(1997年5月放送)
橋本 了今回は「僕のシンクロニシティ体験」という、ちょっとやや
こしいお話をしてみたいと思います。シンクロニシティ!日本
語で言うと「共時性」、「時」を「共」にする「性」質と書く
わけなんですが、錬金術やら占星術やら易(えき)なんぞを研
究したかの大心理学者、ユングが唱えた説なんだそうです。
どんなことなのかと言いますと、心の中で重要な事が起こっ
ているときに、それとなんの因果関係のない、しかも心にとっ
て重要なことが外の世界でも起こる、というようなことなんだ
そうです。こう言ってもなんのことかわかりませんよね?僕に
もさっぱりわかりません。ハイ。ですからまず、ユング先生が
体験したという実際の例をお話しすることにしましょう。
ある時、先生は年老いた賢者のイメージを絵に描きまして、
そこになんとなくカワセミの羽根を描き加えたというんですね。
で、先生その絵を解釈しまして、「なるほど、自分の考える老
賢者というものは、虹のような美しい羽根を持った仙人のよう
な人物なんだなあ」とそう考えたんだそうです。
さて、その翌日、ユング先生が湖のほとりを散歩しておりま
すと、傷ひとつないカワセミの死骸が横たわっていた、という
んですね。そのあたりはふだんカワセミなんてほとんどみかけ
ない所だったそうなんです。
先生びっくりしながら、昨日自分が考えた老賢者のイメージ
は正しかったんだと確信した……と、これがユング先生自身の
シンクロニシテイ体験なんだそうです。確かに、カワセミの羽
根を描いたこととカワセミが死んだことのあいだには、まった
く因果関係がないわけですね。
えー、それではいよいよですね、僕自身のシンクロニシテイ
体験をお話ししましょう。大学を受験した頃のことです。現役
の時は地元の信州大学の人文学部を受けました。地元といって
もこの学部は松本市にありまして、僕が住んでいた上田市から
はかなり離れてますんで、松本市内の旅館に一泊して受験する
ことになりました。
旅館では同じように信州大を受験しに来た受験生ふたりと相部
屋になったんですが、このふたりがふたりともなんと申しまし
ょうか、なかなかユニークな学生さんでした。
ひとりは苦学生というんですかね、新聞販売店で住み込みで
働いて奨学金をもらって大学に入ろうとしてました。僕のよう
に高3ですっかりグレて、なかばひやかしで大学を受けに来て
いる人間にとっては、そこまでして大学に行きたいという人が
いる、それだけでもう驚きでしたね。高校も通っていなくて、
通信教育で大学受験資格をとったなんて話を聞かされますと、
「いいかげんな生きかたをして申しわけございません!オユル
シくだせェ」って感じでした。
もうひとりの受験生は、いまでもこのこの言い方するんです
かね、仮面浪人というやつで、早稲田の文学部に通いながら、
信大の医学部を受けに来ていました。いかにも受験なれした、
都会の学生という雰囲気で、物理はどこの参考書がいいとか、
そんなたぐいのことを本当によく知っているんですね。田舎も
んの僕はまたまたアットウされてしまったわけです。
さて夜になりまして、夕飯を食べて風呂に入って、明日にそ
なえて今日は早いとこ寝ようということになりました。ちょと
フケツな話で申し訳ないんですが、僕はその頃、朝しか歯をみ
がいていなかったんですね。ところが他のふたりは当然のよう
な顔をして洗面所に歯をみがきにゆくわけです。ここでまたま
た、ショックを受けるんですね。
−ああ、俺ってなんてフケツな人間だったんだ……とか思って。
信大の受験は自分でも予想していた通り失敗でした。高3に
なってからまったく勉強していなかったから、まあ当然なんで
すけどね。それから一年の浪人期間中は、あの苦学生さんをみ
ならってマジメに勉強しました。ホントです。おかげで模擬試
験の成績もグンとアップしたんで、グレる前に行くつもりだっ
た京大を受けることにしました。
前の年と同じように旅館を予約したわけなんですが、今度の
相部屋の相手は鹿児島の受験校の学生さんたちで、みんな一浪
は人並みだと思っているような連中だからいたってノンキに構
えてましたね。旅館をぬけ出してインベーダーゲームをやりに
行くやつもいれば、テレビで「宇宙戦艦ヤマト」をみてるやつ
もいるって具合で。僕のほうは−俺も去年はあんなふうだった
んだろうなあ−なんてちょっとジジムサイ感慨にふけってまし
た。
さて、いよいよ寝ようという段になりまして、前の年のハズ
カシイ経験のおかげで夜も歯をみがく良い子になってましたん
で、共同の洗面所に行ったわけですね。そこでばったり顔をあ
わせたのが、ナントあの仮面浪人氏だったんです!
これには驚きましたね。別に連絡を取り合っていたわけでも
ないのに、同じ大学を受けて旅館まで同じところを予約してい
たんですから。おまけに同じ時刻に歯みがきをしようとしてば
ったりですからねえ。
一年ぶりに会ってみると、仮面浪人氏はふつうの学生さんに
見えました。おまけに、そのとき一緒に歯をみがいていて気が
ついたんですけど、彼、シソウノウロウにかかっていたんです
ね。ハグキから血が出てました。
まあ、「おたがいにガンバロウ」とかさしさわりのないこと
を言って別れたんですが、僕は、自分は合格するだろうけど、
彼は今年も不合格だろうな、と確信しました。仮面浪人氏と再
会したおかげで、一年間の努力の成果を保証されたような気が
したわけですね。
えー、以上が僕のシンクロニシテイ体験です。受験の結果は
予想通りでした。仮面浪人氏にはその後一度も会っていません。
了