靴かくしの唄  

                   (1997年7月放送)
橋本 了
えー今回は「靴かくしの唄」というお話をさせていただこうと思います。僕が生まれた家は隣がお寺さんでありまして、ウチをふくめて近所の貧乏長屋は全部そのお寺さんが大家だったわけなんですが、この寺の坊さんといいますのが、なんてましょうか、がめついと申しましょうか、底意地が悪いと申しましょうか、毎年のように家賃の値上げを言ってくるわ、子供が山門の中に入っただけで血相変えて追っ払いにくるわなもんで、長屋の連中は「ありゃあ本当にインゴウ(因業)な坊主だ」なんて陰口をたたいていたわけなんですね。
ですから、お寺の本堂なんてのはウチのオヤジが子供の時分はいい遊び場だったそうなんですが、僕の子供時代には近づくこともできません。まあ、貧乏長屋のガキどもじゃ賽銭ドロボウはやっても賽銭を上げるこたあないだろうと踏んでたんでしょうね。

さて、このお寺さんに年に一回、八月九日にお祭りがありまして、小さな青リンゴを売る屋台が出るから「りんご祭り」と言ったんですが、この日だけは朝から縁日の始まる夕方まで、無礼講とでもいいますか、子供が本堂で遊んでも怒られないことになっていました。まあ、長屋の連中が総出でお祭りの飾り付けを手伝っていたんで、さすがに親の目の前でガキどもを追っ払うわけにもいかなかったんでしょう。
で、本堂で遊ぶ時に毎年決まってやっていたのが「靴かくし」なんですね。どんな遊びかと申しますと、要はかくれんぼの変形なんですが、体を隠すかわりにめいめいが履いている靴の片方を隠してオニに探させるわけですね。広い場所でやると見つけるのが大変なんで、隠し場所を本堂だけに決めるとちょうどいいあんばいなんです。
この「靴かくし」の最初のオニを決める時なんですが、ふつうのかくれんぼのようにジャンケンをするんじゃなくて、唄を唄って決めるんですね。ちょっと唄ってみます。
「どどばーたどー どーどーどっちゃん たけのはにくわれて ぬけないべーに たいちょうべーに どっぺんしょ」
……とまあ、ドチャクテキ(土着的)と申しましょうか、シュールと申しましょうか、意味がさっぱりわからない。この番組をご覧の方のなかでこの唄をご存じの方がいらしたらぜひご一報ください。
で、オニの決め方なんですが、いちばん年長の子がこの唄を唄いながら子供たちが片方ずつ出した靴を踏んでいって、唄が終わった時に踏まれていた靴の持ち主が最初のオニになるわけです。一度オニを決めたら次からは最初に靴を見つけられた子供がオニになるんで、この唄を唄うのは「靴かくし」を始める時だけなんですね。この遊びをするのが年に一度のお祭りの日で、おまけにこの唄を唄うのは一番年上の子供と決まっていたんで、なんだか秘密の儀式のような感じがしたもんです。

さて、話はここでガラっと変わります。十年前にうちのオヤジが死んだ時、通夜にくだんの寺の坊さんも来てくれました。十数年ぶりの再会だったんですが、七十歳近くなって風格が出たというか人間に丸味が出たというか、ずいぶん印象が変わっていてびっくりしました。以前は家賃なんか溜めようもんなら矢の催促だったのが、
「家賃を待って欲しい? ああ、いつでもいいよ。留さんとこも大変だねえ」なんて調子で、長屋の連中の話じゃ、奥さんが亡くなってから人柄がガラっと変わったというんですね。なんだか昔話の良寛さんみたいな気のいい坊さんになっちゃった。
で、さっき申し上げかけていたオヤジの通夜の席での話です。長ーいお経をあげた後で坊さまがおっしゃいますには、
「あんたのお父さんとは本当にまあ長いつきあいだったしいろいろ世話にもなった。お葬式には私も出させてもらいますよ」
こっちはまあ
「はい、どうもありがとうございます」と頭を下げるしかないわけなんですが、実をいうと、うちはこのお寺さんとは宗派が違うんですね。うちは浄土真宗でむこうさんは禅宗の一派の曹洞宗。ですから、先祖の墓があるのも葬式をやるのも別のお寺さんなわけです。なんせ坊さまですからねえ、葬式に参列するったって喪服を着て一般の人と並ぶわけにもいかないだろうし、葬式を仕切るのはうちの菩提寺の和尚だし、かといって葬式に来てくれるというのをむげに断るかけにもいかないし……、なんてシロウトがあれこれ考えてるとしまいにゃ頭がクラクラしてくるわけなんですが、ほんとはなんのことはない、お坊さんが他の宗派の葬式に出る場合にはちゃんと作法が決まってるらしいんですね。今じゃあもううろ覚えなんですが、ビジターの坊さまはたしか黄色い袈裟を着て、正面にあるご本尊と向かい合っている主役の坊さまの左手側に、90度の角度で内側を向いて坐っていました。さて、いよいよ葬式が始まってメインの坊さまのお経が始まると、ビジターの坊さまもじゅずをじゃらっとやってお経を上げ始めるわけです。このお経がよくわからない。もしかしたら同じお経だったのかもしれない んですが、浄土真宗と禅宗じゃお経を読むスタイルが全然違うんですね。浄土真宗はわりとゆっくりしたテンポで唄うような節回しがあるんですが、禅宗のほうは低い声でつぶやくような感じなんです。一方が
「かいそ、しーんーらーんしょーにーんのほんがんにー」なんてやっているともう一方が「ガヤガヤガヤ……」
バトルロイヤルというか、ま、異種格闘技戦状態ですな。ありがたいような、やかましいような、なんだかさっぱりわかんない。

しかしまあ、後になってよく考えてみますと、ノーギャラどころか香典持参でお経を上げに来てくれたんだからずいぶんキトク(奇特)な話ですよねえ。インゴウ坊主にできるこっちゃありません。
この坊さまは奥さんが亡くなった時に、預金通帳の残高があんまり多くて驚いたんだそうです。「人間いくら金があったってあの世までは持ってけない」なんて話はさんざ檀家衆相手にしてきたんでしょうが、人生も大詰めに来て、実感としてさとっちゃったわけですね。面白いもんです。人当たりが穏やかになっただけじゃなくて、とたんに風格まで出てくるんですからね。
えー今回は、人間変われば変わる、というお話でした。
                                      了


追記 マンガ家の山田ゴロさん(http://j-mac.netjoy.ne.jp/GORO/index.html)から、「靴かくし」に関する貴重な情報をいただいた。

「靴かくし」のことですが、ぼくも子供の頃、まったく同じあそびをしていました。
「靴かくし」ではなく「じょりかくし」と言っていました。「じょり」とは「ぞうり」のなまったものです。
ただ、歌の文句が全然ちがいます。
「じょんじょんがくし じょりがくし お寺のぼんさんが おじょりで はなかんで もったいないこと しよった しよった」というものでした。
それにしても、懐かしい遊びです。


山田ゴロさん、どうもありがとうございました!