Last update 2006/9/23

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船とコンピュータ
超自動化船「
星光丸」処女航海の記録

下記(文章部分)は、1970年に就航した超自動化船「星光丸」の映画ナレーションです。これに写真を添えて紹介します。なお、このホームページ作者は、当時、本船のコンピュータシステム、特に航法システムを担当しており、処女航海および第4次航海に乗船、日本とペルシャ湾間を2回往復しました。星光丸は、わが国で初めてコンピュータを本格的に搭載した船で、官民協力してその開発に取り組んだ成果です。


映画概要(会社名等は当時の名称)
題名  船とコンピュータ 星光丸処女航海の記録
時間  26分間
企画  石川島播磨重工業株式会社
     東京芝浦電気株式会社
制作  岩波映画製作所
協力  運輸省
     三光汽船株式会社
     (財)日本船舶振興会
     (社)日本造船研究協会
     (財)日本舶用機器開発協会
制作期間  1969年9月〜1971年2月


ナレーション


昭和45年(1970年)9月22日、一隻のタンカーが、産みの親である技術者達に見送られ、ペルシャ湾のラスタヌラへ向かって今旅立って行きます。

この部分のナレーションを実際に聞くことができます。(130KB) New
 


星光丸、13万8千トン、IHI相生工場で完成、
全長274m、幅43.5m、一見したところ平凡なタンカーですが、コンピュータによってコントロールされる全く新しいタンカーです。

 ここをクリックするとこの部分の動画を見ることができます。  New
   (約3MBのファイル、再生時間:約42秒)

 (Internet Explorer で見られない場合、上記を右クリック
 →「新しいウインドウで開く」でファイルを実行してください)
星光丸のコンピュータ・コントロールの特長は、1台のコンピュータで多くの仕事を集中的にコントロールするところにあります。
これがコンピュータ:TOSBAC-3000Sです。
乗組員は環境のよいコントロールルームで数個のボタンを操作するだけでよく、コンピュータについての特別の知識や経験がなくても操作できるようになっています。
乗組員がコンピュータに命令するためのコンピュータコマンドコンソール
コンピュータのプログラムは、航法関係、荷役関係、エンジン関係、医療関係と4つの分野にわたって13あります。
表示灯が緑色のものが、現在働いているプログラムで、赤いものは現在使われていないプログラムです。
コンピュータは東芝青梅工場でつくられました。
船の上は陸とは違って絶えず揺れ動き、振動しています。その上、高い湿度という悪条件も重なります。こうした条件のもとで安定して働くよう設計・試験され高い信頼性を持っています。
星光丸のコンピュータは1台で様々な仕事を同時に処理します。
同時に処理するといっても、実はちゃんと仕事の順番を判断して一つ一つ片付けているのです。でもそれが何万分の1秒という速さで行われるので、実際には同時に処理しているのと同じことになります。これをリアルタイム・オンライン方式といいます。
暗い海をコンピュータに導かれて安全に航海する星光丸
船の現在位置や針路はコンピュータが正しく計算してくれます。
航法計算表示装置。ここには、1分ごとにこの船の推定位置が示されます。
位置の推定は、船のスピードや針路を測定し、さらに必要なデータを加え、専用の計算器DRPCとコンピュータで計算します。
船のスピードの測定は、風や潮流の影響を予想以上に受けるので、当然、推定位置にも誤差が生じます。
船の推定位置と実際の位置は時間が経つにつれて誤差が大きくなっていきます。そこで、人工衛星NNSSの電波を受信して現在位置を測定し、推定位置の誤差を修正します。同時に、潮流の影響はこれからの位置を推定するデータになります。
このアンテナで人工衛星NNSSの電波を受信します。
人工衛星NNSSは、地球上1100kmの高度で極軌道を回り、航海する船が位置を測定するための専用電波を発信しています。ですから、地球上のあらゆる地点で、昼夜の別なく、しかも天候状態に関係なくどれかの電波を受信できます。
NNSS受信機が電波を受信して解読し、それをもとにコンピュータが船の現在位置を計算します。
つまり、人工衛星がA点を通過してからB点までの2分間でドップラ周波数と、軌道データをもとに船とA,Bまでの距離差が一定の軌跡を計算し、同様にしてB,Cからのもう一つの軌跡を計算します。この二つの軌跡の交わる一点が船の位置なのです。
人工衛星NNSSを利用すれば、どこにいても正確に船の現在位置を測定することができます。
これによって星光丸は目的地までの距離、時間など航海に必要なことがすべて自動的に確認でき、最も経済的な航海ができるのです。
エンジンルーム、28000馬力のディーゼルエンジン
このエンジンの状態は常にコンピュータが監視しています。
エンジン関係のコンピュータの仕事は、データ・ロギング、トラブル・コントロール、トルク・コントロールです。
ロギング・タイプライタが今、機関部の温度、圧力などを記録しています。温度や圧力などのデータは、知りたい番号を押せば、いつでも呼び出すことができます。
コンピュータはエンジンや機関部のあちこちから集まるこれらデータを処理し、異常がないかどうかを監視しながら一定時間ごとに記録していきます。
たとえばエンジンの冷却ポンプに異常が発生した場合
直ちに予備ポンプへの切り替えが自動的に行われ・・
オートタイプライタが故障個所と自動切換えをしたという結果を打ち出してきます。
エンジニアはそれを確認すればよいわけで、エンジンのスピード・ダウン、ポンプの切換え等はコンピュータによって自動的に行われます。
航海日数が増えてくると、船体が汚れてくるので、摩擦抵抗が大きくなります。もし、エンジンを一定の回転数で運転するとトルクが上昇し、エンジンに無理がかかり、ライナーが焼けたり、ピストンリングが折れたりする事故の原因になります。
普通、エンジニアはトルクが上昇しないように、ときどき回転数を落として運転します。そのとき安全運転の限界も変わります。ところが星光丸のコンピュータは、自動的に連続してエンジンの回転数をコントロールし安全運転を行うのです。






