ドッペルゲンガー
作・橋本 了
えー、最近の流行は「自分探し」なんだそうで、
「多重人格」だの、「精神分析」だの、ずいぶん
と難しい本が売れておりますな。占いブームも、
こうした「本当の自分」を見つけたい、という気
持ちの表われなんだそうで。ま、わたしなんざ、
与太郎や八つぁん熊さん、長屋のご隠居なん
てえ人たちになりきるのが仕事でございます
から、「多重人格」になれりゃあハナシカとし
ちゃ一番なのかもしれませんです。
さてここに、とある小さな出版社に勤めており
ますサヨコという女性がおります。出版社とい
ったって大きな会社の下請けのそのまた下請
け、いわゆるマゴ受けというやつでして、しかも
サヨコ自身が入社二年目のペーペーときてま
すから、先輩社員にアゴでこき使われることカ
ケダシの噺家のごとし、であります。
有名な大学の英文科を出たくらいの才媛です
から、こんなキョウグウにはもちろん満足でき
ない。給料は安いくせに残業は多くて、月に十
日は会社でお泊り、といった生活ですから当然
オトコもできない。先程申しました「こんなのは
ホントの私じゃない」、という気持ちが次第につ
のってまいります。
さて、そんなある日、めずらしく休みのとれました
サヨコさん、住んでいるアパートから少しばかり
足をのばして阿佐ヶ谷の商店街をぶらついて
おりまして、ふと目についた小さなアンティーク
ショップに入ってみました。西洋のものが品ぞ
ろえの中心ですが、なに、これといって目ぼし
いものはありません。重くて実用になりそうも
ない旅行カバンやら安物の絵皿やら、若い女
性の気にいりそうなものなんぞさっぱり。店内
が薄暗いのはこの手の店では毎度のこととし
ても、ろくに掃除もしていないのか、うかつに
品物にさわると手にべったりとホコリがついて
くる始末。
「つまんない店。さっさと出よう」と思って店の
出口にまいりましたところで、ドライフラワーに
埋もれかけたひとつの品物がサヨコの目にと
まりました。陶器製のマクラ、でございます。
焼物にくわしいほうではありませんからよく
わかりませんが、頭を弁髪−「べんぱつ」って
おわかりですか? 昔の中国の髪型で、頭を
こうぐるりっとそりあげて、このへんの髪だけ
長くのばして編んだのを垂らすわけですな。
その弁髪にした子供がふたり、犬ころといっ
しょに遊んでいる絵柄で、時代はかなり古そ
うです。
陶器のマクラなんてめずらしいな、このごろ
疲れすぎてよく眠れないけど、こんなマクラ
ならひんやりして気持ちいいかもしれない、
なんてマクラを手にとって考えておりますと、
突然後ろから「これは清の時代のものだよ」
と声をかけられて、サヨコさん飛び上がらん
ばかりに驚きました。
見れば、いつのまに近づいてきていたのか
ロマンスグレーの紳士がにこやかにほほえ
んでおります。
「ははは、こりゃ失礼、若いお嬢さんをすっ
かり驚かせてしまったようだ」
冗談じゃない、ゴルゴサーティーンならパンチ
をお見舞いしているとことろですな。サヨコさん
どうにか気をとりなおすと、ぶっきらぼうに
「陶器のマクラなんて始めて見ました」
「ふむ、陶器のマクラ自体は日本にもあっ
たし、そうめずらしくはないんだがね。これ
は願い事がかなうという言い伝えがあるマ
クラなんだよ」
露口茂みたいでシブイおじさんだと思って
いたら、ずいぶん子供だましなことをいうじゃ
ないの、と、ちょっとがっかりしましたが、さっ
さと話を切り上げて店を出てしまう気にもなれ
ない。ちょっとファザコンのケがあるんですね。
で、しげしげとマクラを眺めておりますと、
「ははは、信用してませんね? よろしい。では
一晩貸してさしあげることにしよう」
「あの、わたし、別に買うつもりなんてありませ
んケド」
「ご心配なく。押し売りするつもりはありませんよ。
使ってみて気にいったら、あなたがふさわしいと
思う代金で買ってくださればいい」
なんて、まるでスタジオジブリのアニメのような
展開で、サヨコさんマクラを借りてまいりました。
一晩で返すのは仕事の都合で難しいと言うと、
返すのはいつでもかまわないという返事。あまり
下心がある風でもありませんし、どこまでも気の
いい店主で。
さて、その晩、陶器のマクラは思ったとおりひん
やりとして寝心地がよく、ひさしぶりに休みがと
れたこともありまして、サヨコさんぐっすりと熟睡
いたしました。ただ、夢に出てきたのは相変わら
ずの忙しい日々。目を覚ましたときには、すっかり
気がめいってしまっておりました。
「何よこれ! 願いがかなうどころじゃないわ。
せめて夢くらい楽しけりゃいいのに!」
次の休みにはあのウソツキ親父にマクラを突っ
返してやろう、そう考えながらふとかたわらをみ
ますと、自分とうりふたつの姿形をした女性がド
レッサーの前に座ってお化粧をしております。
「あなた、誰?」とサヨコさんが尋ねると、
相手はこともなげに「なに言ってんの、あたしは、
アナタでしょう」と答えます。
えー、自分の分身のことをドッペルゲンガーと
申します。それと出会うと死んでしまう、なんて
いう言い伝えもあるようですが、サヨコさん、ちら
りと見かけるどころかドッペルゲンガーと共同
生活を始めました。出社拒否症になりかけて
いたサヨコさんの代わりに、ドッペルゲンガーが
仕事に行くわけですね。サヨコさんは家事を担当
する。自分の分身ですから食べ物の趣味から
インテリアの好みまでいっしょてんで、共同生活
のストレスがまったくない。なかなか快適なもの
であります。
さて、会社に出かけて行ったドッペルゲンガー、
つまらない雑用もいやがらずにこなす、仕事に
積極性が出てきた、となかなか評判がいい。
いままでは心のどこかでプライドがジャマして
いたんでしょうかね。
男性とのつきあいもざっくばらんで、優秀だと
評判だった先輩とじきに恋人同士になっちゃ
った。まさに公私ともに順風満帆、こうなると
ミジメなのはオリジナルのサヨコさんであります。
ドッペルゲンガーのカレシが泊りに来るたびに
部屋をあけわたさなくちゃいけない。まったく、
女二人の相部屋だった大学の女子寮でも、
こんな目にはあってません。そうはいっても、
生活費を稼いでいるのは今やドッペルゲンガー
ですからね、
強く出るわけにもいかない。サヨコさん、悶々と
思い悩んだ困ったあげくに、とうとう小説を書き
始めました。ところが、なんとこれが大当たり!
