コンタクト

 

 

 辺りは薄暗くなり街灯がつき始め、ショウウインドウのイルミネーションが二人を照ら

す。人通りの多い道をミシュタルとヴァイは、エンジェルウイングのコンサートが行われ

る会場へと急いでいた。

「まだ、怒っているんですか?わ、私、ズルしてませんからね」

「わ、分かったよ」

「あーっ、疑っているでしょ。あのゲーム得意なだけなんですからね」

「はい、はいっ」

ヴァイは、あからさまにご機嫌斜めだった。

話が見えなくなっているので説明すると、買い物の途中で寄ったゲームセンターの対戦ゲ

ームで、ヴァイはミシュタルにボコボコに負けてしまったのである。

プリットはコンピュータに触れるだけでアクセスできる性質を持っており、それでヴァイ

が疑っているのである。実はヴァイ、対戦ゲームにかなりの自身を持っていたらしいが結

果を見ると口ほどにもないらしい。

会場が近づいたのか、歩道の脇の壁には液晶モニターが設置され、エンジェルウイングの

ライブ風景が流れている。

「ふーっ」

「あっ、ヴァイ君、ここだよ。凄く混んでいるみたい」

『ライブホールキャロット』と看板が在る会場の入り口には、エンジェルウイング目当て

の客で、ごった返していた。ヴァイはミシュタルの手を取り、はぐれない様にして入場口

に急いだ。

「凄い人だな〜っ、ミシュタルはぐれるんじゃないぞ」

「は、はい」

ミシュタルは流れからとはいえ、ヴァイから手を握られ、ときめいている。執し鬱向き気

味であるが・・・。

「おっ!」

ヴァイは反対側から、見覚えのある顔が来るのに気が付いた。

「あっ!」

「はーいっ、レイちゃ〜ん。元気?いつ見ても綺麗だね」

「ヴァイさん。こんにちは」

「うわっ、たまの休暇にお前と会うなんて付いていないぜ。絶対今日は厄日だな」

右手に花束を持った金髪の青年がヴァイに向かい言った。

聞き覚えのある声に、ミシュタルはヴァイの後ろからヒョッコリと顔を出すと、そこには

一度だけ面識があるライーズの姿があった。

「あらっ、ライーズさん、こんにちは」

ミシュタルは軽くお辞儀をした。

ライーズ・バイロスはヴァイとは、士官学校以来の幼なじみで、腐れ縁って言うやつで

ある。A・Hの操縦では天性の才を持ち、性格は冷静沈着で、それに容姿もクールが似合

う顔立ちでロンゲの金髪を後ろで束ね、女性からの人気も高かった。この辺はヴァイとは

正反対の感じであったが、気が合い仲は良かった。

「やあ、お久しぶり。また、こいつの御守ですか?」

「いえ、珍しくヴァイくんが誘ってくれたんで来ちゃいました」

「あいつがですか、それは珍しい。雨降るかな」

「うふふふふ・・・」

二人は合意したかのように笑った。

「あのーっ、ライーズさんのパートナーにご迷惑かけているようで・・・」

「まっ、いつもの事だけどね。あ、紹介しとくね、あの白銀髪に赤い瞳の女性が俺のパー

トナーのレイリア。口数は少ないけど、宜しく頼むよ」

「あの方も同じお父様の子ですよね」

「よく分かったね。ミシュタルさんの前に目覚めたんだ」

「レイリアさんか、仲良く出来たらいいな・・・」

「あいつ、まだやっているのか、懲りない野郎だな。そろそろ呼んで来ますよ」

「ねっねっ、今度一緒に食事に行こうね」

「・・・考えておきます・・・」

「おいっおいっ、うちのレイリアに手出すなよ」

「マスター」

「げっ、邪魔者が来た」

レイリアは、もろに嫌な顔をしたヴァイを見て、「くすっ」と笑った。そして、その場をラ

イーズに任せるかのように離れた。

「いつも、格好つけやがって!うわっ、花束なんか持ちやがってキザだね〜っ・・・あっ、

その花束誰に渡すんだよ」

「誰でもいいだろ」

「もしかして・・・・俺にも半分渡しやがれ」

こういう時だけ妙に勘の良いヴァイが何かに気づく。

