「マンドラゴラ」
作・橋本 了
世の中いろいろと進歩いたしまして、クロー
ンだの遺伝子操作だので、昔は思いもよらな
かったものが作りだされてまいります。そう
した中に、2種類のまるでちがった野菜を組
み合わせたハイブリッド野菜なんてえのもご
ざいますな。じゃがいもとトマトのハイブリ
ッドでポマト、なんて言っているうちはかわ
いいもんですが、21世紀ともなりますと、
どんどんエスカレートしてまいりまして、し
まいにはタイガイのことはやりつくしてしま
ってとんでもない実験を始めるヤカラもいる。
そんなアブナイ科学者のひとりが、二十日市
(はつかいち)大学遺伝子工学研究所主任の、
阿波(アナミ)教授であります。
アナミ(以下A)「セリザワ君、今度の研究
のテーマ、いいものが見つかったよ」
セリザワ(以下S)「よかったですね、教授。
で、どういったもので?」
A「マンドラゴラだよ」
S「へ? なんです」
A「知らんのか? まったく、教養のないやつ
だな。マンドラゴラといえば魔女の秘薬。処
刑場に生えて、根のかたちは人間そっくりと
いう薬草さ」
S「そんなカルトなものは存じませんです」
A「何を言う。バイアグラの十倍の効果があ
るというレポートが「サイエンティスト」に
載ったのを知らんのか。某国ではすでに畑の
真ん中に処刑場を移す動きが進んでおるとい
うのに」
S「へえ、そうなんですか。そりゃまたケッ
コウな薬草で」
A「ま、欠点は地面から引き抜かれる時にも
のすごい声で叫ぶことかな。それを耳にした
ものはみんな死んでしまう」
S「教授、死んじまっちゃあいけませんや」
A「本場ではこれを引き抜く時には犬を身代
わりにするそうだ」
S「某国はともかく、日本も最近じゃいろい
ろとうるさいですよ」
A「そこでさ、マンドラゴラを原種にしてハ
イブリッド野菜を作るのだよ」
S「なるほど! 叫び声をあげないようにする
んですね。で、なんと交配します?」
A「うん、そこなんだがな、かぼちゃにしよ
うと思っておる。実の部分が薬になれば、地
面から引きぬかなくて済むからな」
S「なるほど、さすがは教授だ。で、なんて
名前なんですか?」
A「マンドラゴラとかぼちゃ、パンプキンだ
からマンドランプキン」
というわけで、アナミ教授と助手のセリザワ
君、マンドラゴラとかぼちゃのハイブリッド
化にとりくみました。大学の実験農園がもと
もとは墓地だったことも幸いしてか、マンド
ランプキンはすくすくと育ちまして、お盆の
ころには、人間の頭そっくりの実が畑でごろ
ごろしております。さて、こうなるとどうに
も気味が悪くてしょうがない。警察からもク
レームがつく始末。
A「うーん、いかんな。実が顔の形になると
は思わなかった」
S「もとのように、人形みたいな形ならよか
ったんですがねえ」
で、次に作り出しましたのが、豆とマンドラ
ゴラのハイブリッドでマンドラシード。顔が
サヤに入っているから、これなら警察も怒ら
ないだろう、と思ったら、豆が熟してサヤが
はじける時にさけび声が「ギヤー」。
これはいかん、もっとオーソドックスなもの
がよかろうってんでアナミ教授、人参とのハ
イブリッド、マンドロットを作りだしますが
これがまたとんだ大失敗。
S「教授、こりゃいけませんや。よく考えた
らまぎらわしくなっただけなんですから。葉
のかたちが人参そっくりなもんだから、収穫
の時に間違える農家のかたが続出してます。
「火曜サスペンス劇場」の題名になったマン
ドランプキンのほうがマシだったくらいだ」
A「セリザワ君、君はどうもものの見方が悲
観的でいかんな。科学の進歩に犠牲はつきも
のだよ」
S「そんなこと言ったって」
A「娘の恵美子がな、心配しておったぞ、こ
の頃のきみはいつもふさぎ込んでいるって」
S「そうですか、恵美子さんが……」
A「どうだ、今度の日曜日、うちでメシでも
食わんか」
S「ありがとうございます」
って、娘さん本当はボーイフレンドといっし
ょにスキューバダイビングに出かけちまうん
ですがね、そこんとこは言わない。独り者で
いつも自炊しているセリザワに食事を作らせ
ようってコンタンで。
さて、次に取り組んだのが、気色(キショク)
の悪いもの同士の組み合わせってことで、食
虫植物とマンドラゴラのハイブリッド化でご
ざいます。このあたりにくるとアナミ教授、
