第一章 RISC編

 

 

   目覚め

 

ノウェル暦3013年・・・。

 「ピピピピッ・・・」

赤い光を点滅させ、電子音が薄暗い研究室内に響き渡った。そして、その光により三人の影が

壁に映し出された。三人の視線は、目の前にある三つのカプセルの内の真ん中に注がれていた。

両脇のカプセルは、もう使用されていないのか空の状態になっていた。カプセルの表面には、大

きく『MISHTAR −14− 』と言う文字が書かれ、中にはブルーの液体に浸かった裸体の

少女の姿があった。その少女からは、意識が感じられずの体の周りには、幾本ものコードが通

ており、時折、光が通り不気味に感じられた。そんな中、一本の腕がカプセルの脇のスイッチに

伸びた。

「ピッ」と、言う音と共に、今まで点滅していたランプが消え、同時にカプセルの中に異変が

起きた。今まで、カプセル内に在ったブルーの液体がなくなり、中から栗色をしたロングヘア

ーの少女が現れた。

「ミシュタルが目覚めるぞ」

三人の内の科学者らしい男が、目の前の機器を操作しながら言った。

この科学者、名をディアンシェ・イロームと言い、星系で一、二を争うブリットエンジニアで

ある。本人は「三流科学者」と言って蔑んでいるが、彼の実力は、誰もが認めるところである

このプリットエンジニアと言うのは、プリットを専門に研究、育成している人のことで、

の中でも、ディアンシェは変わり者で、容姿は片方の前髪を垂らし、ビジュアル系のロックシ

ンガーそのものである。そして、何よりこの時代、プリットエンジニアと言えば人も羨む高給

取り代名詞で、名立たるエンジニアのプリットであれば一体、1億ギル〜10億ギル(1億円

〜10億円)で取引されていたが、ディアンシェはナイツ(A・Hパイロット)の私利私欲の

為や、金欲の為、ましてや国家の為にプリットを造ろうとはしなかったのである。その為か、

ディアンシェの育成したプリットは十四体しか確認されていない。

「シューッ」

音と共にカプセルが開き、一気に空気が流れ込む。

「・・・」

「あれ、目覚めないよ。どうしただ・・・。なら、こうしてやれ」

ほれほれ・・・」

〜・・」

「ヴァイっ、ミシュタルの鼻を抓むのは止めなさい」

ヴァイは隣にいた金髪の女性に耳を抓まれる。

「んん・・・」

ミシュタルは反応するかのように一瞬、目元がピク突いた。

そして、数秒後には蒼く輝くアクアマリン色の瞳が開かれ、三人の姿が映し出された。

「んんん・・んん・・」

「あっ、とーさま・・・エレアさん・・どうしただろう二人一緒で・・」

エレア・マーベリックは、ナイツであり、またA・H(アーマーヘッド)エンジニアでもある

という多才な女性であるが、今は、ディアンシェのもとプリットについて学んでいるため、時々

屋敷の方に顔を出しているのである。容姿は金色の髪のショートカットをしており、左側の

前髪を頬に繋るくらいまで伸ばし、グラマーな体型からはアダルトな雰囲気をかもし出していた

そして、彼女には、もう一つの裏の顔が在った。それは、ノウェル星系有数の財団、マーベ

ックコーポレーションの総帥でもあった。

「あれっ、もう一人・・・だ、誰、私のマスター?」

ハッキリしない意識の中で、ミシュタルの想いと記憶が交差する。すると一本の腕が少女の前

に差し出される。そして、その手は少女の手を握り締め、体を起こした。

「お目覚めですか、僕のお姫様」

若者は、そう言うとニッコリと笑顔を見せた。

「お忘れですか?」

