛鷹火山の東麓斜面では厚さが約10m堆積し、起伏の少ない面を残している。しかし、侵食が進んだ谷では、景ヶ島のように愛鷹ローム層が侵食され、下位の玄武岩溶岩や凝灰角礫岩が露出している。
 愛鷹ローム層は箱根火山や古富士火山のテフラが堆積したもので、下部ローム、中部ローム、上部ロームに3区分されている。観察地点①は下部ロームと思われる。(画像4)。
 下部ローム層中の箱根新期軽石流 Hk(pfl)は箱根火山が約6万年前の大規模噴火(プリニアン式噴火)により、多量の軽石(pumice)を流出したものである。この軽石流は東方へは横浜市まで、南方へは伊豆市達磨山山麓まで、西方へは愛鷹火山の山麓まで達している。風化しているが、直径1cm以下の軽石を含み、地層の時代を知る手がかりとなる。
 観察地点①は景が島の佐野川左岸である。

 
画像4. 愛鷹ローム層(下部ローム層)  2015年1月  (メジャーの白線は1m)
この愛鷹ローム層の下部は玄武岩質の火山礫(lapilli )を多く含む。
また、直下に基盤の愛鷹火山の凝灰角礫岩があるので下部ローム層に違いない。
写真のHk(pfl) は下部ローム層中の箱根新期軽石流と思われる。
 
画像5. 写真は愛鷹ローム層のHk(pfl)箱根新期軽石流を水洗いしたものである。
パーミス(軽石)は直径約1cm以下で黄褐色をし、あまり発泡していない。
輝石は風化が激しく、残った形や結晶面から推定したが不正確である。

観察地点② 屏風岩のある谷

 屏風岩のある半円形の急にひらけた谷は、地形から見て滝壺である。かっては、硬い凝灰角礫岩や安山岩質玄武岩にかかる立派な滝があったに違いない。侵食が進んで、現在は画像6のように小さな滝が残っている。

 
画像6.屏風岩の小さな滝。 2015年1月

屏風岩のある谷の地質層序は下位より、(ア)玄武岩の溶岩流、(イ)ローム層、(ウ)屏風岩の安山岩質玄武岩、(エ)凝灰角礫岩、(オ)愛鷹ローム層である。

(ア)玄武岩の溶岩流
屏風岩から少し下流の川底には、玄武岩の溶岩流が水平距離で数十m露出している。玄武岩の溶岩流には次の特徴がある。
・色が屏風岩の岩石より黒い。(画像10.)
・直径約2mm~10mmの気孔がある。(画像10.)
・三島溶岩に似ていて間違いやすい。
愛鷹火山も初期の噴火活動では富士山のような玄武岩の溶岩流を流出したことが分かる。
このような玄武岩の溶岩流は今里付近の佐野川河床(新東名高速道路から約200m下流など)でも数ヶ所露頭がある。小川・篠ケ瀬(1974年)による西麓の調査報告には、溶岩流が山麓部に厚く堆積し、溶岩原を形成したとあるが、これに相当すると思われる。

 
画像7.屏風岩のある谷の左岸。玄武岩の溶岩流、局部的なローム層、凝灰角礫岩などの露頭。
ローム層は川底の溶岩流と凝灰角礫岩の間で消えている。2015年2月7日
この露頭の凝灰角礫岩は崩落した岩盤で、層序が乱れているようだ。

(イ)ローム層(愛鷹ローム層ではない古いローム層)
 凝灰角礫岩と河床の溶岩流に挟まれたローム層(画像7)は局部的で、下流で厚く、約4m以上あるが、上流で薄くなり、凝灰角礫岩の下で消えている。 このローム層の上面には河岸段丘の跡があり、段丘砂礫層の円礫が分布する。小川(1961年)によると、愛鷹火山の河岸段丘は、高橋川、須津川、赤渕川など多くの河川で観察されるとある。

 
画像7’屏風岩のある谷の河岸段丘の円礫、川底から約4m高い所。
 2015年3月30日


(ウ)屏風岩の安山岩質玄武岩(画像8)
 谷間の右岸(西崖)にある安山岩質玄武岩には、溶岩が固まるときできる規則正しい割れ目がある。このような割れ目を柱状節理(※1)という。安山岩質玄武岩は上位で凝灰角礫岩へ変わるようである。
 安山岩質玄武岩は津屋弘達(1968年)富士山地質図に裾野溶岩Ⅰと記載されたものである。


(エ)凝灰角礫岩
 調査地域は愛鷹火山の東斜面であり、谷間の左岸(東崖)には上位の凝灰角礫岩が露出している。凝灰角礫岩は観察地点③、④に標準的な露頭がある。
 

 
画像8. 景ヶ島渓谷の柱状節理の屏風岩   2015年10月
 
画像9. 屏風岩がある谷の岩脈(谷の左岸) 2015年3月
屏風岩の柱状節理は鉛直方向である。写真の岩体は柱状節理の方向が違うので、
岩脈と思われる。(柱状節理は冷却面に直角方向にできる。)
 
画像10.(ア)の河床にある玄武岩溶岩(ウ)屏風岩の安山岩質玄武岩
河床の玄武岩は黒く、気孔がある。屏風岩の玄武岩はシャチョウセキが多く、
FeやMgを含む有色鉱物が少なく、少し灰色がかっている。
したがって、玄武岩と安山岩質玄武岩として区別した。化学分析の結果ではない。
直径約5mmの白い結晶はシャチョウセキである。(下の偏光顕微鏡写真も参照)
 
