「四辻の怪談」
作・橋本 了
えー、四辻(よつつじ)と申しますものは、
この世とあの世の出会うところ、魔界への出
入口と洋の東西を問わずに考えられているよ
うでございます。西洋でいいますと、悪魔を
呼び出すのに真夜中に四辻で鶏をひきさいて
「エロイム、エッサイム……」と唱える、と
か、死刑にした罪人の死体を魂が戻ってこな
いように四辻に埋める、といった風習があっ
たそうで、かの有名なブルースシンガーの「ろ
ばあと・じょんそん」というお方の歌には「く
ろすろおど・ぶるうす」(四辻ぶるうすとで
も申すんでしょうかな)というのもございま
す。
さて、これが、東洋、日本国となりますと、
厄落としに四辻へ行って、人に気づかれない
ように櫛や金(かね)を落として来る、なん
てえ、まじないがあったそうで、これからお
話しします怪談も、そうした四辻にまつわる
風習、古いしきたりから生まれたものなので
ございます。
さて、ある地方には、亡くなったかたの遺骨
をお墓に納めた帰り道、最初の四辻を曲がる
まで決してふりかえってはならない、という
風習がございます。この、ふりかえってはい
けないというタブー、これも神話や伝説にい
ろいろと残っておりまして面白うございます
な。西洋ですともちろん、詩人のオルフェウ
スが毒蛇に噛まれて死んだ妻を地獄へ連れ戻
しにゆくお話が有名です。ふりかえっちゃあ
イケナイ、見ちゃあイケナイといわれると、
あべこべについ見たくなる、人間てのはオモ
シロイもんですな。
えー、いくぶんはなしが脱線してまいりまし
たので、本題に戻りましょう。日本のとある
地方、「とあるとある」といって、いったい
どこなんじゃいとお怒りになるかたもいらっ
しゃいますでしょうが、このお話をわたしに
聞かせてくれたひと自身がですね、今から三
十年以上も前に聞いた話を思い出し思い出し
話してくれたものですから、もとはどこのお
話し、言い伝えやら、わたしにもよく分から
ないのでございます。
さて、日本のとある地方には、先にも申しま
したように、亡くなったかたの遺骨をお墓に
納めた帰り道、最初の四辻を曲がるまで決し
てふりかえってはならない、という風習がご
ざいます。このお話はそこで実際に起こった
出来事なのでございます。
この地に高校2年生になります、そうですね、
仮に村田伸二くんとしておきましょうか、****
(アドリブ)でもよろしいんですが、あんまり
落語家じみた名前じゃ迫力がありませんし。
えー、この村田伸二君の遠い親戚にあたるお
じさんが、蚋(ぶよ)に刺された痕からばい
菌が入ったのがもとでぽっくり亡くなりまし
て、まあ、野良仕事で汚れた手で「ぶよ」に
さされた首筋をボリボリ、バリバリとかきむ
しったのがいけなかったんでしょう。一家の
大黒柱が突然亡くなったということで、家の
かたがたの驚きよう、嘆きようは大変なもの
であったと申します。いまは落ちぶれたとは
いいながら、その家が本家筋にあたるという
ことで、なんせ田舎のこと、親類縁者一同う
ちそろいまして、しめやかにお葬式が行われ
たそうでございます。
それから七七、四十九日がすぎまして、法要
と納骨が行われることになりました。伸二君
のところも遠い親戚とはいえ本家筋の法要、
出るのは当然のことなのだけれども、おとう
さんも兼業農家でなにかといそがしい、そこ
で、夏休みでブラブラしていた伸二君にお鉢
が回ってきた、というわけですね。「おい、
伸二、亡くなった健太郎おじさんの法事な、
お前かわりに行ってこい。父さんもなんとか
都合をつけて、夕方には一度顔を出すから」
「ええっ、なんで俺が!」と言いましたけれ
ども
「毎日遊び暮らしているくせに何をぬか
す! それなら明日から畑に出るか!」と言わ
れますと、じきにサッカー部の合宿が始まる
からそれもまたアンバイが悪い。伸二君しぶ
しぶながら引き受けたそうでございます。
「それから、お前な、子供の時から言われて
いるから、わかってはいるだろうが、お墓の
帰り、最初の四つ角を曲がるまでは絶対にふ
りかえるなよ」
「ああ、わかってるよ」
子供の頃から墓参りのたんびに言いきかさ
れていることなんで、正直なところ耳にタコ
ができております。とはいえ、そんなことを
言おうものならまたお説教がまっております
から、逃げるが勝ちと家を出ようとすると、
今度は母親に呼び止められて
「シンジ、わかってはいるだろうけど、」
「はいはい、死んだ人がついてくるから、後
ろはふりかえるな、だろ?」
「この子はもう、人の言うことをコバカにし
て……」
「行ってくるよ!」
と家は飛び出したものの、納骨に出かけるの