「自分探し」に憧れる同世代のOLさんたちの
アットウ的な支持を受けましてベストセラーの
座につきました。
さっそくドッペルゲンガーとは別のマンションを
買い、悠々自適の毎日です。
ある日、それまですっかり忘れていた陶器の
マクラのことを思い出しまして、小説家になれ
たことだし、お礼がてらに返してこよう、と思い
たちました。ところが、もともと小汚い店だった
しつぶれてしまったのか、ここにあったはず、
と思うあたりをいくら探しても例のアンティーク
ショップが見当たりません。近所のひとに聞い
てみても、そんな店は今も昔もありゃしません
よ、という、なんとも不思議な話で。
さて、ドッペルゲンガー、最初のうちは社会に
出たばかりという新鮮さもあって、なかなかガ
ンバッテいたんですが、男との関係がマンネ
リになってきたあたりで仕事のほうも壁にぶ
つかってしまいました。サヨコさんのマンション
にやってきては酒を飲み、「イイコでいるのも
疲れる。ホントは私、そーノーテンキなばかり
じゃないのよネ」なんてグチをこぼす始末。
ある日、ドッペルゲンガーがいつものようにクダ
をまいて帰った後で、サヨコさん、例のマクラが
なくなっていることに気がつきました。まあ、
自分にとっては用済みの品だし持って行った
相手が姉妹(きょうだい)みたいなもんだから、
別にどうってこともなかったんですが、なにが
起こるか見当がつくような気がいたしまして、
サヨコさん、やれやれとため息をついたそうで
あります。
おわかりでしょうか? はい、ドッペルゲンガー
2号が登場したんですね。今度のは言うなれば
悪女タイプ。仕事はテキトーだけど男を手玉に
とってやりたいホーダイってやつで、まさに、ドッ
ペルゲンガー1号の願望の表われであります。
しまいにゃ1号のカレシに手をだしたもんだから、
「ナニスンノヨ、このドロボー猫」
「アンタさ、あたしはアンタでもあるんだからね、
言葉に気をつけなさいよ!」
なんて不毛な言い合いをやってる。このいさかい
で思わぬ恩恵にあずかったのが、オリジナルの
サヨコさんであります。望み通り世の中に認めら
れちゃったもんだから、ウジウジ、モンモンとした
悩みがなくなってネタづまりだったんですね。そこ
に降って湧いたのがドッペルゲンガーたちのオン
ナの戦いだったわけで、サヨコさん、こりゃいいや
ってんで飛びついて小説にしちゃった。これがまた
また大当たり。あっという間に大ベストセラーです。
えー、オリジナルのサヨコさん、ネタをくれたお礼に
と、ドッペルゲンガー1号には息抜きに豪華版の海
外旅行をさせてやり、2号には資金を出して銀座で
高級クラブをやらせることにしました。このお店が
大繁盛したおかげで、政界、財界にコネができまし
て、もう小説のネタには困らない。いいサイクルですな、
資本は循環し、新たな利益を生む、資本主義経済っ
てのはこうじゃなきゃイケナイ。
誤算だったのは1号の結婚です。オリジナルやドッペル
2号が止めるのも聞かずに、結局クサレ縁の編集者と
ゴールイン。子供ができたからとあっさり仕事を捨てて
家庭に入ったら、育児づかれもあってじきに倦怠期、
「仕事を持ってるあんたたちがうらやましいわ」なんて、
ちょいちょい泣きごとを言いにやってくる。実家かここは!
てなもんですが、とにかくほかの二人は聞き役にまわっ
ている。まあ、1号だけが家庭を持っておりますんで、
ちょっぴりうらやましくもあるんでしょう。ただし、いつぞ
やの一件がありますからね、陶器のマクラは隠してあ
ります。
えー、さらに年月が流れまして、みんなトシを取ってくる。
ドッペルゲンガー1号にはマゴが誕生いたします。サヨコ
さんや2号も1号になりすましてマゴをかまいに行く。うん、
わるくない人生ですな。三人ともえらく長生きしまして、しま
いにはヒマゴに囲まれて三人いっしょに大往生。
というところでサヨコさん目がさめました。
「なによこれ! ただの夢じゃしょうがないわ」
さっさとあの親父にマクラを返そうと考えてから、もしや、
と思ってあたりをみまわしますと、自分とうりふたつの姿形
をした女性がドレッサーの前でお化粧している。
思わず「あなた、誰?」と尋ねると、
相手は「なに言ってんの、あたしは、アナタでしょう」
了