三島溶岩流 令和元年11月

1.はじめに
 富士火山, 箱根火山, 愛鷹火山に挟まれた谷間は, 扇状地砂礫層や御殿場泥流などが堆積している. この堆積層の下には, 大野原(三島)溶岩流が分布している. 大野原(三島)溶岩流は, 約一万年前, 富士火山南東麓の大野原の北方から流出した大量の 輝石・カンラン石玄武岩である.
 著者は富士火山南東麓に分布する古期溶岩(約12,000年前〜約8,000前)を全て三島溶岩と呼ぶことにした. 溶岩流という表現は, 流れた溶岩全体を表すときに使った.
 調査した西川, 久保川, 黄瀬川の河床には, 黒灰色で気孔と斜長石の斑晶が目立つ三島溶岩の露頭が各所で観察できる. 三島溶岩は, 川の砂礫が堆積して, 部分的に覆っても追跡できた.
 本調査に関係した富士火山の資料を上げておく.

表1, 富士火山の活動史
 富士火山の活動史は, 町田(1996年)、町田(1977年)、伊藤(1996年), 著者の調査結果などを参考にして作成した.

富士火山の新期、中期溶岩活動期 
(約5,000年前〜現在) 
 
新期溶岩(御殿場ー富士宮口溶岩流, 湯船第二スコリア)が山頂火口から噴出した(約3,000年前〜約2,200年前).
宝永噴火(302年前), 貞観噴火(1,155年前)など側火山の噴火活動.
その他, 富士火山東麓の崩壊(約2,900年前).
中期溶岩が山頂火口から噴出した(約4,500年〜約3,000年前).
その他, 側火山の噴火活動などがあった. 
富士火山の黒土層堆積期
(約8,000年前〜約5,000年前)
富士火山は, 火山活動が少なく, 気候が温暖で植物が繁茂し, スコリア層を挟む腐植土(厚さ約1m)が, 山麓へ広く堆積した.
富士火山の古期溶岩活動期
(約12,000年前〜約8,000前)
古期溶岩を多量に流出し, 富士火山の原形ができた. 猿橋溶岩流(北東山麓), 大渕溶岩流(南西山麓), 大野原(三島)溶岩流(南東山麓)などである. 富士火山東麓は, 厚いテフラに覆われ, 高い台地が形成され, 溶岩流に覆われなかった.
その他, 河口湖, セノウミ, 忍野湖, 本栖湖などができた.
古富士火山の活動期
(約100,000年前〜約12,000年前) 
古富士火山は, 爆発的噴火によるテフラの堆積と溶岩の流出が繰り返され, 大型の成層火山へ成長していった.
この時代, 古富士火山の山頂標高は低かったと思われる. (古富士火山の噴出物が, 宝永火口に分布していないので, 2,400m以下と思われる. ).
その他, AT火山灰の飛来. 最終氷期で海水面は現在より120m低かった.


表2, 産業技術総合研究所(産総研)の富士火山地質図(初版 2002年)の富士山南東麓の溶岩.
 Tsuya(1968年)の 富士火山の南東麓に分布する旧期玄武岩溶岩流(古期溶岩流)は, 表2のように記載している.

古期溶岩の活動期
(約12,000年前〜約8,000前)


SE 富士火山南東麓に分布する溶岩流
   SE Lava-flows  
  
SE6 砂沢(ずなざわ)溶岩流
   Zunazawa lava-flows
SE5 畑岡溶岩流
   Hataoka lava-flows
SE2, SE3, SE4 裾野溶岩流
   Susono lava-flows 
SE1 大野原(三島)溶岩流
   Oonogahara(Mishima) lava-flows


表3, 高田,ほか(2016年)の富士火山地質図(産総研, 第2版)の富士火山南東麓の溶岩.
 高田, ほか(2016年)は, 2,016年に富士火山地質図(第2版)を出版し, 初版を大きく変更したが,初版(2002年)出版の責任がある. 変更は必要最小限にすべきである.