「嫌だね、自分で買ってきな」

いつの間にか二人は花束の取り合いになっていた。そんな姿をミシュタルは心配そうに見

詰めていた。

「ヴァイ君止めてよーっ!」

「あれ、いつもの事だから・・・」

ふと、ミシュタルが声の方を向くとレイリアの姿があった。

「そうなんですか?」

「何だかんだ言って、二人とも仲いいのよ」

それでも心配そうな顔していたミシュタルだったが、ふと、思い出したかのように挨拶を

始めた。

「あっ、初めまして私、ミシュタルと言います。これからヴァイ君のパートナーとなりま

す。宜しく御願いします」

「私はレイリア、レイでいいわ・・・・よろしく」

初対面のせいか、ミシュタルは緊張気味の様で、終始言葉につまる。

レイことレイリアは、ディアンシェの十三番目のプリットで、マスターはライーズであ

る。容姿は、背格好はミシュタルと大差無いが、瞳は赤く、グレーがかった白髪をショー

トにして、所々アクセントが付いていた。そんな彼女にも忌まわしい過去があった。その

昔、瀕死の重傷を負い、生きる為プリットになった。その時の代償として記憶も失い、後

遺症かは分からないが、表情を出さなくなってしまったのである。

「おーいっ二人とも、そろそろ行くぞ」

ヴァイとライーズは肩を組みながら手を振っている。片手には半分になった花束を持っ

て・・・。

「ほら、いつの間にか終わっているでしょ。私達も行きましょう」

ミシュタルは先刻まで心配していた自分に呆れてしまった。

開場するとエンジェルウイングのメンバーが居て、手渡しでプレゼントを渡せるようにな

っていた。ヴァイは花束を渡すと握手をしてもらい、興奮し過ぎて警備員に注意される場

面もあった。

四人はホールへと進むと中段辺りで隣同士となった。実は、ライーズが四人分のチケット

を購入した訳だから、当然と言えば当然である。大体そう言う面倒な事をヴァイがするは

ずがない。それを知らないミシュタルは偶然を意外そうな顔をしていた。席はライーズ、

レイリア、ヴァイ、ミシュタルの順になった。

ライブが始まると、夜の闇に光が飛び交い歓声が響いた。

空間が割れ、一人の女性が現れる。3D立体映像とは、思えないほどで、実在する女性の

ように思えた。そして、彼女が歌を歌い始めると、光のイルミネーションが会場を覆い、

それに答えるように歓声も大きくなり、ホール全体がひとつになった。

「ワアァァァ・・・」

「メイちゃーん」

ヴァイが叫び手を振っている。先刻の出来ことで覚えていたのか、メイも笑顔で手を振り

返していた。

「ヴ、ヴァイ君、恥ずかしいよ」

「気にしないで、いつもだから」

レイリアは慣れているかのように、少しも動じない。

エンジェルウイングのメンバーもノリにノリ、色々とパフォーマンスをしている。

エンジェルウイングのメンバーを少し説明しておこう。帽子を反対に被ったギターのシ

ュン、グラサンを掛けバンダナを頭に巻いたベースのジン、タンクトップを着て女性なが

らパワフルなドラムスのウェンディー、メガネを掛け童顔にフリフリ衣装のキーボードの

メイ、そのメイがペットにして、バンドのマスコット的存在である小太りドラゴンのプー

ッちゃん、そして、最後にバーチャルアイドルでボーカルのシルビィーの面々で構成され

ている。詳しくは、また、別の話の時に。

エンジェルウイングの演奏が続いているさなか、急にミシュタルが立ち上がり、手を胸の

前で組み始めての歌に感動している

「こ、これが、う、歌なの。む、胸の奥から込み上げてくる。この感じって」

エンジェルウイングのメンバーが次々と背後に置かれたパネルに映し出される。そんな映

像に雑じり、一瞬、パネルに怪しい影が映る。しかし、なおも歌は続き、客を感動へとい

ざなっていく。

 

 

