訪問

 

 

今日は久しぶりにミシュタル一人別行動を取っている。いつもと違い一人のせいか、ち

ょっぴり不安に思えていた。

ローレライ宙域で大破したアルス・ノヴァの残骸は、マーベリック社の技術部に回収さ

れ、セリアースの郊外にあるマーベリック社の工場内で修復されていた。ミシュタルは修

復を終えたノヴァの初期機動の為、レビアから工場へ来るように呼び出されたのである。

ミシュタルも、もう一度ノヴァに会いたいと思っており良い機会だった。

またパートナーであるヴァイは、退役の件で軍本部に呼び出されている。今日中には

答えが出るとは聞いていた。

 

時刻はお昼過ぎ、工業地域のせいか辺りの人通りはまばらである。

近年、プリットの一人歩きは珍しくはなくなったが、十数年前では危険行為でしかなかっ

た。一般市民これもN2機関によるプリット保護法が制定され序々にではあるがプリットの人権

も確立されつつある結果である。ただ一般市民の間ではまだまだ浸透が乏しく、以前の様

な迫害も一部で残っている。その為、プリットの一人歩きはまだまだ危険視されている。

しかし、軍の管理下におかれたプリットは例外で、もし手を出そうものなら、その場で射

殺もゆるされ、捕まれば厳しい処罰を受けることになる。

 