ミシュタルは若者の顔を見ると、何かを思い出したかのように顔を赤らめた。そして、顔を鬱

けにして確認するように聞いてきた。

「あ、あの・・・ヴァ、ヴァイ君」

若者は、何も言わずに首を縦に振った。

ミシュタルが、カプセルに入っていた十年の歳月が、ヴァイを「立派な大人の男?」といかな

いまでも、見違えるように成長にしていたのである。その、ヴァイの周りからは何処となく昔

の面影が漂っており、それに気付き、ミシュタルの口から名前が出てきたのだった。

ヴァイ・リースは、一応、軍人でA・Hのパイロットつまりナイツである。

ナイツと言うのはA・Hを操縦できる、極限られたパイロットの事を言う。しかし、風格から

は全然感じられないくらい品素である。顔立ちも、短めの黒髪を真中から分けて清潔そうには

見えるが、カッコイイとは言えそうにない。ただ、彼の周りには言葉には出来ない、何か暖か

いものを感じるのであった。

いつしか、ミシュタルの瞳には、溢れんばかりの涙で潤んでいた。そして、その涙が昔の約束

を守ってくれたことと、好きな人と再会できたからに違いなかった。

「ヴァイくん、約束守ってくれただね」

ミシュタルはヴァイの胸に飛び込んでいった。

「おっと、目覚めたばかりの体で無理するなよ」

「私、嬉しいよ。またヴァイ君と会うことが出来て」

「私のお姫様は、凄い甘えん坊らしいな」

「いじわるー

そんな感動的な場面に水を差すように、ヴァイはミシュタルから視線を外し、手で頬を掻きな

がら、困った顔をして言った。

「そろそろイイかな・・・ミシュタル、め、目の当て場に困るだけど・・・」

そう言われると、ミシュタルは自分の姿に目を向けた。

きゃあーっ」

悲鳴と共に、素早く胸を手で隠して小さく蹲ってしまい、顔の赤さは恥ずかしさの余り頂点に

達している。その悲鳴に位置早く対応したのは、同じ女性でチャイナドレスの上に白衣をまと

った、一番動きにくそうな格好のエレアだった。エレアは、すぐに近くにあった布をかけて隠

してやった。

「そ、そういう事は早く言ってください・・・・もースケベ」

「っていうか、あの状態からどうしろと」

ミシュタルは、エレアから貰った布を体に巻きながら、赤くなった頬を膨らませていた。すると

ニコニコしながらディアンシェが口を開いた。

「ちょっとぐらい、サービスしなさ減る物でないし」

レビアは、降り返り拳を握ると青筋を立てながら、ディアンシェに向かい言った。

「先生!また、そんな事言って女性を何だと思っているですか」

「わ、分かったから、レ、レビアさん、その拳を引っ込めてよ、お願いだから」

「いいえっ、分かっていません。先生はいつもそうなんです」

「いつもって人聞きの悪い、これでも天才だよ」

「この際、天才なんて関係ないです。ただのスケベオヤジ!」

いつもの喧嘩の始まりである。こうなると、誰にも止めることが出来ない。その昔、二人の喧

嘩が三日間に及んだこともあったという噂もあった。でも、『喧嘩するほど中が良い』と言うし

二人の仲も満更でも無さそうだ。

「二人とも止めて下さい、お願いだから」

ミシュタルは、自分のことで喧嘩している二人を見るに見かねて止めに入っていた。

そんなやり取りの中、ヴァイは視線を壁に埋め込まれたカプセルの一枚のチップに、目を向けた。

そのチップは、核の部分から不気味な赤い光を放ち、伸縮を繰り返してまるで生物の様である。

その核の光が、カプセルの下のプレートを照らし『RISC−15−』と言う文字が暗闇に浮か

び上がった。

 

 

