遠き夢の中で(2995年)

 

 

 

ある夜、ロイは夢を見ていた。そう、遠い日の思い出そのままに・・・2995年。

 

ここはアフェトリア公国の片隅にあるロイ行きつけのジャズバー「迷い猫」である。

室内にはカウンター席と六個のテーブル席があり、三十人程度が収容できる。照明は薄明

るく調整されており、遠くの席の客の顔も薄っすらと分かる程度である。奥にはステージ

が設けられていて、ミニライブが出来るようになっている。だが今はスピーカーからBG

Mの心地よいジャズが店内に流れている。

ちょうど二十四時をまわった。まだロイを含め数人の客が残っている。

若いロイはカウンターの片隅で一人酒を飲んでいた。そこはロイが一人で飲む時の定位

置だった。

ロイはアフェトリア公国技術部の専属テストパイロットしている。若いながらA・Hの

操縦は群を抜いており、それを腕を買われての事だった。将来的にも「若きホープ」とし

て期待されていた。

カウンターでグラスを磨きながら、細身で口髭を蓄えた初老のバーテンが声を掛けてき

た。

「ロイさん、飲み過ぎですよ。今日はこれぐらいにしておいた方が・・・・」

「う、うるせいー」

「・・・。」

今日は何かあったのか、妬けに機嫌が悪い、バーテンもそれ察してかそれ以上は言わなか

った。そのうちロイは片手に持ったグラスの水割を見ながら語り始めていた。

「俺の気持ちなんか誰も分かっちゃいないんだ」

手に持っていた水割りの氷が崩れて揺れた。

「周りからは茶化されているが、現実はそんなもんじゃない。毎日が悲惨な実験の日々、

その度プリットは血を流し、負傷もしくは死んで行くんだ。俺だって何度も通信で実験を

止めるように言ったさ、しかし、そんな事なんか研究者達は全然聞いちゃくれない、まさ

に使い捨ての道具さ。俺は何も出来ずモニター越しに映る姿を見ているしかなかった。」

ロイは持っていたグラスをテーブルに勢い良く置き、叫んだ。

「俺はなんて無力だ・・・・こんな日々はもうたくさんなんだ!」

店内に静けさが漂いジャズのリズムだけがハッキリ聞こえてきた。バーテンが回りへの迷

惑に堪りかね注意する。

「ロイさん、もう少し静に話してください。他のお客様のご迷惑に・・・」

「分かったよ」

そう言うと、ロイはまた酒を飲みだした。

カランカラン・・

店の入り口の扉が開いた音である。そこにはバーテンも良く知る人物の顔が合った。

「いらっしゃいませ」

バーテンの知った顔が現れたのか、軽く会釈和するとロイの隣の席を勧めた。

薄暗い照明をぬって一人の男性がロイの所に近づいて来た。

「ロイ飲み過ぎだぞ」

「ういっ・・・誰かと思えば・・ディアンシェか。お前も、ここへ来て付き合え」

ロイは隣の開いている席を手で叩いて見せた。

「今日は遠慮しとくよ、大事な用事でここへ来たんだ」

「用事なんてどうでもいいんだよ。ういっ」

ディアンシェは座ろうとせず立ったままでいる。

「大体なお前らが、毎日毎日、実験であんな光景見て何とも思わないのか」

「またその事か、言いたい事わかるが上の奴らがやっている事だ。私が言った所で聞くよ

うな年寄り達じゃない」

「もうしばらく辛抱してくれ、今の私の立場ではどうにもならないんだ」

「ういっ」

ロイはふざけて、ディアンシェに顔を近づけ、今にも鼻同士がくっ付きそうな勢いだった。

「もう少し、もう少しって・・・いつまで辛抱すれば・・・」

その時、ロイはディアンシェの後ろに人影を感じた。

「だ、誰だ!後ろにいるのは?」

後ろの人影は、急に振られビクッ!?と驚いている。

「おっ、忘れていた。今日は、これでお前に会いに来たんだ」

ディアンシェは思い出したかの様に、ここへ来た用件を話し出す。

「さっ、こっちに来なさい・・・」

ディアンシェは後ろにいた女性を自分の前に差し出す。女性はサングラスをしコートを羽

織り、いかにも急いで出てきましたという格好をしていた。そして、オドオドしながらも

話はじめた。

「始めましてロイ・ルフィード。私はシーリアといいます」

薄暗い照明の中でシーリアがサングラスを外した瞬間、瞳がアクアマリン色に光った。

「プ、プリットじゃないか!?」

「しっ!