ミシュタルは軍服姿に目にプリット用のアイガードコンタクトを入れ、人間用にカモフ

ラージュした出で立ちである。まあ軍服の時点で襲うとは思わないのだが、用心に越した

ことは無い。

ちなみに、アイガードとはプリットの発光する瞳を隠し、人間の瞳にカモフラージュす

るものである。一般的な物にコンタクトやメガネタイプの物もある。

「あれ、ここかな?」

大きな敷地に建物が連立して、警備も厳重で辺りに監視カメラが設置されている。門のプ

レートには“マーベリック社開発技術センター”と表示されている。

ミシュタルは場所が間違いないことを確認する。

だが、どうしていいか分からずミシュタルは大きな門の前で立ち尽くし小首を傾げている

と、建物の中から一人の女性が髪をなびかせてやって来た。

「ミシュっ!」

「あっ、良かった。イフリータさん」

ミシュタルは知った顔が現れ、不安が消え手を振り答えた。

イフリータは周衛に社員カードらしき物を見せて、事情を説明し手続きを済ます。

ここはマーベリック社の最新技術を取り扱っており、機密性が高い為、人の出入りも制

限されている。いくら軍人でも関係者と一緒でなければ中へは入れないようになっている。

マーベリック社ではイフリータはエレアの秘書となっている為、スーツ姿にメガネを掛

けビシッと決まっている。本人はコスプレ感覚のようだが中々似合っている。

「こんにちはミシュ。今日は一人で来たの?」

「は、はいっ」

「わーっ、偉い偉い大変よく出来ました」

ミシュタルはイフリータに頭をナデナデして貰った。

それからイフリータはミシュタルの足元から頭まで流れるように視線を向けた。

「なんて凛々しい姿で、普段と違った雰囲気に萌々ですぅ〜ね」

これがいわゆるイフリータワールドである。外見からのギャップのあるフワフワな感じ

が心地よい感じを受ける。エレアに言わせれば、ただ恥ずかしいだけの様である。

「あ、これ入出許可書ね」

ミシュタルにネックホルダーの付いたカードを手渡した。

「これで敷地内は自由に移動してOKよ」

「これ付けておかないと、警備の人に捕まっちゃうから注意してね」

「あっ、はい」

「さあ、案内するわ。こっちよ」

イフリータは、ひときは大きな建物へ向かい歩き出した。ミシュタルもイフリータの後に

付いて敷地内へと入っていった。

目的地までの途中、色々とイフリータに敷地内の案内を受けたが、余りの複雑さにミシュ

タルにはチンプンカンプンだった。

「まるで迷路ですね」などと言う始末だ。

二人は目的地のA・Hのドックへとやって来た。ドック内には整備中の二機のA・Hが置

かれている。一体にはシートが被せられ、もう一体は機体組み立ての真っ最中らしい。

ツナギを着た整備の女性達が忙しそうに行き交っている。回りからは油の匂いが漂い、ツ

ンっと鼻についた。

「わーっ凄いですね。ウインダムのドックよりも大きい」

「ここは格納庫じゃなく製作現場だからね、これくらいじゃないと何かと不便なのよ」

「そうなんですか」

ミシュタルは目を丸くしてキョロキョロ見まわしていると、後方の扉が開き、白衣を着た

女性が現れた。

「ミシュ、今日はご苦労様」

「あっ、エレアさん。こんにちは」

「一人で来たんだってね、道迷わなかった?」

「平気でした」

「それは良かった。イフが心配してたのよ、もーっ今日は朝からソワソワしっぱなしで」

「もーっ、エレア博士ったら」

「ふふふっ・・・・」

ミシュタルはレビアに連れられ、シートの被ったA・Hの前にやって来た。

「これがあなたの新型ノヴァよ」

エレアが整備員に合図するとシートが外された。

ミシュタルは新型ノヴァを見ると、以前とは外見が全然違い違和感を覚えた。

外見のカラーリングは一緒だか、ほとんどのパーツが新しい物に取り変えられて、まった

く別物になっていた。

「あ、こ、これが・・・」

「ゴメンね、あんだけボロボロにやられたからね、ほとんどのパーツは使い物にならなか

ったのよ、っで、新規に改修させてもらったわ。外見は変わってしまったが、マザーシー

ト回りは以前の物をそのまま使用しているから、違和感はないと思うわ。あと、RISC

との戦闘データで色々と分かったので、その辺のシステム面の改良もしておいたわ。前よ

りも使いやすくなっているはずよ」

ミシュタルは新しい機体を見上げた。

「新しいノヴァ・・・」

「早速だが、初期起動とデータ類の登録をお願いするわ。」

「あ、はいっ」

ミシュタルは整備の女性に案内され、A・Hのハンガーに付けられたエレベーターに乗り

頭部へ行くとスルリと軍服を脱いだ。中からプリットスーツ姿が露になる。

脱いだ軍服を整備の女性に預けると、ハッチを開きマザーシートへ潜り込んだ。

初期起動の際は軍服姿でも問題は無いのだが、ミシュタルに取ってマザーシート内は、こ

の姿が一番のようだ。

中はエレアの言った通り、以前のノヴァと一緒で雰囲気もそのままだった。

ミシュタルが慣れ親しんだシートに座る。

静にモニターが表示される

「私、ノヴァにお礼が言いたかったの。この前はありがとうノヴァのおかげで大切なもの

を守れたよ。でも、そのせいで君をボロボロにしちゃって・・・・ごめん。新しいノヴァ、

これからよろしくね」

ノヴァはモニターの光を点滅させ返答した。

ミシュタルはノヴァとシンクロし初期起動を開始する。回りのモニターに複雑な数式が流

れ起動準備へと取り掛かった。

 

イフリータはノヴァを見ながら、横にいるエレアに話し掛けてきた。

「ねえ、マスター。どうして私、この子(ノヴァ)のセッティングできないんですか?」

だからミシュを呼んだんですよね」

「気になる?」

エレア意地悪っぽく問いかけた。

「こいつは特殊なシステムを使っているんだけどね」

「ALUS SYSTEMの事ですか?」

「ALUS SYSTEMぐらいならイフにもセッティング出来るわ。ほら以前のノヴァ

をセッティングしたじゃない」

「えっ、それじゃ・・・」

「ミシュタルは色々と複雑なのよ」

「えーっ、気になりますぅ〜」

「今はまだ言えないの、時がきたら話してあげるわ。うふっ」

もったいぶってはいるが、実はエレアにも本当の事は知らされていない。ディアンシェの

指示で、アルスシステム内に新しいデータを組み込んだだけなのである。それによりミシ

ュタルの初期起動が必要になったわけである。

 