9月29日。日本を出て8日目
シンガポールを右手に見ると、いよいよマラッカ海峡にさしかかります。マラッカ海峡は世界中で最も船の混み合う海域の一つです。船が大型化して、旋回半径や停止距離が大きくなったので、ひとつ針路を誤れば衝突事故にもなりかねません。


しかし、星光丸のコンピュータは衝突予防のプログラムを持っているので、船の混み合う海域でその威力を発揮します。
針路に入ってくる船をすばやく発見するのはレーダです。
星光丸では、二つの波長を組み合わせた特別なレーダを使っています。
レーダがとらえた周囲の状況は、雑音電波と海面反射が除かれ、きれいな信号になって、船の動きを自動的に追跡する装置に送り込まれます。コンピュータはそのデータをもとに一定時間ごとに他の船がどの位置に進むかを計算し、衝突予防コンソールのブラウン管にもその予想位置を表示します。
そしてコンピュータは衝突を避ける安全な針路を指示します。
こうして星光丸は最も安全な針路をとることができるのです。
さらに、コンピュータは、まわりの船を10隻まで自動的に追跡し、危険が有るか無いかを判断できます。
ですから、船が多い場合は監視の必要がある船だけをライトペンでマークします。また、10隻の中から一つの船を指定すると、コンピュータはその船の針路や速度を計算し、さらにどのコースをとったら衝突が避けられるかをはじき出します。
そろそろ目的地も近くなりました。
到着予定を正確に立てるため、航法計算装置が使われます。
星光丸の現在位置と目的地のラスタヌラの位置を入れます。
目的地まで1961海里
あと4日と20時間43分です。
日本を旅立って8日目にシンガポール、そしてマラッカ海峡を通過し、18日目に目的地ラスタヌラに着くことになります。
入港が近づくと、オフィサは荷役のことで頭が一杯になります。
このとき役立つのがオフィサーズ・コンソールを使ってする状態計算と最適積み付け計算です。
どういう原油をどれだけ、どのタンクに積むかによって変わってくる船の沈み方や船にかかる力などを計算するのが状態計算です。
一方、港によって違ってくる喫水の制限や、原油の比重を考慮していかに無理なく荷を積むかを求めるのが最適積み付け計算です。
コンピュータによるこうした計算で、今までのカンを頼りの計算とは比較にならないほど船の安全性は増し、多くの原油を積むことができるようになりました。
出航してから18日目、星光丸はラスタヌラに入港
翌10月10日、シーバースに接岸
原油を積み込むためのチクサンジョイントが結合されます。