すでに「イッちゃって」ますな。でっかいド
ーム型のビニールハウスの中が熱帯のジャン
グルみたいになっちゃった。ときどき吸血植
物が首をしめようとツルを伸ばしてくるから
ウカウカ歩いていられない。
S「ウツボマンドラ順調ですね。食虫植物と
マンドラゴラって、どっちも動物みたいなと
ころがあるから相性がいいんですかね。どん
どん大きくなって、形もますます人間に似て
きましたよ」
A「うん、今度は放射線を当ててみよう」
なんてんで、調子に乗った教授がよせばいい
のに「ウルトラマン」を見習って放射線を当
てますと、なんとウツボマンドラが歩けるよ
うになって研究所を逃げ出したからさあ大変。
なにしろ、ルックスもプロポーションもバツ
グン、みんなコギャルやOLのオネエさんの
姿をしてるってんだからタチが悪い。電車の
中で痴漢にあおうもんなら「キャー!」
とたんに車内の乗客がバタバタっと死んでし
まいます。
とうとう国会で対策が審議されまして、公衆
の面前での痴漢行為は終身刑ということにな
りました。
女性議員「人前(ひとまえ)じゃなきゃ痴漢
してもいいんですか」
男性議員「ま、人前じゃなきゃ微罪じゃない
ですか、痴漢は。叫び声を聞いてほかの人が
死んでしまうわけじゃないし」
女性議員「微罪とはなんです」
男性議員「人前じゃなきゃ、立証するのも難
しいですよ、レイプ裁判とおんなじだ」
女性議員「男のエゴま・る・だ・し! アナタ、
事務所でセクハラしているんじゃありませ
ん?」
男性議員「なにを証拠に!」
なんて、めずらしく白熱した論議も呼びまし
たが、なんとか法案成立。やれやれ、これで
どうにか騒ぎもおさまるか、と思ったのもつ
かのま、ライブハウスを中心にあらたな犠牲
者が続出しました。
S「まいりましたねえ。植物のくせになんで
また、ビジュアル系のロックバンドなんかに
ハマったんだろうなあ。こっちがなにもしな
くても叫んじまうんですからね。遊園地の乗
り物も要注意だな」
セリザワ君の心配は三日後に的中しまして、
バンジージャンプに挑戦したウツボマンドラ
のおかげで、学生アルバイト2名と見物人6
名が死亡するという惨事が起こりました。
アナミ教授とうとう国会に召喚されまして、
責任を追及されるハメになります。
議長「イズミ厚生大臣」
イズミ「いったいどうしてこんな有害な植物
を作り出したのか? 科学者として良心の呵
責を覚えないのか、教授のお考えをうかがい
たい」
議長「アナミ教授」
A「えー、植物が自由に歩行するなどという
事態は当初まったく予想不可能であり、実験
の内容は厚生省、科学技術庁の安全基準内で
あります」
議長「イズミ厚生大臣」
イズミ「だからといって、マンドラゴラなん
て危険な植物を改良することはないでしょ
う」
議長「アナミ教授」
アナミ「お言葉ではありますが、マンドラゴ
ラは男性の性的機能障害、いわゆるインポテ
ンツの特効薬として注目を浴びており、農林
水産省の産業化推奨作物にも指定されており
ます」
議長「マツダ農林水産大臣」
マツダ「産業化推奨作物と申しますものは、
栽培方法、加工方法の改良によって、地域産
業の発展に寄与しようという趣旨のものであ
り、遺伝子操作によるハイブリッド野菜の開
発はその範疇に含まれておりません」
なんて調子で、さっぱり議論がすすみませ
ん。まあ、国会の証人喚問なんてものは、ス
ケープゴートをつるし上げるだけのもんだと
誰もが承知してるわけなんですが。
アナミ教授、議事堂を出たところから大学ま
でずっとマスコミに追い掛けまわされまして、
すっかり憔悴した様子で研究室にあらわれま
した。
S「教授、おつかれさまでした」
A「まったく、どいつもこいつも。ウツボマ
ンドラの害を問題にする前になぜ、植物が街
を歩き、OLになりきる、その生命の神秘を
研究し、解明しようとせんのだ!」
って、犠牲者が出てんだからウツボマンドラ
退治が先決で当たり前なんですが、さすがは
マッドサイエンティスト、自分だけの世界に
生きております。
S「教授、お話しがあります」
A「なんだね」
S「ウツボマンドラ、ぼくに倒させてくださ
い」
A「セリザワ君、君までが何を言う」
S「しかし、このままではわれわれは世間の
嫌われ者です。お嬢さんだって失踪されたま