数分後、ウィィィィン・・・。

エンジンの音と共にノヴァの瞳が光を放ち起動した。

ミシュタルが頭部のハッチを開き外へ出る。

「ご苦労様です」

軍服を持っていた整備の女性が話しかけてきた。

「あ、こちらこそすいません。持ってて貰いまして」

「いえ、構いませんよ」

ミシュタルは頭部の所で手を振って、エレアに終わった合図を送った。

「おっ、終わったようね。これで、ハイトプルでも動かせるようになったわ」

エレアは機動を確認すると整備班長に手早く指示を出した。

起動待ちしていた整備の女性達は、班長の指示で各部の調整に取り掛かる。

ミシュタルは整備の女性に、近くの更衣室に案内され、そこで着替えることとなった。

A・Hの作業が始まると女性ばかりとはいえ、その場で着替えられると流石に邪魔になる

ようだ。

エレアが調整の指示を終えた頃、着替えを終えたミシュタルが戻ってきた。

「ご苦労様。さてカフェでお茶にしましょうか」

エレアが提案してきた。残りの二人も合意し、ドックの最上階へ向かった。

 

社員の大半が女性のマーベリック社、このような女性向けにしたスペースを惜しみなく

使い、仕事を快適にする環境は整えられている。

三人がカフェに入ると2,3組のグループが仕事の打ち合わせをしていた。

エレア達は少し離れた窓際の席に陣取った。多分、打ち合わせの邪魔にならないようにと

の配慮に思えた。

ミシュタルとエレアは向かい合うように席に座った。

窓からの眺めは、最上階だけあり素晴らしいものがある。遠くの海まで一望できる。

イフリータが注文を聞いてきた。

「ミシュは何にする?」

テーブルにはメニューらしき物は無く、イフリータへ聞いてみる。

「んー、どんな物があるんですか?