コンピュータによるローディングが始まりました。
今回は2種類の原油が積み込まれます。
タンクの液面が上昇し、船の喫水が深くなってゆきます。
タンクが一杯になってくると赤ランプがつきます。

 

原油を満載した星光丸は、ラスタヌラを後に日本に向かいます。

往復の航海を通じてコンピュータシステムは大いにその能力を発揮しました。その多彩な能力の中で、今回の航海であまり利用されなかったのが、コンピュータによる医療診断です。というのは39日の航海中全員元気だったからです。


船医さんは大いにヒマを持て余しました。時間つぶしに医療診断をやってみてはコンピュータの腕をためしてみました。先生が想像した病状をコンピュータに打ち込むと、診断結果と薬の指示や処置を打ち出します。この医療診断プログラムは東大医学部の協力を得て、船員用にはじめて開発されたものです。
ファクシミリで送られてくるニュース
日本まであとわずかです。
10月30日、出航以来39日、星光丸は東京湾の京葉シーバースに到着
荷役のためのデータがコンピュータにインプットされます。
アンローディングの手順はローディング以上に複雑です。
コンピュータの指令で、タンクのバルブが開き、ポンプが回転し、アンローディングが始まります。
コンピュータは常にタンクの液面、船の喫水、ポンプの回転数、圧力などの監視を続け、一定時間ごとに計算し、自動的に記録します。また、船の傾きや喫水が異状になると、各タンクのバルブを操作し、バランスを取り戻します。
液面が下がると、ポンプの吸い込みが悪くなるので、液面に応じて回転数を常にコントロールします。
原油と一緒に空気の吸い込みが始まると、空気はポンプに入る前にセルフ・ストリップ装置で取り除かれ、アンロディングに支障のないように、バルブや回転数のコントロールが続けられます。
タンクが空になると、ストリップ完了装置がコンピュータに知らせ、コンピュータはすべてのバルブを閉めて、ポンプを停止する指示を出し、アンローディングを終了します。
船には13のタンクと3台のポンプがあるので、実際のアンローディングはもっと複雑です。また船は荷役が終わるとすぐ出航するため、バラストの海水を積み込まなければなりません。これらいろいろの要素のバランスをとりながら早く安全に荷役ができるよう、コンピュータはコントロールしているのです。
原油と一緒に空気の吸い込みが始まりました。
タンクが空になりました。
アンローディング終了




星光丸の乗組員たちは、処女航海を通じて、まったく新しい経験をしました。コンピュータと対話するということがどういうことなのか、未来の航海がどんなものであるかを、きっと彼らは感じとったことでしょう。
船とコンピュータ
これは単に造船とエレクトロニクスという2つの技術の結びつきであるだけでなく、関連するあらゆる分野の人々がガッチリ手を組んで成し遂げた日本造船技術の成果なのです。 (終)
この部分のナレーションを実際に聞くことができます。(300KB) New
(注)
DRPC Dead Reckoning Position Calculator
推定位置計算器
速度センサと針路センサ(ジャイロ)から船の位置を1分ごとに計算する。時間の経過で、海流の影響により誤差が生じてくるので、NNSSで修正する。
NNSS Navy Navigation Satellite System
米海軍の航行衛星システム
人工衛星からの電波を利用して船の位置を求める。1〜2時間に1回しか求めることができないので、その間はDRPCの結果を船の位置として使用する。
このNNSSは、現在のカーナビに利用されているGPSへ発展した。
TOSBAC
-3000S
東芝製のコンピュータ 陸上用のミニコンピュータを船の環境に適合するよう改良した。
本体メモリ:32KB、外部記憶:160KB
プログラム作成はタイプライタと紙テープを使用。
CRTディスプレイはない。
マイコンが生まれる前のコンピュータである。

星光丸のコンピュータシステム構成図