シーリアは栗色の短髪で前髪にちょっと癖があり、幼さの残る顔立ちだった。コートの

間からフリルの付いた服にロングスカートが見え隠れしている。一般的なプリットの出で

立ちからは、かけ離れたものだった。たぶんプリットを誤魔化す為にディアンシェが着さ

せたのだろう

しかし、誤魔化すとは言え、その格好にサングラスは明らかに危ない人にしか見えな

い。

プリットの目は長い育成期間、生命維持液に付けられたせいで、瞳が発色し薄っすらと

光を出す。ただ色は個人差があるようだ。

「おいっ声が大きい静にしろ」

二人の声のボリュームは一気にコソコソ話レベルに下がり、周囲に届かないレベルになっ

た。

「何故、こんな所にプリットを?」

「今日目覚めたばかりの2番目の子だ。お前の実験している老人達のプリットとは格が違

うぞ」

「わざわざ自慢しにでも来たのか」

「これをお前にやる。面倒を見てやってくれ」

いきなりの申し出にロイはビックリした。大体この時代、プリットを個人レベルで所有

など、軍の指揮官クラスでない限りありえないことだった。一般パイロットのほとんどが

軍から借りるようになっており、個人専属のプリットではなかった。

「なんだよ突然」

「ああ、シーリアはリミッターとマインド・コントロールの制限解除してあるから、バレ

ないようにするんだぞ」

プリットの能力を制限させるリミッターと、雇主への絶対服従のマインドコントロール

は全プリットへの義務付けが星系法で定められていた。この足枷によって人間より優れた

プリットを縛り付け、立場関係をハッキリさせていた。

何故、そうしたのか?それはプリットを創った人間が、自分たちより優れているプリットに

恐れを抱いたからかも知れない。近い将来、プリットによる支配を・・・。

このディアンシェのプリット「シーリア」その繋がれていた足枷が外れ、人間と同じ自

由を得たという事である。しかし、この事が世間にバレればプリットの排除はもとより、

所有者及び製作者まで星系法で重罪に掛けられる。

「おいっ、それって違法だろ!」

「バレなきゃいいんだバレなきゃ。それにお前が望んでいたのはこゆう事だろ。人間と同

じ自由があるんだぞ」

「ディアンシェ。お、お前・・・・」

「それじゃ、シーリアは頼んだぞ」

「あっ、お父様ーっ」

そう言うと、ディアンシェはそそくさと店を出て行った。

「おいっ、まち・・や・・・」

席を立ち上がるが友人はもう店を出た後、しょうがなく元の定位置に戻る。

「ディアンシェ、お前何やってるんだよ。こんなリスク負いやがって・・・有望な将来を

棒に振る気か・・・」

友人が自分の為にやってくれた事とロイには分かっていた。だからこそ、ボヤかずにはい

られなかった。

一人残されたシーリアは、何をしていいのか分からず、立ったまま戸惑っていた。

見かねたロイが声をかけた。

「いつまでも立っていないで座りな」

シーリアは静かに隣の席に座った。

「ロイだ・・・」

「シーリアです。よ、宜しく・・・お願いします」

簡潔な自己紹介が終わり、ロイはまた酒を飲み始め、二人の間に会話も無く静けさが訪れ

た。

「ロイさん、お酒はそれくらいで止めておいた方が・・・か、体に毒ですよ」

沈黙を破りシーリアがロイの姿を見かねて、勇気を出して言った。

「酒ぐらい好きに飲ましてくれ」

「ですが・・・・」

「ところで一つ聞いていいか?何故だ、何故お前を預けたんだ」

「えっ?」

「お前知っているんだろ」

「そ、それは、お父様が、私が(老人達の)研究対象になると恐れたからです。お父様は

プリットを使い捨ての道具だとは思っていません。希望だと言っています」

「ふっ、希望か・・・ディアンシェらしいな。」

「明日には、私の死亡の報告が流れると思います」

「ディアンシェのやつ厄介な事を・・お・・・しつやが・・・て・・・」

ロイはカウンターに倒れこみ寝息を立てている。

「わーっ、ロイさん寝ないでください」

「うーっ…」

シーリアはロイの顔を見て呟いた。

「あなたが私達の為に涙を流してくれている事は知っています。でも、その涙は今日で最

後にしてください。私達が死んで行くのは未来へ糧となる為の宿命なんです。」

そう言うと、寝ているロイにシーリアが自分の羽織っていたコートと先刻までしていたサ

ングラスを掛けてやった。

ロイの目元に、薄っすらと残った涙の跡が隠れる。

 

 

・・・3012年

うーんっ・・・・。

「起きてく・・・起きてくだ・・さい・・・起きてください」

眠気が浅くなるにつれ、耳に聞きなれた声が聞こえてきた。

「うーっ・・・・。」

「お・き・て・く・だーさい!!」

ロイは耳元で大声で叫ばれ飛び起きた。目の前には片手にお玉を持ち、エプロン姿のミリ

スが立っていた。

「マスター、朝ご飯ですよ」

ベットから体を起こしたロイは、首を抑えながら返事をした。

「お、ゆ、夢か・・・」

「わーっマスターパンツはいてください」

ミリスは顔を赤らめ、素早く振り返えった。

ロイは立ち上がると腰に手を当て叫んだ。

「やっぱ、寝る時はマッ裸だろ、ははははは・・・・」

「マスター・・・さ、最低です!