(ア)川底の玄武岩(左)(ウ)屏風岩の安山岩質玄武岩(右)の偏光顕微鏡写真
直交ポーラーcrossed polare(直交ニコルcrossed nicol)の写真
白っぽい大きな縞模様(※3)の鉱物はシャチョウセキ、
黃褐色や緑色や赤色の鉱物は有色鉱物のキセキやカンランセキである。
(ア)川底の玄武岩は有色鉱物を多く含む。(※4)
(ウ)屏風岩の安山岩質玄武岩は有色鉱物が少ない。(※4)

観察地点③ 景ヶ島渓谷

 景ヶ島渓谷には玄武岩質の角礫を多く含む、凝灰角礫岩(※2)が分布している。不規則な割れ目があり、変化に富んだ渓谷となっている。(画像11.画像12.画像13)

 
画像11. 景ヶ島渓谷の凝灰角礫岩   2014年12月19日
 凝灰角礫岩は愛鷹火山の火砕流によってできた火山岩と思われる。固結度が進み硬く、
プレパラート作成の岩石片採集に、岩石ハンマーでも割れず苦労した。
凝灰角礫岩の下位は安山岩質玄武岩に変化している。
 
画像12.景ヶ島渓谷の凝灰角礫岩。 2015年2月7日
谷底の安山岩質玄武岩は上位で凝灰角礫岩に変わっている。
   

 観察地点④ 宮川渓谷

 依京寺付近の宮川渓谷は凝灰角礫岩が分布している。(画像13)

 
画像13. 宮川渓谷の凝灰角礫岩。 2014年12月21日
景ヶ島渓谷から約200m上流の宮川渓谷には凝灰角礫岩が分布する。
   
 
画像14.依京寺   2014年12月
依京寺には、西行手植といわれる松があり、歌も残している。
 
画像15.葛山城址  2014年12月21日
 葛山には室町時代から戦国時代にかけて活躍した葛山氏の城跡や、
葛山氏の菩提寺の仙年寺がある。葛山は佐野川の右岸にある。
 
仙年寺の墓地に分布する愛鷹ローム層 2015年10月24日
 
画像16. 黄瀬川の「五竜の滝」  2014年12月
 「五竜の滝」は佐野川と黄瀬川の合流点付近の黄瀬川にあって、
富士山からの三島溶岩にかかる滝である。

3.おわりに
 
 
 景ヶ島渓谷の地質や地形は、これまで詳しく調べられていないし、変化に富lんでいて調べる事項が多くある。中学生や高校生のクラブ活動の研究テーマにすると良い。 佐野川の流れる愛鷹火山東麓には、愛鷹ローム層が幼年期地形の台地をつくり、千福が丘や呼子の町になっている。この愛鷹ローム層の分布などを調べるのもお薦めである。 
 富士山を背景にした葛山城跡、依京寺、景ヶ島渓谷、屏風谷、五竜の滝など素晴らしい郷土の歴史や自然を調べてみよう。
 

 
画像は、これまでの調査結果から作成した調査地域の地質図である。(2017年3月10日調査中)
赤の破線:三島溶岩と他の火山岩の境
紫色の破線:富士火山岩(富士黒土層など)と愛鷹火山岩(愛鷹ローム層、凝灰角礫岩など)の境


 (岩石名や地質図等については、調査中であり、変更することがある。)

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aihara@mxz.mesh.ne.jp

※1.柱状節理(チュウジョウセツリ):溶岩が固まるとき、体積が小さくなり、割れ目ができる。この割れ目を節理という。節理によって、六角柱のように割れ目が入ると柱状節理という。伊豆では六方石と呼んでいる。板のように割れ目が入ると板状節理(バンジョウセツリ)という。佐野川の今里から約500m上流の佐野川の右岸に安山岩の岩脈があり、板状節理を観察できる。
※2.凝灰角礫岩(ギョウカイカクレキガン):火山灰や礫(石ころ)が固まった火山岩である。凝灰岩ともいう。
※3.多くのシャチョウセキは010面で複数の結晶が接合し、直交ポーラーで観察すると、消光する角度が違うので、縞模様に見える。アルバイト式双晶という。
※4.川底の玄武岩と屏風岩の安山岩質玄武岩の違いを、偏光顕微鏡で、次の条件により観察した。偏光顕微鏡は対物レンズ4倍と接眼レンズ5倍を使用、直交ポーラーにし、アトランダムに3ヶ所の視野を選び、少し科学的ではないが鉱物の大きさを無視して、有色鉱物とシャチョウセキの斑晶の数を比較してみた。

  有色鉱物の平均個数  シャチョウセキの平均個数  特徴 
(ア)川底の玄武岩   10  25 有色鉱物が多く、黒っぽい、気孔があり、三島溶岩に似ている。 
(ウ)屏風岩の安山岩質玄武岩  2  14 有色鉱物が少なく、(ア)に比較して灰色っぽい。



参考文献

加藤芳朗 (1988):地学・土壌・考古環境 加藤芳朗先生自選論文集刊行会
小川賢之輔、篠ケ瀬卓二(1974):富士・愛鷹山麓地域の自然環境保全と土地利用計画調査報告書 富士市
小川賢之輔(1961):愛鷹山 吉原市教育委員会編
黒田 直 (1974):静岡県の地質 静岡県
土 隆一編著 (1985):静岡県の自然景観(愛鷹ローム層 高橋 豊) 静岡県
町田 洋 (1996年):小山町史 第六巻 原始古代中世通史 自然編 小山町
町田 洋/白尾元理(1998):写真で見る火山の自然史 東京大学出版会
小山真人(2013年):富士山ー大自然への道案内 岩波新書 
津屋弘みち「富士火山地質図」(2002年地質調査総合センターCD-ROM版)