「カラーン、カラーン・・・・」

澄み切った青空の下、公園の中央にあるレンガで出来た時計塔が、時を告げる鐘の音が鳴り響

いた。

ここは、ノウェル星系の第二惑星エディン。エディンは数国の国が連立しているが、国同士が

平和条約を結んでおり争いの無い、そして、気候も四季がハッキリしたノウェル星系の中では

住みやすい平和な惑星である。その中で一、二を争う大国がセレネ王国である。

セレネ王国の大都ルノアールから少し離れた所にあるロストパークである。このロストパーク

には、想像の動物などが人工的に作られ放し飼いにされていた。そんな公園の街灯に寄り掛か

かる少女の耳たぶにはプロディクトリングが光っていた。アクアマリン色の瞳、栗色の長い髪

をリボンで巻いてまとめたミシュタルであった。

このプロディクトリングと言うのは、マスター(パートナー)であるナイツがいる事を示す物で、

プリットとナイツが片方の耳に一つずつ付ける事になっている。形は見た目に違和感が無い様に

アクセサリー的な物が多く、耳に付けるイアリングタイプが一般的で、他にはブレスレッドなど

もある。機能的には通信など多岐にわたるらしい。

小さなリュックを持ったミシュタルは鐘の音に気づき呟いた。

「あらっ」

「私たっら、一ヶ月前のこと思い出すなんて・・・」

「フーッ」

ミシュタルは軽く一息を付くと、手首を返し腕時計に目をやった

「あっ、約束の時間。また遅刻かヴァイ君、全く時間にルーズ何だから一度だって守った事

無いだから。そう言えば、何だろう今回は珍しくヴァイ君の方から誘ってきたなんて」

それからミシュタルは数時間、待たされることになる。

通り過ぎる人々が、ミシュタルがプリットと気付くと、チラッチラッと視線が向けらた

民間人にとってプリットは、人間以上の頭脳と若さを持つ戦争の道具、人間であって人間で

い作られ物と思われ、一部の民間人の間では、プリットを自分達以下と考えがあった。しかし、

孤児、難病などから生きていくための最終手段がプリットなのであったのも事実。例外として、

自分から職業に望む者もいた。

待ちぼうけしているミシュタルの側に、一頭のペガサスが近寄って来た。ミシュタルは気を紛ら

わす様にペガサスの額をなでてやりる、そこには母親にも似た眼差しが向けられていた。

「おおーーいぃ」

聞き覚えのある声がミシュタルの耳に飛び込んできた。側に居たペガサスは驚いてしまったらし

く行ってしまった。

「あっ」

「・・・・・・」

「ごめん、ごめん、寝坊しちゃってさー・・・お、怒っている」

ヴァイは、頭を掻きながら、ごまかす仕草を見せている。

「いいえっ、全然怒ってませんよ

「ほんとに!」

「たった二時間待ちましたけど・・・・ところで、こんな所に呼び出して用事でもあるですか?」

「・・・・」

「それとも、デートでもしてくれるのかしら」

ミシュタルは、ちょっと皮肉を込めて言ってみた。

ちょっと困った顔を見せるヴァイだが、頬を指で掻きながら、気を取り直すように口を開いた。

「一緒にライブに行かないかなと思って、ちょうどエンジェルウイングのチケットが二人分手

に入っただ、それにミシュ、歌を聞いた事無かった

「私、行ってみようかな〜」

「んじゃ、ほい」

チケットを受け取ると軽く目を通した。チケットはカードのような物で、指の体温に反応して

中央の空間に立体映像で日時などの詳細が映し出された。一般的なチケットとしては珍しくな

いタイプの物であった。

ミシュタルは素早くチェックする。それもそうであるエンジェルウイングと言えばノウェル星

系ではトップクラスの人気バンドで、ライブチケットの偽造まで出回るくらいであった。プリ

ットであるミシュタルは、脳にある無限に近いデータベースの中から瞬時にチェックする。人

間にとっては瞬きする間の事である。

 エンジェルウイングは五人+一匹のグループで、ボーカルは3DCG立体映像の女性がして

いると言う異色のグループでもある。そして、あとの一匹と言うのは、マスコットの羽根を付

けた小太りのドラゴンなのである。

「本物みたいですね」

「えっ」

「それよりヴァイ君ちょっと時間見てよ、開演まで四時間も有るよ。もしかして、時間も確認

しないで待ち合わせしたじゃ。・・・」

「・・・」

「なんか、図星みたいですね。だったら、その四時間私に付き合ってくださいよ」

「んーっ、しゃぁないな〜、いいよ。でも、デートじゃないよ」

ミシュタルは、クルっと振り向くと、そっと腕を組んだ。ヴァイは、嫌がる様に腕を振るが

女に押え込まれ、そのまま街へと消えて行った。