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橋本 了
(1997年5月放送)
えー今回から「かたりあべ」というコーナーをやってみるこ
とにいたしました。むかしは「かたりべ」といいまして、伝説
であるとか歴史とかを話して聴かせる仕事があったわけなんで
すが、この、べらべらとよくしゃべる、おまけにこどものころ
のどーでもいいようなことをミョーによく覚えている「あべ」
がですね、現代の語り部としてみなさまにいろんなお話をして
みようと、まあそういうわけです。
かれこれ10年ほど前になりますか、そのころ働いていたビ
デオソフト会社がよせばいいのに映画を1本作っちまいまして、
題名は『シブヤで逢いたい』。主演は東幹久君とつみきみほち
ゃんだったんですが、ま、出来のほうはですね、監督の演出が
なっていないといいましょうか、脚本がワルイといいましょう
か、とにかく♂♀☆★だったわけです。
で、作ったからにはこれを公開しなきゃいけないわけなんで
すが、ビデオを売ってで投資を回収するつもりなもんだから、
劇場の上映のほうはとにかく話題になりゃあいいやってんで、
「『シブヤで逢いたい』って題名だし、渋谷のセンター街の近
くに空地があるから、あそこにテント小屋を建てて公開しよう」
って話になりました。ちょうど赤井英和さんの『どついたるね
ん』っていう映画が、原宿の空き地に建てたテント小屋で上映
されて大ヒットしていたころだったんです。
ぼくはむかし渋谷のパルコ劇場にいたことがあるもんですか
ら、制作部長に呼びつけられて
「お前ちょうどいいや、劇場の副館長てことにしてやるからひ
と月ばかしそこにつめててくれや」という話になりました。
仕事といったらメガホンを片手に大声でお客さんを呼び込ん
だり切符をもぎったり、まあ、バイト君と大差なかったんです
けどね。もともと劇場の仕事は嫌いじゃなかったから、それは
それでけっこう楽しませてもらいました。でもまあ、なんとい
っても一番ケッサクだったのが、公開直前にはじまった幽霊さ
わぎだったわけです。
ぼくは心霊写真を撮ったこともあるし、(幽霊が)出るって
いわれてる場所にいくとイヤーな感じがするほうなんですが、
シブヤのテント小屋は入ったとたんにもう、全身を生臭いよう
な、よどんだ空気に包み込まれるような感じがして、「こりゃ
あヤバイな」って思いました。ただ、こっちもサラリーマンで
すからね、「ここはタタリがありそうだ」なんて言うわけにも
いかない。しかたないから黙ってたわけです。ところが、アル
バイトの、そうだな、仮に鈴木君とでもしておきましょうか、
国分寺でファッションヘルスのやとわれ店長をやっていた、な
かなか面白いヤツなんですが、その鈴木君があと三日で封切り
という日になって、青ざめた顔をしてぼくのところへやってき
まして、
「あべさん、ここ、まずいですよ…」と言いだしたんです。
おいでなすったかなと思いながら
「見た?」ってききかえすと、やっこさんもともと細い目をも
っと細くしながらうなずいて、
「今朝、小屋に入ったら、一番前の列の右端に坐っていたんで
すよ、髪の長い、若い女が、うつむいてて…… 俺、目が悪
いかわりに幽霊とかははっきり視るんですよ、あべさん、こ
こ、まずいっすよ」と真顔で言うわけです。
やっぱりなあと思ってつい、
「オハライとかしたほうがいいと思う?」って口をすべらせる
と、鈴木君、急にパッと明るい顔になって、
「お願いします! いやあよかったなあ、話のわかる人が副支
配人で」なんてんで、いつのまにやらひくにひけない話になっ
ちまいました。まあ、幽霊を見た当人は本気でこわがってんで
すからね、しょうがないんですが。
で、なかばヤケクソで担当の課長にオハライのはなしを持ち
かけてみることにしました。幽霊さわぎのことはふせたまんま
です。かえって馬鹿にされますからね。
「ねえ、課長、劇場だの映画館だのってとこは元来エンギをか
つぐんですよ。パルコ劇場なんて、毎年お酉さま行って10万
ぐらいする熊手を買ってましたもん。レコード会社だってヒ
ット祈願とかやるじゃないすか? あのノリですよ、あのノ
リ。仮設テントったって小屋かけてお客さん呼ぼうってんだ