富士宮期
(約17,000年〜約8,000年前)      
 F-Fkd 舟窪台溶岩流 Funakubodai LF
 F-Bb 馬場溶岩流 Baba LF
 F-Smw 下和田溶岩流 Shimowada LF
 F-Ssn 裾野溶岩流 Susono LF
 F-Ftg 二子溶岩流 Futago LF
 F-Msm 三島溶岩流 Mishima LF

 高田, ほか(2016年)は, 本調査地域について次のように変更した.
(a) 愛鷹火山東麓を流れる佐野川の左岸の愛鷹山火山岩(愛鷹ローム層)は, 分布が広くなり, 箱根火山の岩石とした.
(b) 畑岡溶岩流は, F-Fkd 舟窪台溶岩流と名称を変えた.
(c) 御殿場市大阪に分布していた畑岡溶岩流は削除した.
(d) 砂沢溶岩流は, 須走期 d(約2,300年〜現在)のSd-Ftz二ツ塚噴出物と変更した.
(e) 砂沢川の神場2丁目, 3丁目付近には, 新たにF-Ftg 二子溶岩流を記載した.
 


 1.調査地域(富士山南東部)の地質図  国土地理院 1 : 25,000 裾野・愛鷹山・御殿場.
    三島溶岩(大野原溶岩ooo, 駒門溶岩kkk)の分布図, @西川の大丸橋, A黄瀬川の二子橋,
    B兎島の富士黒土層, C大野原溶岩, D岩波の三島溶岩.

   
 
調査地域を南へ流れる河川名は変化する.


2.三島溶岩流の調査と考察
 調査は, 愛鷹火山の東麓を流れる佐野川流域から始めた. 相原(2015年)によって報告したが, 佐野川流域には, 愛鷹火山の溶岩, 凝灰角礫岩や愛鷹ローム層などが分布していた. 高田,ほか(2016年)の 富士火山地質図(第2版)は, 佐野川左岸に愛鷹ローム層が分布する地域を箱根火山の山麓とした. 愛鷹ローム層は, 箱根新期軽石流HK(pfl)や古富士火山の噴出物などの堆積物である. しかし, 佐野川流域の基盤は, 愛鷹火山とするのが自然であり, 愛鷹ローム層と表現した方がよい.
 本調査は, 御殿場市竈(かまど)付近を流れる久保川や黄瀬川, そして御殿場市神場(じんば)を流れる西川や砂沢(ずなざわ)川などの河床である.
 Tsuya(1968年)が記載した SE5 畑岡溶岩は演習場のため十分な調査ができなかった. 畑岡という地名は, 東富士演習場(大野原)の北部で, 印野の南西地区を呼び, 演習の着弾地で, 人が近づけない地域である. 畑岡溶岩は, この畑岡地区を中心に神場の砂沢川付近までと, 御殿場市大阪の南に記載している.
 砂沢川の神場2丁目, 3丁目付近の溶岩や凝灰角礫岩は, 浸食が進んだ谷間の下位の噴出物で, 一見して三島溶岩と違うことが分かる (図15). 著者は, この溶岩や凝灰角礫岩を古富士火山の噴出物(OLF)と考え, 「神場溶岩流」と呼ぶことにした.
 調査地域の三島溶岩流は, 富士岡駅(JR御殿場線)の西を流れる西川の@大丸(おおまる)橋(標高約350m)から下流で, また, 富士岡駅の東を流れる黄瀬川のA二子橋(標高約350m)付近から下流で観察できた(図1).
 調査結果から, 大丸橋や二子橋の南に分布する溶岩は, 大野原溶岩より新しく, Tsuya(1968年)の地質図の記載と異なるので, 「駒門溶岩流」と呼ぶことにした. 大阪の南に分布する畑岡溶岩は駒門溶岩流の一部と思われる.

表4. 調査した地域の溶岩流

 古期溶岩の活動期
(約12,000年前〜約8,000前)
 
三島溶岩流 Mishima lava-flows
SE 駒門溶岩流
 Komakado lava-flows
SE1 大野原溶岩流
 Oonogahara lava-flows  
 古富士火山の活動期
(約100,000年前〜約12,000年前)
OLF 古富士火山噴出物
神場溶岩流
 Zinnba lava-flows

露頭@, 西川の駒門溶岩
 駒門溶岩流は, 駒門風穴の東を流れる西川の河床で観察すると, 駒門風穴方面から流れてきたことを示す溶岩地形が残っている. 河床でありながら, 微細な縄状模様などが侵食されずに残る新しい溶岩である(図3, 図4). 東へ向かう駒門溶岩流は, 黄瀬川まで達した. 南へ向かう駒門溶岩流は, 岩波まで観察できる .