 そんな中、二人の女性が会場の隅で話をしている。

エレン・メリーナはエンジェルウイングのプロデューサーで、もとラックス社のバイオシ

ステムの製作者の一人。つまり、バーチャルアイドル、シルビィーの生みの親である。

そして、もう一人は妹のミュン・メリーナだった。ミュンは、まだ学生で歌に興味が在り

エンジェルウイングの見学に来ていた。

「どう、私が作り出したバーチャルアイドルは」

「す、凄いよ、姉さん。本物の人間その者だわ」

「そうでしょ。なんてったって優秀な歌手・ダンサーなどのDNAをプログラム化し育成

して創られているんだから。それに学習機能も持っていて自主的に知識を高めていくの」

「でも、なに?歌に気持ちが感じられないような・・・。」

「あら、それはどう言う意味?」

「何か分からないけど、そう感じるの」

「気のせいよ、彼女は完璧だわ」

「そうなのかな・・・・」

 

 コンサートの光の中から空間を割り、一人の女性が現れる。女性は怪しいマスクを被り、

裸体姿、背中には漆黒の翼、そうマトリックス空間を通して現れたリアである。周りの人

達は、全く気づく気配がない。

隣に居るヴァイまでもが気付かず、コンサートに歓喜を上げている。

リアは空中を自在に飛び回りミシュタルへと近づいてくる。

「ミシュタル・・ミシュタル・・・」

「私ガ見エル。ドウ?」

ミシュタルは周りを見渡すがの誰もリアに気づいている様子はない。

「大丈夫、アナタニシカ見エテイナイワ」

何かを感じ取ったのか、ミシュタルは脅えて動く事も出来ず声も出ない。

「脅エナイデ大丈夫ヨ。アナタハ私ナノ」

「あ、あなたは誰?・・・何なのこの感覚、何か・・・入ってくる」

「ホラ、私ヲ感ジテ分カル?」

リアは、ミシュタルの顔へと手を伸ばし、頬を撫でながら話を続ける。

「私ト アナタハ一心同体。アナタノ事ハ、全テ分カル」

「私が・・あなたと・・・わ、分からない・・な、何を言っているの?」

「アナタガ感ジテイル事、想ッテイル事、大切ニ想ッテイル・・人・・・全テノ事ガ」

「も、もう止めて・・・・なんなのこれは」

ミシュタルは両手で耳をふさぐ

「その娘に手を出さないで」

二人の間に割り込むように、声だけが聞こえて来た。

「ナ、何者!コノ マトリックス内デ、私ニ干渉デキルナンテ」

「もし、その娘に危害を加えれば、私の力を盛って、あなたを排除するわ」

「私ヲ超エル 力 ヲ持ツ者ナドアリエナイ」

「だ、誰?」

「邪魔ヲシテモ ミシュタル ハ 誰ニモ渡サナイ、私ノ物ダモノ」

リアはミシュタルへと体を絡み付けた。その時、リアに何者かのプレッシャーが圧し掛か

った。リアは頭を押さえながら苦しみだす。苦しみは徐々に体へと伝わって行き、指先か

ら消えていく。見えない力にマトリックスでの実体を維持出来なくなりつつあった。

「クッ、マサカコンナ 力 ヲ持ツ者ガ・・・ダガ、今ハ、ミシュタル、アナタノ

欲シイノ。早ク私ノ所ニ、イラッシャイ。ソシテ、一緒 ナリマショウ。ソウスレバ全

テヲ変エラレル。ソノ時ハ、モウ直グ・・・」

リアはそう言うと、全てが消えて、消滅してしまった。

「ミシュタル、リアなんかに負けないで、あなたは強い娘です・・・・」

「あ、あなたは・・・だれ・・・・な・・・」

「あなたのマスターを信じなさい」

「おい・・、おい、ミシュ・・・」

ヴァイはいつまでも立っているミシュタルを心配して、声をかけた。

「はっ、」

それに気づいたミシュタルは我に返る。ミシュタルは、何が起こったのか検討が付かなか

った。ただ長い時間の様に感じられたのは確かだった。

「はぁ、はぁ、い、今のは何だったの。もう一人の私・・・そして助けてくれた懐かしい

声」

ミシュタルは席に腰を下ろしたが、額に大量の汗を掻き、エンジェルウイングの歌声は、

もう耳には、届いていなかった。

もう一人、彼女に気付いた人物がいた。レイリアだった彼女は、ディアンシェの屋敷で感

じた冷徹な感じを思い出していた。そして、とっさに気付いた。

「あの感じ彼女そのものだわ・・・で、でも、あのチップとどんな関係が・・・」

ミシュタルは自分自身を落ち着かせると、小さなバックの中からハンカチを取り出し額の

汗を拭いた。

 

 