「一般のカフェにある物だったら、なんでもありますよ」

「じゃ、ミルクティーでお願いします」

「はい」

「エレア博士は、いつものですか?」

「それでいいわ」

「では、ご注文を繰り替えさせていたただきます。ミルクティー1つ、ブラックコーヒー

を1つ、カフェオレ1つ、以上で宜しいでしょうか?」

椅子に座った二人が軽く頷いた。

「それでは少々お待ちを・・・」

ペコリと頭を下げると、イフリータはカウンターへと戻っていった。さながらウェイトレ

ス気分のようだ。トレイを持って注文しているのを見ると、ここはセルフサービスになっ

ているようだ。どおりでテーブルにメニューが無いわけねと納得するミシュタル。

程無くして、三人分の飲み物を乗せイフリータが戻ってきた。

イフリータはテーブルの上にミルクティー、カフェオレ、ブラックコーヒーをそれぞれの

注文者の前に置き、最後にサービスのクッキーが入った籠を中央に置いた。

その後、エレアの隣へちょこんと座った。その先にはカフェオレが湯気を立てていた。

それぞれが目的の飲み物をとり、お喋りが始まる。

三人は女性らしい話題で盛り上がった。ミシュタルは最近、ヴァイの怪我の為か二人きり

の時が多く、女性同士で話す機会が無かったせいか久しぶりに楽しかった。

ふと、話題が変わりエレアが興味深そうに聞いてきた。

「聞いたわよヴァイと軍止めるんだってね。ミシュもロイの前で啖呵かましたそうね」

恥ずかしさのあまりミシュタルは耳まで真っ赤になり、俯いた。

「あ、はい。で、でもまだ正式に了承されてませんので・・・まだどうなるかわかりませ

ん」

「あれ、こちらに連絡が来てるよナズナから。ねっ、イフ」

クッキーをパクついていたイフリータが頷いた。

「えっ?!ナズナさんから?」

ちょっとビックリした表情をするミシュタル。

ナズナはディアンシェの屋敷で身の回りの世話をしている自称メイドである。

「ええ。お昼頃にメールで、コスプレ写真と一緒に送られてきましたよ」

ミシュタルはロイ→ディアンシェ→ナズナ→イフリータとほぼ推測通りの流れと確信する。

多分ディアンシェがナズナに頼んでメールさせたんだろう。

イフリータは自分の端末のメールを表示させて見せた。

「はい、これですよ」

文章にはヴァイ達の退役受理の件と、例の件よろしくとあるが意味が分からなかったが、

プライバシーに関わると思い聞こうとはしなかった。

「ところで、うちで働かない?」

唐突にレビアは話を切り出した。

「どうせ、ヴァイの事だから行き当たりばったりなんでしょ」

図星である。レビアもヴァイとの付き合いが長いので、手に取るように分かってしまうら

しい。

「はぁ、まーぁ」

当たっているだけに、ミシュタルは何も言えなかった。

「取り合えず、ヴァイ君に話してみないと」

「まっ、ヴァイに選択肢はないんだけどね。うふふふ・・・。」

エレアは小悪魔ぽい微笑を浮かべた。

「?」

ミシュタルは意味が分からず首を傾げた。そんな横顔がオレンジ色に染まる。

いつの間にか夕暮れになり、一日の終わりを告げ様としていた。窓越しに、海に沈む夕日

が目の前に広がっている。

「綺麗な夕焼けですね」

「ホントね。最近、部屋に篭りきりで忙しかったから、なんか癒されるわ」

エレアは夕日を見ながらウットリしている。

「こんなので癒されるよりも、エレア博士は、もう少し体労わってください」

棘のある言い方だが、イフリータはよほどエレアの体が心配のようだ。

 

