僕が初めて淀川先生にお会いしたのは、パルコが配給した『エレンディラ』という映画のパンフレットに解説をお願いした15年前のことだった。パルコに入社して半年の新米だった僕は、この映画の配給・宣伝のアシスタントをやっていたのだが、ペーペーの身で淀川先生に原稿を直接依頼するなどというのはもちろん有り得ない話で、すでに先生とおつきあいのあった先輩社員が代わりに話をしてくれたのだった。
試写室で先生にプレスシートをお渡ししながら、「テレビに出ている顔そのままだなあ」とか、「意外に小さいなあ」とか、ミーハーなことばかり考えていたことを思い出す。
それから数日して、先生から会社に電話がかかってきた。最初はくだんの先輩が応対していたのだが、映画の内容についての質問だというので僕に電話がまわってきた。
「あの映画、いい映画だったねえ。それで、原作者は有名な小説家なんだって?」
「はい、ノーベル文学賞を受賞した、ガブリエル・ガルシア=マルケスです」
「ノーベル賞! すごいね! それで、どんな小説を書くの?」
「コロンビアの作家なんですが、なんといいますか、非常に幻想的な作風で知られておりまして……」
ラテンアメリカの幻想文学の大家について、門外漢の僕が電話で要領よく説明できるわけがない。案の定、先生はほどなく怒り出してしまった。
「なんですか、あなたは! それでもこの映画の担当なの! しっかりしなさい。まあ、××君の頼みだから、原稿は書いてあげるけど…… いい映画なんだからね、あなたもっと勉強しなさい!」
先生はそう言って電話を切ってしまった。
天下の淀川先生を怒らせたんじゃ、俺も即、異動かもしれないな。それにしても、テレビじゃやさしそうだけど、本当はずいぶん短気なんだなあ、と思いながら、僕は電話でのやりとりをふり返ってみた。
流暢な説明ではないけれど、的外れなことは答えていない。むしろ、説明の途中でいらいらと話をさえぎってしまうのは先生のほうだった。確かに、電話で説明を聞いてすんなりと頭に入ってくる事柄でもないが…… 僕はようやく、先生の電話の真意が、僕から説明を聞きたいというよりも、原作者についてもっと詳しい資料が欲しい、あるいは、出版さ
れている小説を読んでみたい、それがお前にわかるか? という謎掛けだったのではないかと気がついた。
僕はさっそく近くの書店でガルシア=マルケスの代表作とされている『百年の孤独』を買うと、電話での不手際を詫びる一文を添えて先生に送った。
二日後、淀川先生から僕宛てに再び電話が入った。
「本、届きました。まあ、君は本当によく気がつくねえ! こちらから頼んだわけでもないのに、わざわざ本を送ってくれて! 面白い作家だねえ。原稿、まかせておきなさい。いいものを書くから! それからねえ、パルコがまた映画を配給することになって、僕に原稿を頼みたい時は、あなたが僕に電話しなさい」
銀座の喫茶店で待ち合わせて先生からいただいた原稿は、編集経験者の先生らしく、編集者が入稿の際に書き加える記号(小さい「つ」は丸で囲む、とか)が丁寧につけられた美しいものだった。
「はい、これ、いい出来だよ。それからねえ、僕はいつも編集の人と約束するの。誤植は一つ一万円の罰金。あなたとも約束よ。いい、僕、楽しみにしてるからね、誤植見つけるの。三つあったら三万円! あなたまだ給料安いでしょ。だから、しっかり校正しなさい。
それから、この映画、とてもよかったから他の雑誌でも紹介してあげるし、みんなに観るように話してあげるからね。あなたもがんばりなさい」
それから半年で僕はパルコを辞め(テナントショップ向けの営業に移れと言うからすぐに辞表を出した)、自分で評論を書くようになったので、先生に次の原稿をお願いする機会はなくなってしまった。しかし、映像制作関連の仕事にまがりなりにも15年間たずさわってきた者として、自分が淀川長治先生から窓口役に指名していただいた宣伝担当だったというのは、今でも最大の自慢話なのである。
了
Ryo Hashimoto
Dec.12.1998
本文中に登場する淀川先生の『エレンディラ』評をお読みになりたい方、私あてに直接メールをいただければ、メールいたします。ホームページ掲載も考えたのですが、著作権法上、パルコと淀川先生のご遺族の許諾が必要と思われますので。
メールアドレスはsusu@mxg.mesh.ne.jpです。