まじゃないですか」
教授の娘さん、本当は婚前旅行でジャワ島に
行っているんですが、セリザワ君、何も知ら
されていないんですね。
A「好きにしたまえ。きみはもう助手でもな
んでもない」
勝手なもんです。研究予算も削られたところ
だしちょうどいいやってんで、長年こき使っ
てきた助手を首にしちゃった。
とまあ、こうした次第で教授とタモトを別っ
たセリザワ君が国に働きかけまして、首尾よ
く採用されたアイデアといいますのが、ハリ
ウッドのスター、ザ・フライ、ハエ男の招聘
であります。
映画の大ヒットでやっこさん、今はビバリー
ヒルズのプール付きの豪邸で暮らしておりま
す。日本側からはタカラダという外務省の若
手エリートがセリザワ君といっしょにアメリ
カに飛びまして、なんとか会談にこぎつけま
した。このタカラダ君、なんでも東大のオタ
ク・ゼミにいた学歴を買われたんだそうで。
T「ミスター・フライ?」
ハエ男(身振りをまじえて、口をモゾモゾと
させながらしゃべる)「イエース」
T「今、日本は滅亡の危機にあります」
ハエ男「ハイ、ニュースで見ました。お気の
毒デース。ボクノ映画のビデオ、日本でタク
サン、タクサン売れました。日本はマニアが
多い、ボクノ第二のふるさとネ」
T「それで、ウツボマンドラを倒すのに、ぜ
ひアナタのお力をお借りしたいのです」
ハエ男「ホワット、ボクのチカラ、デスカ?」
T「ええ」
ハエ男「(テーブルの上を指さして)ちょっ
とそこのジャムを取ってもらえますか?」
T「え、ああ、これですか?(とジャムの小
ビンを手にとって渡す)」
ハエ男「ドウモアリガト(変なしぐさでジャ
ムを舐める。以後の会話の途中でも、時々、
思い出したようにビンや指を舐める。手をこ
すりあわせたり、自分の顔をなでたり、ハエ
的な動作)デモネ、ウツボカズラは僕にとっ
てはキケンな敵ですよ」
T「ええ、わかっています。だからこそ、あ
なたが来ていただけるとありがたいのです」
ハエ男「ワカリマシタ」
T「来ていただけますか?」
ハエ男「ボクのスケジュール管理は、全部マ
ネージャーにまかせてアリマス」
このマネージャーというのがおそろしくや
り手でして、法外なギャラをふっかけられて
もめたものの、キンチョールのCMとゴジラ
映画にも出演という条件でなんとか来日の約
束をとりつけました。
それからも、やれ宿泊先はビートルズが泊ま
ったホテルの同じ部屋がいい、自家用ジェッ
トの着陸で羽田空港を使わせろ、キンチョー
ルのCMはカケフと共演がいい、カメラのス
トロボは禁止、来日記念盤のビデオを出せ、
とまあじつにいろんな条件がつきまして、契
約書がこんなに分厚く(指で厚さを示す)な
っちゃいました。まあ、足元をみられてんだ
からしょうがない。
来日しますと、まずはお決まりの相撲見物、
夜は花魁ショーと、わりあいにオーソドック
スな見学コースで満足しているようす。好物
は江戸前のテンプラで、特に小柱のかき揚げ
がお気に入りとか。ゴマ油の香りがたまんな
いんでしょうな。
それでも、さんざん遊びまわるあいだに手塚
治虫さんと円谷英二さんのお墓参りをするあ
たり、自分のファンを意識しているのか、な
かなかソツのないスターぶりでありました。
―なんだか、むかしの芸能ニュースみたいだ
な。
えーさて、いよいよハエ男が出演するテレビ
番組の収録がはじまります。セリザワ君の要
望で公開録画。なにしろ食虫植物の遺伝子が
入ってますから日本中のウツボマンドラたち
が、ハエ男のフェロモン、みたいなものにひ
かれてぞくぞくとスタジオに集まってまいり
ます。とそこを見事に一網打尽! セリザワ君
の秘密兵器「オキシジェンデストロイヤー」
が絶大な威力を発揮しまして、ウツボマンド
ラたちはあえない最後……
とまあここまではよかったんですが、もとは
と言えば自分もマッドサイエンティストのハ
エ男。アナミ教授と意気投合してハエとマン
ドラゴラのハイブリッド、「マンドラフライ」
を作っちゃった。空をぶんぶん飛びまわる上
にハエのようにオウセイな繁殖力をもってま
すから始末におえません。外タレに弱い日本
人たちもさすがにこれにはキレまして、高い
ギャラを払ったのにいいかげんにしないか、
と怒ると
ハエ男「ゴメンナサーイ、ボクね、ハリウッ
ド生まれだけにハイブリッドが大好き」
了