数分も経つと、日も沈み辺りも薄暗くなり始めた。

「辺りも暗くなったし、車でイフに遅らせるわ」

「あ、すみません」

人差し指を立ててイフリータはミシュタルを見て言った。

「最近は物騒ですから、いくら軍服姿でも夜の女性の一人歩きは危険ですものね」

「それにこの辺りにも宗教集団が出るようになったから用心に越した事はないわ」

エレアがイフリータの後に付け加えた。

「じゃ、お願いします」

ミシュタルはペコリと頭を下げた。

「イフ、門の所で待ち合わせしましょう。車をそちらへ回してちょうだい」

「はい」

三人は一緒にカフェを出ると、イフリータだけは車を取りに別方向へと駈けて行った。

エレアと歩き出すミシュタル、建物の所々の外灯が点灯し始めていた。ふと、エレアの歩

き方に違和感を覚えた。最初は暗いせいかと思っていたが、昼に入ってきた門の所に差し

掛かった時だったエレアはふら付き倒れそうになる。

「だ、大丈夫ですか?」

ミシュタルは違和感を感じていたので直ぐに体を支えることができた。

「あ、うん平気。最近仕事か忙しかったから・・そのせいかな」

エレアは額に手を当てて、呼吸を整えていた。

「それならいいんですが」

こんな姿を見るとイフリータの言っている事は、ありがち大げさではないように思えた。

エレアは落ち着きを取り戻し、自力で立ち上がった。

「ミシュ、いまのはイフには内緒よ。また心配するから」

そう言うと、自分を助けてくれた恩人の手を取り起こした。

ホッとしたミシュタルが顔を上げると異様な光景が飛び込んできた

「レビアさん。あ、あれなんですか?」

ミシュタルの視線は道路を挟み向かい側にあった。

「んっ」

黒頭巾とマントを羽織った集団が、ゾロゾロと道路を横切っている。

「あれがさっき言った宗教集団、ノウェル教の信者達よ」

「星系最古の宗教と言われているけど、思想が「争いの中にこそ人間の永地がある」と言

うイカレタ集団よ。十三年前にアフェトラリア皇国を滅亡させた黒幕とも言われているわ。

それに裏ではドラッグなどにも手を染めているという噂よ・・・・」

「ノ・・ウェ・ル教ですか?」

「絶対、あんなのに関わっちゃ駄目よ」

そうこうしているうちイフリータの運転する車が砂埃を上げ、二人の前にやって来た。

今は珍しいタイヤ付きのクラシックカーである。

車はドリフトで二人のそばへ横付けされドアが開く。

ゴホゴホ・・

「イフあんたね、もう少し・・・」

「お待たせしましたーっ。さあ、乗って乗って」

目の前で普段のオットリとしたイフリータからは考えられない、ドライビングテクニック

を見せ付けられたミシュタルは、ちょっと戸惑いながらもシートへ腰を下した。

扉が閉められミシュタルが会釈をすると、何か言いたそうに窓ガラスをレビアが指で叩い

て来た。イフリータがボタンを押すと、ミシュタル側の窓ガラスが静かに開いた。

「忘れていたけど、デァンシェがヴァイに屋敷に顔出して欲しいって言ってたわよ」

「分かりました伝えておきます。」

「あと今日は有難う」

「いえ、どういたしまして」

「イフ、安全運転しなよ」

イフリータは親指を挙げ合意のサインを送る。

窓ガラスが閉まると車はエレアの忠告に反し、勢い良く飛び出し砂埃と共に消えていた。

「ミシュ大丈夫かしら・・・」

エレアはポツリと呟いた。

 