は夏の強い日差しを嫌って午後四時のこと、
村の連中はもうおじさんの家に集まっている
ことでしょうが、お経なんぞ誰が聞くものか、
と腹を決めまして、村はずれのほうへとずん
ずんやってまいりました。
「せっかくの休みだってのに冗談じゃあね
えや!」
狭い村のこと、こんな日にバイクを飛ばすわ
けにもいかないし、時間を潰そうにもなんに
も思いつかない。ふと目にとまった野良犬に
腹立ちまぎれに石をぶっつけますと、この薄
汚い犬が逃げるどころか、低い声でうなりな
がら上目づかいにじっと睨みつけてきたので
ございます。あまりの迫力と気味の悪さにハ
ッと息をのんだところで、子供をはらんでお
腹がふくれていることにようやく気がついた
という次第で。
なんとなくバツが悪くなったものの、背中を
見せて逃げ出してはガブリとやられるかもし
れないものですから、伸二君も犬の顔を睨み
返しながらその前を通り過ぎました。
「どうやら追ってこないな」
五十メートルばかり行き過ぎてから後ろを
ふりかえりますと、野良犬はまだじっとこち
らを睨みつけております。二、三十秒は優に
睨みあってから、野良犬はふいっと彼に背を
むけますと、ようやくのこと、のそのそと草
むらに消えて行きました。
「気色わりいな、このやろう!」と、強がっ
てはみたものの、ふと気がつくと、握り締め
ていた拳にはじっとりと冷や汗をかいており
ました。
川原へいって石を投げたり、何をするという
わけでもなく時間をつぶしておじさんの家に
まいりますと、とっくにお坊さんのお経も終
わり、親戚連中はせいぞろいしております。
女たちは精進落しの料理を用意するんでてん
やわんやの真っ最中。
「おう、シンジ、やっときやがったか。この
やろう、お経がいやで遅れやがったな」と声
をかけてきたのは、リーダー格の連次郎とい
う大伯父さんであります。リーダーったって
人望があるからじゃなくて、酒飲みの暴れん
坊で人一倍声でかいから、まわりがしかたな
く言い分を聞いてやっているだけのこと、今
日も今日とてお斎(とき)の前から酒の匂い
をプンプンさせております。
「まあいいや、シンジもきたことだし、あん
まり遅くなんねえうちにいかんべい」なんて、
自分がさっさと精進落しの酒にありつきたい
もんだから、勝手なことを申します。
とはいえ日差しもようやく和らいできたし、
まあいい頃あいと親戚一同も腰をあげました。
「シンジちゃん、あんた、納骨にいくなんて、
これが初めてでしょう?」と呼び止めたのは
連次郎伯父の連れ合い、俊子おばさんであり
ます。
「ええ」
「若いひとはシキタリを知らないからねえ」
そらきた、と思いながらなんとかしかめ面を
しないようにこらえていると、案の定、
「いいかい、お墓の帰り、溜め池んとこの四
辻をまがるまでは後ろをふりかえるんじゃ
ないよ」
と例の話であります。
このおばさん、話がくどくてイヤなんだよな、
と思っていると、
「おら、いくぞ、シンジ」と連次郎伯父。ど
なり声も今回ばかりはありがたいと伸二君、
みんなの後を追いかけました。
村はずれの墓地でお経をあげてもらって納
骨を終える頃には、お日様も小高い山の峰に
かかって、参列した者たちの影も長く伸び始
めておりました。
しかしまあ、墓地といいますものは科学万能
の時代になってもなんとなく気味のわるいも
のですな。もっとも、そういう心持ちがなく
なっちゃあ、誰も怪談噺なんぞきいてくれな
くなるでしょうが。
むかしは土葬も多くて、そうなるとお墓とい
っても石塔もない。土まんじゅうといってこ
んもりまるく土を盛り上げておくんですが、
やがて棺桶がくさって空洞になりますから、
古いお墓に気づかないでうっかり足をのせる
と、ズボっと墓穴に踏み込んでしまいます。
運悪く落っこちたりすると、そこにはされこ
うべ……、もっと運が悪いと腐りかけの死体
があったりして……、「ぬっぺらぼう」って
目鼻のないぶよぶよの妖怪は、こうした死体
を見た昔の人が考えついたんだそうですな。
さすがに若いもんといっても、こうして墓地
にやってきて死んだ人を葬っておりますと、
多少は敬虔な心持ちになります。「ぶよに刺
された痕をひっかいたでけで死んじまうんだ
から、あっけないよなあ」などと思いながら、
伸二君もまじめに手をあわせておりました。
さあ、帰ろうということになりまして、先頭
はお坊さん、続いて未亡人になったおばさん、
中学生の一人息子、親戚のものたち……、働
きざかりの一家のあるじがなくなったわけで
すから、おのずと一同の足取りも重く、沈ん
だ雰囲気となります。ひとりで騒いでいるの