から、映画のヒットと公開中の安全を祈願しなくちゃあ」
とまあ、そんな具合にカキクドいたわけです。
「なるほどなあ、で、どうするの? お参りに行く?」って、
課長さん、うまいこと乗ってきてくれたんで、
「いやあ、神主さんを呼んでオハライしてもらうのが一番です
よ。地鎮祭とかはどの会社でもやるじゃないですか? 総務
の人だったらきっと段取りもわかりますよ」
ここはもう押しの一手ってやつですね。僕自身、シブヤの一
等地が空き地ってのがまず気にいらなかったんで、とにかくそ
の場所をオキヨメしないといけないと思ってました。
さて、課長さんどうやらその気になってくれまして、
「まあ、認めてもらえるかどうかわからないけど、部長と総務
に話してみるよ」ということになりました。部長はお祭り好き
のイケイケ人間なんで、たぶん話は通るとふんでいたんですが、
甘かったですね。カイシャをなめちゃいけません。
翌日しかめつらした課長に呼ばれて、
「あべくん、例のオハライの件なんだけどさ」
「はあ」
「ウチの総務に聞いたら、本社の社長がカトリックだって言う
んだよね。本社ビルの落成式もミサだったそうなんだけど、
ミサじゃまずいかなあ?」
まあこの、なかなか楽しい人ですよね、上司でさえなけりゃ。
「カ、カトリックかあ…」
ちょっと頭がクラクラきましたけど、何もしないよりはマシ
なんで
「いいじゃないですか、ミサでも。いやあ、なんか格調高くて
いいなあ」って答えたら、
「わかった、じゃ、本社の総務に話してくるよ」
課長さんソソクサと会社にもどっていきました。やれやれ、こ
れでどうにか話がついたかなと思っていたら、夕方になって課
長さんがまたまたテント小屋にやってきまして、
「本社の総務に話したらさあ、子会社のことだから、別に神社
のオハライでかまわないってさ」
やけにうれしそうなんですね、これが。管理職ってのも大変な
もんです。
カトリックのミサってのも面白そうだったからちょっと残念
だったんですが、まあ、結局最初に考えていたとおり、神主さ
んを呼んでオハライをやってもらうことになりました。
それで、せっかく会社の費用でオハライをやるんだから明治
神宮とか、どこか有名どころの神社の神主さんを呼ぼうと思っ
たんですが、あれって、どこでオハライをやるかで担当の神社
が決まってしまうんですね。シブヤの何丁目はどこの神社のカ
ンカツと決まっていて、オハライを頼むほうが選ぶわけにはい
かないそうなんです。
まあ、とにかく映画の公開の前日にはめでたくオハライをや
ってもらうことになりました。経験のある人ならおわかりでし
ょうけど、ムズカシイ言葉のあいだに、わりとロコツな願い事
がはさみこまれるからノリトって結構笑えるんですよね。
「タカマノハラニカムヅマリマス……」なんてはじまっておい
て、いきなり「アズマミキヒサ、ツミキミホ出演ノ『シブヤデ
逢イタイ』ノ興行ヲ成功サセタマイ……」とくるもんだから、
まわりの連中の顔を見ると、みんなおかしくて吹き出しそうな
のを必死でこらえているわけです。
ただ、ぼくもあのときは真剣でしたね。言い出しっぺだし、
宗派はともかく、「気」の力っていうんですかね、生命のエネ
ルギーみたいなものは存在するんじゃないかと思っているもん
ですから。ノリトを聞いている時も、タマグシをそなえるとき
も、とにかく気合いをこめてやりました。オハライが終わった
ら鈴木君が近くにやってきて、
「あべさん、いやあ、気合いが入ってましたねえ、オーラが金
色に光ってましたよ! あの神主もけっこう霊力が強くて光っ
てたし…」ときました。へんなバイト君もあったもんですな。
「幽霊はどうなった?」って聞いたら、
「いやあ、男のカゲも、女のカゲも、ぜんぶで七つか八つ、シ
ュンシュン上に上がっていきましたよ。よかったです。もうダ
イジョウブです」って本当に喜んでました。
肝心の映画はさっきも申し上げたとおりもののみごとにコケ
たんですが、幽霊さわぎのほうはピタリとおさまってました。
えー、以上がシブヤでオハライをしたテンマツです。で、く
だんの場所なんですが、いまはファッショナブルなお店が建っ
ていて、幽霊を見たとかいう話はその後もないようです。
実はそれは、ぼくと神主さんが気合いをいれてオハライをし
たからなんですね。
了