時間は少しさかのぼる。ここは軍本部のロイの隊長室である。

夕焼けが紅色に室内を染めロイはガラス越しに外を眺めていた

「マスター考え事ですか?」

ミリスはそっと後ろから近づいた。

「ああっ、もう眠りつづけて十三年になると思ってな」

「シーリア姉さんですか・・・」

ミリスの寂しそうな顔がガラスに映り、ロイはしまったと思い振り向いた。

「あ、すまない」

「いえっ、気にしていませんから・・・それより、そろそろミシュタルに父親と名乗られ

てはどうです?今回の件で今後は会う機会もなくなり、言いにくくなりますよ」

「何を今更、シーリアとの約束も守れなかったんだぞ、そんな俺が名乗る資格など・・・」

「マスターがそう言うなら私は何も言いませんが、ただ自分が思ってる事が相手も思って

いるとは限りません。身近な相手ならなおさらです」

そう言うとミリスはデスクに戻り仕事の続きをはじめた。

何気にミリスの言葉が効いたのか、またロイは窓の外を見て考え事をしている。ただ先程

とは違い考え事が一つ増えたのは言うまでも無い。

ピーッピーッ…

ドアから来客を示すブザーが鳴る。

「ヴァイです」

「入れ」

ドアが開きヴァイが現れ姿勢を正し敬礼をした。今日は退役の件で返答が出たので来ても

らった。

「早速だがヴァイとミシュタルの退役の件、条件付きで許しが出た」

「条件付きって」

「お前達には二十四時間監視がつく事になり自由も制限される事になる。いわゆる籠の中

の鳥と言うやつだ。まあ、お前は軍部の事に知り過ぎているし、それにRISCと互角に

渡り合ったミシュタルの力が、外の国に渡ると争いの種になるからな軍部としては当然の

処置だな」

大体の予想はしていたが、厳しい条件にヴァイは不満な顔をする。

「くそ・・・これじゃ軍にいた方がマシじゃないか!」

「まぁ待て、ここからが本題だ」

日頃の恨みか、タメにタメもったいぶるロイ。

「流石にこれじゃ何も出来ないと思ってな、俺が上層部の連中に頼み込んで代案の許しを

貰った。軍に留まる事になってしまうが特別諜報員というやつだ」

「何?その特別諜報員と言うのは?」

「自由は保障されるが、いざと言う時は軍に協力してもらう。だから居場所は定期的に連

絡を入れることになり、そして協力の時のみ見合った報酬が貰える」

「前案よりはマシだし、それしか選択肢はなさそうだな」

「お前だけならすんなりといけたんだけどな、ミシュタルが一緒というだけで、上層部の

お偉いさんが中々首を縦に振らないんだよ。ただ今回は俺の身内ってことで信頼されて、

代案がOKになったわけだ」

ロイが色々手を尽くしてくれたことに感謝し、ヴァイは深々と頭を下げた。

「お前の為じゃないよ・・・。俺はシーリアとの約束も守れず、親らしい事を一切してや

れなかったからな。子の願いのひとつくらい叶えて上げたかっただけだよ」

ヴァイは誰へ向けて言っているのか分かっていた。今居ないパートナーの変わりに再び礼

を言った。

「・・・ありがと。特別諜報員でお願いします」

ロイはミリスに、ヴァイとミシュタルの退役書類と転属書類を指示する。

「今後の詳しい事はミシュタルに説明しておく、お前に行ってもすぐに忘れるからな」

ロイの意地悪ぽく言った事も気にかけず、ヴァイは何か言いたそうだが迷いの沈黙が続く。

「す、少しいいか?」

「ん、何だ」

改まった様子に気づくロイ、いつものチャラチャラした雰囲気では無い。

「俺、あんたやディアンシェ、エレアさんには、今まで支えてもらい言葉には言い表せな

いくらいはホント感謝している。もし、皆に出会わなかったら今頃どうなっていた事か。

たぶんレイリアと二人、あのままディーサイドテンプルと一緒に死んでいたか、今の俺は

無かったと思う」

「何を今更、それを言うなら助けたディアンシェや援助したエレアに礼を言え!」

涙声混じりにヴァイの話は続く。

「でも、今は俺の師であるロイ・ルフィードに言いたいんだ。あんたは兄の様に身近に支

えてくれた。それにA・Hの操縦と戦乱の世の中を生き抜くだけの力をくれた。これは俺

にとって、何物にも変えがたいものだ感謝している」

ロイはサングラスを直す仕草をした。

「いや違うな、俺はお前に力などあたえてない、全ては幼いお前が望み決めた事。俺はそ

の努力の手助けをしたにすぎない。そうだろ。本人が決めなきゃ何も始まらないし動き出

さない・・・・そうゆう事さ」

ロイはそう言いヴァイの肩をポンポンと叩いた。

「ああっ駄目だな俺・・・最後の最後まであんたにはかなわないよ」

ヴァイの目からボロボロと涙が落ちる。

「当然だ」

ヴァイはA・Hの師でもある隊長と握手を交わした。

「それじゃ、これで」

「ああ、元気でな」

ヴァイはドアの前に立つと、ありったけの大声で叫んだ。

「今までお世話になりましたーっ!」

部下としての最後の敬礼をすると振り向き、そのまま隊長室を後にした。

「問題児の面倒を見るのも大変だな」

そういうロイの顔は笑顔に満ちていた。

「本当に誰かさんにそっくりですね」

「そうか?俺はもっとしっかりしているぞ」

ミリスは手で口を隠しながらクスクスと笑った。

「でも今の誰かさんよりはヴァイさんの方が逞しく見えますよ」

ロイは気まずそうに、またサングラスを直す仕草をした。

自分の立場が悪くなると出る癖らしいが、ミリスにはお見通しだ。

「ちょっと早いが仕事も終わったし、飲みにでも行くかな」

「お供します・・・駄目ですか?」

いつもは家で待ち惚けしているミリスだが、本日は珍しく同行したいようだ。

「仕事は?」

「今日は、もう終わりです」

ロイはミリスにやられてばかりの一日のようだ。

「じゃ、行こうか」

「はいっ」

「今日は気分のいい酒が飲めそうだ」

ロイとミリスは弟子の新たなる門出には祝杯を上げた。

 

 