はくだんの連次郎おじさんぐらいのもので。
さて、ふりかえっちゃあいけない、ふりかえ
っちゃあいけない、とあれだけ言われますと、
かえってこう、背中のほうがむずむずするよ
うな、なにかがついて来ているような、妙な
気分になってまいります。いっそのことこっ
そりとふりむいてみようか、なんてえ気も起
こらないではありませんが、そんなところを
見つかろうもんなら、おじさん連中にどれほ
どドヤされるかわかったもんじゃあない。−
早いところ四つ角を曲がってしまいたいもん
だな、と考えておりますうちに、ようやくの
ことで、おばさんがいっていた溜め池が見え
てまいりました。その先の四辻を左に曲がっ
てしまえば、あとは一本道、田んぼ中を進ん
でゆくばかりとなるわけなんですが、伸二君、
ここでふっと、さきほど石を投げつけた野良
犬のことを思い出しました。あの犬と睨み合
ったのがそこから目と鼻の先のことだったん
ですね。まあ、これだけの頭数(あたまかず)
で歩いているわけですから、野良犬なんぞが
のこのこ出てくるわけもないんですが、心理
のアヤとでも申すんでしょうか、こんな時に
は妙なことが気になってくるものです。
いよいよ四辻にさしかかりまして、やれやれ、
これで安心と思った瞬間、伸二君、どうした
ことか、用水路の上にかぶせてあるコンクリ
ートのフタの縁につまずいて大きくつんのめ
りました。
「おうっ」
とっさに足を踏ん張ってなんとかこらえた
ものの、がくんとヒザがおちた拍子に一瞬だ
けですがはっきりと、後ろをふりむいてしま
いました。あっと思って目をとじても後の祭
り。
もっとも、そこに亡者がついてきているわけ
はなく、ただ、後にしてきた墓地の木々がゆ
れているばかりでしたが。
「なんだ、どうしたい」「だいじょうぶか、
おい」とみなから冷やかし半分に声をかけら
れて、伸二君、恥ずかしさのあまり耳たぶま
で真っ赤になってしまいました。
とそのとき、こんなときだけ勘(カン)が冴
える連次郎伯父がジロリと睨んで、
「で、伸二、まさかおめえ、後ろをふりかえ
りゃしなかったろうな?」
ああ、だいじょうぶ、ふりかえっちゃあいな
いよと答えたものの、図星をさされてすっか
りふさぎ込んでしまいました。
「結局、ふりむいたってなんにもなかったじ
ゃないか、しょせん迷信なんてこんなものさ」
と強がりをつぶやいてみても、子供でもない
のにあんなところでつまずいたという恥かし
さと、禁を破ってしまったという後ろめたさ
はなくなりません。親戚たちが多少の冗談口
をきくようになっても、なんとなく居心地が
悪いまま、伸二君だけは黙りこくって歩きつ
づけておりました。
亡くなったおじさんの家の前まで来ますと、
伸二君の父親もちょうど到着したところでし
た。おばさんに遅れてしまったおわびを言っ
てから「お疲れさま」と息子に声をかけよう
としたところで、その顔色がみるみる変わっ
てゆきました。
「あれほど言っておいたのに、きさま、ふり
むいたな!」ともう、えらい剣幕です。
「出て行け! ここにも、うちにも、二度と
帰ってくるな!」
「どうしたんだい、いったい」と俊子おばさ
んも玄関口に姿を見せましたが、伸二君のほ
うを見るなりその場にへなへなと座り込んで
泣き出してしまいました。未亡人は真っ青な
顔をして家の奥に駆け込んでそのまんま。連
次郎伯父はこうなるとからきし意気地がなく
なって、金魚のように口をぱくぱくやってい
るけれどもさっぱり声が出てこない有り様。
他の親戚連中は薄気味悪そうに、伸二君と父
親を遠巻きにしています。
やがて、父親はみんなをうながして家の中に
入らせると、伸二君にむかって
「いいな、二度と戻って来るなよ!」とだめ
を押すように言いはなつなり、玄関の戸をピ
シャリと閉めてしまいました。
伸二君のほうはというと、なんだかキツネに
つままれたような気分で、ただただ、あっけ
にとられておりました。「後ろをふりむいた
のは悪かったけど、ワザとやったわけでもな
し、オヤジのやつ、あんなに怒ることもない
じゃないか」そう思うとだんだん腹が立って
きました。
「それにしても、どうして俺が後ろをふりむ
いたとわかったんだろう?」
あれこれ考えてみましたが、さっぱり見当が
つきません。
とにかく、オヤジのあの怒りようじゃ、一晩
くらいは家に入れてもらえそうにないから、
今夜は誰か友達の家に泊めてもらおう、そう
考えながら、伸二君がふと足元に目をやりま
すと、外灯の明かりで長く伸びた自分の影の
そばに、小さな亡者の影がもうひとつ、そっ
と寄り添うようにうずくまっておりました。
了