 
図2. 西川の@大丸橋付近の駒門溶岩(標高約350m), 2015年1月19日撮影.
 
図3. 西川の駒門溶岩(駒門風穴から東へ250m地点). 2017年11月5日撮影, スケールは1m.
   河床には, 白線で示すような, 溶岩を流出した円形の穴や円形の膨らみがある.
   穴の周囲には, 穴を中心に外側へ向かって溶岩が流れた微細な縄状模様が侵食されずに残っている.  
 
図4. 西川の駒門溶岩(駒門風穴から東へ250m地点). 2016年10月12日撮影.
   駒門溶岩には, 駒門風穴の方向から流れてきたことを示す縄状模様などが観察される. 

露頭A 黄瀬川の駒門溶岩
 駒門方面から東へ流れてきた駒門溶岩流は, 黄瀬川の二子橋から約150m下流で観察できるが, 東の末端のため, 分布が断片的である(図5, 図6). しかし,御殿場市神山平の新礼聖橋付近から下流では連続して分布する (図7).

 
図5. 黄瀬川のA二子橋から約150m下流の駒門溶岩. 2017年11月5日撮影.
   写真に写る橋は二子橋である.
 
図6. 二子橋下流の駒門溶岩. 2019年4月20日撮影.
 
図7. 新礼聖橋付近の駒門溶岩. 2019年4月20日撮影.
    御殿場市神山平の駒門溶岩, 写真に写る橋は新礼聖橋である.

露頭B 兎島の大野原溶岩を覆う BF 富士黒土層
  富士黒土層は, 富士火山の活動が静かで, 気候が温暖な約8,000年前から約5,000年前に堆積した腐植に富むスコリアと火山灰層である. この層の中部から上部の層準には, 南九州鬼界カルデラの噴火(約6,300年前)に伴う, K-Ah 鬼界アカホヤ火山灰の火山ガラスが検出される(町田, 1996年). 大野原の地表には, 富士黒土層が広く分布する. SE1 大野原溶岩は, この富士黒土層に覆われている(図8, 図9).

 
図8. 兎島Bの富士黒土層(特別支援学校付近). スケールは50cm, 2017年4月19日撮影.
   T1の褐色テフラは, 噴火が激しく植物が生える間がなかった.
   T2, T3は, 腐食に富むテフラで, 直径1cmのスコリアを含む.


露頭C 裾野市運動公園付近の大野原溶岩

 
裾野市運動公園付近に分布する大野原溶岩は, 溶岩の表面が平坦で広い溶岩原になっている. 富士黒土層は, この大野原溶岩原を覆う柔らかい土壌で, 運動場や多くのサッカー場, テニスコートなどができている. 
 大野原の富士黒土層は, 運動公園付近で, 愛鷹火山岩(愛鷹ローム層, 凝灰角礫岩など)と接している.

 
図9. 大野原運動公園付近C(兎島)の大野原溶岩. 2017年4月19日 搗木橋から撮影.
    兎島の大野原溶岩は, 富士黒土層が浸食された河床に露出している.

露頭D 岩波の大野原溶岩と駒門溶岩
 西川は久保川と合流し, 久保川と呼ぶようになる. 久保川と黄瀬川は, 岩波で合流する. この合流点付近は, 谷幅が狭く, 岩波付近へ溶岩たまりができたようである. 岩波風穴は, この溶岩たまりへできた溶岩トンネルである(図12, 図13). 谷幅の狭い, 岩波駅の西を流れる黄瀬川は, 急流で, 下刻作用が盛んである. 右岸には, 数枚の大野原溶岩と, これを覆う駒門溶岩が観察できる(図10). この厚い溶岩は, 岩波という地名の由来を示しているようである.

 
図10. 岩波の黄瀬川右岸D. 2018年8月27日撮影.
     数枚の大野原溶岩とこれを覆う駒門溶岩, 白線はその境と考える.
 