 軍への正式な手続きも終わり一段楽したので、ヴァイの運転する車でディアンシェの屋

敷に向かっていた。

ちなみに、車はレンタカーだ。軍にいればタダで車を借りられたのだが、もう書類上で退

役扱いになっている為、そうもいかない。

この世界の車はタイヤなどは無く、小型の反重力システム使われており、ほとんどがコ

ンピュータ制御で行われていた。目的地の指示だけすれば運転者の負担など無いようなも

の。ただ一部のマニアでは、タイヤの付いたレトロ車を乗る人もいる。

目的地に近づくにつれ、ミシュタルには見なれた風景が広がって来た。

肌寒い空気が頬を突き抜け冬の近づきを感じさせた。

ディアンシェの屋敷は都市郊外の静寂な緑の中にある。

ちょっと外れた所に丘に一本の大きな木があり、幼い頃、遊んだ光景が思い出される。

ミシュタルはヴァイに、これからの事を説明し始めた。

「分りましたか?表向き軍人のコードは抹消されます」

「だからこうしてレンタカーなんだろ」

的を得た発言にミシュタルも頷くしかなかった。

「まーっ、そうなんですが・・・それと今後は定期的に軍部に連絡いれるようなります」

「もし、いれなかったら?」

「ロイ隊長か軍の他の諜報員から殺されるだけですね。」

「おいおい、サラリっと怖い事を言うね」

「本当の事ですから、それにロイ隊長の進言で特別諜報員におさまったのですから、迷惑

を掛けないように」

「はいはい」

ふと、ミシュタルは思い出した仕草をした。

「あ、あとエレアさんが・・・先日・・・・」

「エレアさんがどうしたって?」

「マーベリック社で二人で働かないかとのお誘いを・・・」

「ほらっ、着いたぞ」

ミシュタルの話半ばで目的地であるディアンシェの屋敷についてしまった。

敷地内に入ると、来客用に設けられた駐車スペースに車を止めた。

外見は洋館を思わせる佇まいだが、地下には最新設備の整った研究施設がある。

ヴァイが仕官学校へ通う前は、ここに住んでいた事もあり迷う事はない、勝手知ったるな

んとやらである。

ヴァイ達は車から降りると、少し離れた所に風景に似合わない車が止まっている事に気付

いた。

「あれ、誰か来ているのかな?ゴツイ車が止まっているな」

車はワックスでピカピカ黒光りしており、ボンネットの先端には羽を広げた女神の像が付

いている。見るからに高そうだが、それだけではないよく見るとガラスは防弾式になって

いる。

「あっ、待ってください」

ヴァイの後ろをトコトコとミシュタルが付いて行く。

黒い車の横を通り過ぎる。近くにはSPらしき男が2,3人いて、回りを用心深く見張っ

ていた。男の一人がヴァイの顔を見ると、携帯用の端末を操作し何かを調べているようだ。

端末を操作していた男が、仲間に合図を送った。どうやら、身分照明を検証していたらし

い。

すると男達は二人の行く手を阻まないように道を開けた。

「あ、すいませんね」

ヴァイは、その場の雰囲気で相当な人物らしいと察した。まあ星系で指折りのプリット

エンジニアのディアンシェを訪れるお客としてはそう珍しくはない。幼い頃、住んでいた

時には週に一度は各国の首脳クラスが出入りしていた事もあった。

玄関に辿り着くと、扉に付けられた呼び鈴を鳴らした。そして、備え付けてある防犯カメ

ラへ向かい手を振る。

「ちわーすっヴァイです」

するとドアが開き中からメイド姿で、モップを持ったプリットが出て来た。

ピリピリとした外と中のギャップが違いすぎで噴出しそうになる。

「あら、ヴァイさんにミシュタルさんお待ちしておりましたわ」

「ナズナさんディアンシェいる」

ナズナはディアンシェの七番目のプリットで、長い髪に大きなリボンを付けお姉さんタ

イプのイメージである。特徴といえば甘ったるい口調と、糸目ながら怒ると見せる鋭い眼

光が意地らしい。

余談ではあるがイフリータとコスプレ仲間という噂もある。

癒し系のナズナにも悲しい過去がある。惑星エーベルでの戦いでマスターを死なせてし