エンジェルウイングのコンサートも終盤に差し掛かり、会場は一段と盛り上がっていた。

「タッタッタッタタ・・・・」

ホールの後ろ方から軍服を着た、一人の女性が声を上げながら駆け出してきた。

「ハッハッハッ・・」

「ヴァイさーん、ライーズさーんいませんかー」

「ヴァイさーん、ライーズさーん・・・・」

流石に女性の声には反応が早いヴァイは、声に気付くと居場所を教えるように手を振り女

性に知らせた。

「おーい、こっちこっち」

「あっ!」

女性は気づいたらしく、人ごみを掻き分けヴァイ達の居場所にたどり着き、呼吸の乱れを

そのままにして話した。

「ハッハッ・・ロ、ロイ隊長から、こちらだと聞いて探していたんです。ラ、ライーズ中

尉もご一諸で良かったです・・ハッハッ・・・」

「それより、どうした」

「第十三部隊に、ス、スクランブルです。緊急事態が起こりました。す、速やかにシルバ

ーファウンデーションに上がってください。ハッハッ・・・」

ヴァイの耳に女性の報告は入っていたが、顔を見るなり、ニコリと笑いスペースを空ける。

「しーっちょっと終わるまで待ってて。今、最高にイイ所だから。あ、君もここに座って」

「あ〜ん、ヴァイ中尉」

女性は困った顔をしている。

「レイリア行くぞ」

「はい、マスター」

隣に居たライーズ達は立ち素早く上がり、人ごみの間を出口に向かた。

「ほら、ヴァイ君私達も行きますよ」

そう言われ、ヴァイはだっだ子のように首根っこを捕まれミシュタルに連れて行かれた。

こんな時は、しっかりしているミシュタルが頼りになる。

ヴァイ達の空いた席にちょこんと軍服の女性が座った

「あれ、君は行かないの」

ヴァイが振り向きながら聞く。

「私もファンなんです・・・」

そう言って軍服の女性は手を振って送り出した。

 

 

「ゴゴゴゴ・・・」

静かな夜空にシャトルの轟音が轟く。

丘の上の屋敷の窓辺で二人の女性が見守っていた。月明かりが顔を照らし、金髪の女性と

カチュウシャをしたロングヘアーの女性が現れる。

後ろに下がっていたロングヘアーのプリットが口を開く。

「マスター、最悪の事態が・・A・H第十三部隊(ラヴ・キューピット A・H隊)にスク

ランブルがかかりました」

「あの、トイレットペーパー部隊にスクランブルか・・」

「駄目ですよマスター、そんな事言っては」

第十三部隊と言えば隠れエリートの集まりで、作戦失敗時のフォローをメインに、極秘

任務、極地戦闘、と表には出ない任務が主である。そのため、エレアなどからそう言われ

る様になった。もし、ロイの耳にでも入ったら、どうなるか見物である。

「し、失敗か・・私も自分の役割をはたすか」

エレアは、ディアンシェに最悪の事態の場合を聞いていたらしく、即、行動を起こした。

「イフ、私達も宇宙に上がるよ。例の物、届けないと行けないからね」

エレアにイフと呼ばれているイフリータは、ディアンシェの六番目のプリット(簡易プ

リット)で、ちょっと幼い顔立ちに独特の雰囲気を持っていて、カチュウシャ好き、趣味

はコスプレと癖がある(ちなみに今の服装はメイド服)能力的には医療全般にも精通して

いるおり、メディカル面でのサポートが可能、簡易プリットでありながら、あらゆるA・

Hのセッティング・調整を可能としている。レイリア、ミシュタルにとっては、姉さんの

様な存在になっている。

頭を掻きながらエレアが、積み込む荷物のリストを告げる。

「格納庫のプロトタイプと、ついでに私のも。えーいっ、サービスよ、大砲も積んどいて」

「ほーい」

イフリータは手を挙げ返事をする。エレアは、その返事が恥ずかしいらしく、いつも止め

るように言っているが一向に直らない。

「それから、悪いけど時間がないの、A・Hのセッティングはシャトルの中で、やってち

ょうだい」

「イフ、後は任せたわよ、頼りにしているんだから」

エレアは、イフリータに向かい軽くウインクした。

「準備が出来次第、宇宙に上がるわよ」

二人は、薄暗い部屋を後にした。