図11. 岩波の久保川と黄瀬川の合流点付近の駒門溶岩. 2018年8月27日撮影.
    黄瀬川の左岸から上流の方向を撮影.
 
図12. 岩波風穴の入口  2017年11月5日撮影.
    この入口は, 溶岩トンネルの天井が崩落した穴である.
 
図13. 岩波風穴の分布図.
    この溶岩トンネルは, 溶岩たまりの内部にできた洞穴である..

露頭E 砂沢川の溶岩
 神場を流れる砂沢川は, 流域の大部分が砂礫の堆積する涸れ沢である. 砂沢は, 神場の砂沢川から印野をとおり幕岩まで続く沢の名である(図14). 砂沢スコリア層は, 富士火山南東麓に広く分布する鍵層で, 約2,800年(放射性炭素年代測定)前に噴出したスコリア層で, その分布の中心地の名をとって呼ばれている (町田 1977年).
 高田, ほか(2016年)の富士火山地質図(第2版)は, 砂沢川の神場2丁目, 3丁目付近に分布する神場溶岩を二子溶岩流と命名した. この二子溶岩流は, 第2版の富士火山地質図の二子にF-Ftgと記号があるので, 二子橋下流の溶岩へ付けた名称と思われる. 神場溶岩(図15)と二子の駒門溶岩(図6)が違うのは, 比較観察すれば明らかである.

 
図14. 砂沢川. 2018年09月17日 撮影.
    砂沢川は, 川幅が約28mあり, 砂礫が堆積する涸れ沢である.
 
図15. 神場溶岩. 2018年09月17日撮影.
    砂沢川の神場2丁目, 3丁目付近の OLF 古富士火山の溶岩及び角礫岩.


 
図16. 黄瀬川にできた滝の説明図.



3.おわりに
 三島市に分布する三島溶岩流は, 三島市楽寿園などのボーリング調査結果, その厚さが砂礫を挟み約75mある (土1988). 三島溶岩流が, 大野原の北方から, 三島市まで約35Km, 冷え固まらずに流れてきたのは, 溶岩の粘性が小さく, 熱伝導が悪いこと, 富士火山や箱根火山や愛鷹火山の狭い傾斜した谷間を大量の溶岩が流れたためと考えられる. 三島溶岩流の末端である三島市周辺は, 溶岩のたまり場となり, 厚い溶岩になった.
 河床の調査から, 三島溶岩流が観察できる河川の最上流地点は, 西川の大丸橋であった.
 滝の成因には, いろいろあるが, 黄瀬川の滝は, 三島溶岩が流れて, 冷え固まった所へできると考えられる(図16).


引用文献

相原 淳(2015年):愛鷹火山東麓の地質について. 静岡地学, 112, 7-8.
Hiromichi Tsuya GEOLOGICAL MAP OF FUJI VOLCANO 1968 ( CD-ROM Version).
町田 洋(1996年) :自然編. 小山町史 第6巻 原始古代中世通史編, 25-141.
町田 洋(1977年):火山灰は語る. 蒼樹書房, .324p.
森下晶(1974年):富士山 その生成と自然の謎. 講談社現代新書, 184p.
高田亮, 山元孝広, 石塚吉浩, 中野俊(2016年):富士火山地質図(第2版). 産業技術総合研究所.
土 隆一(1985年):三島市小浜池保存調査に関する報告書.三島市教育委員会 81-98p.
渡辺精, 鈴木増蔵, 渡辺 _ (1996年):7 黄瀬川谷をめぐる(その1), 8 黄瀬川谷を巡る(その2). 静岡県地学会編, 続えんそくの地学 60-75, 黒船出版.

ーコラムー

駒門風穴
 駒門風穴は,約1万年前の噴火活動による駒門溶岩流の活動を示す溶岩トンネル(溶岩隧道)である。溶岩トンネルは途中から長さが243mと105mの二つに分かれている。溶岩トンネル内の溶岩の流れの方向(床の傾斜方向)は、トンネル内の縄状模様(p地点)からわかり、東南東方向である。
 公開されていないが、入り口の南東方向には、1959年に発見された新駒門風穴がある。

 
 
P地点の縄状模様