まい、それ以来A・Hに乗れなくなった。A・Hを動かせないプリットなど使い物になら

いも同然。軍を追い出されたところを製作者であるディアンシェが引き取っていた。

数年前からディアンシェの身の回りの世話などをやっている。

「父様なら、先客とお話中なのでしばらく・・・こちらでお待ちください」

ヴァイ達はロビーに案内され、中央に置かれたソファーに腰を下した。

数分が経ち、奥の部屋の扉が開き一人の女性が数人のメイドを引き連れ出てきた。

何処かで見たことのある顔がヴァイ達の横を通りすぎた。ヴァイは思い出しそうで思い出

せない。

「私はこれで。ナズナさん、兄さんを宜しくお願いします」

「何かありましたら、ご連絡してください」

「はい。わかりました」

ナズナは先客を玄関までお送りし、丁寧にお辞儀をした。

「お気を付けて」

先客を送り出したナズナがロビーへ戻って来た。

「先客がお帰りになったようです。さあ、こちらに」

三人はロビーを後に薄暗い廊下を奥へ歩き始めた。

「あれ今のどこかで・・・」

「セレネの王女様ですよ」

ヴァイはRISCの件の時の事を鮮明に思い出しスッキリするが、そこでもう一つ疑問が

浮かんだ

「でっ、何故ここに居るのかだ」

「ヴァイ君知らなかったんですか?父様は王女様とは腹違いの兄弟なんですよ」

「えっ!?」

複雑な関係にヴァイは面を食らった。

幼い時、一緒に住んでいて顔もちょくちょく出しているのに知らなかったとは、一人だけ

仲間外れのような気分だ。

「おい、俺聞いてないぞ」

「まあ、余り人に言う事ではないので・・・・

ナズナは歩きながら答えた。

ナズナに連れられた二人はディアンシェの寝室の扉の前までやって来た。

「父様、ヴァイさんがいらっしゃいました」

「入ってくれ」

ディアンシェはベットから体を起こし、テーブルに置かれたコンピュータを使い作業して

いた

ディアンシェはもともと体が丈夫な方ではなかった。幼い頃から持病を持っており、研究

のせいで体に負担が掛かり、最近では目に見えて分かるようになっていた。そして、今回

のRISC件で一層悪化していた。

「よく来てくれたな」

「おっ元気そうだな、RISCの時の怪我が酷いと聞いてたが、それほどでもなさそうじ

ゃないか」

ヴァイは気を使い嘘を言った。

「あ、まあな。今日はこのままで失礼させてもらうよ」

「父様っ」

「おっ、ミシュタルも一緒か」

ミシュタルはベットに横たわるディアンシェに抱きついた。

「おいおいっ泣く事はなかろう、まだまだ子供だなミシュタルは・・・。」

ミシュタルが泣いた理由はそんな事ではなく、数ヶ月前からは予想できないくらいのディ

アンシェの変わり果てた姿だった。頬はこけ、腕は骨だけの様に細く、肌からは生気が感

じられなかった。

扉が開きナズナが二人分の紅茶を持って来た。

「どうぞ」

そう言うと、ヴァイはテーブルに置かれた紅茶にスプーンで砂糖を二杯入れ、飲み始めた。

「せっかく、お茶を入れてもらい悪いのだが、ちょっとヴァイに話があるから・・・二人

は席はずしてくれないか」

ミシュタルは頷くとナズナと外へ出ていった。

ヴァイは部屋の中を歩き出すと、窓辺で足を止め外を眺めた。窓からは、丁度、皇女を乗

せた車が出て行くところが見えた。

「ほんとここは変わらないな、昔のままで時間が止まったようだ」

デァンシェのあの姿を見ていたら、皇女の件は合えて突っ込むのはよそうと思った。

「ところで話と言うのは」

「ああ、そうだったな、その為に来てもらったんだった」

「用がないなら帰るぜ」

幼い頃、育ててもらったヴァイ自身デァンシェの姿を、見ていられないくらい辛かった。

情け無いが早くこの場から離れたい衝動にかられた。

「まあ、そう言うなよ、お前を見ていると出会った時の事を昨日の事のように思い出すよ、

血まみれになったレイリアを抱きかかえて、助けを求めてきた事を・・・」